第73話:兵站査定会、軍務卿がはじめて席についた
本日の荷:王国の胃袋、審議中。
王宮の査定会は、円い部屋で開かれた。王宮商務局、会計検査院、王宮兵站府、財務府。それぞれの席にそれぞれの官が座る。上座に王の代理として大書記官、傍聴席に王都商業ギルドと各領の代理人。
議題は一つ。兵站の民間委託を、本採択とするか、打ち切りとするか。辺境伯ウェルナーが大きな体を椅子に沈めて座り、傍らにセドリックさん。私は参考人の席である。そして、軍務卿レーゲンがいた。
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「まず、実績を申し上げる」
辺境伯が開口一番に立ち、書付を卓に叩きつけた。読み上げる数字は、昨日までに三度、私が確かめたものである。
「北方国境ハルダ砦。増援を含む四千の兵站を、民間中継が請け負った。所要十二日、着荷率十割。従前の軍直轄は所要二十日、着荷率六割一分。——昨冬の飢饉、西部三十七か村、人口三万八千。餓死者、無し」
部屋がざわついた。数字そのものより、『餓死者、無し』のひと言で人が動いたのが分かった。
「王国全体の飢饉死者は、いま集計中だが、少なく見ても四千を超える。……西部だけが、ゼロだ。理屈は簡単でな。荷が回ったからだ」
辺境伯は私を指した。
「儂の名代が回した。以上」
傍聴席から拍手が起きかけて、大書記官の咳払いで止まった。
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「よろしいか」
軍務卿レーゲンが静かに手を挙げた。その一声で、部屋の音が消えた。白髪を短く刈った痩せた老人が、ゆっくりと立ち上がる。軍装ではなく地味な文官の着物で、声は穏やかで、押しつけがましいところが少しもない。
「辺境伯の申されたことは、すべて事実である。異論はない」
辺境伯が片眉を上げた。私も、この人の「異論はない」から始まる話を、良い話だと思ったことがない。
「その上で、動議を提出する。兵站の民間委託は、打ち切るべきである」
部屋がざわめき、レーゲン閣下は指を一本立てた。その三本が、そのまま三人の名前になるのだと、二つ目を聞く前に分かった。
「一つ。この一年で、兵站府の官が三名、罷免された。輜重監ガルド。徴発官ロッシュ。軍需監ハウザー。いずれも二十年、三十年と務めた者たちである」
「二つ。昨冬、西部の救荒配給が一時停止し、五つの村が数日、配給を受けられなかった。徴発によるものである」
「三つ。民間の荷車四十台が、軍の傭役として登録され、軍道を通行した。例規の趣旨に反する濫用である。軍の道を民間が使う前例を作れば、国境の防備に穴が空く」
彼は指を下ろした。三本とも、私がこの一年でやったことの数え上げだった。
「——民間委託を始めてから、王国の兵站は、これほど乱れた。乱したのは、そこの差配役である」
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私は自分の膝を見ていた。三つとも事実だった。三人は罷免された、私が数字を出したからだ。五つの村は配給が止まった、私が徴発を運んだからだ。四十台は軍道を通った、私が傭役に登録させたからだ。起きたことは、すべて私が起こした。
「軍務卿閣下」
会計検査院の役人が、遠慮がちに口を開いた。
「罷免された三名は、いずれも不正が認定されております。差配役の告発は、正当なものかと」
「正当であろう」レーゲン閣下は、あっさり頷いた。「不正があったのは事実だ。私も残念に思う。長く務めた者たちだ」
「では」
「だが、聞きたい」
軍務卿は部屋を見回した。答えを求める目ではなかった。答えが返らないと知っている者の間の取り方だった。
「二十年、三十年、務めた者が三人、一年で不正に手を染めた。……なぜだ」
誰も答えなかった。円い部屋で、三十人が一斉に紙を見る音だけがした。
「制度が変わったからだ」
彼は静かに続けた。
「軍の兵站に民間が入り、金の流れが変わり、書式が変わり、前例が壊れた。壊れた場所に、人は手を突っ込む。三人が悪かったのではない。壊した者が、いる」
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私は立ち上がった。この人と正面から言葉を交わすのは、これが二度目である。
「軍務卿閣下。一つ、お伺いします。四十八件の起案について、閣下は、ご存知でしたか」
部屋が静まった。レーゲン閣下は少しだけ首を傾げ、そして、たいへん困った顔で微笑んだ。
「知らぬ」
「決裁欄が、空白でございます」
「押していないものは、見ておらぬということだ」
「押していないから、見ていない。……そういうことになりますか」
「そうなる」
私は頷いた。ここまでは、昨日のうちに机の上で三度なぞった道筋である。
「では、閣下は、この十八年で、兵站に関する不正を、一件でも止められたことがございますか」
初めて、部屋の空気が変わった。レーゲン閣下はしばらく私を見ていた。穏やかな目だった。怒りも動揺もなく、やがて彼は静かに言った。
「私は、何もしておらぬ」
私はその言葉を待っていた。待っていたのに、実際に聞くと、背中が冷えた。
「一つも命じておらぬ。一つも受け取っておらぬ。一つも判を押しておらぬ。……差配役よ」
軍務卿は微笑んだ。
「それが何より、潔白の証だろう」
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誰も、次の言葉を継がなかった。反論できる者がいなかったのだと思う。できるはずがない。何もしていない人を、どうやって責める。荷が無いところに、詰まりは無い。
大書記官が咳払いをして、私に向き直った。
「……差配役。何か、申し開きは」
私は頭を下げた。傍聴席がどよめき、辺境伯がぎょっとしてこちらを見るのが、伏せた視界の端に入った。
「本日は、ございません。ですが、明日、荷の話をさせていただきたく存じます」
「荷の話とは」
「私は倉庫番でございます」
私は顔を上げた。
「命令書は読めません。ですが、荷なら、数えられます」
最終章「名を書かない手」、開幕です。レーゲンが自分で席につきました。そして反撃が見事に嫌らしい——「三人が不正をしたのは、お前が制度を壊したからだ」。全部事実なので、ロイドは反論できません。「私は何もしておらぬ。それが何より潔白の証だろう」は、この作品の敵の台詞でいちばん強いものを書けたと思っています。ガレオンの「利口者がいちばん高くつく」、フェルズ侯爵の静かな慇懃さ、そして何もしないこと自体を盾にする男。次回、決着です。ロイドは命令書を読みません。荷を数えます。ブックマーク・評価・感想、何よりの帰り荷です!




