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「無能」と追放された倉庫番ですが、王都の物流は私が回していました 〜寂れた宿場町を交易の要にしたら、古巣の大商会が静かに崩壊していくようです〜  作者: 夜凪レン


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第73話:兵站査定会、軍務卿がはじめて席についた

 本日の荷:王国の胃袋、審議中。


 王宮の査定会は、円い部屋で開かれた。王宮商務局、会計検査院、王宮兵站府、財務府。それぞれの席にそれぞれの官が座る。上座に王の代理として大書記官、傍聴席に王都商業ギルドと各領の代理人。


 議題は一つ。兵站の民間委託を、本採択とするか、打ち切りとするか。辺境伯ウェルナーが大きな体を椅子に沈めて座り、傍らにセドリックさん。私は参考人の席である。そして、軍務卿レーゲンがいた。


   *


「まず、実績を申し上げる」


 辺境伯が開口一番に立ち、書付を卓に叩きつけた。読み上げる数字は、昨日までに三度、私が確かめたものである。


「北方国境ハルダ砦。増援を含む四千の兵站を、民間中継が請け負った。所要十二日、着荷率十割。従前の軍直轄は所要二十日、着荷率六割一分。——昨冬の飢饉、西部三十七か村、人口三万八千。餓死者、無し」


 部屋がざわついた。数字そのものより、『餓死者、無し』のひと言で人が動いたのが分かった。


「王国全体の飢饉死者は、いま集計中だが、少なく見ても四千を超える。……西部だけが、ゼロだ。理屈は簡単でな。荷が回ったからだ」


 辺境伯は私を指した。


「儂の名代が回した。以上」


 傍聴席から拍手が起きかけて、大書記官の咳払いで止まった。


   *


「よろしいか」


 軍務卿レーゲンが静かに手を挙げた。その一声で、部屋の音が消えた。白髪を短く刈った痩せた老人が、ゆっくりと立ち上がる。軍装ではなく地味な文官の着物で、声は穏やかで、押しつけがましいところが少しもない。


「辺境伯の申されたことは、すべて事実である。異論はない」


 辺境伯が片眉を上げた。私も、この人の「異論はない」から始まる話を、良い話だと思ったことがない。


「その上で、動議を提出する。兵站の民間委託は、打ち切るべきである」


 部屋がざわめき、レーゲン閣下は指を一本立てた。その三本が、そのまま三人の名前になるのだと、二つ目を聞く前に分かった。


「一つ。この一年で、兵站府の官が三名、罷免された。輜重監ガルド。徴発官ロッシュ。軍需監ハウザー。いずれも二十年、三十年と務めた者たちである」


「二つ。昨冬、西部の救荒配給が一時停止し、五つの村が数日、配給を受けられなかった。徴発によるものである」


「三つ。民間の荷車四十台が、軍の傭役として登録され、軍道を通行した。例規の趣旨に反する濫用である。軍の道を民間が使う前例を作れば、国境の防備に穴が空く」


 彼は指を下ろした。三本とも、私がこの一年でやったことの数え上げだった。


「——民間委託を始めてから、王国の兵站は、これほど乱れた。乱したのは、そこの差配役である」


   *


 私は自分の膝を見ていた。三つとも事実だった。三人は罷免された、私が数字を出したからだ。五つの村は配給が止まった、私が徴発を運んだからだ。四十台は軍道を通った、私が傭役に登録させたからだ。起きたことは、すべて私が起こした。


「軍務卿閣下」


 会計検査院の役人が、遠慮がちに口を開いた。


「罷免された三名は、いずれも不正が認定されております。差配役の告発は、正当なものかと」


「正当であろう」レーゲン閣下は、あっさり頷いた。「不正があったのは事実だ。私も残念に思う。長く務めた者たちだ」


「では」


「だが、聞きたい」


 軍務卿は部屋を見回した。答えを求める目ではなかった。答えが返らないと知っている者の間の取り方だった。


「二十年、三十年、務めた者が三人、一年で不正に手を染めた。……なぜだ」


 誰も答えなかった。円い部屋で、三十人が一斉に紙を見る音だけがした。


「制度が変わったからだ」


 彼は静かに続けた。


「軍の兵站に民間が入り、金の流れが変わり、書式が変わり、前例が壊れた。壊れた場所に、人は手を突っ込む。三人が悪かったのではない。壊した者が、いる」


   *


 私は立ち上がった。この人と正面から言葉を交わすのは、これが二度目である。


「軍務卿閣下。一つ、お伺いします。四十八件の起案について、閣下は、ご存知でしたか」


 部屋が静まった。レーゲン閣下は少しだけ首を傾げ、そして、たいへん困った顔で微笑んだ。


「知らぬ」


「決裁欄が、空白でございます」


「押していないものは、見ておらぬということだ」


「押していないから、見ていない。……そういうことになりますか」


「そうなる」


 私は頷いた。ここまでは、昨日のうちに机の上で三度なぞった道筋である。


「では、閣下は、この十八年で、兵站に関する不正を、一件でも止められたことがございますか」


 初めて、部屋の空気が変わった。レーゲン閣下はしばらく私を見ていた。穏やかな目だった。怒りも動揺もなく、やがて彼は静かに言った。


「私は、何もしておらぬ」


 私はその言葉を待っていた。待っていたのに、実際に聞くと、背中が冷えた。


「一つも命じておらぬ。一つも受け取っておらぬ。一つも判を押しておらぬ。……差配役よ」


 軍務卿は微笑んだ。


「それが何より、潔白の証だろう」


   *


 誰も、次の言葉を継がなかった。反論できる者がいなかったのだと思う。できるはずがない。何もしていない人を、どうやって責める。荷が無いところに、詰まりは無い。


 大書記官が咳払いをして、私に向き直った。


「……差配役。何か、申し開きは」


 私は頭を下げた。傍聴席がどよめき、辺境伯がぎょっとしてこちらを見るのが、伏せた視界の端に入った。


「本日は、ございません。ですが、明日、荷の話をさせていただきたく存じます」


「荷の話とは」


「私は倉庫番でございます」


 私は顔を上げた。


「命令書は読めません。ですが、荷なら、数えられます」

最終章「名を書かない手」、開幕です。レーゲンが自分で席につきました。そして反撃が見事に嫌らしい——「三人が不正をしたのは、お前が制度を壊したからだ」。全部事実なので、ロイドは反論できません。「私は何もしておらぬ。それが何より潔白の証だろう」は、この作品の敵の台詞でいちばん強いものを書けたと思っています。ガレオンの「利口者がいちばん高くつく」、フェルズ侯爵の静かな慇懃さ、そして何もしないこと自体を盾にする男。次回、決着です。ロイドは命令書を読みません。荷を数えます。ブックマーク・評価・感想、何よりの帰り荷です!

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