エピローグ 家族
地球に戻ってからしばらく経った。
夏休みを迎えたハルカが、僕のマンションに遊びに来ていた。
最初はすぐに帰るだろうと思ったけど、「このマンションすっごく快適!街にも近いし最高じゃん!」と言って何日も入り浸っていた。
物置になっていた部屋の片付けを手伝ってくれたりもしたので、僕としてもありがたかった。
――
お盆期間のとある日。午後にハルカと共に両親の墓参りへ向かうことにした。
ハルカに「身内じゃないのに来る必要はないんだよ」と伝えたけど、
「カナタのお父さんとお母さんに、挨拶しておきたいから」
と頑なだったので、それ以上拒否する理由はなかった。
両親の墓地は都心の郊外にあった。父の親族が経営しているというお寺で、境内の裏手の木々に囲まれた場所にあった。
とびきり暑い日で、太陽は頭上から容赦なく照り付け、遠くのビル群は陽炎に揺らめいていた。セミの鳴き声が耳をつんざくほどに響いていた。
墓参りセットを手に墓地を歩いていくと、ひときわ大きな木が見えてきた。そのすぐそばに、両親が眠る墓があった。
その墓の前には、スーツ姿の男性がいた。
兄だった。
「……兄さん。仕事は?忙しいんじゃないのか?」
「よう。カナタ。この時期は、経営者が率先して休まないと示しがつかないだろ?」
兄はそう言いながら、墓前に花と線香を添えていた。
それから興味深そうにハルカに視線を向け、「……その方は?」と聞いてきた。
「前に連絡したろ?最近うちに入り浸ってる……遊びに来てる、ハルカだよ」
僕が紹介すると、ハルカはぺこりと頭を下げた。
「ハルカです、初めまして!いつもカナタさんにお世話になっております」
それを聞いた兄は一気に表情をやわらげ、「ああ、あなたがハルカさんですね。いつも愚弟がお世話になっております」と笑顔を向けた。
その社交的な様子を見ると、僕と兄を似ていると思う人は誰もいないだろうな、などと考えてしまった。
「そうなんです、本当にいつもお世話してるんです!」
それからハルカは持ち前のコミュニケーション力を発揮し、容赦なく僕のことを語り始めた。
主にツアー中の共同生活の時に、いかに僕が無気力だったかを臨場感たっぷりに兄に伝えていた。
失礼な。朝はギリギリまで寝て、夜も一人でいることが多く、休養日も外出せずに施設で過ごしていただけじゃないか。食事は夫人が作ってくれたものを食べるだけだったし。
……もちろん、掃除や洗濯はしていた。だけど確かに、少しだらしなかった気がしてきた。
兄は兄で、その時の僕の様子を、僕とハルカに根掘り葉掘り聞いていた。
僕が何を思い、何を感じていたのかを、嬉しそうに聞いていた。
それはまるで、墓で眠る両親たちにも聞かせるためのようにも思えた。
ときおり、ざあっと吹いた風が、墓の前で立ち話をする僕たちを撫でていった。汗を少しだけ冷やしていき、それが心地よかった。
――
気づけば日はわずかに傾き始め、線香の灰はすっかり落ち切っていた。
兄とこれだけ話すのはいつ以来だろうか。会話が盛り上がったのは、どう考えてもハルカのおかげだろう。
兄は腕時計に目を落とした。
「いやー面白かった!じゃ、俺はそろそろ行くわ。近くで取引先と懇親会があるからな」
「……経営者だから率先して休んでるんじゃないのか?」
「会社に行かないだけでも、休んでるように見えるだろ?それに俺は仕事が趣味だから」
と笑って、さらに続けた。
「ま、カナタが立派に彼女も連れて来てくれて、父さんと母さんも喜んでるだろ」
「……いや待て、別にそういう関係じゃない」
「は?違うの?」
「え?違うの?」
兄とハルカが同時に言った。
違うと思ったけど、ここで強く否定すると、ハルカから手が飛んでくる気がした。
だから「……違わないのかもしれない」とだけ答えた。
それを聞いた兄は小さく笑って、ハルカに向き直り、
「……ハルカさん、こんなやつだけど仲良くしてくれてありがとうございます。良ければこれからも相手してやってください」
と言っていた。ハルカも「はい、任せてください!」と笑っていた。
僕の意思は関係ないのだろうか。別にいいけど。
それから兄は「じゃ、またな。何かあればいつでも連絡しろよ」と言い残し、後ろ手に手を振って去っていった。
やっぱり僕は兄と似てないな、と思った。
それから僕とハルカも、墓を後にした。
