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ウォルトの問題行動の原因は、両親のこうした態度にあるのだろうと、使用人たちは噂した。彼らは、ケイトお嬢さまとウォルト坊っちゃんを比べ、サー・ウォルターとウォルト坊っちゃんを比べることに余念がなかった。使用人たちは見ていないようでよく見ていて、ご家族を評価し、批判し、論評する。それが日々の楽しみであり、仕事の一環とすら思っているようだった。ただし、批評するだけで問題解決しようなどとは誰も思わない。そんな義務は、使用人にはないのである。
ただ一人、サー・ウォルターの老従者であるグリーン氏だけは、ひそかに孫のように思っているウォルトを非行の道から救おうと努力した。坊っちゃんには、折々に優しく話し掛けたし、主人には、機会を見つけて「ウォルト坊っちゃんともっと向き合うように」と進言をした。結果、この老従者は二人のウォルターの双方から煙たがられることとなった。ウォルトは急に馴れ馴れしくなった使用人に警戒したし、サー・ウォルターはというと、自らが手掛ける営利事業と慈善事業と、世界中の恵まれない子供たちのことで頭の中が満杯で、自分の子供のことを考える余裕は全然なかったのである。
その頃のウォルトはほとんど勉強をしていなかったが、当時の女性家庭教師は要領が良かった。彼女は常日頃より、向学心旺盛なケイトお嬢さまに教授するだけで手一杯だというアピールをしており、まんまとウォルト坊っちゃんは責任外なのだと周囲に思わせることに成功した。あらたに立派な体格をした男性の家庭教師が雇われた。
ジューンが知る限り、ブルームフィールド家の家族と使用人にとって最も苦しい時期だったと思う。ウォルトが暴れだすと、男性の家庭教師と使用人が出動して力ずくで抑え込む。これが事業経営なら、問題が深刻化する前に解決するサー・ウォルターであろうが、息子の問題となると、そんなずさんな対応しか出来ないのだ。根本的な解決になっていないことは誰の目にも明らかだった。しかし彼らには、「ウォルトは近いうちに寄宿学校に入る」という一つの希望があった。
屋敷中のほとんどの人間が、彼が「いなくなってくれること」を待ち望んでいた。そして十一歳の誕生日が過ぎ、本人の知らないところで入学の手続きが執り行われて、あとは寄宿舎に入る日を待つばかりとなった。
その夏に、ウォルトは高熱を出して倒れた。
ナニーはすでに退職しており、看病の役目がジューンに与えられた。高熱は一週間たっても下がらず、医師は「原因不明の発熱です」と正直な診断をした。
たちの悪い感染症ではないかと、疑う者が現れはじめた。
「今までの愚行の報いで、神罰が下ったのさ」
口が悪い従僕はそう言った。従僕たちは早くも、予想される結末の、その先を噂した。
「奥さまはまだ若いけど、旦那さまとの仲があれではね……」
「それは旦那さまも改めるだろうよ」
「そうさ、旦那さまは何でも抜かりなくやるさ。奥さまが若くてよかった」
「そんなに若かねぇよ、ギリギリだろ?」
こうした会話を耳にすると、執事のメイフェザー氏は激しく叱責した。彼も頭の中ではもちろん、それが起こった時の対応を準備している。そして全く想定外だった事態に対処しなければならない不満と不安でイライラしているのだ。
上級使用人たちの会話には、バーミンガムのブルームフィールド家が話題に上るようになった。それはサー・ウォルターの従兄弟の家で、男兄弟がいない彼にとっては、息子の次に跡継ぎとなる家系なのだった。
そんな中、つきっきりで看病を続けるジューンは、ブルームフィールド家の後継者の生命が自分の双肩にあると思い込み、疲労と重圧でふらふらになっていた。不安でろくに眠れず、眠ったら眠ったで、ウォルトが目の前で息絶える夢を見て飛び起きるという日々だった。
一方で、頭の片隅には妙な野心がある。ジューンの献身的な看病のおかげで坊っちゃんは回復し、病気がうつったジューンが代わりに死ぬのだ。もしそうなれば、ブルームフィールド家を救った恩人として、語り継がれるヒーローになれるかもしれない。
熱は上がったり下がったりを繰り返し、徐々に起きられる時間が増えて、二週間後には誰もウォルトが死ぬとは思わなくなった。
「みんな今頃、がっかりしているんだろうな」
四本柱の天蓋付きベッドで、ウォルトはたくさんのクッションに支えられて半身を起こし、ぐったりとしながらジューンに話し掛けた。
「何をがっかりするのですか?」
ジューンは水が入ったグラスを渡しながら問い返した。昨日は医師から峠は越えたとお墨付きが出て、安心して久々によく眠ることが出来た。
「ぼくが死ななさそうだから。みんな『死ね』って思っていただろうに、ふんっ……悪かったな」
ウォルトは鼻を鳴らすと、グラスに口をつけた。
本編↑で、親が無視してるから息子が不良になった、みたいに書いてますけど、たぶん違いますね。。。当時、金持ちの家はみんなそうだったようなので。




