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第八十五話

続きです

個人的にはいい感じに仕上がった日常話


「……ああやって注文を確定させてるんだな」


「ああ、俺達と食堂長で考えたんだ……初めは、いちいち厨房に向けて注文してから、作って受け取ってたからな……簡単な料理なら対応も出来たが、それだと不満も出るし、かといって手間のかかる料理じゃあ何時までも食事が食べられない」


現代日本で言うところの食券システムを、人力で再現している訳か


「じゃあ、この番号札は……」


俺は、米原に渡された金属光沢の短冊を胸の高さまで掲げる

そこには数字で114と刻印されていた


「この列の先端は、当然厨房へと続いている訳だが、受取口が10に別れていてな?先頭に居る幾人かが番号を呼ばれて、その先でこれと食事を交換する仕組みになっているんだ」


「よく考えられてるもんだな……」


正直、こうしたシステム構築は全く触れたことが無い

我ながら将来が心配になるが、将来的には学ぶべきなんだろうか


「そうだろう?この形に持って行くまで、そりゃあ色々試したもんさ」


自慢げに話すおっさんを、出来るだけ平静に見つめる

心の内に湧き上がる敬意は、恥ずかしいから見せてやる気は無い


「……さっきから、列は結構動いているんだが、それでもまだ順番は回ってこないな……」


露骨に話題を転換する

しかし、腹減り野郎の俺達なら、寧ろこっちの方が自然な会話だと思う


「まあ、ここは無料だからな。どうしても、人は多くなるさ」


「無料?」


割と聞き流せない言葉だった

そういえば、会計されていない事に気付く


「ああ、ここは職員の為に作った場所だからな。他にも、職務上負った怪我は治療院で無料で直してもらえるぞ」


所謂福利厚生だな

中世的な世界観に惑わされがちだが、この世界は……或いはこの国だけかもしれないが、割と高度な社会システムを構築している

詳しく語るほどの知識も無ければ時間も無いが、少なくとも中世代に水洗便所は普及していなかった筈だ

ともすれば、壺に致して川に垂れ流していた時代だろう


「確か、治療院は王妃様の肝煎りで作られたんだったっけ?」


「ああ。リアは幼い頃から回復魔法に傾倒していてな。他者とは違った独特の考え方をしていた」


「リア……ねぇ」


こちらから話題を振っておいてなんだが、俺が気に掛かったのは、おっさんが自分の妻を愛称で呼んだ事だった

それそのものを責める様な意図は勿論無い

そんな筋合いは無いし、何よりそうした睦まじさを感じさせるそれは、俺個人としては非常に好ましい物であるからだ


さて、ならば何が気に掛かったのかと言えば


「なあ……名前で呼んでほしいって言って、それを拒絶されたら、それは嫌われているって事なのかな……」


他でもない、先日バルコニーでアイギナと語り合った時、名前で呼んでほしいと言った時の事が思い出されたからだ


「ああ?何の話だ?」


おっさんも、変な話題の転換を図られて、戸惑っている様に見えた

だが、これはこれで、俺にとってはかなり重要な話だ

構わず話を続ける


「いやな。……これは知り合いの話なんだが……」


そんな事実は無い

というか、この世界に来て出来た知り合いなど殆どいない

おっさんやアイギナを筆頭に、おっさん達、皇女様、王妃様くらいだ

米原ともつい先日久しぶりに話したくらい、この世界に来てからの俺は人間関係に乏しい


「……知り合いね……それで?」


「ああ、その知り合いには気になる女性がいるらしいんだが……どうにも距離感が掴めないらしくてな」


らしいらしいらしい

その表現の乱用で、自分とは全く関係ない人の話だと装う


「それで、その人はその女性ともっと親しくなりたいと考えて、思い切って名前で呼んでほしいと言ったらしいんだ」


(そうだ、俺はは彼女ともっと親しくなりたいんだ)


