第2話 死にたくないから、がんばります
人生とはいつの時も、思いもせぬ事態に見舞われるものである。
突然だけれども、問題が発生した。
アカツキの世界にて、悪役令嬢に転生したわたしは、自分の命を守るために、治癒魔法習得を決意した……のだが、いきなり頓挫したのだ。
なぜなら。
治癒魔法は――聖女だけに許された奇跡の魔法だという。
『回復』魔法と『治癒』魔法は別物なのだった……。
回復とは人間が本来持つ素質であり――自己治癒力を高め、回復させるもの。
治癒とは聖女特有の能力であり――他者介入により、生命そのものを復活させるもの。
文言は似ていても、効果は全く別の魔法だったということだ。
悪役令嬢であり聖女ではないわたしは、回復魔法は覚えられても、治癒魔法は覚えられない……!
え……どうしよう?
目標を設定したことによって消えていた『死への恐怖』が、むくりと起き上がった気がした。
*
八歳の誕生日がやってきた。
唐突に前世の記憶を思い出してから、一年が経過したということになる。
あれからの日々は本当に大変だった。
教養は、こっちの勉強と前世の記憶とでなんとかなった。
ゲームはシリーズを通してやり込んだので、この世界の一定の知識はあるし、未来のイベントもある程度は把握している。
クセのある数名の悪役令嬢が売りのゲームだけあって、敵役のバックボーンもストーリー内で細やかに設定されていたので大いに助かった。設定集、買っておいてよかった。
今後、お父様が盗賊に襲われて死ぬイベントも回避できるだろうし、それによって憔悴したお母様の事故もなくなるだろう。
適切なタイミングでさりげない助言をすればカフスレイヤ家の資産をある程度まで増やすことだって可能なはず。
それぐらいなら、ルートだって変わることもないだろう。
だから問題は別――。
*
「お嬢様~~~! でてきてくだされ~~~! 攻撃魔法、勉強の時間ですぞ~~!」
昔話にでてきそうな古臭い日本語。だが、本当に日本語なのかは不明だ。
ゲームテキストは日本語だったけれど、この世界では、そう聞こえているだけで、まったく違う言葉を口にしているのかもしれない。
今、わたしを探しているのは、高齢の魔法使いだ。少なくない賃金を払ってまで、お父様が、王都から呼び寄せた火属性魔法の先生である。
わたしは、先生から逃げていた。
正確には『かくれんぼ』である。
お屋敷の奥の、日の入らない部屋。その一番奥、誇りをかぶった大きな箱の陰に隠れていた。
明かりはないけれど、指先に火属性魔法による光源を宿し、魔法書を見ながら、詠唱を口にする。
どの世界でも、勉強でも魔法でも、反復練習は有効らしい。
ちなみに、この世界は『アルテルア』と名付けられている。言語がいくつあるかは不明。人種も不明。でもゲーム通りなら、人間以外にも、エルフや人狼、吸血鬼、角の生えた鬼人もいる。
閑話休題。
わたしは小さく息を吐いてから、そっと、言葉に力を注ぐ。
「深淵に至る灯は、我が身の寄る辺、深々の活力とならん――」
初級魔法の中では難しい部類のため、魔法発動までに三節を要する。
これが上級になると十節とかになるので、正直、覚えられる自信がない。
だから、魔法使いは片手に魔法書を持ちながら戦うこともあるらしい。
この世界の魔法は、自身の魔力を使用するのが一般的だ。
世界を満たすマナとか、魔法石とか、魔法を強化する方法は色々とあるが、魔法を発動するのは、最終的に人間の中に溜められた魔力なのだ。
三節を唱え終え、最後に、世界に対して、自分が発動する魔法を宣言する。
それはまるで、プログラムで動くソフトウェアを指定するかのようだった。
「――ハート・ビート……!」」
ドクン……!
