第七十九話
続きです
長いです
今話はアイギナ襲撃事件のアイギナ視点となります
「結局何も手に付かなかった……」
暗闇の空を見上げて、独り言ちる
ここは昨日とは違う中庭
ここには本当に誰も来ない
周囲の建物は、倉庫や書庫など、人気が無いのが常の場所だけに、人目に付く事も無い
正真正銘、一人になれる場所だ
「アッシュには悪い事しちゃったな……」
あの子にどうでもいい用件を強引に命じて、その隙に抜け出してきた
後で怒られるのはアッシュなのに
でも
「今は一人で考えたい……一人になりたい」
そう言って、瞼を閉じる
暗闇の中に生まれた更なる暗闇
その中に、一人の男性が姿を現す
(……私はどうしたらいい?)
幻の立像と知りながら問い掛ける
返らない答えに、しかし彼を責める気持ちにはならない
ただ、己のみを責め問うばかり
自覚した思慕と、それによって浮き彫りにされた罪悪感、そして使命感とが鬩ぎ合う
「はぁ…………」
大きくため息を吐く
睡眠を摂れていない身体は、たったそれだけの事にも小さく抗議する
明らかに疲弊している
それも、ただの睡眠不足とは思えない程に
「アイ」「ギナ王」「女殿下で」「すね」
唐突に呼ばれた名に、倦怠感に苛まれた身体が竦み上がる
いや、ただの誰何であったならば、この様な無様は晒さなかった
ならば何故か
そこに確かに感じた異質へ、しかしその正体へは思い至らない
ただ、異常を前にして、身体はあらゆる動作を拒絶した
言葉が出ない
虚勢であっても、ただ大きく叫ぶだけでも相手を怯ませる事は出来る
だが、それすら出来ない
その感情の名は解らない
しかし、それは確実に私の身体を縛り付け、支配していた
結果、誰何に答えられず、闖入者の正体を問い質す事も出来ず
彼らの目には、私が呆然自失としている様に映っただろう
それは、あながち間違いでは無かった
私が己の主導権を握っていないという事実で共通していたのだから
「…………」
目の前の異常者達は、無言で剣を抜き放つ
軍部の視察や、近衛隊が装備の手入れをしている場面で、何度となく目にしてきたその煌めきは
しかして、今まではその本質を見た事など一度として無かったのだと思い知らされた
(……殺され……る?)
なら、彼らが動いた?
何故、どうして今
時機が悪い訳では無い
ただ、あまりにも心が乱れ過ぎていた
(昨日の……アレが原因?そうだ、それしかない)
自分達の子供が酷い屈辱を味わわされた
成程、確かに彼らが動く理由としては十分かもしれない
つまり
(それに気づかず、色恋に浮かれて準備を怠った私の失策)
これはその報い
自分から散々に挑発しておいて、いざ報復がとなった時に備える事を忘れていた
(これが私の最期……)
誰かに殺される未来は想定していなかった……と言えば、それは嘘になる
私という存在が本当に邪魔になれば、それは当然の結果として殺害による排除という結論に達するだろう
そこに禁忌も何もない
禁忌というだけで、全てが恙なく治まるなら、法など必要無い
それでも
―じわじわと迫り来る鉄刃に視線を吸い込まれながら―
こんな最期を受け入れられるのか
―あの人にもう会えなくなる―
(死にたくない……!)
