6-5
「ウォルト坊っちゃま……元気になられましたね! わたくし、感動いたしました。そんな憎まれ口をきけるようになるまで元気になられて、ほんとうに嬉しいです」
ジューンは胸の中に太陽が昇ったような気分だった。ウォルトはまだげっそりと弱々しいが、数日前まではベッドに横たわったまま、真っ青になってブルブル震えているかと思えば、数時間後には汗だくでうなされているというような状態だったことを考えると、なんと回復したことか。
「ぼくはこのまま良くなるのか? わけが分からない! 絶対に死ぬと思ったのに。神がブルームフィールド家に味方して、ぼくが寄宿学校で一族の恥をさらす前に、殺すことにしたんだと思ったのに」
ウォルトは憎々しげに言ってグラスを返すと、気休めは聞きたくないとでもいうように、ぷいと向こうを向いた。ジューンは少年の痩せた頬や骨ばった肩と、首にかかる汗でべっとりとした濃茶色の髪を見ながら、とにかく励ます言葉を掛けなければと思った。けれど、その仕事はジューンにとってはとてつもなく難しく思えた。
「坊っちゃま、ご安心ください。あなたはこのまま良くなります。人間って、そう都合よくは死ねないものみたいですよ。……オートミールをお持ちしましたから、少しでも食べてください。元気が出ると思います」
ウォルトはぴくりとも動かず、何も言わなかった。ジューンはウォルトの脚の上にベッド用のテーブルを設置して、そこに食事を置こうかと思ったが、すぐにウォルトが癇癪を起こしてオートミールの皿を払いのける光景が目に浮かんだ。ジューンはベッド脇の椅子に座りなおし、ウォルトの頬骨あたりに話し掛けた。
「ウォルト坊っちゃま、わたくし思うんですけど、神さまがあなたをお救いになった理由は、誰でも分かります。あなたにはブルームフィールド家を継ぐという使命がある。だからお救いになったのだと、誰もが思うと思うんですけど、それって凄いことなのです。この世の中の大多数の人間は、死にそうな目に遇って、それでも死ななかったときに、その理由なんか、さっぱり分からない。わたしも時々思うんですよ、『なんで死んでいないのかさっぱり理由が分からない』って。……でも、あなたは違う。それで十分だと思いませんか? グリーンさんが仰っていたんですけどね、旦那さまは、あなたに寄宿学校で優秀な成績を収めて欲しいなんて思っていないそうですよ。生きていれば十分……そういうことなんじゃないでしょうか?」
ウォルトは向こうを向いたまま、唸るように息をついた。
「まあ、確かにな……、どんなに出来が悪くても、この家を継ぐのはぼくしかいない。どんなにケイトの方が頭が良くても、ケイトの方が当主にふさわしいってみんなが思っても、ケイトは継ぐことが出来ない。父上だって、ほとんど会ったこともない従兄弟が継ぐよりは、出来が悪くても自分の息子が継いだ方が気分がいいってわけだ」
憤りで息が詰まったかのようだった。ウォルトは苦しげに、無理に押し出すようにそう言うと、最後に肩で大きく息をした。「あなたは出来が悪いわけではない」という言葉が、ジューンの喉元まで出かかっていた。しかし、ジューンは自分が嘘を吐くことがあまり得意ではないことを知っていた。二人きりのこの状況で、思ってもいないことを口にして、その嘘をウォルトが信じるぐらいに最後までつき通す自信はなかった。
「坊っちゃまには元気に生きて、ブルームフィールド准男爵家とコッツワースを継いでもらわなければなりません。みんなが、それを望んでいます。……さあ、食べてください」
ジューンは脇机に置いたオートミールを一匙すくって、ベッドに身を乗り出した。するとウォルトは、びっくりするほど素直にこちらを向いた。ぎゅっと眉間を寄せ、眼が潤んでいるようだった。そして、ジューンの持つスプーンに視線を落としたと思うと、ぱくっとそれを口に入れた。
ジューンは思わず笑みを漏らした。ウォルトは口をもぐつかせながら、淡褐色の瞳でじっとジューンを見つめていた。
ジューンは一口ずつスプーンを運んでウォルトに食べさせた。ウォルトの痩せた白い頬に色味が差してきたころ、彼はコップを取ってくれと言うのと同じくらい何でもない調子でこう言った。
「ジューンが死んでいない理由を作ってやろうか?」
ジューンは驚きと恥ずかしさで、動揺した。
「あははははは、なんですか? それは」
「ぼくがコッツワースを継ぐところを見るため」
ウォルトの方は食べ進むうちに、すっかり落ち着いたようだった。
「いいですね。ぜひ見させていただきます」
ジューンは脇机の水差しに手を伸ばし、冷静であることを誇示するようにコップに注ぎ入れた。ウォルトは水を受け取ると、ジューンの顔から眼を離さずに言った。
「ジューン、やめるなよ」
ジューンは頷いた。
「もちろん辞めませんよ。それで、いつか坊っちゃんがコッツワースを継ぐ姿を見させてもらいます」
「やめないって約束しろ」
「はい、約束します」
「絶対だぞ」
最後は案外そっけない調子で言い、ウォルトはコップに眼を移して水を飲み始めた。