今更、そんな事実に気付く

とりあえず、そのこっ恥ずかしい事実からは、一時目を背ける

表情にも出さない様に気を付ける


「で、そう言ったら「嫌だと言われた?」……いや、そうは言われていない……らしい」


危なく、らしいを抜かすところだった

我ながら、嫌だ、の一言に大いに心を揺さぶられてしまった


「……それで?まだ続きがあるんだろ?」


おっさんが先を促す

それに従い、俺も話を続けた


「ああ、それでだ。その女性はそう言われて、急に固まってしまったらしいんだよ。で、そのまま鼻……いや、気絶してしまって……そんなに嫌だったのかと、今更ながらに気付いて落ち込んでいる……らしい」


(そう、拒絶されたのか。それが判らない)


もしそうなら、俺が今している事は……


(いやいや!何を言ってるんだ!?)


同じ志を持つ者を救いたいと願った

それをそんな下世話な感情で左右するなど、到底許せる事ではない


「……なんか悶えているが……まあいい。で?結局のところ、拒絶されたかどうかも分からない、という事と、その女性を余程好いているという事しか伝わらなかったが……」


「!?いや、そんな好いているなんて!!?「違うのか?」……違わな、いやいや、きっとそうなんだろう、うん」


「……(これはアイギナ、大いに脈ありって事だな……多分、あの時の話だろうし……そう言えば、あの後からアイギナがサトルの事を名前で呼び始めたんだった……しかし、我が娘は馬鹿だねぇ……サトル、嫌われたかも~ってうじうじしてるぞ……この辺の機微は俺には、ちょっと共感できないなぁ。俺とリアは、最初から仲良かったし)……とにかくだ。お前、アイ、いやその女性は何も言ってないんだから、まだ何も確定してないだろ?だったら、落ち込むのはまだ早いんじゃないか?いや、その知り合いにそう伝えてくれって事な?どうしても今のままで居るのが嫌なら、こちらから踏み出すしかないんじゃないか?ああ、その知り合いにな。そう伝えておいてくれ」


「……最初に妙な間が空いたのが気になるが……そうだよな。まだ何も決まってないよな……よし!俺、頑張ってみるよ!」


「(……コイツ、俺とか言っちゃったよ……隠す気あるのか)……ああ!俺もリアと結婚するまでは色々と苦労したもんだ。……アイツは研究研究で、ちっとも会えなくてな……偶に会えても、何か書類を纏めるのを手伝わされたり……俺が迷宮で怪我すると、自分に治させろって飛び掛かって来るんだが、そんな姿を可愛らしいと思ったのも束の間。傷口がどうやって塞がるのか、少しずつ回復させながら具に観察されるんだ……よく見える様にって、態々明るい場所に連れていかれたり……影が出来て傷口が見え難いって、怪我人なのにくるくる回されてな……血が出て見えにくいからって、傷口を布で拭われるんだが、これが痛いのなんの……」


「お、おお……苦労したんだな、おっさん」


きっと過去の日々を幻視しているんだろう

焦点の合わない目で虚空を見つめながら、ブツブツと思い出を語るおっさんは、どこか鬼気迫って見えた


「……まあ、勿論良い事もいっぱいあったがな。そうやって、リアの研究に付き合った結果、我が国で回復魔法は大いに盛んになった。迷宮から出てきてから死ぬ者の数も大きく減らすことが出来た。その為に日夜研究を続けるリアを、俺は誇らしく思うよ」


そう言って、誇らしげに笑うおっさん

その顔は、とても重厚で、一言で表現する事が出来ない想いで輝いていた


「……そうか」


俺は、そんな理想的な男の姿を見て、心が満たされるのを感じた


(俺も、将来はこんな関係を築けたらいいな……)


その為に、先ずは第一歩を踏み出さないといけない


(決めた。アイギナの問題を解決出来たら、彼女にもう一度言ってみよう)