サトル……お父さん、お母さん、アミリア、アリド……おじさま達、アッシュ……
大切な人達の顔が次々と思い浮かぶ
―鉄刃が近づく―
思い出が次から次へと流れ、消えて、また流れ
その中で、ふと気付いた
―サトルとの思い出が殆ど無い―
当然だ
サトルとはまだ二月ほどを共に過ごしただけ
それも、そのうちの大部分を、彼は慌ただしく過ごしていただけに、実際に直接関わった時間は更に少ない
そこから、記憶に刻まれる程の出来事なんて、もっと少ない
―いやだ―
(まだ何も出来ていない……まだ何も言っていない)
―まだ、好きだと言っていない―
突然、視界が滲む
しかし、涙が瞳を覆っているのだと気付く事は無く
今はただ、一つの事実に打ちのめされるばかり
(サトル……っ)
気付いたばかりのこの心が行き着いた場所は、こんな寂しい場所
看取るのは、名も知らぬ襲撃者達
命を喪う事よりも、ただこの心が、叶うにしろ叶わぬにしろ、明かされる事無く喪われる
その事実が、ただひたすらに私を打ちのめした
(もう……何も見えない)
子としての大事な誓いは果たせずに、女として抱いた想いは秘されたまま
私はここで死ぬ
涙は既に頬を伝い、その存在を私に主張している
しかし、それでも私は気付かない
「貴様らぁ!その方に何をしているかぁ!!!」
直後に怒声が響き渡った
よく聞き知った、少し低めの高音
まるで男の子みたいと揶揄った事がある
彼女はそれを笑って受け流していた
「アッシュ?」
まるで男の子の様な愛称
でも、彼女がそれを望んだのだ
「はい!痛恨の遅参、申し開きのしようもありません!」
いつからだったか
こんな堅い、男性の様な言葉遣いをする様になったのは
滲んで見えない視界
だけどアッシュの視線は確かに感じた
「慮外者共が……このアシュレイ・アルベルトが来たからには、最早思う様にはならん……全員叩き伏せてやるぞ!」
怒りに燃える彼女が、その偽りの名を高らかに名乗り上げる
この事を知るのは、私達王家と三大臣、そして近衛隊長と特務隊長だけ
尤も、彼女にそれは偽名だと指摘すると
「これは私の決意の証明。その様に仰られるのは心外です」
この様に憤慨してしまうので、もう誰も指摘しない
剣と剣がぶつかり合う音だろうか
耳を劈く様な金属音が、幾度も響く
徐々に鮮明さを取り戻す視界には、そのところどころで飛び散る火花が存在を主張していた
しかし、私はその中に在ってなお、少しも動く事が出来ない
アッシュと呼応して、少しずつでも城に近づけば、救援の可能性は格段に跳ね上がるはず
少なくとも、この場に硬直しているよりはずっといい
それでも、私の身体は動かない
当然と言えば当然かもしれない
私は一度も
そう、一度も戦いの場に立ったことが無い
幼児の内に必ず経験する、弱小な野生の魔物を狩る事すら経験が無い
アッシュの登場で、僅かばかりの安堵を得た
だけど、それはそこまで
根本的な問題は、今この瞬間に、私だけでなくアッシュまで危難に曝していた
(私に力が無いばかりに)
これは言い訳だ
未来に期待が持てないからと、初めから己の可能性を伸ばす事をしなかった私の過ち
例え期待が持てなくても
それでも戦いの場に臨んでいれば
今この時に、こんな無様を演じはしなかった
(ああ……これも言い訳)
言い訳ばかりが胸中に、浮かんでは消え、浮かんでは消え
今に備えなかった時点で、それら全ては言い訳に過ぎない
そう
(私が迷っていたばかりに)
サトルへの罪悪感と恋心
その狭間で迷い、焦れていた
だが、今なら解る
それは、ただの陶酔
私は、初めての恋に浮かれていただけ
その結果が、今私を危うくさせ、そして私の親友を戦わせている
アッシュは人を殺すかもしれない
いや、殺すだろう
昨日のサトルのそれと比べて、アッシュの戦いぶりはあまりにも粗雑だった
両者の優劣は、最早比べるべくも無い領域にあると解った
そして、アッシュは人を殺すだろう
彼女を知るだけに、それは既に確信であった
彼女が人殺しになったからといって、私はそれを非難しない
出来る訳が無い
お父さんやおじさま達も同様だろう
近衛の皆様も、その心中はともかく、少なくとも直接間接であれ責めはしない
では、彼女自身は?
