表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/130

第八十八話

続きです


「じゃあさ、アイギナの使った食器とかどうだ?」


「どうだって何が?」


もう真面目に相手をするのも馬鹿らしいが、このおっさんを振り切って進むわけにもいかない

目的地を知っているのはこのおっさんだけだし、そもそもこのおっさんに用があるのだから、この場を振り切っても、どうせ後でこの猥談に付き合わされるのだ


「サトル……お前、大丈夫か?」


「…………」


今、俺は何と言われたのだろうか?

大丈夫、そう大丈夫か?と心配された……

体調の話か?いや、そんな話の流れでは無かった

じゃあ、まさかとは思うが……

今の猥談に食い付かなかった事を指して、頭は大丈夫かと言われたのか?


気付けば手が動いていた

右手は無造作におっさんの頭を鷲掴みにし、左手は鎖骨の急所に突き入れた


「あ、イタ。え、ナニコレ、イタタタタタタタ!!!サトル、これイタイ!!イタイからイタタタタタタ!!!!!!」


因みに、右手もただ鷲掴みにしているだけでなく、蟀谷に指を押し込む様に強く握力を掛けている

苦痛は一入だろうと思うが、情けを掛けるつもりはない


「イタイタイタイタイタイタイタイタイ!!!!ちょっ、ゴメン!!なんかわかんないけど、とにかくゴメンーーー!!!!」


……もういいだろう

俺は手を放す

残る爪痕と、血が集まって皮膚が赤らんでいるのが、実に痛々しいが、同情は湧いて来ない


「イタタ……ええ、何今の?ちょっと押されただけなのに、滅茶苦茶痛かったんだけど……」


また一つ確信した

この世界に、人体急所を攻める技術体系は無い


「対人戦技術の一つだよ。教えてはやらんが」


「ええ~。こんだけ痛い思いして、得るものはそれだけか……」


「馬鹿な事言ってるからだろうが。ほら、さっさと案内しろ。さっきはあれだけ焦ってたくせに、のんびりし過ぎだっての」


「いや……だって、お前は逃げないだろ?」


「それはそうだがな……だからって、おふざけしてる場合か?」


「……むぅ……まあ、その通りなんだが」


「ほら、そう拗ねるな。先の予定は詰まってるのは事実なんだ。アイギナの事を考えれば、雑事を片付けるのは早い方が良いだろ?」


「……そう、だな……しかし、サトル」


「ん?どうした」


「お前がそこまでして、アイギナの為に動いてくれるのは、どうしてなんだ?」


そこで一瞬、言葉に詰まる

同志、などと言うのは、大変気恥ずかしいし、それだけではない複雑な感情が絡み合っているのが解るからだ


「……これは、俺の為でもあるからだな。俺自身、強さを取り戻せる道が見つかったのは喜ばしい事だ。だから、気が急くのも仕方ないだろ」


今、俺は明確に一つ、嘘を吐いた

俺が言った事は、確かに事実だった

だが、今は二の次であると自覚できる、いや、今自覚した

驚くべき事に、あれほど固執していたのが嘘の様に、その執着心が重さを喪っているのが解った


俺は、この件で自身に関する事をそれほど喜ばしいとは思っていない

それ以上に喜ぶべき事があるのに気づいた

人の感情とは面白いもので、何か一つ言祝ぐべき事があると、それ以外の喜ばしい事も、それほど喜ばしいとは思えなくなる様だ


この場合、大事なのはアイギナであって、俺ではないという事なのだろう

どうやら、俺という人間は、とにかく他人の為にしか本気で動けない男の様だ


「そうか。まあ、お前がそう言うのなら、今はそれでもいいさ」


引っ掛かる言い方だが、今の気付きに比べれば、そんな事はどうでもいい


「さて、馬鹿話に花を咲かせていたら、目的の場所に着いたわけだが」


おっさんが、前に目を向けた

俺もそれに従って、同じく目を向ける

その先には、あまり目にしない光景が見えた


「ご苦労。客人だ、通るぞ」


廊下の両端と真ん中に、合わせて三人

その制服から近衛兵と解る人が、その先への通行を妨げる様に立っていた


部屋の扉の傍に立っている姿はよく見掛けるが、それは飽くまで衛兵

近衛兵とは違うらしい

近衛兵が立つのは、王族の使用している部屋だけ

廊下で通行を制限する様子は、無い訳ではないが、やはり珍しい

それが近衛兵となれば、これはもう理由は一つしか思い当たらない


「この先が?」


訊ねる意味も無いが、それでも、という思いから端的にそれだけ口にした


「ああ、この先が俺達の使っている私的な区画だな」


やはり、と思う

そして、確かに近い、とも

