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駅員さんの恋  作者: 高藤みずき
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【7】「お願い」 3



 結局駅員さんが迎えに来てくれるまでに心配させないためのうまい考えなんてとても浮かぶはずなくて。わたしはそのままを正直に話してしまった。話した、というか、気がついたら全部うまく聞き出されてしまっていたというか。


 駅員さんの目の前にあるのは、生、ではなく「フーハールデン・ヴィットビール」“Hoegaarden”のその独特のロゴには見覚えがあった。グラスもそれと揃いのものだ。そしてわたしのは「ボーン・フランボワーズ」という、名前どおりラズベリーのビール。色はアンバー。グラスも縦長のシャンパングラスに似ていて可愛い。甘いはずなのに、なんだかちょっぴり苦味を感じたのは錯覚なのか。自分の気持ちのせいだったかもしれない。


「……それは、少し軽率だったかもしれませんね。咲紀さんにしては」


 ですよねーっ、と内心自分でも思いっきり突っ込む。そろり、と駅員さんの様子を窺うと怒ってはいないようだけど、苦笑気味だ。自分の頭を思いきり殴りつけたくなった。


「ごめんなさい」


 もしも今日がやりなおせるなら、九重先生を見つけた時点で猛ダッシュで逃げるのに。それでも、捕まったかな……。なんだかそんな気がしてしまうのがイヤだ。


「でも軽率さでは僕もちょっと人のこと言えないので」


「えッ!?」


 いきなりそんな返しをもらうとは思っていなくて、とりあえず自分のことは棚上げして、駅員さんを凝視する。


「なにか、あったんですか?」


 女の子に告白された? ……でもそんなことは駅員さんにとっては日常茶飯事のはずだ。この間も軽くあしらってた。駅員さんはやや気まずそうにビールを一口飲んで、そしてちょっとだけ考えるような間があってから「この間のコンサートの映像が」と切り出す。


「はあ」


「CMに使われるそうなんです」


「CM!?」


 駅員さんはそこで大手の電機メーカーの名をあげた。誰でも知ってる会社だ。


「メインは樹なので、ぼくはそれほど映らないはずなんですが」


 いや。心の中で激しく頭を振る。わたしがスポンサーなら、あるいはCMを作ってる会社なら、間違いなく二人セットの映像を使うだろう。それは予感じゃなくて、もはや確信。だってあんなに短いニュースでさえ、駅員さんが映っているところを使ってた。それが一瞬のインパクトが求められるCMならばなおさら……使わないはずがナイ。


 今だって追っかけがいるくらいなのに、テレビなんか出たら……大変なことになるだろう。きっと。もやっとした不安が広がる。


「あのコンサートが決まった時点で既に交わされていた契約のようなんですが」


 つまりもう断れる話じゃないんだろう。漏れかけた溜息を飲み込んだ。


「それは、個人的にはすごくすごく観たいですけど」


「咲紀さん」


「でもやっぱり、真哉さんにしては軽率だった、かも、ですね」


「すみません」


 とうとう二人で顔を見合わせて謝ることになる。


「何二人して謝ってんの?」


 呆れたような織田さんの声がして、目の前にアサリのスープと、ホタテのポワレが置かれた。相変らず美味しそうだ。何度か通っているうちに、織田さんの口調が砕けたものに変わってきているのもなんとなく嬉しい。


「召し上がれ」


 いきなり甲高い可愛い声がして、カウンターの向こうからひょこりと子供が顔を出した。台に乗っているのか少し下を気にしている。面食らったものの、声だけじゃなくて天使みたいに可愛い子で。思わず声を上げていた。


「嘘! なんですかこのすごい可愛い子」


「ありがとう。お姉さんも可愛いね」


 棒読みっぽいませた口ぶりにつられるようにして笑う。


「ありがと。キミ将来有望だな。……あのう、織田さん、このお子さんは?」


 わたしの問いかけに、織田さんは悪戯っぽく笑った。


「オレの子供」


 ええっ!!


「織田さん、の?」


 嘘。とても子供がいるようには見えなかった。それに似てない。まじまじと目の前のその子を見つめる。


「い、幾つ?」


「織田彼方。四歳、男の子です!」


 ハキハキ答える様も可愛い。わざわざ性別まで言ったのは、ぱっと見女の子と見まごうばかりの愛らしさだからだろう。なんだか今日はびっくりな日だ。そしてまだ、このびっくりは続くのだった。


「かなた、くん?」


 うんっ、と彼方くんが笑う。あれえ? なんかこの子、誰かに似てない?


「えーと、織田さんのお子さん、なんですよね」


 ちらりと駅員さんを見ればゆっくりと頷いてくれて。じゃあ、お母さんは? まさかそんな不躾なことを子どもに聞けるわけなくて。悩みまくったわたしはとりあえず彼方くんににこっと笑った。


「わたし、川野辺咲紀です。よろしくね」


「さきちゃん」


「うん。そう」


 彼方くんが手を伸ばして握手を求めてくる。わたしはその手を握り返した。馬鹿の一つ覚えみたいに可愛いしか出て来ない。だってこんなに可愛い。——でもなんだろう。ちょっと引っかかる。


「コイツ、誰かに似てると思わない?」


 にやにやしながら織田さんが聞いてきて、大きく頷いた。


「似てますっ。さっきから気になってて……」


 くるっと癖のある明るめの髪。天使のような、って、最近聞いたなこのフレーズ。


「あーっ!!」


 思わず声を上げて慌てて自分の手で塞いだ。——藤間樹だ。彼を小さくして目尻を少し下げて、邪気を完全に抜いたらこの子になる。多分。


「樹に似てるでしょ」


 似てるなんてもんじゃない。そっくりだ。


「はい。……でも、どうして?」


 呆然としたわたしに彼方くんも首をかしげて笑う。ああもう可愛い。壮絶に可愛い。カウンターを挟んでなかったらぎゅっと抱きしめてるところだ。持って帰りたい。そうかー。アレとおんなじ顔なのに、こんなに可愛くなるんだ。不思議。


