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わたし、悪役令嬢。~死にたくないので回復魔法を極めたら聖女と間違えられました~  作者: 斎藤ニコ・天道源


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第1話 はじまりはじまり

 小、中、高、そして、それなりの大学を卒業。

 たいして浮ついた話もないままに、社会人ルートへ突入。

 ブラック企業のクソ上司にねちねちといびられて、ストレス値MAX。逆流性食道炎モードへ移行しながらも、ひたむきに働き続けた。

 で、数年。


『もうだめだ。仕事に殺される前に退職しよう、そうしよう』と決意した夜だった。


 急に胸が痛くなって――わたしは死亡した。

 最後の言葉は「かっはっ……た、た、すけ……」だった。

 人に気遣い、人を持ち上げ、人から使われる人生だった。もしも生まれ変わったのなら、次からは、もう少し、自分の為に生きたいものだ……。


 ブラックアウト。

 意識は完全に闇の中へ。

 

 ――という人生の結末を、わたしは『転生先の異世界』で思い出した。



「あ、ああ……!?」


 頭が痛い。

 地球での記憶と、異世界での記憶が混ざり合っていく。

 水と油を無理やりに混合するように。

 異物が、脳神経をギチギチと広げてくる。


 胸も、死ぬほど痛い。

 いや、胸が痛いのは錯覚だ――あの日を思い出しているだけ……。


 極寒の冬。

 わたしの心臓はとまった。ものすごく痛かった。苦しかった。どこかで『心臓に神経は通っていないので、痛みは感じない』なんて聞いたことがあるけど、最強最悪に心臓が痛んだ気がした。怖い。もうあんな痛みは味わいたくない。誰かが味わっていたら助けてあげたくなるほどに。


「お嬢様!? 大丈夫ですか!? ――だ、だれか! だれかきてください! お嬢様が! お嬢様が大変なことに……!」


 侍女が騒ぎ立てているのを、わたし――マリエル・カフスレイヤが、他人事のように『うっさい女! つかえない女! わたしの痛みをあんたに移してやりたい!』などと、のたまっている。


 七歳の少女が口にしていい罵詈雑言ではない。

 さすが『多様な悪役令嬢』が『ヒロインが苛めまくられる乙女ゲー』という、とがったシナリオを構成する主要キャラだといえよう。

 小さい頃からとんだ悪女……いや悪少女である。


 記憶は鮮明に。

 そうだ。その通りだ。

 この世界はシミュレーションゲーム『暁の世界、零れ落ちる雫』の世界だ。


 通称『アカツキ』は、いたって普通のシステムでもって進んでいくシナリオゲームだが、一つだけ特徴があった。

 

 それは――ヒロインの敵対キャラ『悪役令嬢』が攻略対象キャラの数よりも多い、というものである。個性が個性をつぶしあうスタイル。


 たとえばツンデレ男性ばっかり出てくる乙女ゲーは戦略的には問題がないだろう。攻略キャラ属性特化型は、刺さる人にはぶっささりまくるし。


 しかし、このゲームは、攻略対象ではなく、ヒロインと敵対する敵役の悪役令嬢のバリエーションが豊富なのだ。さらに、全員チート級の能力を持つキャラばかりという、設定崩壊しがちな、インフレ能力ものである。

 いわば、ラスボス悪役令嬢だらけの乙女ゲー。ヒロインの個性どこいった?


 なんなら攻略対象キャラより、各ルートの悪役令嬢たちのほうがキャラが立ってしまっているため、女性のみならず男性をも虜にした。

 男性プレイヤーが薄い本を作る始末である。とはいえ、それゆえに、男女問わぬ人気が出て、アニメ化された際には、視聴率も抜群によかった。


 もちろん女性受けだっていい。

 いくら無茶苦茶なシナリオでも、そこはやはり乙女ゲー。

 バッドエンドでない限りは、幸せな結末が待っている。

 パーフェクトな男性陣との恋愛成就。

 そして、なにより、どのルートでも『個性豊かな悪役令嬢をぎゃふんと言わせられる』ので、話が似たようなものにならず、結果的に、ルートごとに個性が出てきて、シナリオの完成度が高い。ざまあのバリエーションは少ないのに、悪役令嬢が多いせいで、ざまあに飽きが来ない。それがアカツキのよいところ。

