第七章 大工の訪問
土曜日の午後、ジューンは罪悪感で息が詰まりそうになりながら待ち合わせ場所の教会へ出掛けた。人の目が、気になってしょうがない。
ジョンの方はというと、こちらから村人に挨拶するぐらいなもので、隠そうなんて発想すらなさそうだ。どうにも言い出しにくくて、いつものように自転車の二人乗りでネザーポート屋敷に向かった。
食料品の買い出しをして、門番用ロッジで一緒に料理をして遊んだ。夜になり、ジューンをコッツワース屋敷に送っていく時刻が迫ると、ジョンは言った。
「明日は日曜日だから、また朝の礼拝で会えるね」
出窓のそばの丸テーブルで、ジューンはコーヒーをすすりながら身をすくませた。
「それが……あの……、コッツワース村の教会で会うのは、やめたいのです」
言った途端、ジョンが固まったのが分かった。彼は口を開きかけ、瞬間に言葉を忘れてしまったように愕然とした眼になり、また口を閉じた。ジューンは慌てて付け足した。
「いえ、あの、会わないわけではなくて、教会で会うのがちょっと……。だから、待ち合わせ場所も別のところにしたいなあ、なんて……」
「急にどうしたの? 教会以外なら、また会ってくれるのかな?」
ジョンは必死に平静を保とうとするように声を詰まらせながら尋ねた。
「もちろん会います。会いたいです。ただ、教会を避けたいだけなんです」
ジューンは急いで答えた。ジョンの反応が、思ったよりもずっと大きいので焦っていた。
ジョンの眼に、剣呑とした光がちらついた。彼は落ち着こうとするように視線を斜め上にそらせたのち、またジューンを見て答えた。
「わかったよ。じゃあ、明日の午前に教会で会えないとなると、午後はきみが仕事だから、今週はもう無理だね。来週の土曜日は、午前はきみが休みだけど、ぼくが仕事で、午後はぼくが休みで、きみは仕事。日曜日の朝の教会はなしだから……、次は来週の日曜の午後ということになるね?」
ジョンは努めて明るい調子でそう言った。ジューンは次の返事をするのに、気まずくて唇をわななかせなければならなかった。
「そ、それが……本来はそうなのですけど、来週の週末は来客があって、休みが取れないのです」
「えっ! そうなの?」
ジョンが素っ頓狂な声を上げた。
「は、はい。サー・ウォルターがノーサンプトンの孤児院の運営でお世話になっている地元の名士の方々を招いているのです。晩餐会とか、お客様がお泊りになるときは、使用人は休むわけにはいきません」
ジョンは困惑顔になった。
「そういうものなのかな。じゃあ、次は再来週の土曜の午後ということになるね?」
ジューンは、今度は片頬が痙攣するのを感じた。
「いえ、その……、次の週もまた来客で……。ブルームフィールド夫人のご親戚の一家なのですけど……」
「じゃあ次は、そのまた次の週の日曜の午後なのかな?」
「それがその……、その後は奥さまとお嬢さまが、奥さまの妹さまたちと一緒に、バースに遊びに行くことになっていまして、わたしも同行するので、予定では、二週間不在になります」
「ということは……次に会えるのは……」
「ええと……、五週間後の日曜の午後ということになります」
ジョンはあんぐりと口を開けた。
「一か月以上も先じゃないか!」
「そうです」
ジューンは無理に微笑もうとして、顔をひきつらせた。
「それじゃあ、次に会えるのは九月になってしまうよ?」
ジョンは肩を落とし、憐れっぽい眼でジューンを見つめ続けた。
ジューンは、どういう顔をすればよいのか分からなかった。責められているような気がするけれど、仕事なのだからジューンにどうにかできる問題ではない。とりあえず謝ろうと口を開きかけたその時、ジョンが先に話し始めた。
「それなら、ぼくがコッツワース屋敷を訪ねるというのはどうだろう?」
「ええっ?」
ジューンは椅子から飛び上がりそうだった。ジョンはこれが最高のアイデアだと確信するように眼を輝かせた。
「午後三時から五時ぐらいまでは休憩ができるって言っていたよね。平日は無理だけど、土日のその時間帯に、ぼくがコッツワース屋敷に行くよ。使用人の通用口の近くで待たせてもらえないかな? それで、きみが都合の良いときに出てきて、話をするんだ」
「いやいや、そんなの無理ですって。いつも休憩が取れるとは限らないし、わたしが暇になるまで待っているというのですか?」
「ぼくは本でも読んでいるから気にしなくていいよ。きみが忙しくて会えなかったら、あきらめて帰るから。もちろん、使用人ホールで待たせてもらえれば嬉しいけど」
「いやいや、それは無理なんです。あの、えっと、実は…………」
次の告白は、勇気が要った。これを言えば、ジューンはジョンとの関係を恋愛だと捉えていることになる。思い上がった女だと、呆れられるだろうか。そして勘違いされては困るといって、もう会ってくれなくなるだろうか。
「コッツワース屋敷の使用人は、恋愛禁止なのです」
「えっ!」
ジョンの身体が椅子から少し飛び上がった。彼は眼を見開き、深く頷いた。
「な~るほどね。それできみは、教会で会いたくないなどと言いだしたのか」
「ええ、まあ……」
顔が熱くほてってゆく。ジューンは恥ずかしくてうつむいた。頭のてっぺんから湯気が出ているのじゃないかと思う。恋愛だなどと聞かされて、ジョンはどう思っただろうか。
「しかし今更だなあ。コッツワース屋敷の人たちにはもうとっくに見られていると思うけど?」
ジョンはくすくすと笑っている。顔を上げると、ジューンをからかうような、いたずらっぽい微笑みが向けられていた。
「それはまあ、そうなのですけど、禁止は禁止なのでと思いまして……」
ジューンはますます恥ずかしくなった。恥ずかしいのに、優しく包まれているような感覚がした。ジョンはすっかり機嫌が良くなったようだ。
「恋愛禁止だなんて、きみの職場の人たちはどうやって結婚相手を探すの? まさかみんな、ずっと独身というわけじゃないんだろ?」
いましめが解けたように、ジョンは伸びをしながら尋ねた。
「それはその……、多分、隠れてこっそりと付き合うのです」
「隠れてこっそり!」
ジョンはそう叫ぶと、はははと笑い出した。
「まいったな……! でも、事情はよく分かったよ。大丈夫、ぼくに任せて」
「はい……」
と、思わず返事をしたものの、ジューンはなにが「任せて」なのかよく分からなかった。




