94.シスコン悪役令嬢、悪役にはなれませんでした
フィアナの里帰りに付き合った私だったが、たったの一泊とはいえ色々とあった。ありすぎた。
それに加えてその日からフィアナはとても積極的になった。何がって言うと私の口からはあまり言いにくいのだけど……とにかく私との距離が近くなった気がする。
「お姉様!」
私を呼ぶその声は最早聞き慣れたもので、何度耳に入っても心地いい響きではあるのだが。
「っフィアナ……ど、どうしたの?」
飛びついてくるように抱き着いてきたフィアナを受け止めて困ったように要件を聞くが、彼女は私の身体に身を埋めながら柔らかい体を意識させるかの如く擦りつけてくるだけだ。
「特に用はないのですが、だめですか?」
しかもそんなことを言いながら上目遣いに見てくるものだから否定するわけにもいかず(そもそも別に否定したいわけではないのだが……)、とにかく大変なのだ、主に私の理性が!
そんな連休を過ごしていた私は、すっかりフィアナのスキンシップに絆されて受け入れてしまっていた。もちろん完全にされるがままというわけでもないのだが、彼女が以前に言っていた「意識させる」という目的は十二分に達成されていたと思う。
そして、そのまま時が流れた。
事故やらフィアナとのこともあり、決して平和で穏やかな連休とは言えなかったが、充実したそれが終わりを告げて、後期の学園生活が幕を開けた。私はこの後期が終われば高等部での学業を修め学園を卒業することになる。
正直に言うとこの後期は特に目立った行事もないはずだったのだが中々に波乱を含んだものであった。事件や事故があったわけではないが、とにかくフィアナ関連で忙しすぎたのだ。
私とフィアナ、フロールとクレスで街に出掛けたのも思い出すだけで顔が熱くなる。それが終わってからもしかしてダブルデートだったんじゃないかと気づいたがその時はとにかく私以外全員がイチャラブするものだから収拾がつかなかった。
ちなみにフロールの友人であるトールとも別の日で一緒にまとまって出掛けた。その時はいかにも女の子同士、というかキャッキャウフフな感じで私の精神には非常に優しかったのだが、そこでトールに私とフィアナの関係がバレてしまった。
「応援しますから協力できることなら何でも言ってくださいね」
そう呟かれて、それに対して反論する気持ちが全く浮かばない自分に赤面することになったのも恥ずかしい思い出だ。
そんな私とフィアナであったが、その周りでも小さな変化が起き始めていた。
今更ながらと思われるかもしれないが、この世界は私にとってはゲームの世界だ。私の知っている内容はフィアナが学園生活をして誰かしらと愛を育み、最後に結ばれる話である。
例えば第一王子だとか第二王子、アクシアの兄などが対象である。他にも教師だとか騎士を目指す青年やら国に仕える宰相の息子など対象は多い。
しかし、それらとはフィアナは全く関係を結んでいない。よくても知り合い程度でそこに恋愛という文字は見えなかった。
「ミリ、何をしているんだ。次の授業に行くぞ」
「ちょ、ちょっと待ってください! うぅ、何で私なのぉ……」
何せ第一王子であるアランは以前私とフィアナにメイド業を教えてくれたミリにどうやらご執心しているようで、学園ではよくミリを引き連れて行動している。従者だろうと考えるものもいたがどうにも私から見てそうは思えなかった。だって彼がミリに向ける言動や行動はゲームで彼ルートに入った時に見られる様子だからだ。
さらに他の……例えばバリスとかいうフィアナにちょっかいを掛けてくれたアホの第二王子は、何と城のメイドであるイリサさんを気にしているらしい。これは確信ではないのだけれども……
「メイドに渡して喜ばれるものってあるのか?」
「え? メイドさんに? それってイリサさんのこと?」
「は、はぁ!? そんなわけないだろ!? ただ労ってやろうと思っただけで別にあいつにあげたいとかそんな好意があるわけじゃ──」
「別に好きとかどうとかの話はしてないけど……」
「……あ」
こんな会話をしてしまった以上そう考えるのは自然で、恐らくそれはあたっている。これは私の勘でしかないんだけどね。