人殺しになった、なってしまった彼女は、自らをどう思う
自らが禁忌を犯した事を、責め、悔いはしないか
独り涙するその背を思い出す
いくら恵まれた身体能力値を持っていても、彼女は私と同じくらいの年齢だ
ともすれば一兵卒でもおかしくないくらいの若さ
それでも、私の傍にと望んでくれた彼女は、想像を絶する苦労をしてきた
家族との軋轢もあったはず
そんな彼女を、その至誠を
私の愚かな若い過ちで、汚泥に塗れさせて良い訳が無い
しかし、それでも、そこに考えが至っても
(私に出来ることが無い)
声を上げようとしても、喉が震え引き攣れて
少しでも城に近づこうとしても、足は縫い付けられた様に地面を離れない
(違う……出来る事が無いんじゃない)
何もしないだけ
今も、そしてこれまでも
私は、自分自身から逃げて続けて来た
その帰結が、今ここに姿を現している
親友を巻き込んで
(最低だ……)
今までも、何度も心を苛んだ自己嫌悪
それら全てを合わせても、決して足りない程に極大の
最早、嫌悪を通り越して憎悪にまで至る程に膨らんだ自己否定が、怒りの姿を借りて発露した
(この感覚……そう、この感覚)
視界が黒く染まりだす
しかし、視覚は健全に、瞳が捉えた全ての存在を正しく認識する
その瞳に、最早涙は無い
今こそ全てを解き放つ時
何故か、そう確信した
その確信のままに、手がゆっくりと持ち上がる
(私の後悔を全て呑み込む)
視界を覆う黒は、きっと彼らには見えていない
それは、この真っ暗闇に完全に溶け込んでいるから
でも、私にははっきりとその存在が認識できる
それは、私の魔法だから
全てを呑み込む私の魔法
手が半分ほど持ち上がった
解放の時は近い
今日この時、私は出来損ないではなくなる
翳される手がもう少しで敵を捉える
私の中の、これまで認識されなかった何かが、歓喜の声を上げる
(今……!!)
響く金属音も、飛び散る火花も
アッシュが鋭く息を吐く音も、深く大きく息を吸う音も
その何もかもを巻き込んで、私の中の魔法が今、鬨の声を上げ
「アイギナ!」
……上げる筈だった
その声が響くまでは
今この瞬間に、何よりも聞きたかった声
しかし、誰よりも今の私を知られたくなかった相手
(サトル……?私は、今何をしようと……)
自分でもよく判らない衝動に突き動かされ、敵へと翳されていたこの手は
しかし確実に、私を守ろうと奮闘するアッシュをもその標的に捉えていた
(アッシュもろとも……?わ、私は……これは一体……!!?)
そもそも、自分が何をしようとしていたのか
それすらも理解出来ない
魔法を使う……
そう、魔法を使おうとしていた
(私が?…………そもそも、私には適応する属性も無かった筈)
それもまた、私の弱さの一つ
低成長率由来の低身体能力、適した魔法属性が無い
その筈だった
「マイシマさん!マイシマさん!!」(どういう事………?)
