第八十話
続きです
「さてさて……アイギナ王女殿下。話をお聞かせ願えますかな?」
あの後、そう時を置かずに戻って来たアッシュが引き連れた兵士達の手によって、あの場は完全に隔離された
あの場所を城の中から見る事が出来る窓も全て封鎖され、その一つ一つに兵士が見張りに付く程の厳戒態勢だった
そして、サトルとも引き離された私と、私に付き従うアッシュは、軍部の聴取を受ける事になった
それはそれで、別に協力する事は吝かでは無いのだが
流石に、この国の王女である私をどこぞの部屋に押し込めて、軍部の人間で取り囲んで聞き出す
等という真似は出来なかった様で
「……それは勿論構いませんが……ヘクターおじさま」
今この部屋には、私以外には目の前に居る厳めしい表情をしたヘクターおじさまが鎮座するのみ
私は立たされたまま
「私は座らせていただけないのでしょうか?」
疑問の態を取って、そう願い出た瞬間、おじさまの纏う空気が変わるのが理解出来た
……確実に怒っている
原因には思い至るだけに、強く言い募る事は出来なかった
「よく聞き取れませんでしたな……申し訳ありません。もう一度仰っていただけますか?」
言葉はとても丁寧だった
ヘクターおじさまは、殊更そういう形を重視される方なので、私に対しても、公務の上では十分に丁寧な対応に終始していた
そんな丁寧な対応の裏に潜む感情を、しかし私は読み違えない
というか、これだけ怒気を放ちながら、その意図を間違えられる人は居ない
「……いえ、質問を始めてくださいと申しました」
立場上、私はおじさま方に対し、謙りも阿りもしなくてよく
でも、丁寧な対応を心掛ける必要もあるという、かなり微妙な立場だ
言葉に横柄さと謙虚さが入り混じるのは、その辺りの事情が原因だが……
少なくとも今は、そんな事とは無関係に、この口が勝手に敬語を発していた
理由は言うまでもない
「ほう……殊勝ですなぁ……とても、お付きの近衛を振り切って、結果お命を危険に晒したお方の仰る言葉とも思えませなんだ……ああいや、これはご無礼を。これも全ては御身を思えばこそ……勿論、お許し頂けますな?」
(くぅっ!なんて厭味ったらしい!)
しかし、ヘクターおじさまとの付き合いは、それこそ私が生まれた頃からのもの
向こうは私を知悉しているし、またそれには遠く及ばないとはいえ、私もおじさまの事をよく知っている
これは本気で怒っている、間違いなく
「勿論ですわ、おじさま」
引け目と威圧感とで、思考が上手く働かない
それだけを言うに留まる私に、おじさまはしかしてその攻め手を緩めることは無い
「そうですか。では立ったままで」
そういうと、手元にある何かしらの資料へ目を向ける
(…………何も言えないのが悔しい)
というか、その話題はおじさまが聞こえないふりをして聞き流しただろうに
さも、言質を取ったかの様に言われ、そして現にこうして立たされたままでは、本当に私がやり込められ言い包められた様では無いか
「実際、貴女に何か言える事など無いのでは?」
資料に目を通しながら、こちらを一瞥する事も無く、それでも私の考えを見透かすように正論を叩き付けるおじさま
こんなことは初めてでは無い為、特段驚くことは無い
だが、だからこそ悔しさも一入だった
これが私とヘクターおじさまの関係性だった
私が何か失態を演じたら、その分だけ叱りつける
兎に角、頭から押さえつけず、そして怒鳴りつけもしないで、その分だけ、悉くこちらの反発や反論を封殺する
そんな関係を続けてきた結果、私がどの様に反発するのか、最早言葉にせずとも察せる様になったらしい
全くもって迷惑千万なアビリティである
私の反発心限定で百発百中で察してしまうアビリティ
なんて無駄なのだろう
「手間が掛からなくて良いですけどね。さて、反省はしておられるご様子……なので、責めるのはこの辺りで止めにしましょう。時間も無駄ですし」
今私は相当に可笑しな表情をしている事だろう
顔のあちこちに不自然な力が入っている
何とか表情を取り繕おうとしているのが、この無駄洞察力のおじさまで無くとも察せてしまえる程に
「概ねはアルベルトから既に聞き出しています。ですので、貴女にはこの中でどうしても確認したい事だけを訊ねる事にしましょう」