つまるところ私の言いたいことは、この世界は確かにゲームと一緒だが、時間の流れや歴史はそうではないということだ。ゲームと環境が同じだとしてもこの世界の人々には血が流れ自分の意思を持って生きている。シナリオが決まっているわけじゃない。
私が目覚めたから、が直接の原因ではないと思うが少なくともゲームとしての歴史は変わっている。
そして、それは卒業式にも大きく関わってきた。
*****
セリーネの卒業式。それはゲームでは最後の山場で断罪イベントと呼ばれるものであった。悪役令嬢の最後なんてある程度想像出来ると思うが、今までの悪事がバレて裁かれ何らかの罰を受けるのだ。
しかし、今回は違う。何せ私の評価は『妹に嫉妬する悪役令嬢』から『妹に対して変な令嬢』に変わっているからだ。自覚はあったけどどことなく腑に落ちないのはなぜだろうか。
「これからも研鑽に励み国の為に君達一人一人が立派に成長していくことを、心より願っている」
存在していたのかという疑問が湧きそうな学園長のお爺さんによる演説が終わればそこで解散となる。本来ならこれからこの場で例の断罪イベントが行われるはずなのだが。
「お姉様! 卒業おめでとうございます!!」
「ふぐっ! フィアナ、ありがとう……」
解散の声がかかった瞬間、転移してきたかのようにフィアナに飛びつかれる。こんな様子なのだから断罪イベントなんて欠片も発生しそうにない。
「相変わらず"仲睦まじい"ですわね」
ぎゅうぎゅう抱き着いてくるフィアナを抱きしめていると一緒に卒業したフロールがやってきた。後ろにはクレスが控えている。トールは……例の婚約者のところらしい。
「フロール。卒業おめでとう」
「そちらこそですわね。無事卒業出来て良かったわ。まあ大変なのはこれからですけど」
フロールはそう言ってクレスと目を合わせる。言わんとしていることは何となくわかったが私はそれに深く追求することはなかった。ここで深く話すことでもない。
「明日行われる卒業記念パーティには勿論出席するでしょう?」
「まあ、そのつもりだけど」
毎年恒例のことだが卒業式の翌日、学園主催の卒業記念パーティが催される。なぜ翌日なのかというとこの国の慣わしで卒業式の日は終わり次第とっとと家に帰って、卒業したことを両親に報告するのが常識なのだ。
残念ながらゲームのセリーネは叶わなかったことである。
「じゃあ、またその時ゆっくりお話ししましょう。今日は早く帰らないといけませんから」
「そうね。じゃあまた明日。卒業おめでとうフロール」
「貴女こそ、セリーネ。私の大事な御友人様」
フロールは見事なカーテシーを制服で決めると颯爽と式場を後にしていった。私もフィアナと一緒に帰ろうと思っていたら、見知った顔がもう一人現れる。
「セリーネ……様。卒業おめでとう、ございます」
「アクシア。来てくれたのね」
そこにいたのは顔を青くしているアクシアであった。こんなに人が集まった場所は辛いだろうにわざわざお祝いを述べに来てくれたことは素直に嬉しい。
ただ周りに人がいすぎるため、いつものようにタメ語は使わないように注意しているようだった。
「本当はちょっと行こうか悩んだんですけど……やっぱりお世話になったから、お礼だけはと思って……」
「そんな。助けられたのは私の方だわ。正直貴女がいなかったらかなり危なかったもの」
思い出せば最初に私のことを知ったのはアクシアであった。そこから何かと私が困ったときに助けてくれたのが彼女だが、もしも出会っていなかったら私はどうなっていたのだろうか……訪れなかった未来を知ることは出来ないが良い結末は得られなかったに違いない。
「これからも私とフィアナともよろしくね。というかフィアナに言い寄る悪い虫とかいたら逐一報告して欲しいぐらいなんだけど」
「後半はまぁ、あれですけど……こちらこそ、これからもよろしくお願いします……じゃ、じゃあ私はこれで」
本当に人混みが苦手なんだなぁと思いながら、アクシアに別れを告げる。卒業パーティが終わったら個人的にお礼をしようと心に決めた。
「……よし、じゃあ私達も帰ろうか」
「はい、お姉様っ」
一応、言っておくけどフィアナは会話中ずっと私に抱き着いていた。何も知らない周りの人間は私達を見て仲の良い姉妹だなぁと思っているのだろうか表情は柔らかい。