今は私は二つの情動に支配されている
安堵と喜び、そして自らへの疑問
それは、恋しい人の名を呼ぶ事と、自問という形で実を結ぶ
喜び安堵する私は、その感情の下に一切の緊張から解き放たれた
だが、疑問を呈した私は、深く静かに心の中へと沈み、己にその答えを求めて思索を開始した
因って、この身体の主導権は必然として、疑問を解消する為に揮われる事になる
先ず、順を追って確認する
幼い頃、幾度となく試し、そして打ちのめした魔力の放出
火、水、氷、風、土
身体に染み付いた感覚に従って試行する
火……水……氷……風……土………………やはり違う
(その属性に適性が有れば、感覚で理解出来る)
それが、魔法属性を判別する方法
私はそこでも出来損ないの汚名を被る事になった
今、私は全く別の可能性を……いや、可能性ではない
既に確信しているこの感覚に従って、全く別の魔法属性を放つ
(………黒い)
水の様な流動性を持ちながら、しかし決して流れて行かない
火の様に燃え立つ様な動きをしながら、けれど熱くない
氷の様に冷たくも無ければ、風の様に肌を撫でる感触も無く、土の様に硬くも無い
視覚以外の感覚を刺激せず、それでも確かにそれは私の手に纏わり付いて、そこに在った
最も近い形容は、煙の様、だろうか
立ち上る黒い煙は、しかし途中で折れ曲がり、また私の手の周りへと立ち戻る
循環するそれは、色を薄めず、夜闇の中に更なる暗い存在感を放っていた
「……何なの?これ…………」
自問の末に得られた答えは、されども更なる疑問を私に投げ掛けて来た
これは何なのか?
既に一つの答えは出ている
―全てを呑み込む―
私はこの魔法を、先程そう表した
その事を、何故私が確信したのかは理解出来ないが、この魔法がこうして目の前にある以上、その答えを否定する事は出来ない
これは、全てを呑み込む魔法……正確にはそういう性質を持った魔法属性なのだろう
(聞いた事も無いけど……)
そして、私は魔法を鎮める
魔力の放出を止めれば、自然と黒い煙は色を薄めていき、終いには綺麗に消失した
初めての魔法使用、初めての魔法停止
且つて、焦がれに焦がれ
そして、涙も涸れ果て、諦めたその力
だが、今の私に感動は無い、恐れも無い
(……私は一体何なの?)
出来損ない
そう言われて久しく
それに抗い続けて久しく
けれど払拭など出来ずに久しく
諦めてなお久しく
その私の内奥に宿り、今正に目を覚ました謎の魔法
(いえ……今までも、何度も目を覚まそうとしてきたんだわ)
私が怒る度に、現れたあの感覚
幻覚や何らかの比喩でもなく、きっとあの黒い物は現れていた
「お前……お前ぇーーっ!!」
急に間近で上げられた大声に、私の意識は現実への帰還を強制された
同時に状況を認識する
目の前には、見間違える筈も無い男性の背中
そして、その肩越しに土や草に塗れて、その黒装束を乱れさせた襲撃者達、その内の一人が見える
私は守られている、そう強く実感した
(そもそも、こんな時に考え事なんて……)
いくら彼の参上で強く安心したからといって、流石に度が過ぎる
強く自戒する私に、初めて聞く彼の強い憤りに満ちた怒声が聞こえた
「うるさいってんだよ!!そんなに痛いのが嫌なら、もう二度と痛い思いの無い様にしてやるよっ!!」
その言葉に、何故か強く打ちのめされる
(何故……?)
