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「異世界グランダリア生活記(5)~老人の半ズボンはやたらと丈が短く、若者の白衣は右袖がだらりと垂れ下がっていた……/前編~」

 目を開けると薄暗かった。薄い意識の中、深く呼吸をすると鼻孔に不快な感覚を覚える。


 それは木材がカビて湿ったようなきな臭さ……そこにほのかな甘さが混じった匂い。ともかくそれはあまり心地よい香りではなかった。


「んん?? ここは……今度はどこだ? ……アレっ、おかしいな。思い出せ……ない??」


 そして、まったく記憶に残っていない。あれだけハッキリ・クッキリ見たというのに……まるで記憶にない。それはおどろくべきことであろうが……今なら理解できる。


 あの時に直視した“紅いひとみ”――【少女の紅い眼光】が直撃した私の視界。それを通して影響を受けた私の記憶は彼女によって“修正”されたのであろう。


 彼女の術では「見たことを見なかったこと」にはできないらしい。だから私の記憶にある下着姿の女性は全体的に白いもやがかかったような状態になっている。


 アニメやゲームなどでエッチが過ぎる場面など、黒塗や白い光のような描写で一部を隠す手法があるだろう? あれに近い技術である。


 逆光の中で激しく装甲アーマー解放パージを行った【リリーさん】。その閃光以後の姿について、私の脳内では白い靄がかかっているのでまったく思い出せない。ただ、狼狽うろたえていた彼女の声は覚えている。


 それはともかくとして……三度みたびに目を覚ました私はどうやらまた“別の部屋”にるらしい。さきほどはたなや植物などはあったものの、そこはわりと整頓された部屋であった。香りも心地よいものだったと覚えている。


 それが今度は一言に“ゴチャゴチャ”とした様子で鼻につく臭いも気になる。


 「ゴチャゴチャ」と雑多な印象を受けるのはパっとみて物が多いからであり、それらはほとんどが“本”であった。その時私はベッドに寝ていたのだが、シーツの上にも乱雑に大小様々な本が置かれている。


「――――うわッ!?」


 枕元に手を着いて半身を起こすと、硬い何かの角が手にささった。それは重厚な装丁そうていほどこされた書物であり、まるで国語辞書かなにかのように分厚い。


「痛い……こいつが刺さったのか。しかし……なんだろう、ここは? ……図書館??」

 

 見渡すとベッドを囲うようにして本棚が並んでいた。そして、それらからもはみ出るほどに本が押し込まれている。


 時刻は不明だったが……ともかく薄暗い。カーテンを閉め切った朝方の部屋、みたいな明るさである。


 ベッド上で周囲を観察しながら、私は「ここって図書館?」と考えた。しかしだとすればベッドの存在が不似合いであるし、何より本のあつかいが悪すぎる。よほどテキトウな司書だって、これだけ本棚から本がななめになって飛び出てたら直すだろう。


 ……と、そう思うほどに乱雑な様子だった。見るだけで本棚から落ちそうなものや、ベッド上に放られたもの、床に重ねられたものなど。それら書物の管理具合には思わず私のまゆも下がるというもの。


 私は別に奇麗きれい好きというわけではない。だが、物は少ないほうが好みな私は特に漫画などをキッチリ順番に並べたいたちではある。


 背表紙はそろっていてほしいし、手前でも横にでもかたむいていたら真っすぐにしたい……これは几帳きちょう面すぎるであろうか?


 気がつくと私はベッドから降りて本棚の本を真っすぐにしていた。見知らぬ部屋で何をしていたのかと今にして思うが……きっと、その時は色々と“夢みたいな”ことがありすぎて正常ではなかったのだろう。混乱した精神が混沌とした部屋に拒否反応を起こしたに違いない。


 そうして本を真っすぐに整えていると……「んっ?」と気がつく。


 視覚ではなく、聴覚。そこに聞こえてくる小刻みに何かを叩く音……。


「……ヤバいな」


 そのように声がこぼれた。


 この見知らぬ部屋に自分が1人だけ……そのような保障などありはしない。ここには“私以外のだれか”が存在している……それはきっとこの部屋のあるじに違いないだろう。


 意識を失う前に見たのは……甲冑かっちゅうを着ていた女性と、目つきが鋭い少女であった。彼女らが私にとって安全なのか危険なのか……それも完全にハッキリとはしていない。だが、多少にはしたしめるような存在には感じられた。特に甲冑を着ていた人。


 そしてここは先ほどとはまったく景色が異なっている。ということは……今、この部屋にいる“自分以外の何者か”が彼女たちである保障もない。何せ意識を失ってどれほど時間が経過したのか、何が起きたのかも解らないのだから。


 私は考え始めた。本棚に囲われたベッドの横に立ち、その影で身を隠すようにしながら息をひそめて考える。


 その時の私は“生きる”ために必死だったのだろう。だから、この物足りない頭脳を精一杯に回転させて考えた。


(――――ここは……そうだ、ここは夢じゃない。私は生きているし、ここは日本ではない…‥というか地球じゃない。

 ちょっとなぜか一部の姿がハッキリ思い出せないけど……“彼女”が言っていたことは事実なのだろう。

 私はどうしてかこの“世界”にやってきて、そして死んだはずなのに生きている……あの柴公に気を取られて工事中の穴に落ちてなんか突起に刺さって死ん――――いや、そこを鮮明に思い出すな、具合が悪くなるだろう?

