第六十二話
続きです
前回から劇中で、数時間が経過しています
「ふむ……ふむふむ」
目の前で床に臥すマイシマさんを、母が興味深げに触っている
触診というらしい
立派な施療行為なのだが、何やら如何わしく思えるのは、私が治療に対して門外漢であるからだろうか
「あの……お母様?……マイシマさんはご無事なのでしょうか?」
もう、この事を訊ねるのは何度目か
その度に
「今それを調べてるんだろう?」
とか
「そうして訊く度に結果が出るのが遅くなるんだよ。解ったら大人しく待ってな」
だの
「惚れた男が心配なのは解るけどね?母親にそんなの見せ付けてどうすんだい?」
っだだっだっだだ誰が惚れたれたれたれたって!!?
「いい加減な事言わないで下さい!!?」
思わず否定の言葉を叫ぶ
「あん?急に何だい?いつも言ってるだろ?治療院では静かにしろって」
「アイギナ様、どこかお加減が優れないのでしょうか?先生に診てもらいますか?」
……どうやら、妄想の産物だった様です
いえ、実際にさっき言われたのですが、今のは完全に私の想像の中だけの出来事でした
(恥ずかしい……)
きっと私の顔は真っ赤に染まっている事でしょう
それを隠す様に……いえ、隠す為に俯く私に
「うん、どこも異常は無さそうだね。単に疲れただけだろう」
と、母の診察結果が告げられました
そういえば、マイシマさんの状態を訊ねていましたね
「本当ですか!?」
嬉しさのあまり、つい叫んでしまいます
「あぁ……?何だい、疑うのかい?」
「あ……」
自分の失言に気付きました
母は自分の能力に絶対の自信を持っています
長年の研鑽と研究の結果培われた能力です
加えて、非常に慎重な性格で、余裕がある限りじっくりしっかりと視て考えて、結論を出す人なので、少なくとも、そうした状況下で間違った判断を下された事はありません
故に、その判断を根拠なく疑われる事を非常に嫌います
今の私の言葉を、疑念と取られてしまったのかもしれません
弁明を……
「お待ちください!アイギナ様はその男……マイシマ サトルの無事をよろ、よろこ……ヨロコンデ…………そのあまりの言葉!決して!決して先生のご判断を疑った訳ではございません!」
そう思った時、アッシュが私の考えを代弁してくれました
付き合いが長い分、アッシュは私の事をとてもよく理解してくれています
途中随分と言葉を噛みましたが、さっきまでの戦いを思えば、その身の疲労も相当でしょう
それでも、こうして私のわがままに付き合ってくれる友人に、感謝の念が絶えません
「……まあ、そういう事にしとこうか……アンタも、騒ぐなら出てっとくれよ」
どうやら、失言ではないとご納得いただけた様子
ホッと胸を撫で下ろして、マイシマさんの状態を訊ねることにします
「お母様。それで、マイシマさんはどれほどで目を覚まされるでしょうか?」
「そうだねぇ……もう何時目を覚ましてもおかしくはないよ。こればかりは、色々な身体の状態も加味して考えなきゃならないからね。一概に何時、とは言えないねぇ」
本来なら、そんなの知るかい、何時目を覚ましてもおかしくないよ。で済ますのに、やけに丁寧に答えてくれました
駄目で元々、という気で訊ねたので、少し意表を突かれた気がしました
そんな私の感情が、きっと顔に出ていたのでしょう
母はいやらしい笑みで
「アンタの男なんだろ?それなら、アタシの息子になるかもしれないんだ。そりゃあ、普通の対応じゃあ、将来後を引くかもしれないからねぇ。特別だよ?」
などと揶揄ってきました
「なんっ!?」
何ですかそれは!?という言葉も、あまりの衝撃に上手く言葉に出来ません
ここで冷静に反論できればいいのですが、これは間違いなく悪手でしょう
「解ってる解ってる。アンタは奥手だからねぇ。まあ、その辺はお母さんに任せときなって。いい様にやっとくからさ」
「ふっ、ふざけないでください!もう!そんな馬鹿な事言ってないで、お仕事に戻って!ほら!」
「親に向かって馬鹿とは……ああ、解った解った、解ったよお母さんはお仕事に戻るよ」
「………」
何だこの状況は
妙に騒がしいから目を覚ましてみれば、妙齢のナイスバディな白衣の女性とアイギナが、夫婦漫才ならぬ親子漫才を繰り広げているではないか
というか、あそこで神妙な顔して突っ立っているのはアルベルトか?
