(更新31)
【ヴィーシャ】
「……ここに二人の結婚を認める。いついかなる時も互いを支え合い、 末永く仲睦まじくあれ 」
仲介役が厳かに宣言をする。
……長い、長いわ。
私達親族って、要は新郎新婦の添え物なのよね、それなのに式全ての見届けの為にこんな晒し台にただ立っていなければならないなんて。
いらないでしょ?
まぁ仲介役の台詞からもうじき終わりそうだけど。
そんな風に考えていると、突然、騒ぎが起こった。
ヒューマンの一団が手に手に剣や斧を振り上げて駆けてくる。結婚式に参列している人達を蹴散らし、追い散らしていく。抵抗しようとした者に容赦無く剣を振るっていく。
怒号と悲鳴が混ざりあって恐怖が辺りに充満する。
乱入者達が大きく場所を取ると、その中からローブを被った数人が進み出た。
「婚礼の儀を乱す不埒者は何者か!?」
仲介役のドラゴニュートが怒りに震えながら叱咤する。
「不埒者とはようも言うた」
一人がローブを払いのけ、その姿を現す。じゃらじゃらと金銀の装飾品を全身に付け、派手な服装をしたヒューマンの老婆だった。
……どこの成金?
「これはこれは!マルトの方ではないか?息災でなによりだ!」
チビいや陛下が澄ました顔で声を掛けた。
マルトの方。この国の光神教神殿最高位の大司教。
「して?マルトの方、何用かな?結婚祝の参列にはちと物々しい様に見えるが?」
「黙るが良い!我等一同ここに決起した。光神の御名の下、魔物の王を成敗する!」
「はて?魔物の王とな?魔物など我が王都に一匹たりとも居らぬ。呆けるにはちと早かろうマルトの方」
ひとを小馬鹿にするのホント上手いわねチビ。
「何を抜かす、魔物の王とは貴様の事よ!」
「マルトの方、我等は『魔物』ではなく『知的種族』である。いい加減覚えたら良かろう、やはり呆けたのか?」
「えぇい笑止!貴様等は魔物じゃ!それが証拠に光神の奇跡は貴様等に……」
「回復魔法ならこちらでも開発したぞ?もはや似非宗教の専売特許では無い!」
「な!?何を馬鹿な……」
チビの奴、自分で創った訳でもないくせに……
ホント、悪い顔で笑うわね。
「もう一つ教えておこうマルトの方、頼みにしている諸国連合軍、残念だったな?来ないぞ」
「…………な?」
「狐!報告しろ!」
台座のすぐ下に控えていた侍女姿のチャルが一礼して告げる。
「イルベ王国国境にてグレゴリウス将軍指揮下骸骨兵団はイルベ軍と共闘、東側諸国連合軍と戦端を開きこれを撃破。連合軍は壊走致しました」
大司教マルトはわなわなと震え出した。
「な、何故!何故じゃ!何故連合軍が来る事を……」
「知っていたか?いや解るだろ?戦には準備がかかる。連合するとなれば余計にかかる。大した苦労もなく細作が調べられる位かかる」
さて、と言いながらチビが片手を挙げると台座脇の幕から兵が躍り出て光神教団を取り囲んだ。
城壁の上には隠れていた魔法使い達が立ち上がる。
更には教団の後ろからライカンとオーガの兵達が退路を断つ様に現れた……ガンズまでいるわ。
【ガンズ】
俺達が王宮の城門前、結婚式の会場に足を踏み入れると、光神教徒は兵達に囲まれつつあった。
俺達とは別ルートから集まったオーガ大隊の面々も合流し、囲みの蓋が閉じられる。
戦であれば本来囲みを閉じるのは悪手だろう。囲まれた側は包囲を突破する為に死に物狂いで抵抗してくるからだ。
囲みの一端を開けておき、隙を作れば敵は我先に逃げる。それを追撃するのが常套というものだ。
しかし、陛下は囲みを敢えて閉じさせた。
犠牲を出してでも一網打尽にする、一人たりとも逃さない。
そういう事だ。
「大隊傾注。激しい戦いになる可能性大、性根を据えて掛かれ」
大隊長から注意する様に伝達される。無論これは全員が理解している事だ。
一緒に集まったライカン兵達が一斉に獣化を始める。バキバキと音を立てて骨格が変形し、鼻面が伸び、全身から剛毛が生えていく。
勿論我等オーガ大隊も負けていない。全身の筋肉に力を込めて膨れ上がる、鎧など不必要な程に。
陛下が台座の上から光神教の大司教へ向かって言った。
「さて、マルトの方、本来ならここで降伏を薦めるところだが、見たところ兵の数だけなら余の軍勢の方が少ない様だ。それに婚礼の場を荒らした者をただ帰す訳にもいかん」
「誰が降伏などするものか!者共!魔物の王の首級を挙げよ!あやつの首をとれば我等の勝ちじゃ!」
あの大司教、おとぎ話の勇者と魔王の物語のつもりか?陛下を倒したところで国が滅びる訳でもなく、他の王族が立つだけだろうに。
俺はついそんな事を考えてしまったが、この国生まれの者や恩義を感じている者達には今の大司教の言葉は火に油を注ぐものだった。