体の奥が熱くなる。
同時に、力が体に宿っていく感覚。
『生命力』と表現すればよいのだろうか。自分の流れの中に、決して異物とはいえない、しかし自分のモノでは決してない、力が合流していく。
本来、この魔法は『不良時の回復力増進や毒・麻痺などからの復調を早める』といった身体的状態異常に、時間経過により対抗する魔法でしかない――と本には書いてあった。
現代風に言えば、あったかい風呂にはいって体温をあげて、免疫力を高めているようなものなのだろう。
しかし、免疫力とは、つまり生命力の要である。
わたしはそこに着目した。
本来であれば、ここで終わるはずの魔法効果だ。
けれど、わたしはここからさらに術式を重ねていく。
主に攻撃魔法での手法らしい『重ね掛け』は、単純に魔法の威力をあげるものらしい。
初回発動とは、別の三節を口にする。
火のついた枝に、さらに葉っぱをかぶせて、火力をあげるように。
「繰り返されるは、過ぎさりし本流、転輪の理を詠む――ハート・ビート……!」
一度の使用でも、食あたりなどに対する解毒効果は十分であるが、重ねた場合には、神経系に作用する毒にも強くなったり、毒をさらに体外排出しやすくなるイメージだ。
なぜわかるのかと言えば、毒キノコを服用して、試したからだ。
何度か、きれいなお花畑が見えたけれども、何度も試しているうちに、塩梅もわかるようになった。
今だって、自分の体を実験台にしている。
かたわらに落ちているのは、小さなナイフ。
指先をきりつけておいた。血がにじんでいる。
さて。
ここからだ。
一度の重ね掛けは、もはや、寝言でもできるくらいに極めた。
今日の課題は、重ね掛けのあとの『一点掛け』である。
火力をあげるだけが、重ね掛けだとしたら、分散した力を一点にあつめ、バーナーのようにするのが通称・一点掛け。
この世界にあるかはわからないので、自分で名付けた。
局所掛け。なんかださいというか、おっさんサラリーマンのネーミングみたいだけど、自分のことを愛そうと決めたので、許してください。
とにかく一点掛けこそが、わたしの次なる目標だった。
スポンジケーキ全体にクリームを重ねていくのが重ね掛けだとしたら、局所掛けはホイップクリームをチュッと出す感じだろうか。
怪我をした場所に注射で注入するように。
一点に、活力を集中させる。
その間、重ね掛けも、二つ、三つと重ねていく。これは効果が落ちないように、火に薪をくべるイメージだ。
正直、攻撃魔法なら、新しい魔法を紡いだほうが効率がいいだろう。
これはわたし独自の見解でしかないし、魔力が続けば効率なんて問題はない。
重ね掛けをしていかないと、魔力が散っていく感じがするのだ。
砂を、考えなしにつみあげても、横に横に流れていってしまうのと同じ。
だから、砂をかける。なくならないように。
さらに集中して、厚く盛っていく。
「落ち着いて、集中……」
これは魔法の威力ではなく、魔法の技術だと思う。
個人技によるところが多いならば、わたし――マリエル・カフスレイヤは火属性魔法の天才だ。
できないことはない……はず。
砂粒を集めて、山をつくっていくようなイメージを忘れるな。
「っ……」
最初は平らな丘でしかない砂(魔法の効果)の集まりに、さらに砂を重ねていく。
全体に流れていく砂を、中心(患部)に集中して砂を集めていき、高さ(効果)を上げていく――。
「いける……」
わたしは、手ごたえを感じ、いつの間にかつむっていた目を開いた。
するとどうだろう。
指先につけた、小さな傷が、急速に治っていくではないか。
それは明らかに自己治癒力を大きく超えた、急速な治癒だった。
「できた……! 指先だけ、自己治癒力を極限まで高められた……!」
傷口がみるみるうちに治っていく様は、映像を逆再生しているようだった。
それは聖女の使う治癒魔法にも似ていた。もちろんあちらは、条件さえ整っていれば、欠損さえ治す奇跡。
対して、こちらは、ただの初級火属性魔法だ。
けれども、マリエル・カフスレイヤ特製の魔法である。
自然回復速度を数十倍に早める、わたし特製のオリジナル魔法といってもいいだろう。
あくまで自己治癒力を強化しているだけなので、こちらの消費魔力も少なそうだ。
だが、お腹はずいぶんと減った気がする。
これは、自己治癒力をあげたことにより、体力を消耗しているからだろう。
魔力不足ではなく、純粋な体力消耗だ。
「対象者の体力は使うけど、うまく調整すれば、問題ないわね……聖女でも、大規模な治癒魔法は数日に一回が限度らしいけど、これなら、一日に何十人相手に使えるんじゃないかしら。汎用性はこっちのほうが高いかもしれない……」