「オレの奥さんの名前、旧姓藤間っていうんだ。藤間華」


「とうま」


 そんな珍しい苗字がそうごろごろしているとは思えない。わたしの表情を読んで、織田さんは頷いた。


「うんそう。樹の姉です」


「お姉さん」


 今日はびっくり大会ですか……。って、樹くんにお姉さんいたんだ。


「じゃあ、樹くんは織田さんの義理の弟、だったんですか」


「正解」


 それでクリスマスのときあんなに親しかったんだ。なんだか駅員さんとは違った意味で親密だなあ、とは思ってたんだけど。謎が解けた。


「樹はお姉さんと半分しか血が繋がってないんだけどね」


 秘密でも何でもないのか、そう言って駅員さんが笑う。えーと、ってことはつまり。


「華のお母さんは早くに亡くなったんだ」


 わたしの疑問に答えるように織田さんが言い添える。


「なるほど」

 

 つまり樹くんは後妻さんとの子ってことか。小さい頃からこの顔ならさぞかし可愛がられたんだろうな。だからなのか。あの王様っぷりは。——彼方くんがこのまま可愛く優しい男の子に成長することをこっそり切に願う。


「両親もだけど、彼女もヴァイオリニストで、殆ど日本にはいないんだ」


 駅員さんの言葉に、頷いた。はー。一家揃って音楽家なのか。すっごいな。


「美人、なんでしょうねえ」


「咲紀ちゃん? それはどういう意味かなあ?」


 やや声を低くしたおどけるような織田さんの声にハッと気づいて両手を振る。


「ち、違いますッ。織田さんがどうとかじゃなくて、そ、そのう……ッ」


 くうっ。誤魔化しきれない。だって織田さんの子どもでこれだけ可愛かったらやっぱり、ねえ?


「そのっ、織田さんはカッコいい系で可愛い系じゃないんで!」


 織田さんはははっと笑って、どうも、と応えた。ああ。これではまるでとってつけたようだ。


「ほ、ホントですよっ」


「はいはい。そのへんでやめておかないと、隣りの怖い男にお仕置きされちゃうよ」


 隣り? ちらりと隣りを見ると駅員さんが苦笑していて。そんなつもりは、と首を振った。はっ、視線を戻すといつの間にか織田さんいないし。


「召し上がれ」


 もう一度彼方くんの可愛い声に促され、やはり素早く駅員さんが料理を取り分け始めた。


「お仕置き……」


「しませんよ」


 楽しそうに笑いながら綺麗にとりわけたお皿を渡してくれる。


「わかってます」


「でも」


 でも!?


「咲紀さんが余所見できないように努力は必要かな、と思います」


 そう言って意味ありげな眼差しで見られるから、顔が赤くなる。ど、努力って、なにを!?


「余所見なんか、しません」


 できないっていうか。そんなこと言われたらわたしだって。少し目を見張った駅員さんに、わたしも、と口にする。


「真哉さんが他の人に連れて行かれないように、頑張ります」


「ぼくも頑張るーっ」


 仲間に入りたいのか声を上げた彼方くんに、わたしたちは顔を見合わせて笑った。


 そして、その翌日。


「好きだよ」


 鍵を開けてシャッターを開け、一人で準備をしているところへ一番乗りでやって来た九重先生が、わたしを見るなり甘く囁く。


 朝の挨拶はどうした! 深々とため息をつく。


「何の真似ですか」


「まずは気持ちを知ってもらおうと思って」


「……心無い言葉ほど胸に届かないものはありませんね」


「あれ? 気持ち足りなかった?」


 もはやそういう問題でもないんだけど。第一気持ちなんかこれっぽっちもないくせに。


「そこにいられると邪魔なんですけど」


 うざい秋波を発している九重先生をスルーして中に入る。やることは山ほどあるのだ。邪魔されては堪らない。なのに用のある棚の前に立ちはだかられては、さすがに無視することもできなかった。こんなところを誰かに見られたら、なんだか色々面倒な感じがする。しばらく待ってもどく様子もなく九重先生はにこやかに続けた。


「どれとるの? とってあげるよ」


「いえ、自分でとれますから」


 どいてくれればすぐにでも。うんざりした様子を隠しもしないわたしになにがおかしいのか、咲紀ちゃん、と呼びかけながら九重先生がにやにやと笑う。


「あのね」


「はあ」


「そういう態度」


 なに、気に入らない? 受けて立つ勢いで九重先生を見上げると、そのまますばやく頬にキスされた。


「なッ」


 一瞬呆気に取られ、あっさりとキスをされてしまった自分に怒りさえ覚える。頬だけど! キスはキスだ。


「かえって燃える」


「ふ、」


 フザケるな!


 駄目。我慢しろわたし。からかいに乗れば乗るほど相手の思うツボだ。楽しそうに笑いながら九重先生は先生方の控え室に去ってゆく。


 油断した油断した油断したーッ!! 拳でさっきの感触を拭うようにごしごしと擦った。


 怒りで、震える。そのままずかずかと控え室に近づいて、ドアを開けて叫んだ。


「こんなの逆効果ですからッ」


 ばんっ、とドアを閉めて仕事に戻る。不愉快なほど大きな九重先生の笑いが聞こえてくる。わからせてやろうじゃないか。絶対に。一途な揺れない心を。あの自意識過剰のうぬぼれ勘違い男に!


 この時はまさかこの言葉を撤回したくなるような日が来るなんて思いもしなかったのだ。


 まったく、これっぽっちも。




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