お前、この状況見てたんなら何とかしろよ、っていうか、俺はどういう状態だよ
何で、俺の寝てるところにアイギナ達が?夜討ち朝駆けか?というか今何時だよ
……思い出した
そうだ、襲撃者を全員倒した後、俺気絶したんだな
いや、気絶云々は想像だが、現在の状況とその時の状態から推測して、それが一番確度の高い推論だろう
つまり、ここは治療院?
恐らく、アイギナ達が俺を運び込み、王妃様……先生が診ていたって感じか
「おい、アルベルト。今何時だ?」
とりあえず暇そうなアルベルトに、確認すべきことを訊ねる
無事か?とは訊ねない、見れば解るから
「今は深夜2時頃だ。目が覚めたならさっさと起きろ。貴様には訊きたい事があ「マイシマさん!?目覚められたのですね!?」る……」
哀れアルベルト
それはカエシウス王家のお家芸みたいだから、諦めるのが賢明だぞ
「坊や、幾つか質問がある。まず、身体に不調はあるかい?」
質問がある、と言っておきながら、了承も得ず質問する先生は、やはり抱いていた印象そのままのせっかちな人だ
どう考えてもアイギナが何か話したそうにしていただろうに
「お母様!私が「アンタは黙ってな。それで?不調はあるのかい、無いのかい?」先に……」
やはり母親の方が強いのだろうか
とにかく、質問に答えなければ話が進みそうも無い
「ちょっと待ってくれ……」
俺はそう答えると、ベッドから出て軽く体を動かす
一通り体を動かしてみて、どこにも問題が無い事を確認した
……アルベルトの視線が凄い突き刺さっていたが
何だ?何か仕出かしたか、俺
「いや、問題ない。強いて言えば、疲労で体が重たいくらいだな」
その事も、かなり激しく動いた自覚があるので、全く自然な結果として受け止めていた
……アイギナの視線も凄い
アルベルトと違って、こちらは純粋に心配している様子なので、後でしっかりと話をすれば解決するだろうと、今は放置する事に決めた
「そうかい。じゃあ次だ。坊や、アンタ好きな女はいるのかい?」
「は?」
俺の聞き間違いだろうか
「なっ!?何を……」
アイギナがやけに過剰に驚いている
俺は気にしないが、女性がそんな大口を開けるのはあまり外聞がよくないんじゃないか?俺は気にしないが
「意味が通じなかったのかね?だから、恋人はいないのかい?或いはそうしたいと考えている女性はいないのかい?って訊いてるんだよ」
どうやら聞き間違いでは無かったらしい
だが、同時に
「意図が解らない」
それが俺の偽らざる心情だ
話は俺の体調の事ではないのか?
「うちの娘はどうだい?これでなかなかの器量良しだ。見た感じ、なかなかの名器でもあ「何言ってるんですか!?お母さん!」る……やかましいね……ここでは静かにしなって「誰のせいですか!?誰の!」言って……いや、お母さんに任せときなって「仕事に戻れって言ったでしょ!?」……いや、だから「戻って!」……はいはい、解りましたよ……」
なんだい、全く……それが母親に対する態度かい?
