第4部『運命は輪廻する』②
***
「先生、これを。中は暗いですから」
いつの間にかジーク君が用意してくれていたランタンをそれぞれ手にして階段を降りる。
カツ、カツ、カツ——
二人の足音だけが響き渡る。
ぐるぐると歩き続けた先にあるのは少し広い小部屋。
中にあるのは古ぼけた机と椅子。その上には数冊の本と、脇には頑丈そうな金庫。
更に奥には何やらレバーや歯車、鎖があった。
何かの仕掛け、か。
「ここは、ガイウス家の秘密が眠る場所らしいんです。この場所を知るのは代々ガイウス家の当主とその嫡男のみ。これを手渡されて」
と言って手に持つ古い鍵を指し示す。
そうか。
確か時計塔はこの港町クロノクル市ができた当初から建てられていたのだったな。なら、そこにガイウス家の秘密が隠されていても不思議ではない、か。
「ただ、そこの本を読もうとしても難しくって。僕には読めないんです。だから先生だったらもしかして、と思って」
そう言って、ランタンの灯りに照らされた中、ジーク君はニッコリと微笑む。
読めない、か。
机の上の本を一冊手に取る。
なるほど、これは古代カルタ語だ。
カルタ帝国がまだ小国だった頃の文字。およそ300年前、群雄割拠の戦国時代のもの。
少しずつ読み進めてみる。
「先生、分かるんですか?」
「ああ。これは古代カルタ語と言って300年前のカルタ帝国で使われた公用語だよ。今じゃほとんど使われていない」
「すごいですね、クリフトン先生! ボクじゃ全く分からなかった本を読めるなんて」
無邪気に笑うジーク君。
だが、これは——
「クリフトン先生? どんな内容なんですか?」
「……この町の興り、初代ガイウスの日記、というところかな」
「初代ガイウスですか。ボクのご先祖様ですね。そんな偉い方の日記だなんて、知らなかったなぁ」
日記、か。
これはそんなものではない。初代ガイウスが記した回顧録——いや、懺悔録だ。これは。
この町を興した英雄の一人と言われる大商人、初代ガイウス。世界中のあらゆる地に赴いては珍しい品々を買い求め、売り捌いていった。
“5つの大海を駆け巡る商い人”
この港町クロノクル市が一大貿易拠点となって今日に至るまでの繁栄を極めるきっかけとなった人物。
その功績から一平民であったガイウス家は一代でクロノクル王の宰相として代々内政を司ることとなる。
これがガイウス家について表立って知られている話だ。
しかし、ここに記されている事実はそれとはまた別の歴史が描かれていた。
港町クロノクル市が興った当時から既に町が繁栄していた本当の理由。
初代ガイウスが世界中を回り、各地で子供たちを攫い、奴隷として世界中の貴族どもに売り払う。
更に、銀髪・黄金眼の珍しい『天使似』の子供たち——彼らは貴族どもには特に高値で買い求められる。その希少性ゆえに——を世界中から探し出し、捕える。
まさに子供たちを攫うための誘拐船団。
5つの海をまたに船団を駆る大商人の正体は、世界中から子供たち、特に銀髪・黄金眼の『天使似』の子を捕え、奴隷として売り捌く奴隷商人だったのだ。
そんな大それたことを可能にしたのが、『ギアス』という名の仮面。
初代ガイウスが遠く、東洋の地から持ち帰った邪教の技術。
この仮面を、まだ自我が未成熟な子供に被らせ、数十分、その眼を術者と合わせ続けることで子供の自我を術者の自我で塗り潰し、術者の命じるままの忠実な僕を作り出す。
悪魔の御技。
それを延々と行い、無数の忠実な奴隷を作り、売り捌くことで町は繁栄を。初代ガイウスは王国内での確固たる地位を。
しかし、この『ギアス』を繰り返す事で初代ガイウスの“自我”はすり減り、自らの行為に悔恨するようになり、晩年はただただ己の罪を悔い自身の半生を懺悔録として綴るだけになっていた。
