プロローグ ー居位青会病院ー
いよいよ、この時が来たか……。
20XX年五月某日の夕方、居位青会病院にて、ストレッチャーが廊下を走った。
若い男性がそれに乗せられ、身悶えしている。
そんな状況でも彼が思うことは、病院には全くいい思い出なんて無いことだった。
思い返すと目に浮かんでくるのは、無機質な暗い緑色のビニールレザー張りのベンチや、街のコンビニと比べてしまうと明らかに商品の種類で見劣りする売店。
古い病院だったから仕方ないのだろうか。
退屈でしかなかった。
だから憧れを持ったんだ、あの世界に。
そう、これでいいんだ。
襲ってきた胸の痛みにはだいぶ慣れてはきたが、早く終わるに越したことはない。
周囲の音、扉が開く音、医療従事者たちの声がかすかにだが聞こえた。
「四季十字院長、どうなさいました?」
看護師の張りつめた声、が微かに聞こえる。
まぶたを閉じていても緊迫感が伝わってくる。
……院長がなんだって?
「は……葉渡くん、ここは任せる。私は確認しなければならないことが……」
おいおい、医者の様子がおかしくはないか?
本当に大丈夫なのか?
もういいんだ、少しでも穏やかにいかせてくれ。
そうだよ、〈カード〉さえあれば……それでいいんだ。
だから、一緒に来てくれるか? 《ユナイト・ドラゴン》
いてくれるよな、そばに?
……母さん。
ーー白衣をまとった院長は顎を軽くさすった。
緊急時に気持ちを落ち着けるための癖であった。
白髪が大部分を占める頭髪を整え、やや垂れ気味な目元をした初老の男性である。
その場を若い医師に任せ、急いで院長室に戻ってきたところだった。
パソコンを素早く叩き、カルテ含む諸々のデータを確認した。
ストレッチャーで処置室に運ばれてきた若者を一瞥した時、何やら不穏な感覚に見舞われた。
「馬鹿な、間違いないのか。あの患者は……」
最後まで言わずに言葉を飲み込み、途方に暮れたように上を見上げた。
「まずいことになったな。神は試練を与えるものなのか」
信仰など何も持っていない。
しかし、この時ばかりは神の存在を恨めしく思う他なかった。