そんな事をぐちぐち言いながら、アイギナに追いやられるままに退室していく先生……いや王妃様
アンタ、王妃様なのに……
「ここの王族にまともな奴はいないのか?」
「うう……返す言葉もありません……」
「あ……」
「マイシマ サトルッ!!王家を誹謗するとは、貴様!」
ギャーギャー
ワーワー
バターン
「やかましい!うるさくするなら出ていきな!!」
ギャーギャー
ガタンガタン
「……なんだこれ」
もうホントに、何この状況
「いいかい、次騒がしくしたら、本当に叩き出すからね!?あと、もう問題無いんだ。用事が済んだらさっさと出ていくんだよ!?いいね!?」
バタンッと乱暴に扉を閉めて出て行った先生
今起こった騒動の原因の一端はアンタでしょうが、とは言えない程に肩を怒らせ、怒気を漲らせていた
「……あー、とにかく、アイギナ。無事な様で何よりだよ」
まずは、凶事を切り抜けた事の喜びを告げる
「あ……いえ……その…………はい」
しかり、俺の喜びとは反比例しているかの様に、アイギナの返事は尻すぼみで
最後の「はい」なんて、今この静謐な空間でなければ、間違いなく聞き取れなかった事だろう
「ん?アイギナ「待て、マイシマ サトル」……何だ、アルベルト?」
その会話インターセプトは、王家のお家芸だろ
何でお前までし出すんだ
著作権侵害だぞ、告訴するぞ、略して告るぞ
機嫌悪く睨みつけながら、割り込み野郎に用件を問う
これで大した用件で無かったら軽く〆てやろう、そうしよう
「貴様、アイギナ様を呼び捨てにするとは、一体どういうつもりだ?事と次第によっては許さんぞ」
………事と次第によっては許してくれるのか?
「ああ、それか」
「それか……ではない!!貴様解っているのか!?アイギナ様は、歴史深き大国カエシウス王国の第一王女殿下で在ら「うるさい」せられる……何だと?」
自分でも不思議だが、この物言いにはどうしてもイラつきが抑えられない
「うるさいと言った。お前に関係ある事か?」
即座にその苛立ちに理由を求め、自分を分析する
答えは簡単に見つかった
「関係があるかだと……?」
「そうだろう?お前はアイギナの護衛、近衛隊の一隊員に過ぎない。当人が嫌だと言うならともかく、個人的な関係性にまで踏み込むのは、大いに僭越じゃないか?越権行為も甚だしいだろう?」
何の権利があって、俺とアイギナの個人的な交友に嘴を挟むのか
この一事に尽きる
そもそも、親御さんであるおっさんと王妃様は何も言わなかった
それをして、俺の事を認めた、等と安易に受け取るのは楽観的に過ぎるが、少なくとも排斥すべき存在だ、とまでは思われていないだろう
更には、先に言った通り、当人が嫌だと言っていない
そう、嫌だとは言われていない………良いとも言われていないが
「……の」
「大体お前、何だ?あの様は。護衛としてもまともに動けない分際で、更に越権行為まで……少しは自分の所業を省みちゃあどうだ?」
「喧しい!大体貴様こそ、何だあの強さは!?救世の務めを担う身でありながら、まさか力を隠していたのか!はんっ!貴様こそ、己の愚行を恥じるべきではないのか!?」
「……あの……!」
ふざけた物言いに、早々に我慢の限界が訪れる
そして、当然の結果として始まる口論
「はぁ?負け惜しみにしか聞こえないなぁ?で、何だっけ?救世の務め?何それ?誰がそんなん引き受けたよ?いつ?どこで?思い込みで発言するとか、うっわ恥ずかしい~」
「何だと貴様!」
「あの……!二人とも……」
俺の罵詈雑言に、こちらも堪忍袋の緒が切れたのか
アルベルトが俺の胸ぐらを掴み上げる
「何だ?言い返せなくなったら暴力に訴えるのか?おお、いいぞ。受けて立ってやるよ!あの程度のへなちょこ野郎に、訴えられる程の暴力が有ればの話だけどな!」
「や、野郎……だと……貴様、その言葉、後悔するなよ!」
「後悔だぁ~?させてみろやぁっ!!」
「なっ!?や、止めて下さい!!」
ここまで売り言葉に買い言葉の応酬が続いては、実際に手が出るのも時間の問題だっただろう