何故か、彼を自分の利益の為に利用しようとした事を、強く糾弾された様に感じた
それが何故かは解らない
だが、それは元々私の中に在った感情だ
それが唐突に顔を出したのかもしれない
次の瞬間、彼が喘ぐように絞り出した言葉を聞くまでは、そう思えていられた
「どいつもこいつも、自分の都合で他人を傷つけて……傷つく奴の心情なんか一顧だにしない」
(…………)
違う
私は違う
そう否定したい
だが、己のした事は
彼の善意を、自分の都合の良い様に誘導して
それは彼を傷付ける事では無いのか
私はその事を、それをした瞬間に考慮していたか
彼に嘘を吐いた時に、嘘を吐かれた彼が傷つくと考えたか
(……なんて事を……)
自身をこれ程に嫌悪したのは、生まれて初めてかもしれない
自分の過ちが自分と親友の命を危険に晒したと後悔した時でさえ、これ程に己を悍ましくは感じなかった
だが、今はその到底許せない事実に耽っていていい時では無い
今は、せめて彼の想いを見届けなければ
(サトル……貴方が何を背負っているのか。それは解らない……私が支えたい、とも言えない)
でも
「誰も彼も不自由なんだよ……お前だけじゃない……なのに、お前だけがその鬱憤を撒き散らすなんて認めない……認められるかぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
「……マイシマさん……貴方はどれほど」
やはり、声に出して名は呼べない
気恥ずかしさよりなにより、私にその資格は無い
それでも、こんな私でも
血を吐く様に、その想いを吐き出す貴方を、せめて見守らせてほしい
自分勝手で自分本位に過ぎる
でも、これは間違いなく私の本音
苦しむ貴方を…………貴方に救いがある事を
「私が救いたい……なんて、もう言える身じゃないわね……」
そう自嘲して
直後、言葉で形容し難い何かを行い、相手を地に沈めたサトルは、息を荒くさせながら倒れ伏した
その事を目にした瞬間、サトルへの全てを躊躇っていた私は、魔法を放った時の様な強い衝動に突き動かされ、彼の元へと駆け寄った
「アイギナ様。私はこのまま近場の衛兵を捕まえて、人手を手配します。恐らく、増援は無いものと考えますが、危険ですのでご同行下さい」
サトルを介抱していると、いつの間にか近づいてきていたアッシュが、私にその様に提案してきた
確かに、普通に考えたらここに留まる理由は無い
最低限、他の衛兵が立つ場所まで避難するべきだ
しかし
「ごめんなさい。それは出来ません」
立場は違うが、彼女に謝意を述べ、頭を下げる事に躊躇いは無い
間違いなく彼女の言葉が正論で、私の言葉が我が儘である今などは尚更だ
「……マイシマ サトルですか?」
やはり、永年の親友には解ってしまうらしい
と、大袈裟に言ってみたが、私の状態を見れば誰でもその答えに至るのかもしれないが
私は地に腰を下ろして、畳んだ脚に……正確に表現すれば太股の上にサトルの頭を丁寧に乗せていた
何とも思わない異性に対してする様な事では無い
これだけで、私の心は透けて見える事だろう
「ええ……彼は、何の義務も無い身でありながら、命懸けで私を守ってくれました」
それはただの建前
本音は、私がこうしたいから
実に浅ましい、正しく我が儘だった
それでも私は譲るつもりは無い
「……命懸け……ですか…………それはどうでしょうね」
アッシュは私を最優先にしてくれるとはいえ、私の身を危険に晒す様な行為を許容してくれた事は一度も無い
彼らを刺激して、その奥に居る貴族達の決定的な行動を惹起させようとした私の計画も、結局彼女は最後まで認めてくれなかったのだから
そのアッシュが、何故かここでは言い募らなかった
もっと強く反発があると想像していただけに、少し拍子抜けしてしまった程だ
「……アッシュ?」
彼女が呟いた言葉を聞き取る事は出来なかった
だが、どこか様子のおかしい親友に、訝しみと心配相半ばでその愛称を呼び掛ける
「……まだ何人かが完全に無力化出来ていませんね」
しかしアッシュは、私の呼び掛けに応える事無く、周囲を見回してそう口にする
そして、徐に私達から離れ……立ち上がろうともがく幾人かの襲撃者に近付き、その腹へと足甲を纏った硬い爪先を蹴り込んだ
