第五十一話
第三部開始です
新キャラ登場回
と言っても、活躍の場はまだ決まってませんが
「アイタタ……」
本日もお仕事お疲れさんっと
いつまで経っても慣れない仕事の疲労と足腰の痛みに、思わず漏らした一言
何故か、非常に恥ずかしく思えてしまい、周囲に人が居なかったかキョロキョロと見回して確認してしまう
意味がないとは分かっていても、ついついやってしまうそんな事を、自分がする日がやってくるとは思っていなかった
それだけに、恥ずかしさも一入なのだが、幸いなことにそんな己の無様を、必然偶然問わず、目撃した者は居ない様だ
実に幸運だった
もし見られていたら、如何なる手段を講じてでも、その口を封じなければならないところだった
などと、冗談全部の考え事をしながら、辿り着いたのは食堂
この広い城の中に食堂が一つしかない、という事実は置いておいても、この立地の不便さには若干閉口してしまう
というのも、この食堂
三大部署である軍務、政務、財務から、等しい距離に設置されているのだが
その三大頂点から等間隔の重心点となる地点は、とある庭園にある小規模な森の中になり、道が整備されているとは言っても、どうしても野性的な趣を隠し切れず、都会っ子の俺には少し厳しいものがあるのだ
有り体に言ってしまえば、虫とか湧きそうで食欲が失せる
経験があるだけに、とにかく気が滅入るのだ
「しかして、そんな事を愚痴っても仕方ない」
今も部屋に食事を持ってきてくれるのだが、どうも今日は都合が悪いらしい
理由は聞いていない
興味もないし、何より好意でしてくれている事が中断されたからと言って、それを糾弾する様な恥知らずな真似はしたくなかったからだ
恩義に報いれないくとも、せめて反する行為は厳に慎まなければならない
「これも経験だ」
今この瞬間も、人が続々と入っていく建物
周囲には胃袋と脳髄を刺激する匂いが漂い、そこが何の役割の建築物であるかを如実に示してくれる
「そういや、アイツは今どうしてるのかね?」
明らかに疎外されていると解るクラスの中で、百合と木野以外で唯一の繋がりを思い起こして、独り言を呟きながら巨大な門を潜り、扉に手を掛ける
利用者用の、人が三人通れる程度の扉を開けると、雑多に混ざり合った、しかし確実に空腹感を直撃する匂いがそよ風の様な心地よい圧力で吹き付けてきた
「………割と期待できるか?」
今まで部屋に持ってきてくれていた食事は、良くも悪くも質素で、味もまあ御察しな感はあった
裕福な出自の身だが、それほど食事に拘りはない
好物は帰り道に在るスーパーの特売で買い溜めしている一つ100円(税込)のサバ味噌缶だし、母さんや叔母さんの作ってくれる食事も、おそらく豪華さという面に於いて、一般的な家庭料理の域を出ることは無い筈だ
そういう食事環境に在ってなお、この世界に来てからの食事に栄養補給以上の意味合いを見出せなかった訳だが、今俺の全身を包み、嗅覚を歓喜させている匂いは否応なく食への期待感を煽り立ててくる
取り敢えず、食堂に来た者がすべきことは一つ
雑然としてそうとは分かりにくい列の、更に判別の難しい最後尾へと続くことだ
とはいえ、この食堂のルールが分からない
食券を購入してからなら、その列に並ばなければならない
この列がそうであるという保証はない
もう少し列が整っていれば、列の続く先が判然としようものだが、それは到底叶いそうにない
(購買のおばちゃんが居てくれればな…………)
鷹の目を持ち、全ての空腹児共を支配下に置く、購買のおばちゃんがこの場に居たなら、この様な雑然とした在り様を放置などしないだろう
(愚痴っても詮無いことか)
この列が違うかどうか、前に並んでいる人に尋ねてみればいいだけだ
(曰く、訊くは一時の恥、訊かぬは一生の恥、だ)
先人の有り難いお言葉に従おう
「すみません、一つお尋ねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
出来るだけ丁寧な物言いを心がけて、眼前の同志に問い掛ける
同じ空腹の輩、不躾な態度では怒らせる事請け合いなのだ
少なくとも俺なら、そういう時に失礼な事をされたら怒る
「はい、何でしょう……か……」
(あれ?)
特に何かあるわけでもない、普通の余所行きの表情で振り返った同志は、返す言葉の途中で、唐突に言を失速させる
(……やらかしたか?)