先ずは、名前で呼んでもらう事

小さくとも大きな一歩を目指して


不思議と気力が満ちる


「あ、サトル。俺達の番だぞ」


「え?」


内心、やる気充実、意気軒昂と言ったところに、その様な声が掛かる

それは、確かについ先ほどまで、待ちに待った瞬間だったが、今の俺には大した喜びには感じなかった


―114番!三番肉の唐揚げとパン!114番の方!―


「お?呼ばれたぞ、サトル。俺が115だから、お前だろ」


そう言って、俺の背中を押すおっさん


「お、おお。って、押すな押すな!行くから!」


何故か強く押し出され、列の先から飛び出す

まだ何人かが前に居たが、こちらの事は気にしていない様だ


―115番!四番肉の竜田揚げ、パンに一番肉と根菜のシチュー!115番の方!―


どうやらおっさんも呼ばれたらしい


「114番の方?番号札出して」


厨房の受取口で、恐らくその為に居る職員なのだろう軽装の壮年女性が、実に事務的に、かつ一方的に話を進める

この感じ、受付のおばちゃんはどこの世界でも変わることは無いのか

おばちゃん恐るべし


「あ、はい。これ……「はい、じゃあこれね」は、はい」


こちらが何を話す事も出来ず、些か強引なやり方で食事の乗ったトレーを押し付けられる

こういう時に何かを考える事は、それだけ無駄な事だと経験上知っているので、内容に間違いない事だけをさっと確認して、早々に受取口を去る


「サトル!こっちこっち!」


どうやらおっさんも同じく受け取りを済ませ、少し離れた場所から俺を呼んでいた

俺はそれに従い、トレーを傾けない様に気を付けながら歩み寄る


「どこで食べる?」


情緒のかけらも無いが、これがある意味正しい食堂マナーというものだろう

手に食べ物を抱えたまま雑談など、怖くてとても出来ないし、している人を見掛けたら怖くて近付きたくなくなる


「んんんん…………あ!あそこ空いてないか?」


おっさんも両手が塞がっているので、視線だけで指すその場所を、俺もまた視線だけで辿り見つけ出す

確かに、おっさんの視線の先には、空いたテーブルが在った


「ああ、在るな。あそこにするか」


「おお、行こう行こう」


このおっさんと話していると、不思議と年の離れた相手と話しているという気分にならない

永年の気心知れた、年の近い相手と話している様な気にさせられる


それがこのおっさんの魅力なのか

それとも、おっさんなりの処世術なのか

それは解らないが、俺はこんな会話を楽しんでいるのは確かだ


「しかし、ここの食堂はかなり余裕がある造りになってるんだな」


「ん?」


「いやな。俺の知ってる食堂なんて、もっとごった返してて、それこそこんな風にスイスイと歩ける道を探すのも大変だし、そもそも席なんか大抵埋まってて、こんな簡単に見つからんからな」


俺が思い出すのは、昼時で満員になった学食だ

長テーブルが幾つも並べられたそこは、それこそ「もっと詰めろ」「食べたらさっさと席を空けろ」などは日常会話だし、テーブルの間を空けて通り道にしていても、そこに椅子を持って来て友達と一緒に食べていて、道を塞いでいる事もしばしば起こっている

当然、そこから揉め事になる事も日常だ


それに比べて、この食堂は実に快適だった

同じく長テーブルを並べていても、その間は大きく椅子を引いてもまだ余裕が十分に在るし、席数も余裕が在るのがパッと見てもすぐ分かった


ただそれだけ、と言うのは食堂の混雑を経験した事の無い人だろう

その隙間を縫うように進むのも、ただでさえ気を遣うのに、手には不安定な食事を乗せたトレーを持っているのだ

それは、傾ける事を許さない為に、空間に対して一定の余裕の確保を常に求めてくる

横だと通れないから縦にしよう、という訳にはいかないのである


「ああ、初めはな。もっと小規模なものを想定してたんだよ」


俺がこの話題を話始めた時はまだ目的のテーブルへ向かう途中だったが、あまりに順調に進めた為に、おっさんが話している時には、既に席に着く事が出来ていた

驚くべき事である


「でも、食堂長がそれでは足りないって言いだしてな。最初はここに造るんじゃなくて、城の中に造る予定だった食堂を、それぞれの部署の中間地点に当たるここに、これだけの規模で造ると言い出した時は、まあ当然俺は反対したんだよ」