具体的には、おっさんが使っている執務室から、角を二つ曲がっただけ

これは通勤も楽だろう


「……どうした?行くぞ」


おっさんが、少し前から催促の声を掛けて来た

どうやら、少し立ち止まってしまっていた様だ


「ああ」


それだけ返すと、少し小走りでおっさんを追い掛ける

おっさんは既に廊下の角に姿を消していた

と言っても、すぐそこに気配を感じるので、別に心配はしていない


「おい。そこで何をしている」


「あら。侵入者ですか?昨晩の件と言い、近衛は少し弛んでいるではないでしょうか?」


俺もその後に付いて、角を曲がろう

もう少しでそうなるところで、後ろから声が掛かった

直後に扉の閉まる音が聞こえる

どうやら、俺達が通り過ぎてから、部屋を出てきたらしい


「……」


そして、掛けられた不穏な言葉に、一瞬硬直してしまった

別に驚いた訳でも無ければ、その言葉に籠もった敵意に恐れをなしたのでもない


単純に、今の状況の拙さを悟ってしまったからだ


おっさんは、まだ角の先に居る

だが、俺が返事をした為に、その歩みは確実に先へ進んでいるのが解った

そして、俺の後ろには、二人の男女が俺を見咎めている


状況を整理すれば、王族だけの空間に居る部外者、と映っているはずだ

本来は正当な住人の同行者なのだが、明らかに誤解を招く状態になっている


「とにかく、こちらを向け。すぐ傍には近衛が居る。すぐさま駆け付けられるから、無駄な事は考えない事だ」


男の声が、俺にそう促した


「あら。少し考えが甘いのではないですか?問答無用で近衛を呼び付ければ良いではないですか」


女の声が、男を非難する

その言葉には賛同する

確かに、男のやりようは詰めが甘い


さて、状況は拙いと言ったが、よく考えれば俺がここに入ったのはほんの十数秒ほど前

つまり、ここの守衛を務めている近衛兵は、俺の顔を覚えているのは間違いない

忘れていたり、そもそも覚えてなかったら?

その時は、そんな職務怠慢な近衛兵は教育してやらなければならないだろう


なので、実は何一つ俺を脅かす要素が無いのだ

そこに直ぐに思い至ったので、実に気楽に対応させてもらう

とりあえずは、男の言葉に従って振り返るとしよう


「ん?貴方は……マイシマさん、でしたね。どうしてここに?」


振り返った先に居たのは、数日前に遇ったばかりのカリド王子

そして、その隣に同じくらいの歳ごろの少女……状況から推測するに、恐らく彼女がアミリア王女なのだろう


「え?彼が噂の?へぇ……」


どんな噂かは知らないが、実に不躾な視線が向けられる

舐め回す様に、とまでは言わないが、それでもこんなにあからさまに観察する様な真似をされれば、やはり不快感は覚えるものだ


「貴女が誰かは知らないが、いい年をした女が、男をジロジロと眺めるのは感心しないな」


とりあえず、気付いていない態を装って、その不躾な振る舞いを指摘する

暗に、まるで痴女だ、とでも言う様に


「なぁっ!?貴方、お姉さまに目を掛けられているからと言って、流石に無礼ではないですか!!?」


暗に示した事は、ちゃんと伝わった様だ

そして、その言葉から、彼女がアミリア王女であるとの確信が強まる

俺が目に掛けられていると言える女性は、たった一人しかいないからだ

その女性を姉と呼ぶ彼女は、やはりアミリア王女で間違いないだろう


「アミィ。これは君が悪いよ。確かに、些か思慮が欠けていたと思う」


そして、カリド王子

一見して、俺の言葉に賛同してくれた様に思える

だが、その目に籠もった敵意は消えていない

まだ、俺に対して殺意を持つ程では無いが、このままのやり取りを続ければ、間違いなくその敵意は強まるだろう

そう思えるくらい、彼は初めから俺に強い隔意を抱いていた

はっきり言って、アミリア王女の方が俺に対して友好的だとすら思える


尤も、少なくともこの場では、彼と争う状況になる事は無いと確信している


「おーい。どうしたサトル…………カリド、アミリア。珍しいな、お前たちが揃って出歩くのは」


おっさんが居るからだ

目の前の二人以上の権威者であり、俺の身元を絶対的に保証できる存在

少なくとも、この場に俺が居る正当性をこのおっさんは知っているのだから、俺がこの状況を憂える必要性は全く無い


そして、このおっさんなら、目の前の二人を理屈抜きで抑え込むことも可能だ

父が言うなら

それが通じる状況であるのは明白なのだから


「父上……いえ、昨晩の件が気掛かりで、アミィと少し話をしていたのですが。その話を聞こうと部屋を出たら、マイシマさんがいらっしゃったもので、少し驚いてしまったのです」