当然だが、こちらの世界の礼儀には疎い
とは言っても、それなりの間滞在しているのだ
知りませんでした、で済まされる期間はとうに過ぎ去っている
(取り敢えず、何をやらかしたのか判らない以上は、このまま話を続けるのが得策か)
何の過ちを犯したか理解しないでする謝罪に意味はない
相手からのアクションが無い以上、こちらの採り得る選択は、無意味を承知で謝罪するか、気づかぬふりをして話を続けるかしかない
俺は後者を選択する事にした
(どうせ、今後も関わり合う様な関係性じゃないしな)
一期一会と説く千利休に真っ向から反するが、その一期一会がごく僅かな邂逅であるなら、多少不躾に振舞うのも致し方なし、と割り切ろう
「いえ、私はここの食堂を利用するのは初めてでして、特に何も考えずにこの列に並んだのです。それで、もしよろしければ、同じ列の前後になった御縁に、ここの利用方法などご教授願えませんでしょうか?」
俺は、最初の慇懃さを崩さずに、自身の要件と要求を一方的に伝える
これで相手が怒るようなら、諦めて食堂を退散する事にしよう
俺もそうだが、相手もそんな空気の中で並んで居たくはないだろう
そんな俺の考えを、杞憂と笑い飛ばす様に聞き慣れた声が割り込んできた
「いやぁ〜、舞島君じゃないかぁ〜」
この妙に間延びした声は
「ちょっと失礼……米原じゃないか。お前、王都に居たのか」
前に並ぶ人に、中座する無礼を簡単に詫びて、声の主に意識を向ける
そこに居たのは、清潔そうな白い上着を着た太っちょの男子
こいつの名前は米原人良
とかく俺と距離感のあるクラスの中に於いて、俺と親しい唯一の男子である
百合と木野以外で、現在俺の友人と言えるのはこいつだけだ
(中学以前の友人とは疎遠になってるしな)
小学生時代の友人なんて、父親の蒸発、母さん離婚からの転校、修行の為に長期間休学したせいで、全く居ないのだ
というお涙頂戴の事情がある
と、まあそんな具合で、唯一の男友達な訳だが……
「ひどいよ、舞島君〜。友達の大まかな動向くらい把握しておいてよぉ〜」
そう言われると、確かに友人甲斐の無い奴だと罵られても仕方ない様に聞こえる
実際そうだと思ったので、素直に謝罪することにした
「いや、悪い悪い。ただ、こっちも色々立て込んでてさ。正直、百合の事も二の次になってたんだよ」
我ながら言い訳がましい言い分だと思うが、親しい間柄の友人なら、俺が如何に異常事態に在ったかを、この言葉で理解してくれる筈だ、という甘えた考えもあった
「へぇ〜、舞島君が舞島さんを忘れるくらいの事があったんだぁ〜。」
だがそんな甘えも、こいつは当たり前のように受け入れてくれる
実に傲慢な考えだが、こういう奴だからこそ俺みたいな偏屈者と友人関係が成立しているとも言えるのだ
「じゃあ、僕の事なんて忘れてても仕方ないねぇ〜」
うん、そういう意図で言った言い訳なんだが、そう言われると凄く罪悪感を刺激される
十割俺が悪いので、重ねて謝罪しておく
「いや、ホント悪かったって。で?お前はここで働いてるのか?」
何をしているのか?とは訊かない
この男、米原人良程食堂という場が似合う男を俺は知らないからだ
別に大食漢だから、という訳だけではない
こいつの実家はとある商店街に店を構える定食屋なのだが、そういう環境か、料理が上手い
そして、その料理の腕を買われて、うちの学校に特待生で入って来たのだ
たったそれだけで?と言うなかれ、いいとこのお坊ちゃんである俺は、やはりそれなりに舌が肥えている
好物はサバ味噌缶だが、グルメチックな食事にも慣れ親しんでいるのだ
そんな俺の舌が、こいつの料理は一級品だと教えてくれる
聴くところによると、こいつの実家の定食屋もかなりの人気らしく、口コミで日々いろいろな所からお客さんがやってくるらしい
更に、あの購買のおばちゃんも常連客らしいのだから、驚いたものだ
いや、おばちゃんがどれほどのものかは知らないけど、俺ら学食組にとって、それだけ特別な存在だということだ
話が逸れた
つまり、それほどの料理人であるのなら、安っぽいヒロイズムや惰性に流される連中みたいにレベル上げに感けず、どこぞの厨房に入り込んで料理に勤しんでいても、全く不思議ではないということだ
「そうだよ〜、今も注文を取ってるところなんだ〜」
「そうかそうか、注文を取ってるところなのか……じゃあ、俺と話し込んでちゃダメなんじゃないか?」
「あぁ〜そうだねぇ〜。じゃあ、舞島君〜。注文は何にする〜?」
……ああ、こういう奴だったよ
俺みたいな偏屈と付き合える奴が、真面な訳も無い
「いきなりだな。というか、列の順番は無視して良いのか?いっぱい並んでるが」
初めての利用なので、その辺は全く把握出来ないのだが、真っ当に考えれば並んでいる順番に注文を取るものじゃないのか?
俺の懸念は的中だったらしく、列の前の方から苦情の声が上がる
というか、さっき訊ねていた人も文句を言っている
「あぁ、ごめんなさい〜。今行きますねぇ〜」
そう言うと、今度はこっちを一瞥する事も無く、ドタドタと前方へ走り去っていった
「……変わらないなぁ。ああやって走り回るの、親父さんに怒られてただろうに」
食事してる所で走るんじゃねぇ!埃が立つだろうが!