その容赦のない行為に、少し驚く
蹴りを受けた襲撃者は、うめき声を僅かに上げて、直ぐに体を痙攣させるだけになった
つまり、周囲に倒れ伏す襲撃者達と同様の末路だ
「成程……よく効きますね」
何かを確認するアッシュ
それそのものに驚きは無い
急に想像もしなかった行為をした事に驚いただけだ
「……本当なら、アイギナ様をよく説き伏せてこの場を離れてもらうべきなのですが」
少し遠くに居ても聞き取れるくらいにはっきりとした声で、アッシュがその様に述べた
……責められているのが解り、少し居心地が悪かった
「その者は、早めに治療しなければ死んでしまいますね……私が急げば済む話か」
そのアッシュの視線の先には、サトルが最後によく解らない事をして脚に剣を突き立てて絶叫していた男が居た……どうやらもう、うめき声を漏らす程度の力しか残っていない様だ
アッシュには、時々自問自答して自己解決自己完結してしまう悪癖がある
どうやら今もその悪癖が顔を覗かせた様だ
「ではアイギナ様。せめてこの場を動かないで下さい」
元よりサトルを放置して動く気は無いので、その言葉に反発はしない
尤も、こちらの意思の確認など一切しないままに駆け出していったアッシュには、そんな事をしても無意味だろうけど
颯爽と去って行ったアッシュが、暗闇の向こうに消えるのを見届けると、自然と視線を膝の上で眠るサトルの顔へと移す
「……今だけ……今だけは」
誰も聞いていないこの場なら、心の中で思う事と何も変わらない
自分にそう言い訳をする
「……さ……サトル」
面と向かって
とは言っても、肝心の相手は気を失っているのだけど
それでも、初めて彼の顔を見ながら、その名前を呼ぶ
「…………いえ、そう言えば、初めて会った時も名前で呼んだわね」
ちょっといい感じの空気に陶酔出来るかと思いきや、彼との最初の出会いでの痛恨の失敗を思い出し、そんな甘い空気には到底浸れなかった
「……だからって、なんで今思い出すのよ……私のばか……」
最早修正しようも無い過去の失敗を思い出し、同時に強く熱を帯びる顔面を手で覆う
先程までは膝上に乗るサトルの頭を支えていたその手で顔を覆った
必然として、手に強く絡み付いたサトルの香りが、強く私の鼻だけでなく、何故か口中も刺激した
…………正直に言って、今までの人生で感じた事も無いほどの芳しい香りと風味でした
「すーは~すーは~すーーーーは~すーーーーーは~すーーーーーーーーーーーーんぐふっ!!ゲホッゲホッゲッホッ!!」
これは人間の性分として仕方のない事だと思うのだが、とてもよい香りがすれば、それを少しでも強く、少しでも長く感じていたいと考えて当然だと思う
つまり、その抗いがたい本能の衝動を前に、ついつい何度も嗅いで、更にはもっともっとと息を吐くより吸う方が長く多くなってしまっても、それは仕方ない事では無いだろうか、いや間違いなく仕方がない
そして、その結果、酷く咽てしまっても、それは人間の性分故
そう、悪いのは私では無く、人間に備わった本能
…………本能に屈した馬鹿な私を、誰か笑ってやってください
「ゲホッ……ふぅ……何やってるんだろ、私」
真っ暗闇の天を仰ぎ、自嘲する
手は自然とサトルの頭を撫でようとするが、今しがた汚らしい私の唾が飛散して汚れてしまった事に気付き、手を引っ込める
「……なんか、やる事為す事失敗ばかり……」
力が欲しいと願ってサトルを騙し
サトルが好きだと思い知らされ、騙した事実が重く圧し掛かり
一人で物思いに耽っていれば命を狙われ親友を危険に晒し
サトルの頭を撫でていたら、馬鹿をやって撫でられなくなって
「はぁ……もう、アッシュ早く戻ってこないかな……」
やっと立てていたアイギナ強化フラグを回収する事が出来ました
謎の属性に目覚めたアイギナのこれからは如何に
そして、アルベルトの分も伏線回収
皆は勿論気付いていたよね?(TRNTR並)
次回投稿は4月24日です
アイギナ視点は後二回です
と言う事は、ゴールデンウィークが終わった次の週の水曜日にアイギナ視点が終わる訳ですね
妙な因果を感じます……感じません?
それが終われば、第三部は後半に突入 理強化篇です
今回で強化を終えるか、次部以降に強化段階を残すか
今ちょっと悩んでます