しかし、このおじさまはそんな事は一顧だにせず、本当に時間を無駄にしたくないと言わんばかりに、用件を絞って訊問すると宣言した
それもまた、私の悔しさに火を点ける
(このおっさん……いつか泣かしてやる)
今までなら、もしかしたらあの黒いものが噴き出る感覚に襲われていたかもしれないが、どうもあれを自覚した為か、そんな感覚はやって来なかった
……元々、ヘクターおじさまとのやりとりで、あの感覚がやって来た事は一度も無いのだが
「やれるものならやってみてください。では訊きますよ、心して答えてください」
また察せられてしまったが、今はこれくらいで済ますのが私の精神に優しいだろう
それより、先程からずっと重く圧し掛かる空気に、これからされる訊問がそれだけ重要なのだと知らされた為でもある
気を引き締めて、おじさまの言葉を待つ
「アルベルトに訊ねたところ、襲撃者は複数。これは現場に転がっていた者達への取調べの結果とも符合している。ではその襲撃者達を誰が迎撃、制圧したか」
朗々と述べられる内容で、訊ねられる内容に思い至る
「私達はアルベルトが対応したと考えた。現場で気を失っていたサトルは、奮戦空しく敗北したのだと考えた」
その言いように反発を覚える
だが、おじさまが訊きたいことは既に理解しているだけに、そこで話を中断させる事に意味は無かった
「襲撃者達を調べたところ、全員がレベル20台後半。最も高い者でレベル30。身体能力値も中々良好でした。つまり、サトルでは何かが出来た訳が無いと、そう考えるのも無理は無いですな」
どうにも、ヘクターおじさまのサトルを貶める様な発言がしつこい様に思われる
二人って結構仲が良かった様に思っていたのだけど、そんな事は無かったのかしら
「ところが、アルベルトに訊ねると、あの場の大半を相手取ったのはサトルだと言うではないですか。これには訊問に当たった者達も当惑しましてね」
「……結局何が訊きたいのですか?」
疑問の形を取って、先を促す
おじさまはニヤリと嫌な笑みを浮かべて
「では、その様に」
その笑みに、してやられた、という思いにさせられる
だが、訊き出したい事は判っている
その答えも既に用意している
「サトルには何かある、これは陛下とも共通している認識です。ではそれは何なのか?……では、お訊ねします、殿下。今述べたアルベルトの聞き取り調書の内容に間違いはありませんか?ああ、失礼。質問は正確にしましょう」
らしからぬ迂遠な物言い
気分が高揚しているのか
それとも、混乱しているのか
「サトルが襲撃者と制圧したというアルベルトの言葉に偽りはありませんか?」
「ありません」
用意していた答えだけに、間髪入れずに口に出来た
寧ろ説得力が無くなってしまうのではと思うほどに、即座にだ
「……ですか」
途端、無表情になるおじさま
その胸の内は、私でも推し量る事は出来なかった
しかし、私ごときがおじさまの心中を慮るのも烏滸がましいと、その疑念をすっぱりと切り捨てる
明かしたいと思うなら明かすだろう
その時に、真摯に向き合えばそれでいい
今は私の疑問を解消する事を優先すべきだと考える
「おじさま、私も一つお尋ねしたい事があるのですが」
一応丁寧に申し出る
だが、その実私の言葉には、抗弁する事を認めないという強い意志を込めていた
「今回の件で対応すべき事が多いので、後にしてください」
しかし、そんな私の強制力など、この恩師の一人であるヘクターおじさまには、到底通用しない
窓枠にいつの間にか積もる埃の様に、簡単に払われてしまった私の言葉
それでも私は諦めない
「サトルは今どうしているのですか?」
そんな拒絶など、聞こえないし聞かない
対話も交渉も拒絶するなら、こちらもその様な段階は省かせてもらうだけ
「……」
書類から目を上げないおじさま
このくらいは想定済みだ
私の次の手は
「……サトルの容態はどうなのですか?」
おじさまの執務机ににじり寄って、圧迫感を演出
そのまま、同じ意味の質問を繰り返す
少しだけ、言葉に力を込めて
「……御行儀がよろしくないですね……ご両親にそっくりだ……」
またも書類から目を上げず、淡々とそれだけ述べるおじさま
