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悪の秘密結社の女幹部ブラックウィドウさんは、別に世界征服とかがやりたい訳じゃなくて、とにかく奨学金を早く返済したいし、職場環境を改善したいだけなんです!

黄土色の地面が広がる採石場跡地の奥に、ぽつんと佇むプレハブ小屋は、廃屋にしか見えない。

  その後ろに回り込むようにして進み、擦らないように気を付けながらアコードを停める。

 運が悪いと帰る時に鳥のフンが増えている時があるけど、表から見えないように駐車するにはこの場所しかない。


(あー、軍手持ってくるの忘れた……また手が汚れちゃう……)


  プレハブ小屋のシャッターの鍵を開ける。

  これが、なかなか一度で回らない。


「よっこらしょ!」


 シャッターは手動で開けなければならない。

 気合を入れて全力で下から押し上げる。


 ガガガガガガ……ッシャン!!


  昔バイトしていたお弁当屋さんのシャッター並みに錆ついている。

 重たいし、開けるたびに今にも壊れそうな音を出すので、心臓に悪い。


「ふぅ……」


 もうこれで一仕事終わった気分だ。

 帰りたい。


  シャッターの錆と土埃で汚れた手を払いながら、電気のスイッチを入れ、内側からシャッターを閉める。

 プレハブ小屋の中は、何もない。

 地下へ続く長いコンクリート階段の入口があるだけだ。


 ペタペタペタペタ----。


やたらと響くローファーの音がしばらく続く。

やがて、降りた先に分厚い鉄製の扉が現れた。


  解錠のナンバーは5963。

  ちなみに私のいた院の研究室も何故かこのナンバーに設定してあった----流行ってるのか?

 いや、どうでもいいんだけど。


「今日も一日、ご苦労さん(5963)!」


一人で叫びながら電子キーのボタンを押す私。

うーん、狂気。


 実際問題、最近ちょっと壊れて来てるかも。


  そもそも私は別に悪の秘密結社に入りたくて入った訳ではない。

 世界征服とかしたくないし、それどころか、子供の頃から七夕の短冊には「世界が平和になりますように」とか書いてる人間なのだ。

 なので、好きで正義の味方ワイルドレンジャーだかいう組織と戦ってる訳じゃない。

 むしろ、正義の味方を自称しているような人間とか、関わりたくない----まである。


  じゃあ何故悪の秘密結社なんかに入ったのかと言われると----。


 バイトと奨学金で大学院を出て、やっと受かった就職先が大手外資系に買収されて、あっと言う間にリストラされたから----であって、そうでもなければ悪の女幹部になんて、普通はならない。


( そりゃ確かに、奨学金を返すためには多少はブラックな企業に入るのは覚悟していたけど、あんなこっ恥ずかしいボンテージを着て、あまつさえ喪女なのにブラックウィドウを名乗る覚悟まではしていなかったわよ……ってか、しないわよ!)


 地方の小さい企業だけど、どうにか再就職できそうだと電話したら、泣いて喜んでくれたお母さん、親不孝な娘でホントにごめんなさい----。


 ここに入った時、総帥に「悪の秘密組織という事は、やっぱり世界征服とかを目指しているんですか?」と聞いた。


 お前は歴史から何を学んだんだ? と呆れた顔で言われたけれど、いやいや、アンタが言うか?


 思わず、「じゃあ逆に、悪の秘密組織って何を目指してるんですか?」と聞いてしまった。


 途端に、我が意を得たりとばかりに「今の日本人は安全が水より安いと勘違いしているからな、この私が私財を投げうって思い出させてやるんだ、平和とはただ寝ているだけで手にはいるモノではないと……まあ、つまりは悪のライオンズクラブみたいな組織だと思っておけ」などとまくし立てたので、あっ、独特の感性をお持ちの方だ、と思ってそれ以上は聞かない事にした。

  査定に響くのは嫌だし。


 しかし、総帥くらいは世界征服を目指すと言ってくれないと、何のためにワイルドレンジャーから狙われてるのか分からない。


(ライオンズクラブなら始めからライオンズクラブにしてよ! 入らないけど!)


 そうこうしているうちに、事務所のドアの前に着く。


分厚い木の看板に「秘密結社 ブラックストーン」と、個性たっぷりの筆書きで力強く書いてある。


(何度見ても、文字が絵手紙なんだよなぁ……)


 とにかく、ここが悪の秘密結社ブラックストーンの事務所----もとい、本拠地だ。


「早く手、洗いたい……」


 私は深い溜息を一つついて、ドアを開けた----。

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