光神教徒達を囲むライカン兵やエルフ兵、参列していたヴァンパイアやドラゴニュート達までも殺気をみなぎらせていく。
数の上なら確かに光神教徒どもが多い。
だが身体能力的な部分を比べるなら……
「あぁ言い忘れたマルトの方、今頃は神殿の方も制圧しているはずだ、逃げ場は無い……では、撃滅せよ!」
陛下が片手を降り下ろす。ほぼ同時に四方から一気に囲みの輪が狭まった。吼える様に時の声を上げ、兵達が突撃する。
俺達オーガ大隊も隊列を組んで突進した。籠手をはめた幾つもの拳が唸りを上げて敵を振り抜く。
安手の鎧がひしゃげ、敵が吹き飛ぶ。
吹き飛ばされた敵はまだ無傷の敵の固まりにぶつかり、体勢を崩した相手を目掛けて更に俺達の拳が唸る。
戦は備えだ。
陛下はこの日を設定し、何が起こるかを想定し、準備を完成していた。
戦は流れだ。
まさか陛下が迎撃の準備をしていたとは思っていなかった光神教徒達は、湧いて出た様な俺達に度肝を抜かれて慌てている。
戦は勢いだ。
陛下の、援軍は来ないという言葉。神殿を制圧したという言葉。これで既に大方の敵の心は折れていた。光神教徒どもは腰が引け剣を振る力も弱い。
敵に勢いを取り戻させてはいけない。
城壁から、台座の上から魔法や弓矢が降り注ぎ、俺達の拳を掻い潜った敵をライカンが押し戻し、ヴァンパイアが片手で放り投げた敵を空中に飛び出したドラゴニュートが敵の固まりに投げ落とす。
斬り掛かる剣を籠手の一撃でへし折ると次の一撃を腹に刺す。つばぜり合いをしている敵の脇腹に蹴りを入れる。
兜ごと頭を掴む、そのまま膝に打ちつける。顔面が潰れた敵の身体を放り投げる。
ライカンが喉笛を噛み砕き、ドラゴニュートがブレスで焼き、ヴァンパイアが平手打ちで首を吹き飛ばし、エルフの弓が狙い撃ちをする。
極短時間の内に光神教徒達は壊滅した。
【ザップ】
光神教徒の生き残りを縛り上げ、傷付いた味方にステラ達が覚えたての回復魔法を使い、ミーシャとクラウスが店から持ってきた薬を分けている。
「……ドラス、神殿の方はどうなってるんだ?立て籠られると面倒じゃないか?」
「御安心をザップ殿。既に手の者が制圧を完了したと報告が入っております」
「流暢に喋るじゃねぇか……その姿はどう見たってリザードマンなんだがな……」
「幼い頃からそう見える様に脱皮を繰り返していましたから」
……脱皮!?
そうか!ドラゴニュートは自分の思い描いた姿に少しづつ脱皮で変えていく。
姫様を見てりゃ気付いても良さそうなもんじゃねぇか!
「どうしましたザップ殿?」
「……自分の間抜けさ加減に呆れてんのさ」
よっぽど抜けた顔をしてたんだな、ドラスに心配されちまった。
「ザップさ~ん!ドラスさ~ん!」
エド達が俺達を見付けて走ってくる。
「あらかた片付きましたよ。さてと、どうします?」
「神殿の方も終わったってよ。どうするかな?」
「こちらは私が指揮を取りますからザップ殿達は王宮へ向かわれたらどうでしょう」
王宮?そうか、向こうも何か一悶着起こっているかもしれねぇな。
「行こうぜ?ガンズさんもあっちに行ってるはずだ」
チャーリーの言葉にガンズが第二城壁の向こう側にいた事を思い出した。
「よし行くか。ドラス、また後でな」
俺達は東門をくぐり抜け、結婚式を行ったているという王宮前の広場へ急いだ。
王宮までやって来ると、既に戦いは終わっていた。
「ガンズ!旦那~!どこだ?」
俺の声を聞き付けてガンズがオーガ達の固まりから抜けてくる。
「ザップ!どうした?大丈夫か?」
「どうしたじゃねぇだろ……」
俺達は一般区で起きた事を話して聞かせる。
「……で、神殿の方も片付いたらしいからな、こっちに来たのさ。エド、回復魔法で怪我人を治してやってくれ」
エド達三人を兵隊の所へ向かわせ、ガンズと歩く。
辺り一面光神教徒の死体だらけだ。気を付けないと踏んじまう。
「そっちも大変だったな」
「まぁな、傭兵や冒険者がゴロゴロしてたからなんとかなった」
何とはなしに足が結婚式の高い台座の方へ向かう。
陛下やお偉いさん達が固まって話をしている場所でヴィーシャとノラの姿が見えた。
陛下の足許に縛られて転がされている連中がおそらく騒ぎの首謀者達だろうな。
二人が俺達に気付いて駆け寄ってくる。
「よぉ、お疲れ」
「……疲れてないわ、何もしてないもの。まぁ、ずっと立ちっぱなしだったからそっちは疲れたとは云えるわね」
「ヴィーシャ、怪我人に回復魔法をかけてやってくれ。そうだな……あの婆さんの前で」
ガンズの言葉にくすくすとヴィーシャが笑う。
「ガンズ貴方結構キツい事言うのね?」
「『奇跡』が光神教の専売特許じゃなくなった事を見せてやるいい機会だろ?」
あぁ、そいつはいい機会だ。僧侶どもがどんな面するか。俺もそいつは見逃せねぇな。




