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第七十八話

続きです

こういう話は苦手です


正直に言って、そこから先の記憶が曖昧だ

気付けば父の腕に抱かれていた

父の事は家族として愛しているけれど、こうして腕に抱かれていたいとは思わない


……ちょっと饐えた臭いがするのだ

お母さんに訊くと、年を取ると皆こんな臭いがするらしい

その事は納得したが、だからといってこの状況を甘受し続けるのは、また別の問題だ


(……今日はいつもと少し臭いが違う気がする……)


妙に鉄臭いというか

騎士団の武器庫に視察で入った事があるが、その時に感じた鉄の臭い

それとは若干異なるが、そんな様な臭いがする


「お父さんこそ、この状況はどういう事か教えてくれますか?」


とにかく状況を把握しなければ

とりあえず、目の前の無礼者に訊ねるしか無さそうなのが不安を煽る


(年頃の淑女を乱暴に揺さぶり起こすなんて、何を考えているのか)


気のせいか、少し首が痛い

視界も揺れている

だが、目の前の無礼な父親を見失うことは無い

何故なら、その頭は私に鷲掴みにされているから

決して逃さないという強い意志の元、しっかりと爪も立てている

その確かな感触が私の怒りと合わさり、感覚を補正しているのかもしれない


「お前が愛しの男の前で鼻血を垂らして気絶したので、俺が後を引き受けてお前を起こしたところですが?」


(……は?)


聞き間違いだろうか

私が……さ、サトルの前でどうしたって?


恐る恐る上唇の更にその上に指先で触れる

何かが指先に付く感触がした

と、同時に香る鉄の臭い……いや、父の言葉を信じるなら、これは血の臭い


「……血」


何故?


その疑問が口から漏れ出たのか


「惚れた男に迫られて興奮して鼻血流して気絶したんだよ」


その答えに激憤する


「サトルはそんな破廉恥な真似はしません!」


する訳が無い!

いくらお父さんでも、言っていい事と悪い事がある

さ、サトルはとっても紳士的で……とても丁寧に……とても優しく……

私が少しでも嫌がる素振りを見せたら、直ぐに止めてくれた!


(あれ?そんな出来事があったかしら?)


何故かそうだと確信しながらも、妙に現実感を伴わない

そう、そんな夢を見ていたかのような……


(まさか、ね……)


「サトル?」


不思議と気を引くその名前に、声のした方へ目を向ける

直後、見なければ良かったと痛感する


「サトルって…………あれ?俺サトルが迫ったなんて言ったっけぇ~?」


とてもいやらしい笑みを浮かべたお父さんがそこに居たのだから

こういう笑い方をする時のお父さんは、間違いなく良からぬことを考えている

考えているだけならまだいいが、それは間違いなく実行に移されるのだ

それでいて、それを止める手は暴力以外にない

単純な人生経験の差なのか、それとも別の要素があるのか

言葉では決して勝てないのだ


「え?というか、いつの間に呼び捨てに!?お父さんビックリしちゃったなぁ~」


それでも何とか言い返そうと思考を回すが、相手はその道で老獪に立ち回って来た害悪中年

この場は正に、この饐えた臭いのする中年の独壇場だ

こんなに己の無力を嘆いた事は嘗て無いと言い切れる程に、ただひたすらに悔しかった


「ち、ちがっ……違うっ……!」


出来たのは、こんな稚拙な反発だけ

言いたい事、知らせたい事

何も言えない情けなさ


「何が違うんだ?え?サトルの事なんか別に何とも思ってない?ああ~!お父さんの早合点か!!こいつは失敗だった!スマンスマン!」


しかし、その言葉で何かが切れた

何かとしか形容のしようが無いが、とにかく何かだ


「……お……お父さんの馬鹿ーーーーーーーっ!!!!!」


矢も楯もたまらず、私の中の何かを押し退けて拳が唸りを上げる

とはいっても、私の一撃でお父さんにダメージは与えられないのは、百も承知だ

だが、そんな理屈はその辺に放り捨てた

今大事なのは、この無礼千万な中年を黙らせる事


その為の一撃を放つ


「ぉぐっ!!」


傷一つない顔面、その側面の無駄に肌の綺麗な頬へ拳を叩き付ける

何かしら言おうとしていた様だが、直接的な妨害を受け、間の抜けた声と汚らしい飛沫をその口から撒き散らして言語の態を成さなかった


そして、そんな間抜けを晒した父を顧みる事無く、無意識に肩を怒らせてその場を立ち去った


(……そういえば、今日はあの感覚が無かったな…………)


