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ジューンはジョンと会っているところを隠そうとしていなかった。村人は全員顔見知りの、身を隠す建物もあまりないような田舎で。自転車の二人乗りなんか、めちゃくちゃ目立つのに。礼拝の後で話しているところは、近くにいた使用人が目撃している。自転車で従僕のジョージとすれ違って、会釈を交わしたことがある。出かける間際、ハウスメイドのアミーリアに、「ジューンはこれからデートかあ、いいなあ~」と言われたこともある!
ミセス・ウィンスレットの耳に入っていないと考えるほうが不自然だ。
それでも、恋愛禁止とは、使用人同士で恋仲になって仕事中にいちゃつくな、という意味だろうと都合よく解釈していた。なぜなら、メイドの中には幼馴染の恋人と文通している子や、隣村の農夫と付き合っている子が、現にいるのだから。
「でも、ジョンとは恋愛ではないのです。彼はただのお友達です!」
解雇されそうになったら、そう言おうと思う。嘘ではない。ジョンは腕を貸すことはあっても、ジューンに触れることはしない。手を握ることも、抱きしめることも、もちろんそれ以上のことも、恋人同士がするようなことを、二人は一切していなかった。
ジューンは宿題を片付け、使用人ホールを出た。絶望感のせいか、白い壁と灰色の廊下が、いつもよりさらに寒々しく見える。いきなり解雇ではなく、まずは厳重注意だったとしても、ジョンとはもう会えなくなるのだ。ここで気を失うことができたら、これから起こる惨事を免れることができるだろうか。
家政婦長は自分の個室を持っていて、それは使用人ホールと同じ半地下にある。居間と寝室の二間続きで、広くはないが中流家庭のような内装と家具が設えられていた。
ジューンは、一本足の小さな丸テーブルを前にして、背もたれ付きの椅子にかしこまって座っていた。向かいではお揃いの椅子で、ミセス・ウィンスレットがぎこちない笑みを浮かべている。白髪交じりの黒髪をひっつめ、いつも黒いドレスで背筋をピンと伸ばし、威厳ある態度でコッツワース屋敷のメイドたちを指揮する家政婦長である。理知的なグレーの瞳が、銀のチェーン付き眼鏡の奥で光っていた。
「ジューン、若い女の子たちの間では、メイドが公爵夫人になる話が流行っているそうね?」
世間話でも始めるように、ミセス・ウィンスレットは何気なく切り出した。ジューンはそれが核心へとつながる端緒なのだろうと思ったが、まだ先は読めなかった。
「そうなのでしょうか? メイドから公爵夫人になった人がいるのですか?」
「いません! 小説の話です。作り話です」
ミセス・ウィンスレットが慌てて否定した。ジューンはアミーリアやキャロルたちが熱心に読んでいる恋愛小説のことを思い出した。
「はい、確かに、そういう小説が流行っているようですね」
「あなたも読んでいるのではないの?」
「いいえ、小説はあまり……。わたしが最近読んでいるのは実用書ばかりです」
ジューンは注意深く返事をした。
「まあ、そうなのね」
ミセス・ウィンスレットは当てが外れて次の言葉に迷うようなそぶりを見せた。
沈黙の間に、ジューンの頭の中では新たな悲観的観測が渦を巻いた。もしや、メイドの誰かが大切にしている恋愛小説が盗まれて、それがジューンのベッドから出てきたとでも言うのか? 盗みの容疑をかけられて、それで解雇されようとしているのか?
「あ、あの……、わたしは恋愛小説に興味はありません」
盗んでいません、と言う代わりにそう言った。
「それを聞いて少し安心したわ。あのような小説はあくまで作り話ですから。娯楽として楽しむことは否定しませんが、特にあなたたちくらいの年齢の女の子は、現実と混同しないように注意しなければなりません」
「はい。分かりました」
ジューンは自信を持って答えた。ジューンは自分のことを、同年代のメイドたちと比べて現実的な性格だと思っていた。
「わたしが何を言いたいのか、分かりますか?」
ミセス・ウィンスレットは眉根を寄せ、ジューンが反省しているかを確かめるように、顔を覗き込んだ。眼鏡の奥に光る瞳に、責めるような、あるいは痛ましいというような気配を感じた。ジューンは突然に思い当たった。
ジョンのことを言っているのだ。
頭の血が、一気に胸のあたりまで下がった気がした。胃から何かが溢れ出るような感覚がする半面、脳の方はからっぽで何も考えられない。
ミセス・ウィンスレットはジューンの顔色を読み取り、通じたと受け取ったようだった。
深い深いため息をつく。
「ジューン、冷静になって、よく考えることです。メイドが公爵と結婚することが現実にはないのと同じように、准男爵と結婚することも現実にはありません」
ジューンは頭が働かず、機械的に頷いた。
「こんなことは聞きたくないだろうし、わたしとて言いたくはありません。けれど、年頃の若い女の子たちを預かる立場として、言いにくいことも言わなければならない義務があります。
身分のある男性とわたしたちのようなメイドが男女の仲になった場合、最悪なのは、妊娠させられたうえ、メイドの職まで失うということです。もし妊娠すれば、残念ながら解雇せざるを得なくなります。信じられないかもしれませんが、紳士に弄ばれた元メイドが、乳飲み子を抱えて路頭に迷うなんていうことが、英国全土で実際に起こっているのですよ」
ミセス・ウィンスレットは悲痛に顔をゆがめて、含めるように言った。ジューンはたまらずに眼を背け、うつむいた。
徐々に頭がはっきりとしてきた。
ミセス・ウィンスレットはどうしてジョンの身分を知っているのだろう。彼の出自を……家柄を……いったいなぜ?
「上流の男たちの間では、相手がメイドなら後腐れなく遊べる、などと言う輩もいるそうですよ。まったく腹立たしい限りですが……それはともかく、ウォルト坊っちゃんです。わたしたちの旦那さまは変人と言われるお方だけど、それは主として狩りをしないからであって、跡継ぎ息子とメイドの結婚を許したりはしません。ジューン、あなた、それは分かっているのでしょうね?」
ジューンは、さっと目が覚める心地がした。
今、ウォルト坊っちゃんと言いましたか?
「あの、もしやウォルト坊っちゃんとわたしの間に何かがあるとお疑いなのでしょうか?」
ジューンはまさかと思いながら尋ねた。
「何もないとでも言うのですか?」
ミセス・ウィンスレットは嘘をつくなとでも言いたげだ。
「何もありません!」
ジューンは決然として答えた。胸の中はすっきりしていたが、内心で助かったと冷や汗を拭っている自分を感じて、罪悪感だけがもやのように残る。