ふと見上げた空はオレンジに染まりはじめており、夕月が優しく浮いていた。
僕はもう、自分を重ねることはしなかった。
――
墓参りから数日後。
僕とハルカは飛行機に乗っていた。
窓際の席は、ハルカ。
僕が「席はどっちがいい?」と聞く前から、ハルカは「私窓際!」と言い張っていた。
こどもか。
窓の外を見ながら、
「飛行機は地球から出ないんだよね。これなら万が一があっても大丈夫な気がするね」とハルカは言う。
確かに、宇宙空間での万が一に比べたら、まだ大丈夫だろう。
……いや、そんなわけない。
「大丈夫じゃないだろうし、あってほしくないよ……」と僕が言うと、ハルカはこっちを見ながら嬉しそうに笑っていた。
――
飛行機は当たり前のように何事もなく、アメリカの空港へと到着した。
季節は夏。日本とは違って、乾いた空気。だけど、太陽光はじりじりと僕たちを焼いた。
空港から目的地まではバスで向かう。
最初、僕はタクシーで行こうと提案をしたけど、ハルカは「タクシーなんて味気なさすぎる!カナタの運転で行こうよ!」と言っていた。
僕は左ハンドルなんて握ったことない。しかもレンタカーも大きい車ばっかりだ。これでアメリカの道路なんて怖すぎる。
結局、間を取ってバスになった。
ふたり分の荷物が入ったスーツケースをガラガラと引きながら、自動運転のバスに乗りこんだ。
始発だからか、まだ乗客は少なくて、一番後ろの席に座れた。
ハルカは「私窓際でいい?」と言いながら、僕の返事を待たずに窓際に座っていた。
バスの出発時刻までの間、頭上から勢いよく吹き出している冷気が体にかかって汗が一気に冷えていく。外の暑さに負けないどころか、寒いぐらいだった。
半袖を着ているハルカが、腕を軽くさすっていた。
僕が立ち上がり、エアコンの吹き出し口に手を伸ばして誰もいないほうに向けると、ハルカは「ありがと」と微笑んでいた。
僕らを乗せたバスは、自動運転のはずなのにやたら荒い運転で街中を抜けていく。
こういうのってもっと慎重なイメージなのに。アメリカの味付けなんだろうか。
バスがビル街を抜けると一気に建物が減ってきて、荒野を直線に走る道路に出た。
ふと窓の外を見ると、見渡す限りの大地と、たまにごつごつとした岩山が見えた。まるで……
「なんか、月の景色に似てるね」
胸の内と同じことを、ハルカが呟いた。
――
ガタガタとバスに揺られていると、大きな農場の前にあるバス停にたどり着いた。
僕とハルカはそこで降りたが、他にも従業員らしき人たちが降りて行った。
バス停が置かれるぐらいの規模って、すごいな……。
「バス停あるの便利だね。来やすいじゃん」
ハルカはのんきなことを言っていた。いや、これは相当すごいことなんだけど……。
施設内は大規模な農場だった。
あまりにも広大すぎて、どこからどこまでが敷地内なのかわからなかった。
オートメーションされている部分が多く、巨大な倉庫があった。
倉庫から少し離れたところには、赤いレンガで出来た家があった。
雲一つない快晴を背にしたその家は、まるで映画のセットのように見えた。
そこが今回の目的地だった。
「早く行こうよ!」
リュックだけを背負ったハルカが、青空の下、無邪気に笑って僕の手を引いていく。
「待ってくれ。スーツケースが重いんだ……。ていうかなんでこんな重いんだっけ?数日分の着替えしか入れなかったはずだけど」
「えー、隙間にお土産もたくさん入れたんだよ?マグカップとかお茶碗とか。」
……聞いてないぞ。一応、乱暴には扱ってないはずだ。割れてないことを祈ろう。
そんなことを考えながら、ハルカに手を引かれてついていった。
スーツケースのキャリーもガラガラと大きな音を立てて、必死に僕についてきていた。
僕は息を切らしながら赤いレンガの家にたどり着くと、ハルカはすぐにインターホンを押した。
ほどなくしてガチャリと音を立てて玄関が開けられた。
「いらっしゃい、ハルカ、カナタ。いや……おかえりなさい、がいいかしら?」
スコットさん夫妻は、いつもの人懐こい笑みとともに僕らを迎えてくれた。
でもおかえりって……。僕たちはここに初めて来たんだけどな。
そう思っていたら、ハルカは明るく嬉しそうな声で
「ただいま!」
と言っていた。
仕方ない。
僕も小さく、つぶやいた。
「……ただいま」