即効性はないかもしれない。
でも、これならば疫病のような病気だって治せるはずだ。
それも、治癒では治療の難しいもの――たとえば、ガン治療なんかにも適用できるだろう。
「治癒魔法が使えないと知ったときは、どうなることかと思ったけど。この線でいけそうね……」
治癒魔法とは、『他者から一方的に与えられる癒しの力』のことであり、聖女の特権だ。
わたしの魔法はあくまで『自己回復力(自己治癒力)』を増大させるのみ。
魔法で治すのではなく、あくまでその人本来の回復力を強化する。
それは、地球の現代医学……いや、東洋医学・漢方寄りの考え方の魔法といえるだろう。スペシャルな超常現象なのに、ものすごくプリミティブな生命ルールに則っている。
コスパがいいのも、嬉しい誤算だ。
治癒魔法は、効果が高い分、コスパが悪いらしいのだ。
「ゲーム内でも、頻繁に聖女の力を使うのは、転んだ子供の膝を治す程度だったかしら……それなら、わたしの火属性魔法の転用でも余裕ね」
回復力強化に加えて、作用する部位を一時的に集中させる。
それにより本来の自己回復・治癒力を最大限まで高めるのだ。その分、他の部位の抗体などが落ちる可能性もあるけれど、まずは能力を突き抜けさせることが大事だろう。
「魔法って、無茶苦茶っぽく見えるけど、色々なルールの上で成り立っているのよね……。そうすると、先人が見つけられなかった法則だって、どこかに存在していてもおかしくはないわ」
異世界にも太陽のようなものが存在している。月のような衛星もあり、星もある。ならば、宇宙があって、原子があって、物理法則が存在する。
同時に、魔法という、物理法則を無視した現象もある。
指先にともした明りは一見するとトーチのようであるが、触っても熱くはない。燃焼しているわけではないからだ。
地水火風の四元素と、光と闇の二因子。
この6種からなる超常現象は、体内の魔力を使うことで発現させられるのだが――。
「それにしても、治癒魔法が生まれながらの聖女専用だったなんてね……」
ゲームでは、主人公が当たり前のように全属性を使えるし、ルート次第では治癒魔法だって普通に使えた。
わたしも努力次第でどうにかなると思っていた。
でも、違うのだ。
わたしも、てっきり勘違いをしていた。
聖女が治癒魔法を使えるのではなく。
治癒魔法を使える人間を聖女と呼んでいるのだった。
治癒魔法はレア属性である『聖』である。
当然、わたしは聖属性なんて持っていない。
攻撃魔法特化の、火属性オンリー。
治癒魔法は、絶対に使えない! と認めるところから、わたしの挑戦は始まった。
一時は頓挫したかと思ったが……。
「マリエルが火属性の天才で良かった……それに、火属性には身体強化の魔法が多くて、これも助かったわね……!」
少しずつ読み解いている魔導書に目を凝らす。
火と水には生命そのものを活性化する魔法が多いのだ。
水は精神的なもの。
火は身体的なもの。
水の才能はないが、精神的な作用は不要だから問題はない。
よって。
自分の特性にあった火魔法――その中から、とにかく身体回復魔法と、それに転用できそうな火系統の魔法を極めればよいのだ。
「……そうすれば、治癒魔法なんて使えなくても、痛みをなくしたり、ケガをなおしたり、色々とできるはず……! 病気になっても、特定の部位に回復力を集中させられるように練度をあげていけば、常人の数十倍の回復速度を得られる」
この世に存在するかは不明だけれど、悪性腫瘍なんかにも効果があるはずだ。
ぶつぶつと呟くさまは、まるで呪言をくちずさむ魔女のよう――そんな風に思われないように、館内でも笑顔を振りまいているから大丈夫。……たぶん!
「希望が見えてきたわね……このまま努力すれば、わたしの最期は笑顔で迎えられるはず……」
わたしはとにかく、攻撃魔法を捨て、火魔法の中でも、使い手の少ない身体に関わる魔法を覚えまくるのだ。
遠くから、カタリナの声。
一年前と比べて、最近はやけにフランクである。
「お嬢様~! マリエルお嬢様~! おいしいおいしい焼き菓子をさしあげますから、出てきてくださいよ~! カタリナがぜんぶ食べてしまいますよ~? あ、これおいしい、もう一枚……」
……くっ。
まじで食べてる……! 出ていきたい……!
でも、わたしはわたしのために頑張るのだった。
目を瞑り、詠唱を開始する――記憶から、自分の断首刑イベントの一枚絵を掻き消すように。