 

 乙女ゲームはそれなりにやっていたわたしからみても、そういったスタイルは新鮮だった。ゆえに、学生のころから大いに嵌まった。

 ゲーム以外の売上も良かったため、シリーズ化し、続編や外伝も定期的に作られたし、2.5次元にも展開した。


 攻略対象の話題よりも、次の作品の悪役令嬢はどんなクソ人間がそろってるんだ? なんてSNSで盛り上がったりもしたし、そこに性別の隔たりはなく、とても面白かった。

 敵役のほうが人気になる作品は良作が多いと、個人的に思っています。


 シリーズを通して、わたしが一番好きなルートは、初代作品のメイン攻略キャラである『アルク』のルートである。

 魔法剣の才を持つアルクはカッコイイ。

 しかし、それ以上に、ルート固有の悪役令嬢が歴代シリーズの中でも特に素晴らしい悪役令嬢なのだ。

 大変、懲らしめがいがあるのでキモチガイイ。


『獄炎の魔女』の二つ名を持つ悪役令嬢は、ノーマルエンドでさえ『斬首刑』に至ることがあり、それだけでも彼女がどれだけの非道を重ねる人間かがお分かりだろう。


 プライドが高く、自分が一番。そんなのは当たり前。

 ヒロインだけではなく、悪役令嬢にすら喧嘩を売り、他ルートでもだいぶ悪さをする。

 己の身を守る人間すら不要。なぜなら、彼女は火属性攻撃魔法の天才。獄炎の魔女と呼ばれるほどに攻撃的な魔法使いなのだ。


 そんな悪役令嬢の名は――、


『マリエル・カフスレイヤ』。


 繰り返す。


『マ リ エ ル ・ カ フ ス レ イ ヤ』


「つまり、わたしってことね!?」


 膝をパチンと打つ。

 なんてこった、って感じですわ! なんて、おどけてみたって笑い話にもなりゃしない。というか、笑えやしない。


「お、お嬢様!? 急にどうなさったのですか……!?」


 侍女がおろおろとする。

 付き合っている暇はない。


「……わたし、死ぬじゃん……このままだと殺されるじゃん……」


 アカツキの主人公として見るマリエルは娯楽対象として最高だったけれど、我が身のこととなると恐怖以外の何物でもなかった。これはつまるところ、余命宣告以外のなにものでもないのだ。