我ながら恥ずかしい限りだが、両親はいわゆる貴人としての礼節を重んじないところがあるので、近しい人間からは、割と礼儀知らずと揶揄される事がある
つまり、今の私はそんな両親の振る舞いによく似ていると揶揄されている訳だ
しかしながら、それは私にとっては罵りには値しない
身内に対して、その様に取り繕い、遠慮するのは寧ろ失礼だと思うからだ
そんな私たちと長年付き合っているおじさまが何と言おうと、私は止まらない
「なら、もう少し押してみましょうか?」
この言葉で、おじさまは私の本気を悟るはず
これ以上無視する様なら、ちょっと他には見せられない様な振る舞いをしてしまうよ、と
「……これを」
少し顔を顰めながら、書類の中から一枚を抜き出し、こちらの鼻先へ突き出してくる
屈したと思われたくない、されどそんな真似はさせられない
そんな大人の心情と矜持がぶつかり合った結果が、この唐突な行動なのだろう
内心で微笑ましくも、してやったりと思いながら、その突き出された書類を無造作に受け取る
直ぐに目を通す
この手の文字の羅列を追うのは、最早慣れっこだ
ある程度纏まっているものの、読み手の事を全く考慮に入れない乱雑な文章を、しかし閊える事無く読み進める
直ぐに目的の報告を見つけ出した
―現場にて気絶していた異世界人マイシマ サトルは、そのまま治療院へ移送。以後、治療院の監督下へ移管―
常識で考えれば、これが普通の対応だ
だが、今回は事態が異常の上に更に異常過ぎた
なにせ、この国が始まって以来、王族が命を狙われた事など一度として無かったのだから
そもそも、人殺しを禁忌とするこの世界に於いて、積極的に人を殺そうとする者は居ない
それこそ、一部の異常者のみだ
とはいっても、その事を想定していなかった訳では無いので、実はそれほど驚いてはいない
しかし、それは飽くまでも私だけの都合
周囲は、それはそれは慌てふためき、上を下への大騒ぎの筈
その中でも、十分に常識的な対応が出来たというのは、それだけ個々の実務能力が高いという結論を導き出せる
その事に少しの喜びを感じる
「分かったならさっさとそちらへ行ってください。本当に忙しいので」
書類から色々と類推して喜びに耽っていると、いきなり視界が大きく動き出す
腰と腹に何かが触れている
間近に感じる人の気配に、何よりはっきりと聞こえた声の方へと目を向けると
「……あの、いたずらした子供じゃないんですから、こんな風に抱えて……まさかこのまま抓み出そうとか思ってないですよね?」
見上げた先には、最早何とも感じない程に見慣れたヘクターおじさまの顔がそこには在ったではないか
状態をよく確認するまでもなく、腰に腕を回されて無遠慮に持ち上げられている
まるで、いたずら小僧を抓み出す様な風に
「大して変わりないでしょう。もうそろそろ身を固めるという様な歳でありながら、幼稚な手段で人を脅すようではね」
そう言われると反論しようがない
だが、それは私なりの信頼の証というか
飾らない関係性というか
「なら、こうして抓み出すのも私の信頼の現れという事で」
あれよあれよという間も無く、あまり広くない元帥執務室の出入口の扉が開かれ、そこから外へと放り出される
怪我をしない様に配慮してくれたのだろうが、床を転がされるのは身体では無く羞恥心が痛い
「……………………」
そこの衛兵さん、見ない振りをしてくださるのは有り難いのだけど、寧ろその振る舞いが更に恥辱を煽る
こんな時は、何事も無かった様に立ち去るしかない
幸いにして、行くべき先は既に示されている
誰にでも頭の上がらない相手というのは居るものです
それこそ、世界の頂点たる唯一サド以外は
アイギナにとっては、三人のおじさま達がそれに当たる訳ですね
今回はその内の一人からの訊問シーンです
アイギナの前ではやり手の元帥閣下なんですねぇ
子供にいいカッコしたいお父さんみたいな感じでしょうか
次回投稿は5月1日です
ゴールデンウィーク真っ只中ですね
まあ、私は普通に仕事ですが
気付けば連載も2年半
PV数が10万を超えている事を確認しました
停滞期にも見放さずに居てくださった方々には感謝に堪えません
今後も定期連載を心掛けて行きますので、どうぞご拝読ください




