想い出と形見と旅立ち
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長椅子に腰かけた状態で目が覚めた時、そこがどこかもわからなかった。
――どこかの教会のようだが身に覚えはなかった。
病室のベッドで寝ていたはずなのだから……これは夢なのだと直感した。
思えば入院してから不思議な夢を頻繁に見るようになっていた。
「夢ならしばらく覚めないで欲しいな。どうせ目覚めても、いつもと変わらない退屈な病院の中なんだし」
ぼやきながら立ち上がると、腰にはデッキケースが装着されていた。
「へへ、夢のくせに用意がいいじゃんか」
中に入ったカードを確認した。
自慢の仲間たちが一緒だ。
とても心強く感じた。
教会の扉を開け、外へ出た。
空は明るかった。
街を照らす日の光はまぶしく、通りを挟んだ向かい側では……〈鬼〉、ハヤトにはそう見えた。
小太りで体色は薄黒く、耳には奇妙な装飾品、鋭い目と大きく裂けたような口をにやつかせながら、巨大な骨付き肉を吊るし焼いていた。
スパイスと肉の香ばしい香りがハヤトの鼻をくすぐった。
小学校低学年ぐらいの頃に行った河川敷でのバーベキューの思い出がよみがえった。
ヒュウと吹く風が少し肌寒くも感じる。
ハヤトの体が少しブルっと震えた。
「……やけにリアルな夢だな」
五感を刺激する現実味が確かにそこにあった。
西洋風の城下町といった街並み、まるでロールプレイングゲームの中に迷い込んでしまったかのようだ。
モンスターたちがひしめき合う大通りを何の気なしに進んだ。
露店が道の両脇にずらっと並んでいる様はまるで夏祭りのようだった。
少し歩くと「お、ここらじゃ見ねえ顔だな」と声をかけられた気がした。
声のする方へ顔を向けると、一瞬ぎょっとしたがすぐに理解できた。
なぜならあのモンスターはカード・タイプにあるから知っている――〈ゴブリン〉だ。
「お前さんに言ってんだよ」
と店の中からゴブリンが、こちらを指さしてきた。
「お、俺?」
「そうだよ、旅人かい」
「……わからない。旅人なのかな?」
「なんだい、そりゃ」
ガハハと笑うゴブリンの店主に気に入られたハヤトは、街で生活をしているモンスターたちのことや、今いる場所がキダンの街であることを聞くことができた。
彼が無一文であることを知ると、ゴブリンは快く宿屋代を貸してくれたりもした。
借りたものはしっかり返さなければならない。
前世ではアルバイトもしたことはなかったハヤトは、思い切ってゴブリンに相談した。
「俺もさ、その……お金を稼ぎたいんだ」
「それなら何かしらの〈アイテム〉を持ってくりゃ、なぁんでも買い取ってやるぞ! だがそのためには獲物を仕留める力が必要だ」
「力……」
「そいつはな、何も腕っぷしの強さがすべてじゃあねえぞ。なんでもいいのさ。この世界じゃ誰しも〈特別な力〉を秘めているもんさ」
ハヤトは少し考えた末に、
「……そうだ、俺には仲間たちがいる」
ハヤトはデッキケースから《アーマード・ファルコン》のカードをおもむろに取り出し、その手を空に掲げた。
「いつか、カード対戦ができたなら……俺もこう召喚! ってさ」
次の瞬間、カードから光があふれ出し、ガンメタリックの鎧をまとった隼が上空を舞った。
ずっと思い描いていたことが現実となった瞬間だった。
「おいおい、なんだ〈召喚士〉だったのかよ! なら、この世界で生きていけるじゃねぇか」
生きていける。
その一言が体の奥深くにしみ込んでいくのを感じた。
ハヤトは〈異世界〉が夢だろうと現実だろうとそんなのはもうどうでもよくなっていた。
***
――崩壊したキダンの街内部では、いまだに怒号と悲鳴が鳴りやまない。
理不尽な暴力は晴らしようのない嘆き悲しみを置いて去っていった。
「お……おっちゃん。う、うう」
ゴブリンの店主はその命を終え、データ分解されていった。
ハヤトの涙は止まることを知らなかった。
分解がものの数秒で終わりアイテムが出現した。
〈ゴブリンの首飾り〉であった。
こうして、ハヤトにとって第二の故郷キダンの街は崩壊した。
数週間後。
キダンを襲った暗雲は異世界の各地で確認された。
時を同じくして本来の自然界には存在しないタイプのモンスターが出現し、既存のモンスターを次々と襲っていった。
それらは〈クライシス・モンスター〉と呼称され、元々の自然界に存在するモンスターは〈ネイティブ・モンスター〉と差別化が成された。
この非常事態の中、腕の立つ戦闘タイプのネイティブ・モンスターたちがこぞってクライシス・モンスターの討伐に乗り出したのである。
ハヤトもその討伐組のひとりとなった。
宿屋で休息をとっている間、様々な思いが頭を巡った。
ベッドから起こしたその身は軽やかに感じた。
いつまでも寝ているわけにはいかない。
涙は乾き、傷は完全に癒えた今こそ旅立ちの時だ。
教会の虎顔神父が云っていたように、もし本当に〈魔王〉がいて一連の異変がそいつの仕業だとしたら……俺はそいつを絶対に許さない。
デッキケースからカードを一枚一枚取り出し、テーブルに広げた。
これまでとは違い未知のモンスターを相手にしなければならない。
危険で過酷な旅になるであろう、
「けれども、信頼するお前らとなら!」
その覚悟は意識せず言葉となって出た。
「――まずはクライシス・モンスターを片っ端からぶっ倒す!」
広げたカードをデッキケースに戻し〈ゴブリンの首飾り〉を身に着け、宿屋をあとにした。