……このカリド王子の抱く隔意

俺に対してだけかと思ったが、父親に対しても、程度の差こそあれ抱いている様だ


「お父様!どうして、ここにこんな男が居るですか!?私、酷い侮辱を受けました!」


……アミリア王女は、俺の苦手なタイプの女性らしい

甲高い声でキンキンと声高に叫ぶものだから、割と距離が離れているにも関わらず、鼓膜が痛む気がする


「侮辱?何したんだ?サトル」


流石に、おっさんも聞き流せないのか、俺の所業を訊ねてくる

当然、俺に負うべき事など何もないのだから、正直に話そうとする

だが、そこは安心と信頼のカエシウス王家


「いえ、それはアミィの不調法が招いた事。マイシマさんに責めはありませんよ、父上」


俺の弁明を、見事にインターセプトして、カリド王子が取り成しに入った

好意的に解釈すれば、アミリア王女の痴女紛いの行為を隠したと取れる


「カル!」


当然、アミリア王女はそれを咎め立てる

尤も、自身の行いに恥じ入る点があるのは自覚しているのか、実のある抗議は一切出来ない様だが


「……サトル、娘が何か仕出かしたみたいだな「お父様!!」……すまん。まだまだ未熟でな、許してやってほしい」


おっさんが頭を下げる

父親と言うのも大変だと思ったが、俺自身にこの件で特に含むところは無い


「おっさん。頭を上げてくれ、別に気にしちゃあいない」


何故かその瞬間、アミリア王女の放つ怒気の圧力が増す

だが、俺にその原因があるとは思えなかったので、年頃の少女の理解不能な癇癪だと流す事にした


「ああ、すまんな。アミリア。完全な振る舞いなど求めはしないが、自らの過ちは認められるようになれ。それを他者に責任転嫁する事も、また許されない事だ。解るな?」


「…………」


「アミリア。返事をしなさい」


「…………解りました」


「……次からは気を付けなさい」


…………実に違和感があるというか


「おっさんがちゃんと父親らしい事をしてると違和感が凄いな」


「おい、サトル。それはどういう意味だ」


また、アミリア王女の怒気が増す

女子と言うのは、本当に理解し難い


「どういうも何も、アンタさっき殴られたって言ってただろ。どうせ、また揶揄い過ぎて怒らせたんだろ?」


「……まあ、それはそれだよ」


「何が、それはそれだよ。普段がおちゃらけてるから、こんな父親らしくしてる姿に違和感を覚えるんだろうが」


「……よし、そろそろ行くか!」


「おいこら。話を逸らすな。もっと普段からだな「カリド、アミリア。お父さん達はもう行く。昨晩の事を聞きたいなら、ヘクターのところへ行け。決して吹聴して回るんじゃないぞ」……聞けよ」


このおっさん、やはりというか、実に尊敬しにくい奴だ

もっとしっかりしてほしいものだが、きっとそれは無理なのだろう

まあ、昨晩の件に関しての認識はしっかりしているので、今はそれで満足しておこう


「……了解しました、父上」


「……解りました、お父様」


「ほらほら、サトル!早く行くぞ」


「……ああ」


多分、こうやって他の面々は少しずつ諦めて、現状を受け入れていったのかもしれない

そこに至るには、きっと俺やアイギナではまだまだ若く幼いという事なのだろう


だが、やはりアイギナとあの双子との間の格差が気になるところだ

家族内で軋轢があるのだろうか

気にしても、俺に出来る事がどれだけあるかは解らないが、一応記憶しておこう






「……彼がお姉さまの。正直、そんなに特別な何かが有りそうには思えませんでしたが」


「ああ、その通りだね。だけど、父上と姉さんがあれだけ傾倒しているからには、多分何かあるんだと思うよ」


「それは分かっています。問題は」


「それが、善きものであるか悪しきものであるか」


「毒であるか薬であるか」


「僕らはあまり深入りしてはならないよ」


「分かっています。お母さまは元々頼りにはならないですし」


「そして、彼が姉さんの害になるなら」


「お姉さまをお守りする為に」


「姉さんを守る為に」


「「例え、どれほど汚れる事になっても」」


相変わらず、この季節とは思えないほどの冷え込みですが、皆様は体調などを崩しておられないでしょうか

私はよく、布団を剥がして腹を壊してます


さて、今回からのお話ですが

いささか面倒な話が続きます

詳しくは当該話後書きにて述べますが、個人的に最も書きたかった部分に触れますので、小理屈を捏ねたり、屁理屈だらけだったり

そもそも、読む気も失せるわ~って展開が続く事と思います

可能な限り、二人のキャラクターを活かしつつ、脚色しながら進めて行きますが

以上の事は、一応ご承知おき頂きたく思います


次回投稿は6月26日です

そう言えば、この話が投稿される頃に新刊が出るんだったかな?

時期的には合うと思います

何の新刊かって?

五等分の花嫁ですよ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