「成程、おっさんの話も解らんでも無いな」


何事もドラスティックに、とやりたい気持ちは理解出来るが、それでは色々と破綻してしまう

先ずは様子見、そこから必要に応じて拡張していこう、という考えは至極真っ当なものだ

立地が特殊だと、不便を先ず懸念するのも、また当たり前の考え方だ


「まあ……今回は…………食堂長の経験が活きた形な訳だが……………………」


食べながら話さないだけ、食事の作法を弁えてはいる

だが、どうにも話が途切れ途切れでもどかしい


「食べるか話すかどっちかにしろ」


そう言うと


「…………………………」


一切黙り込んで、黙々と食事を口に詰め込んでいくおっさん

俺から話を振ったわけだから、それはそれで構わないのだが


(そんなに腹が減ってたんだろうか)


思えば、昨晩別れた後も、おっさん達は対応に追われていた可能性が高い

勿論、就寝時間は俺より遥かに遅かっただろうし、もしかしたら一睡もしていない可能性も十分あり得る

更に、食事も満足に取れていない可能性が、と考えが至ると、急に罪悪感が湧き上がって来た


確かに昨晩は大変だった

今なら自信を持って、あの程度の連中の十や二十、いや五十でも一人で制してみせると断言出来るが、あの時はまだ自身に起こった異変を知らなかった

故に、心身共に極めて消耗した……そこまで消耗するか?という疑問が湧き上がるが、実際に消耗したので、そこは素直に認めるしかない……消耗したとしても、その後たっぷりと睡眠を取れたし、更にその後も早々に帰って寝てしまったのは、客観的に見て間違いない事実だ


そして、その間……俺が倒れて寝ていた間も、帰って寝た後も、おっさん達がクタクタになりながら事態の収拾に努めていたとしたら……それは、非常に申し訳ない気持ちにもなろうというものだ


「……あ?なんだ、顔になんか付いてるか?」


俺がじっと見詰めているのに気づいたおっさんが、そう言いながら自分の顔をペタペタ触る

その様は、気負いや疲労を感じさせない

これが大人の強さなのだろうか、と羨望と呆れを覚える


「ああ、鼻の頭にタレが付いてるぞ」


俺はそんな感情を隠す様に、一つ苦笑して自分の鼻の頭を指でトントンと叩く

ここに付いてるぞ、と示すと


「…………うん、このタレもまた絶品だな!」


おっさんは、心得たとばかりに人差し指の腹で拭うと、そのまま指に付いたタレを舐めとった

そして、その味を絶賛すると、また食事にむしゃぶりつく


(子供みたいな事するなぁ……)


その振る舞いに、なんだか微笑ましい気分になる

これからの先行き不透明な現実も、なんだか上手く行く気がした

そして、俺も食事にむしゃぶりついた

いい大人になった今でも、駄弁るのは止められない

気付けば随分と時間が経ってしまっているという事も、けして珍しい事では無いと思います


とはいえ、大人になって殊更時間を気にする様にもなりました

昔は学校帰りに一緒に帰る友人と別れる場所で、それこそ日が暮れるまで駄弁る事もありました


今回は食堂での一節

こんなのも、そこらで見られる光景なのか?

それは、人それぞれでしょう


しかし、こんな事で四話も費やすのは良いのだろうか?

作者が良いんだから良いんだよ

いや、それでは読んでくれている人の事を無視している

いやいやしかし

と、悩みながら、それでもこうしてダラダラとお送りしております


次回投稿は6月5日です


俺は書き続けるからよ、お前らが読み続ける限り、その先に新話はあるぞ!

だからよ、止まるんじゃねぇぞ


それはイツカ違い

このネタを次回投稿日が5日の時の鉄板ネタにしてやろうかしら

と思って調べてみたら、次の水曜5日になる日は2020年1月でした

憶えてられんわ

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