 だからそれはともかくとして……これが夢じゃないなら……うん、痛みがあるな。やっぱり夢じゃないよコレ。だとすれば…………だとすればどうする??

 いや、俺は生きているが……だからここはどこなんだよ? いやいや、別の世界(?)だってのはわかるけど……だからなんだ。

 別の世界だからって……それで俺はどうすりゃいいんだ? なんでかさっきは会話できたけど……ここってどういう世界なんだ? 俺の思う常識が通用するのか、俺が知っている知識は役に立つのか?

 あっ、ヤバい……不安になってきた。俺って今は生きているけど、これから生きていけるのか? こっから俺はどうなるんだ? こんな薄暗い部屋で、しかもだれか居るんだぞ?? そうだよ、まずは現状をどうにかしないと……落ち着け。

 ああ、もういっそ死んでいればこんな不安にならなかったのに……いや、死にはしたのか。でもでも今、生きているなら生きていたい。

 しかしあんな……あのみたいなわけわからんヤツばっかなら、俺なんてどうなるんだよ? 人間みたいだけど人間じゃねぇかもしれんだろ。いや、もうそれよりだから今をどうするかって……。

 そうだ、今だよ。まず、この部屋でこの状況をどうにかしないと……優先事項を決めろ。俺が今、この状況を安全化するにはどうすりゃいい?

 そうだ、まず情報だろうが。判断材料がなんもねぇもの……ここがどこか、そこに居るのはだれか? そんでヤバそうならどうやって切り抜けるか……? そうだ、とにかく慎重しんちょうに……ヤケになるな。

 生きているならヤケになるなよ……っつかこれいきなり元の世界に戻ったりしないよな? そうなると会議が……いやいや、だからまずは優先事項!! 今をどうするかって、ともかくそれに集中しろ、俺!!!)


 ……その時はとにかく不安だった。


 思ってみれば当然なことだ。例えばいつも通りに寝て、いつも通りに目を覚ましたら見知らぬ外国の家でした……それだけでも混乱するだろう。言葉が通じたとしても恐怖でしかない。というか、外国どころか同じ県内でも見知らぬ場所で目を覚ましたら恐い。酔いつぶれて駅で目を覚ましても恐いというのに……。


 それがここは“異世界”なのである。同じ市でも県でも国でもない……というか、地球じゃない。さらに言えばその実感すら完全には受け入れ切れていない精神状態。


 そんな状況にあったらどうすればよいのだろうか? 私がその時に頑張って考えた目標はつまり「安全」だった。そう、まずは自分の安全を確保することを優先するべきだと考えたのである。


 思えばそこにいたるまでも随分ずいぶんと恐怖体験があった。そうした中でも【リリーさん】の存在はあたたかく感じたものだが……その時そこにあるのが彼女だという確信はなかった。


 なにせ得体のしれないことが連続しすぎている。次に何が起きるのか、そのことに不安と恐怖があったのだと私は思う。


 だから私はベッドの枕横にあった一際ひときわ分厚い本を手に取った。


 かなり重量があって辞書みたいなものだ。何かあれば刃物でも防げるだろうし、振り下ろせばかなりの武器になりそうだとも考えた。問題なのは私が刃物を向けられたことも鈍器をだれかに振り下ろした経験もないということ……むしろ喧嘩けんかすらまともにしたことがないという事実……。


 ただよってくるほのかに甘い香りと、カリカリと小刻みに鳴らされる音。


 “香り”については冷静になればその正体を簡単に知れただろう。だが、当時の私はそれよりも周囲を警戒することに意識をいていた。


 差し足、忍び足……心の中でそのようにとなえながら私は足を前にだす。思えば居室内でシューズをいたままだったが……そんなこと気にしてられない。


 居室はかなり広いらしく、本棚はベッド周り以外にもある。本当に小さな図書館のような様子だった。


 つま先からそっと足を降ろして、ゆっくりと……私は本棚が並ぶ室内を静かに歩く。靴底に感じる硬い木板がきしまないように、気を付けた。


 カリカリと小刻みに鳴らされる音が近くなる。明るさも強まっているようで……おそらく窓か何らかの光源が近いのだろう。


 いよいよ音が間近となり、私は一つ呼吸を深くしてチラリと本棚の影から顔を出した。


 なるべく自分があらわとならないように視界を広げる。本棚の薄暗い影から小刻みに何かを叩く音の正体を探った。


 よく聞くと何か……カツカツと小刻みな音にまぎれて“声”も聞こえてくる。それはつぶやきか、ひとり言か……?



 そのようにして私が息を飲んでのぞき込んだ先。



 そこには――――


 




つづく






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