米原の親父さんの怒鳴り声が一瞬で脳内で再生される
懐かしき思い出に浸りながら、列に並び続けていると、本当に直ぐに米原がやって来た
どうやら、割と近くの人の注文をすっ飛ばしてこっちに来ていたみたいだ
「おまたせぇ〜。注文は何にする〜?」
いつもそうだが、こいつに食堂の経営は無理じゃないだろうか
いや、言うまでもなく無理なんだが
料理は一級品でも、接客は三級品だ
南無三だよ
「いや、俺はここ初めてなんだよ。お品書きは無いのか?」
何があるのか判らない以上、注文のしようが無い
「それとも、店側がああしろこうしろって注文してくるのか?」
軽く揶揄する様に言葉を返すと
「嫌だなぁ、舞島君。宮沢賢治じゃあるまいし、そんな店なんか在る訳無いよ〜」
おっとりと、朗らかに返してくれる
こういう応酬があると、友情を見たような気がして心が和む
「だよな。最後に食べられちゃあ敵わん」
「そうだよぉ〜。それで、お品書きは入り口を入ったところに在ったんだけど、気付かなかったんだねぇ〜」
「そうなのか?」
間延びした声でそう指摘されて、自分のやって来た方を顧みる
すると、確かに入って来た人が、何やら側に在る立て看板を覗き込んでいるのが目に入った
あれがお品書き何だろう
正直、あれ初見で気付く人居るのか?と思うが、そもそも初見でお1人様な俺が有り得ないのだろう
他の連中は、職場の先輩とか上司に連れて来られるに違いない
(うちの上司はああいう連中だから……)
おっさん、豪快、寡黙、卑屈
こんな連中と食卓を一緒にはしたくない
「というか、おっさん共もある程度、利用方法とか教えてくれても良かったんじゃないか?」
思わずそう口にするも、目の前には無二の友人しか居ない
そんな友人に、上司の愚痴を言っても仕方ないので
「米原、お前のお勧めを一つ頼む」
何を注文するか迷っているなら、これも一つの選択だ
俺は友人のお勧めに従うことにした
幸いにして、こいつの舌は本物だ
そのお勧めなら、損をすることはあるまい
「僕のお勧めかぁ〜」
そう言うと、何やら悩み始める米原
そこまで難しい注文をした訳では無いと思うが……
「う〜ん。ねぇ、舞島君〜、この後って時間に余裕ある〜?」
急にそんな事を訊いてくる米原
少しいぶかしく思いながらも
「急ぎの用事は無いな」
事実のみを端的に告げる
「じゃあさぁ〜。こっち来てよ〜」
俺の返答に満足したのか、いきなり肩に手を置かれて、隣に回り込まれて近くの机に連れていかれて、椅子を引かれて座らされた
「何だ何だ?」
俺はそれに不快感などは感じないながらも、強引な誘導に従う
事情を問うも、一切答えないままに、我が友人は何処かへ行ってしまった
おっとり笑みを浮かべながら、次第に遠のく丸っこい体の背を見送りながら、取り敢えず座らされた席で待つ事にする
「…………」
とは言っても、食堂に来て食事をしないまま席を占有するのは、割と周囲の目が気になるものだ
多分、チラチラと見られているのだと理解している
だが、人間とは不思議なもので、こういう時にチラチラと見られているだけで、何故か凄い強烈に非難の目線を送られているように錯覚してしまうのだ
「……………………」
遅い
こういう時、時間の流れというのはとても遅く感じられる気がする
まだ2、3分程度しか経過していないだろうに、もう数十分は待ち惚けている様に思えてきてしまう
遅い
「………………………………」
かなり広い食堂、座るところは沢山在る
見た感じ、学校の食堂と方式に差異は無い様だ
並んで、注文して、食券?の様な物を購入して、それを厨房の受付の様な人に手渡し、少し進んだ先で厨房から用意された料理の乗ったお盆を受け取り、席を探して座り、そして食事を摂る
全自動発券機など無いから、そこが人力になっているだけで、概ね学校の食堂と変わりない
入ってから今の今まで気づかなかったが、遠目に二つの入り口が見える
そして、その側には長蛇の列
その先にある厨房
よくよく考えれば、こんな広さを前提とした利用客を、たった一つの列と厨房で捌き切れる筈も無い
そんな次第で、三つの厨房で捌かれた腹ペコ連中は、それでもなお余裕のある席に次から次へと滞ることなく座っていくのだ
なのに、別に邪魔になっている訳じゃないのに、食べ終わったのなら早く退けよとか言われる状態じゃない筈なのに
物凄い視線が刺さってる気がするのは何故だろうか
気にするのは止めにして、無心で待つことにした
米原 人良君は第一部から既にその存在を示唆されていた人物です
読んでいて、あの時の奴か、と気付いた人は、この作品を読みこんでいらっしゃるのでしょう
有り難い事です
彼の設定として、百合と仲が良いというものがあります
男女のそれでは無いですが、百合が気に入っている、人良君は穏やかな気質、と相まって仲良しという訳です
しかし、それを表に出せる機会はいつ来ることか……
次回は一週間後、10月10日です
書いていて、多分これくらいペースなら連載間に合うだろうという結論に達したので
これからは毎回次回投稿を予告できるように頑張ります