だけどその本質は全く違う。彼女なりの私へのアピールはあの祭りの事故からずっと続いているのだから。
(私も、そろそろ向き合う時ね)
フィアナと一緒に家に向かう馬車に乗り、いまだにフィアナの告白を『保留』していた私はそっと覚悟を決めていた。
*****
両親に無事卒業したことを告げたその日の夜。部屋には私とフィアナ、そしていつも忠誠心の高い二人のお付きメイドが給仕をしていた。
「アイカとシグネも卒業までずっとありがとうね。迷惑をかけっぱなしで申し訳なかったわ」
「いえいえー、私も楽しかったですし、これからもどうぞよろしくお願いしますー」
「私もフィアナお嬢様にお付きする身ですが、これからもしっかりと仕えさせて頂きます」
淹れてくれた紅茶を飲みながら談笑する。今まであったことや例の事故のことも含めて思い出す様に語ってみると不思議なものでつい昨日のように感じる。
そうして4人もいる中で話に花が咲けば時間はあっという間に過ぎていった。気が付けばとっくに寝る時間は過ぎていたが今日は無礼講。明日のパーティに響かない程度には自由にさせてもらえるようだった。
だからこそ、私は一区切りついたときに口を開いた。
「その……二人とはまだ話したりないんだけど、ちょっとフィアナと二人でお話がしたいんだけど、いいかしら……?」
その言葉にビクッと反応したのはフィアナだけだった。アイカとシグネはお互いに目を合わせると頷いて退室していく。空気の読めるメイド達である。
そして自室の中で私はフィアナと二人きりになった。
「…………」
「…………」
もちろん二人きりになったのはずっと保留していたことについて返事をするためだ。ずっと前に私に告白してくれたフィアナへの返事。
しかし、いざ環境が整うと途端に緊張してしまった。私の中ではとっくに結論が出ているのにそれを告げるはずの口が開かない。
でも、ここで切り出さないなんて姉として失格だ。
「あのね、フィアナ」
「は、はいっ」
心なしかテーブル越しに座っているフィアナの声にも緊張が混じっているようだった。
「その、以前だけどフィアナは私にその……告白してくれたでしょ?」
「……はい」
「その気持ちは、今も変わってない……?」
「はい」
私の問いにフィアナは真っすぐに答えた。正直、あれからだいぶ時間が経っていたからもしかしたら優柔不断な姉を前に思いが変わっているかもしれない、そんな不安に駆られた私だったがそれは杞憂で済んでホッとする。
「……そう。ありがとうね、ずっと待たせちゃって」
「返事を頂けるんですか?」
「その、つもり……よ」
ゴクリと唾を飲みこんだ。恐ろしいほど緊張している。正直今まで生きてきて一番だ。足に力が入らず気を抜いたらガタガタ震えてしまいそうなほど、空気が張りつめていた。
だけど伝えなきゃいけない。私の覚悟と気持ちを。
「フィアナ」
「…………」
「事故の後話したと思うけど、初めて貴女と会った時の私は純粋に妹が出来たって喜んだだけだったわ。そこに愛という感情はなく私の妹として慕っていたというのが正しいでしょうね」
私が朝倉美幸という前世を思い出してからの気持ちをゆっくり紡ぐ。それから一度息をついて言葉を続けた。
「それからも一緒に学園に行ったわね。今にして思えば姉ながら暴走してたわ。無理やり貴女のところに通い詰めたし決闘もしたしメイドにもなったし。私が変な令嬢のレッテルを貼られたせいで貴女にも迷惑をかけてごめんなさいね」
「そんなことはありませんよ。確かにびっくりすることは多かったですけど、私にとっては全部大事で楽しい思い出ですから」
フィアナはそう言って微笑んだ。相変わらずよく出来た妹であることに間違いはない。
「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいわ。とにかく貴女と私は『姉妹』として仲良く過ごしていくんだろうなって思ってたのよ。あの時までは」
ピクリ、とフィアナが反応する。それが事故の後の事を示しているのは言葉にせずとも伝わったようだ。
「その時は嫌だってことじゃなくてただ混乱したの。私なんかの何が良いんだろうとも思ったし、女の子同士でしかも姉妹なのにどうすればいいんだろうかって」
