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①異世界転生した俺、まずいポーションで死にかける

目が覚めた時、俺は泣いていた。

いや、正確に言えば「泣かされていた」。


自分の意思とは無関係に、喉の奥から勝手に空気が震えて、甲高い音が外に漏れていく。止めようと思っても止まらない。拳を握ろうとしても、指はぷるぷると意味のない動きをするだけだった。


――あ、これ。


内心で、妙に冷静な結論に至る。


――俺、赤ん坊だ。


視界はぼやけている。天井らしき木目がぐにゃりと歪み、知らない女の人と男の人が、心配そうにこちらを覗き込んでいる。


「ほら、ルーク。大丈夫よ」


女の人――たぶん母親が、柔らかい声でそう言った。


ルーク。


それが俺の名前らしい。


「(いや、ちょっと待て)」


記憶を辿る。

俺は確か、前世では日本で普通に生きていた成人男性で、ゲームが好きで、異世界転生ものもそれなりに読んでいて――。


「(はいはい、テンプレ)」


どうやら俺は、異世界に転生したらしい。

しかも、赤ん坊スタートという、難易度ハードモードで。



ーーーー



それから数年。

幸い、記憶は薄れなかった。


身体は成長し、言葉も覚え、俺――ルーク・ビターリッヒは、村の中を普通に走り回れる年齢になった。


五歳。


前世基準で言えば、まだまだガキだ。

だが、中身は大人である。少なくとも自覚はあった。


その日も、俺は調子に乗っていた。


村の外れで、小さな石を飛び越えようとして――見事に失敗した。


「いっ……!」


膝に走る痛み。

視線を落とすと、皮がめくれて、じわりと赤いものが滲んでいる。


「(あー、やったな)」


前世なら「ちょっと痛い」で済む怪我だ。

俺は立ち上がろうとした時ーー。


「ルーク! 動かないで!」


母の声が飛んだ。


振り返ると、ミレナ――俺の母が、どこか慣れた手つきで小瓶を取り出している。


「(あ、来た)」


透明な瓶。中には、赤色の液体。


「(回復ポーションだな)」


前世の知識が即座に結びつく。


ゲームでは当たり前に飲んでいた。

HPが減ったら、ポーション。

味なんて、考えたこともなかったけど……。


「(まあ、薬っぽい味なんだろうな)」


正直、少し嫌な予感はした。


だが、その程度だ。

まさか、人生観が変わるとは思っていなかった。


「ほら、飲みなさい」


母が優しく言い、瓶を俺の口元に運ぶ。


「(はいはい)」


素直に口を開けた。

液体が、舌の上に流れ込む。


――あれ?


最初の感想は、拍子抜けだった。


「(思ったより普通……?)」


確かに薬っぽいが、想像していたほどではない。

拍子抜けするくらい、何も起きない。


「(なんだ、ビビらせやがって)」


そう思った、その瞬間。

舌が、ビリッとした。


「ーーっ!?」


まるで、微弱な電流を流されたみたいに、舌全体が痺れる。

遅れて、喉。


「(な、なんだこれ!?)」


喉の奥が、ピリピリ、ピリピリと刺激される。

焼けるほどではないが、確実に不快と断言できる感覚。


そして、最後に来た苦味。


「(にっが!?)」


苦い。

ただ苦いだけじゃない。


酸味が絡みつく。金属みたいな後味が残る。

しかも、それが一瞬で終わらない。


「(遅延型かよ!!)」


口の中いっぱいに、不快感が広がる。

舌にまとわりついて、離れない。


「(ちょ、待て待て待て!)」


思わず息を止める。

だが、止めたところでどうにもならない。


胃に落ちていく感覚と同時に、味覚への攻撃は続く。


「(これ、毒じゃないよな!?)」


視界が揺れて涙が滲む。

でも体は――妙に軽かった。


怪我の痛みは、確かに消えている。

膝を見ると、傷はふさがり、赤みも引いていた。


「(効いてる……)」


効いている。

間違いなく、効いている。


だが。


「うぇ……っ」


喉の奥から、吐き気が込み上げる。


「(無理無理無理!!)」


俺は、そのまま泣いた。


本能的に。全力で。


「うわぁぁぁぁぁぁ!!」


「えっ!? どうしたの!?」


母が慌てる。

父のガルドも駆け寄ってくる。

だが、俺はそれどころじゃない。


「(味覚が死ぬ! 精神が死ぬ!)」


体は元気なのに、心が瀕死だ。


「(なにこれ!? ゲームでは当たり前に飲んでたポーションって――)」


――こんなに不味いの!?


涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、俺は心の底からそう思った。

父が俺を抱き上げ、困った顔で言う。


「そんなに嫌だったか?」


「子供は嫌がるものよ」


母は首を傾げながら言った。


「でも、効くからな」


父はそう言って、自分でも小さく残っていたポーションを口に含む。


顔が歪んだ。それでも、父は飲み干した。


「(飲めるの!? 大人、強すぎない!?)」


周囲の大人たちは、誰もこの味を疑問に思っていない。


「苦いのは仕方ないわよ。回復だもの」


「飲めなきゃ困るしな」


「(いや、現在進行形で困ってるけど!? 味のせいで拒否して死ぬ人、いない!?)」




その夜。

布団の中で、俺は天井を見つめていた。


舌の痺れは、まだ残っている気がする。

思い出すだけで、口の中が嫌な感じになる。


「(無理だ……。これは、無理だ)」


前世の記憶が、次々と浮かぶ。


錠剤のコーティング。

カプセル。

時間差溶解。

味覚を誤魔化す工夫。


「(出来るはずだ。理屈は、分かる)」


小さな拳を握る。


「……不味すぎる」


誰にも聞こえない声で、俺は呟いた。


「なら――。作り直すしかない!」


五歳。

錬金術の知識も、ほぼゼロ。

それでも、決意だけは揺るがなかった。


――飲める回復薬を作る。


命を救う前に、心が折れないように。




翌朝。


父が軽い切り傷を作り、いつものようにポーションを飲んでいた。

俺はそれをじっと見つめてから、真顔で言った。


「父さん」


「ん?」


「よく、そんなの飲めるね」


父は一瞬きょとんとしてから、豪快に笑った。


「効くからな!」


俺は、深く息を吐いた。


「(この世界の味覚が強すぎる……)」


こうして、ルーク・ビターリッヒの、長くて苦い戦いは始まった。


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