自分は確かに怒っている……はず

だが、怒ると何時も陥るあの、視界が暗くなる感覚が、今回に限っては無かった

しかし、自分は確かに怒っている

……考えても答えは出ない


「サトル……」


常と異なる事態に、無性に不安に駆られる

すると、何故かその名前が口を突いて出た

それも


「……~~~~~~~っ!!!!」


何故か名前を呼び捨てで

そういえば、さっきもお父さんに揶揄われていた時に、反射的にそう呼んでいた

そう、だから揶揄われたんだった

その事実が、既に強烈に精神を蝕んでいた煩悶を、更に重篤な状態に陥れる


今の私の心情は、部屋の隅とか机の下とかに身を隠したい、その一事に尽きる


「それに……」


―お前が愛しの男の前で鼻血を垂らして、気絶したので俺が後を引き受けて、お前を起こしたところですが?―


―惚れた男に迫られて興奮して鼻血流して気絶したんだよ―


―そうかそうか……お前も、もう恋を知る歳か……うんうん、ここまで長い様で短い様な……不思議な気分だなぁ……―


身体が震える

それは、恐怖か歓喜か


それだけなら、容易く否定して見せた

この卑賎な身には、恋愛なんてものに現を抜かす時間など無いのだから

だが


「私……わたしは……」


咄嗟に口を突いて出た反駁の数々が、鮮明に脳裏を過ぎる

当然だ、ついさっきの出来事なのだから

だからこそ、一字一句を思い出せる

そして、その一字一句が私の防衛衝動から来る稚拙な否定を、容易く打ち崩す


「好き……なの?」


自問

その問いの答えは、急速に高熱を帯びる顔面と早鐘を打つ鼓動という形で、否応なく提示される


「好き……なのかな?」


それは無駄な抵抗

否定材料を探す……そんな行動すら思考に上らないほど、全身がその問いを肯定している

唯一形ばかりの抵抗を続けているのは、最早なけなしとなった己の矜持のみ


「……サトル」


それも、その名一つでいとも簡単にその信念を翻した

ただ一つ、家族に報いるという信念

今この瞬間、その一つ上にマイシマ サトルという一人の男が、大事に大事に据え置かれた


全身を走る歓喜

快楽すら伴うその強く激しい喜びは、しかし或る一事に思い至り、一転絶望へとその姿を変える


「………………どうしよう」


自分がつい先ほど仕出かした事

それが、最低最悪の形で跳ね返って来た


嘘を吐いた


全てが嘘ではない

それどころか、見方を変えれば全て真実であるとも言える


だが


「………………」


それはあくまで他人事での話

為した当人がそれを偽りだと、詐術だと認識するなら

それは間違いなく罪である


「でも……」


それでも、彼の持つ力は、あまりにも魅力的に過ぎる

今この瞬間

罪の意識に苛まれている中でも、思考のどこかでその力を求めている

その為なら、如何なる罪悪も行ってみせるという、強い意志が確かに息づいている


「ならば私は……」


気付けば自室の前に立っていた

いつの間にか足は帰路に就いていた様だ


扉を開けて中に入る

部屋の前には近衛兵が居た筈だが、彼の者は何も声を掛けて来なかった


「あ……まだ仕事が残ってたんだった」


そんな事に気付くのに、どれだけの時間を無為にしたか

窓の外を見れば、まだ明るかったはずの空は知らぬ間に真っ暗になっていた


「……お腹……空かない」


不思議と空腹は感じない

もうそんな段階は通り過ぎてしまったのか


判然としない

だが、そんなどうでもいい事は、直ぐに思考の波濤に押し流されて消えていった


重い体を引きずり、床へ入る


「……眠くならない」


その日は眠れぬ夜を過ごした

答えが出ることは無かった


鼻血には一家言のある身です

鼻が弱いのか、昔から事ある毎に鼻血を垂らしてきた経歴は伊達ではありません


与太話は置いておいて、私は鼻血を吹くキャラが好きです

柴田亜美世代ですから、それはもう鼻血キャラに対して並々ならぬ耐性があります

というわけで、当作の正ヒロインにも鼻血を吹かせてみました

恐らくこれからも度々鼻血を吹く事になるでしょう


衛藤ヒロユキ世代でもあります

ドラクエ四コマは聖書


次回投稿は4月17日です

桜の花は散っているでしょうが、個人的には花が散った後の濃い紅色と葉の緑色が入り交じった桜は大好物ですので、全く問題ありません

葉桜でも見ながら花見ならぬ葉見でもしましょうか(毎年やってる)

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