 ふって湧いたように思い出される、前世の記憶。

 ブラックな企業と、日々のストレス、つらい人生、死に間際の苦しさ。


「うう……」


 死。

 圧倒的な痛みを伴った死の印象だ。

 胸が痛くなる。幻肢痛のようなものだ。本当の痛みではない。なのに、わたしは怖くなる。

 戻るわけがないのに、あの世界には戻りたくないと思った。

 あそこには、もう、死しか存在しないのだ。


 それほどに、わたしは異常だったのだろう。

 周囲があわただしくなっていく。


「お嬢様……! はやく! だれか、きてください……! 領主さまもお呼びに……! はやく! はやくして!」


 ああ、もう、うるさい。みんな、死ね! なんて、考えるのは、いままでの、マリエルの人格だ。

 そういうことは言っちゃいけない、感謝しないと……、なんて考えているのは、前世のわたし。


 二重人格という感じではない。魂が二つあるという感じでもない。

 調子がいいときと、悪い時の自分が、混在しているというか。不安定ながらも、仕事に行ける日の、かつてのわたしみたいなものだ。


 別のわたし。

 今のわたし。

 攪拌されていく記憶。

 黒い少女の性格が、それなりに白かった自分と混ざり――灰色へと姿を変えた。


 逆流性食道炎となった地球人が、笑顔を浮かべながら、将来の悪役令嬢である大人のマリエルと手を合わせる。

 二人は目をつむり、体があわさり――。


「……お、落ち着いて、カタリナ。わたしは、平気ですから……」


 終わった。

 なにかが変わった。

 もう、大丈夫だろう。

 胸の痛みもない。


「……え?」


 呆けたようなメイドの声に、若干、いらつくが、すぐに収まる。これはマリエルとしては、ありえない感情の推移である。

 どうやら、前世の自分と、今のマリエルは、融合し、別の何かへと変化したのだ。


「だから、平気で、すから。水を持ってきてもらえたら助かるのだけれど、よろしいかしら……突然、おかしくなって、その……ごめんなさいね……? だましているわけでは、ないのだけど……すこし、くるしくて」

「お、お嬢様……!? そ、そんな」

「……?」


 わたしは顔をあげて、メイドの顔を見る。

 驚いたように目を見開いた妙齢の女性――メイドのカタリナが叫んだ。


「お嬢様が、なにか、おかしいです! だ、だれかああああ! お嬢様が、わたしごときに、敬語をつかっておりますうううう! 解呪の先生~~~~!?」


 失礼だし、呪いじゃないし、落ち着けカタリナ。

 

 でも、その反応もいたしかたないか……。

 だって、いままでの記憶を思い出すかぎり、マリエル・カフスレイヤは発語が始まってから、現在にいたるまで、感謝の言葉一つ、口にしなかったのだから。

 さすが獄炎の魔女。性格がどぎつい。


 これまでのわたしも、これからのわたしも、こういう反応をされるべき人生を歩むのだろう。

 悪役令嬢なのだから仕方ない。悪いことをして、悪い顔をして、最後は自分だけが悪いと責め立てられて、命を失う。それが悪役令嬢のサダメだ。


 前世では仕事に殺された『わたし』は、滅私奉公さえしてきたというのに。

 一瞬で死に飲み込まれたというのに。

 せっかく生まれ変わったこの世界では『主人公と、主人公に選ばれた男性攻略キャラ』に報復され、殺されるっていうのか。


 ルートという運命を変えることはできるだろうけれど、よりにもよってマリエル・カフスレイヤは、使い勝手がよかったのか、他のルートの悪役令嬢にもふっかけるので、死ぬ確率が異常に高い。


 でも。

 それでも。

 なんとしても――わたしは二度と、死の痛みを味わいたくはなかった。


 だから、わたしは、即座に決意した。

 メイドが慌てふためいている中で、自分の人生を俯瞰し、覚悟した。



『今日から、治癒魔法を極めよう……!』



 マリエルの赤い髪は『火属性魔法』を得意とすることを表している。

 でも、今日、この日から、わたしは攻撃魔法のすべてを放棄し、癒しの力のみに心血を注ぐ。


 恋愛?

 溺愛?

 スローライフ?


 そんなものいらないので、わたしに癒しの力をください。


 あの耐えがたい痛みをもう一度味わいながら死ぬなんて、絶対に嫌だ。

 斬首刑なら一瞬かも? なんていう逃げ思考だって、会社に従うみたいで、もうコリゴリ。


 わたしは死と痛みから遠ざかり、微笑みと共に、人生を終えるのだ――。


 ――バン!


 力任せに開かれた扉。

 お父様が顔を真っ青にして、部屋に入ってきた。


「マ、マリエル! カタリナに敬意を向けたのか!? ありえない! ありえないぞ! 我儘お転婆娘に、そんな謙虚さはないはずだ! ど、どこか体調が悪いのか!? いま、鎮静魔法をつかえる先生をお呼びするからな!?」


 おい父親、娘を信じなさい。


 これはあれだ。

 治癒魔法も大事だけれど、笑顔で死ぬためにも、まずは周囲の評判を回復しないならないだろう。

 年齢一桁代の少女にここまでの悪評がたつなんて、異常だ。


 そうと決まれば、痛みや恐怖は薄くなる。

 そこへと至る道への改善へ気が逸る。

 

 こうして、わたしの転生悪役令嬢人生が始まったのだった。

 なんか早口言葉みたいだけど、大真面目だ。


 

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