そして、その時間がやってきた
振り上げられるアルベルトの拳
きつく握りしめられ、その皮膚の一部が白く変色している
しかし、その籠められた力と意気に反して、実に眠たくなるようなテレフォンパンチであった
俺は手を伸ばし、その拳の根元
大きく引かれた腕を辿って、その肘の内側を抑える
ただそれだけで、拳は勢いという恩恵を受け取れず、不発に終わる
「なっ!?」
おお、驚いてる驚いてる
「その間抜け面、馬鹿みたいだぞ?」
この程度で驚くレベルの練度
実に、実に下らない
失望もここに極まれり、というヤツだ
或いは、まだ相手の攻め手は続くやも……と期待して、一秒ほど観察するも、驚愕に固まったアルベルトは完全にその動きを止めていた
俺の悪口雑言に激昂する余裕も無いらしい
「お前、近衛辞めろ?この程度の腕前で勤まるお役目じゃないよ。な?そうしろ?それがいい」
極めて冷静に、そして努めて冷酷に、何より案じて冷徹に
その身の進退を決める事を勧める
あまりにも惰弱に過ぎる
その弱さは、何れその身を滅ぼすだろう
それを理解し、知ってしまった以上は、見過ごしにしては寝覚めが悪い
「……きさまこそ…………」
アルベルトが何事かブツブツと呟いている
恐らく、俺に言われた事を受け入れられずにいるのだろう
若しくは、自らに言い聞かせているのか
「あ?何だってぇ!?ちゃんと言え、ちゃんと!!」
とはいえ、ここで大人しく従うなどとは思っていない
寧ろ反発はあって然るべきだろう
それは、それだけこいつにとっての重大事であるという証左でもある
(やると決めたなら、半端は無しだ)
その矜持も信念も
徹底的に圧し折り、木端微塵に打ち砕く
これはその第一歩目だ
「き、貴様ぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
怒りのあまり、口角から泡を吹き散らしながら怒鳴り声を上げる
勿論それだけ済む訳も無い
「ア、アッシュ!止めなさい!!」
胸ぐらを掴んだまま、逆の手で殴り掛かってくるアルベルト
怒りのままに振るわれる拳は、先程と大きく異なり完全な不意打ちであり、込められた害意は桁違いに大きい
半分拘束された状態では、先ず回避する事は適わないだろう
だが、それは素人が相手の場合の話だ
本能のままに振るわれた拳は、最短で最良の軌跡を描いて放たれる
それは、逆に言えば軌道が読み易いとも取れる
一切の虚を含まない実利一辺倒の攻撃は、巧者にとってはただのカモ
相手に隙を晒すに等しい、無為極まる拙劣な行いである
打ち上げられる拳の、手首と肘を取る
固い肘を意図的に押し上げ、取った手首を相手に向けて返す
たったそれだけで、相手の拳は相手の顔面向けてその軌道を変更した
後は単純
怒りに任せ、総身の力を込めて放った拳にその頬を強烈に、且つ不意に打ち付けられて
蹈鞴を踏みながら後退るアルベルトを、しかしそのまま逃がしはしない
下がるアルベルトに素早く近寄り、その顔面と後頭部を鷲掴みにする
丁度、俺の手で頭を挟む形だ
そして、意図せぬ後退で崩れた重心を、膝裏に回した足を伸ばして掬い上げる様に刈り取った
体落としの足捌きの応用だ
宙空に浮き上がったその体を、頭に掛けた両の手で押し込み引き込み地に沈める
アルベルトは、その頭と背を強かに病室の床面に打ち付けて、悶絶する間も無く意識を落とした
アルベルトが落ちました(意識)
彼の人はこれからサトルくんの執拗な退職コール+暴力に晒される事になる……のでしょうか
それは今後の展開次第
サトルくんの強さが徐々に露わになっていきます
前回で露わになってた?その通りです
ですが、それは読者諸氏にのみ
後はアイギナさん、アルベルト氏だけですね
それ以外にも晒されていきますよー1919
とりあえず次回は先生(王妃様)に晒されてもらいましょう
その次回投稿は12月26日……と言いたいですが、折角前日クリスマスな訳ですし、12月25日の投稿にします
もう年の瀬ですねぇ