これが、この書の内容だった。
「あの、クリフトン先生。ボクのご先祖様はどのようなことを日記に書かれていたのでしょうか? まだ未熟ですがご先祖様の末裔としてボク自身、ガイウス家に恥じないようにご先祖様の思いを知っておきたいのです」
初代ガイウスの想い、か。
それは、自身の行いへの痛烈な後悔と自責だ。
ジーク君が机の上に置いた古い鍵を手に取り、脇の金庫に入れ右に回す。懺悔録に書かれていた手順に沿ってキーロックを解除。
金庫の蓋が開く。
中に収められていたのは——大仰な飾りのついた仮面。
ギアス。
「先生、これは一体?」
「初代ガイウスが秘蔵していた特殊な仮面らしい。名は『ギアス』」
「ギアス、ですか」
ああ……そうだ。
人は愚かしい生き物だ。あまりにも。
どんなに崇高な夢を語ろうが富を、権力をその手にした瞬間、自らの欲望のまま堕落していく。それはどいつもこいつも同じこと。
例え政の主が王から民に移ったとて。
まるで、飢えた獣の如く。
人とは、民とは、己が欲望のままに全てを蹂躙し、飲み込んでいく。
僕はその様を、イヤと言うほど目の当たりにした。
初代ガイウスの懺悔録を読み進めるうちに、僕の中である思考が形を成していく。
認めよう。
僕が求めた“民による政治”——民主主義は失敗した。
人など、“正義”や“善”を掲げても欲望に飲み込まれる卑しい生き物。
ならば。
“悪”と言われようと揺るぎない“絶対”的なものが導くのであれば。
そこにあるのは——“真の平和”であるはず。
だからこそ、今が機会なのかもしれない。
金庫の中に収められた『ギアス』の仮面。
禁忌の技を持つこの仮面は再び使われることを待っている。
誰に?
そう、建前などに踊らされず理知的に全てを支配する者の手によってのみ——世界は平和を手に入れられる。
『ギアス』の仮面に触れた瞬間、その全てが流れ込んでいた。
僕自身の今までの迷いを消し去る、それが。
——フーギリス陛下。
“ありがとう、外の世界を教えてくれて”
違う! ここは陛下が望んだ世界ではない。
陛下が望む世界……それはきっと皆が平和で安らげる世界。
そのための力。
ギアス。
「クリフ先生? この仮面、ギアスとは何なのです?」
その瞳の奥には珍しく怯えの色があった。未知のものへの不安。
いや、僕——クリフトンへの怯え。
「これは初代ガイウス、君のご先祖様が用意した力を得るための器具だ。……その末裔である君にこそ受け継ぐ権利がある」
「そ、そうなのですか? ……クリフトン先生が仰るなら大丈夫ですね!」
眼の奥にあった怯えの色は薄れ、僕への信頼で溢れていた。
“朕とともに、外の世界へ”
ふと、彼の顔が陛下に重なる……。
僕は何を……いや、良いのだ。
再び、彼らを欺くことになろうとも。
決めたのだから。
「こう、ですかね」
自ら『ギアス』の仮面をかぶるジーグムント。
それは、一度付ければ洗脳が終わるまで解けることは無い。
ガイウス一族よ。お前達の力、存分に利用させてもらうぞ。お前達が王家を利用したように。
人は僕を“悪魔”と罵るだろう。それて構わない。
さあ、僕が——私が、世界を変えてやる!
***
カツ、カツ、カツ——
靴音を響かせて私のいる牢屋まで迎えに来たのはユリウス君のようだ。
「クリフトン判事長……いえ、クリフトン。出廷の用意を」
「ふっ、わかっておる」
回顧など無為なことをしたものだ、我ながら。
私の未来など決まっている。
だが、それでも敢えて私を裁判で裁くというのなら。
やってみるがよい、レイチェル君。
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