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6-3

 ミセス・ウィンスレットが眼鏡の奥で、見透かそうとするように眼を細めた。

「ウォルト坊っちゃんと恋仲になっているのではないのですか?」

「なっていません! とんでもないことです!」

 ミセス・ウィンスレットはふうと大きく息をついた。

「よかった。安心しました」

「もちろんですよ! 何もあるわけないじゃないですか。なぜそのような嫌疑が?」

 ジューンは丸テーブルに身を乗り出し、憤慨している風に見えるようにした。

「あなたと坊っちゃんが、いちゃついているという報告が入るからですよ」

 誤解しても仕方ないだろうと言うように、ミセス・ウィンスレットの声が一段高くなった。

「いちゃついていません!」

「ああ、言葉が下品でしたね。とても仲が良さそうだと」

「どちらにしても違います!」

「わたしも、坊っちゃんがあなたの髪を撫でているのを目撃しましたよ。玄関ホールで」

 ミセス・ウィンスレットは恥ずかしくて直視できないというように横を向いて、しらっと言った。

「誤解です!」

 ジューンは叫ぶように言った。

「あれは髪を撫でていたのではありません。玄関ホールで花を活けていたら、いきなり後ろから三つ編みを引っ張られたのです。こう、思い切り、ぐいっと」

 ジューンは自分で三つ編みを掴むと、後ろへ引っ張って実演して見せた。ミセス・ウィンスレットは少し考えてから答えた。

「まあ、髪を撫でるのと同じようなものね」

「ええ~、ぜんぜん違いますよ!」

 ジューンは必死で反論した。

「仲が良さそうだなんて、とんでもない。絡まれているだけです。子供のころからの習慣で、坊っちゃんはわたしによく悪戯を仕掛けてくるのです。多分わたしが坊っちゃんにあまり強く言わないから、目を付けられていて、いじめられているのです」

「坊っちゃんはあなたのことが好きなのですよ。相手をしてほしくて、ちょっかいを出しているのでしょう」

 家政婦長の声からは厳しさが消え、とりなすような調子になっていた。

 ジューンははっきりと否定して、身の程知らずにも准男爵夫人の座を狙っているなどという恥ずかしい嫌疑は、微塵も残らないようにするつもりだった。

「違います。好きとかではなくて、たぶん坊っちゃんはわたしのことをナニーだと思っているのです。ナニーが何人も退職して、次の人が決まるまでの間、わたしが坊っちゃんのお世話をしていたから」

「そうでしたね。それがきっかけで恋心が芽生えたのかもしれません」

「だから、違いますって……!」

 ナニーというのは、子育て専任の女性使用人のことである。ウォルトは問題児で、ナニーをいじめて何人も辞めさせた。十一歳になり寄宿学校に入る前の数年間のことだ。二歳年上のジューンからすると、屋敷に来た九歳のころから十三歳までのことである。今思えば自分も子供だったのだが、当時はナニーの代役を果たそうと、やんちゃ坊主相手に奮闘していた。

 幼い頃のウォルトは、いたずらもわがままも手加減知らずの小さな暴君で、手に負える使用人は一人もいなかった。ジューンは何度服の中に、トカゲやらカエルやら、庭園で捕まえた生き物を突っ込まれたか知れない。アイスティーだと言って、薬品を飲まされたこともある。競馬ごっことかキツネ狩りごっこで馬や猟犬の役をさせられ、叩かれたり蹴られたり、三つ編みを掴んで振り回されたり、散々な目に遭わされた。ジューンはウォルトに気に入られ、「ジューンの給仕じゃなきゃ、食べてやらない!」などと指名を受けるほどになった。単に、使用人の中で一番従順だったからだろうと思う。

 ウォルトは元々は、明るく人懐こい性格だった。それが十歳になる頃には、始終不満そうな顔をするようになった。些細なきっかけで怒り出し、何かを振り払うように暴れて物を壊す。止めようとする者は殴られた。小さいうちは、「やんちゃ」や「いたずら」で済まされた暴力である。それは成長とともに、意味を変えていった。

 ウォルトは立派な身分と財産を持つ家の長男としてはほとんど例外的に、家族の誰からも注目されていなかった。ブルームフィールド夫人は娘を溺愛しており、息子の方のことは、産んだ子の性別が男だと分かった瞬間に、これでもう子を産む義務は終わったと大喜びしたのを最後に、存在さえ忘れてしまったかのようだった。

 上位中流階級以上の家庭では、通常、子育てはナニーの仕事であり、母親が自ら子供の世話をすることはない。行儀よく振る舞えるようになるまでは、子供は子供部屋で育てて家族と食事を共にすることもない。親は子供に会いたい時には、子供部屋に会いに行くか、ナニーに命じて連れて来させる。ブルームフィールド夫人は毎日、お気に入りのケイトをそばに置くのだが、ウォルトには見向きもしなかった。

 サー・ウォルターはというと、最初は跡取り息子の誕生を喜んだものの、その性格が自分とは正反対だと明らかになるにつれて、接し方が分からなくなってしまった。ウォルトは父親ほど優秀ではなかったし、書物にも、世の中にも全然興味がなかった。スポーツやボードゲームで遊んでも、何度言い聞かせてもルールを守ろうとしない我が子を、サー・ウォルターは理解ができなかった。彼は失望したが、長く落ち込んではいなかった。ちょうど、投資先の事業が赤字続きで回復する見込みもないというときに、損失が膨れ上がる前に見切りをつけて、資金を引き揚げる時の決断のようなものである。報われる見込みのない努力はやめて、息子を優秀に育て上げることも、一緒に楽しむことも、早々に諦めてしまった。


イギリスの当時のお金持ちの夫人は、子供を産んでも一切子育てしませんでした。

お屋敷の子供たちは子供部屋に隔離され、ナースメイドという子供部屋担当のメイドたちが世話をします。ナースメイドの上級職をナニーやナースといいます。日本語で「乳母」と訳されることもありますが、母乳を与えるために雇われている人は別にいまして、ウエット・ナースといいます。

ナニーやナースメイドたちは子供たちを着飾らせて、定期的に親に会わせます。「ダウントン・アビー」でもナニーが出てくる回がありますが、先代の伯爵夫人バイオレットが、息子に一日一時間会うのがしんどかったと言ってますね~。


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