でも、結局それは現実から逃げたいだけの思考だった。フィアナの気持ちや私自身の気持ちではなく、外聞や世間体だけを見た逃避的な気持ち。
「私はフィアナが思っているほど立派ではないし、これからもたくさん失敗したり迷惑を掛けたりすることがあると思うの。それでも……フィアナはいいの? こんな私で」
フィアナはただ私を見て口を開く。
「そんなお姉様も含めて……私は愛しています」
澄みきった綺麗な声が部屋に響いて私の耳に入ってくる。すっと体の緊張が解けて心が軽くなる。こんなに私のことを愛している妹に応えない姉が……いや、私がいるわけはないのだ。
一度だけ深く、深く、深呼吸をしてから私は──
「フィアナ。私も貴女のことを愛しているわ」
告げたその瞬間、椅子から飛び上がらんばかりに立ち上がったフィアナはそのまま抱き着いてきた。
「お姉様、お姉様!!」
「ごめんね、返事に時間がかかって……いやほんと」
抱きしめながら謝る。フィアナからすれば告白してから今までずっと待っていたのだから精神的にも辛かっただろうし、ひたすら我慢していたはずだ。縋るように抱き着いてくる彼女を優しく撫でる。
「いえ、まだ時間がかかると思ってましたから……『鈍感な相手』は返事にかなりの時間が掛かるから長い気持ちで待つようにとフロール様が言っていたので」
何言ってくれてるのよ! と友人の令嬢に突っ込む。そもそも私は鈍感では断じてない。フィアナの気持ちだって気付いてたし……気付いてたよね?
「よかった……もしかしたら断られるんじゃないかって、それだけは怖かったです」
「そんなことあるわけないじゃない。もうフィアナが傍にいないと生きていけないぐらいなんだから」
「お姉様……」
「ちなみにそのー……私が断ってたらどうしてたの……?」
「……その時は家を出て魔法院にでも住みこもうかと思ってました。一応話は来ていたので」
あっぶねー! ナイス私! 危うくバッドエンドになるところだったと覚悟を決めた自分に賛辞を贈った。
「そんな駄目よ! もうフィアナのことを愛するって覚悟を決めたんだから、ずっと一緒よ!」
「……はい」
フィアナの瞳は涙で潤んでいた。苦しみや悲しみでなく歓喜で潤んだそれを見て私はそれを指で優しく拭うと、そっと顔を近づけて柔らかく唇を重ねる。
「んっ……」
ギュッとフィアナを抱きしめる力が強まる。もう二度と離さないことを表すような行動に彼女は返事をするように抱き着き返してきた。
その日、月の光が照らす部屋の中で静かに長い間、愛を確かめ合うキスを私は何度もフィアナと経験することになった。
これから大変なことは山積みだ。私とフィアナの関係は遂に姉妹から恋人に変わった。一体どんな困難が待ち構えているのか、この先の人生がどうなっていくのかは私にはさっぱりわからない。
だけど、この世界で愛しいフィアナと一緒に生きていけるのならどんなことでも大丈夫なそんな気がする。いや、そうに違いないのだ。
「フィアナ、これからもずっとよろしくね。愛しているわ」
「私こそ、末永くよろしくお願いします……愛しています」
バッドエンドは訪れず、私は最高のハッピーを迎えた。だけどエンドではない。まだこれからなのだ、愛しいフィアナとの未来はまだまだこれからも続いていく……
これは、一人の少女が一人の少女と奇妙な縁で出会い、その後結ばれる物語。しかし、ここで物語は終わることはなくこれから先も仲睦まじい姉妹はお互いを愛し合いながら末永く仲良く過ごしていく、そんな物語の序章──
ブックマークや評価、感想、誤字報告などありがとうございました!
無事に完結できたのは皆様のおかげです!セリーネとフィアナの物語にお付き合い頂いて本当にありがとうございました!
次回作は考えているのですが、まだ書き溜めも全くないので大体12月ごろから始める予定です。次回も当然の如く優しい世界で女の子がキャッキャウフフしながらハッピーエンドを迎える話を書く予定ですので、良かったらお気に入りユーザー登録などして頂けると嬉しいです!
長くなってしまいましたが、本当に最後まで見て頂いてありがとうございました!




