(更新16)
【クラウス】
仕度を整えて集合場所の食堂の前に行くと、人数が増えとる。
「おはよう親父さん、あぁ新しく仲間入りした連中だ、紹介するわ」
ザップが三人のヒューマンを儂らに引き合わせた。
三人ともまだ若い。
「皆には顔合わせしてたんだが、親父さんに連絡つかなくてな、悪い」
「いや構わんよザップ。儂も物件回りしとったからな」
「……て事は?念願の店を開くのか?」
「なに、もう少しは付き合うさ。店をかまえても売るもんの仕入が出来んのではな」
やっと十階層にたどり着けたんじゃ、ここで抜けるのも義理が立たん。もうしばらく稼ぐとしよう。
十階層にたどり着いたのは四日後。早いペースで進んで行けた。予定より一日早い。
ここは壁もなくだだっ広い空間になっとる。所々に太い石柱が天井を支える為に立っておる。
床は歪んでおって低い所は水浸し、儂の膝下位まで浸っておる。
「一応濡れずに歩ける場所はあるが、探索するなら水に入らないと駄目だろうな」
「あそこに宝箱がある……水の中だけど」
「……多分陸に上がらない水棲の魔物がいて、宝箱を探っていると襲ってくるんだろうな」
この階層自体が罠の様なもんじゃの。
陸の上だけ歩いておれば下への階段に難なくたどり着くじゃろうが、その代わり儲けは無いと。
「取り合えずあの宝箱開けてみるか。皆、辺りに警戒しててくれ」
ザップが慎重に水の中へ足を入れる。儂らもそれに続いた。
「おっと、女性陣は薪の番をしてくれ。全員水に入って薪を濡らすとまずいから」
ガンズが声をかけた。温いと言っても長時間水に足を突っ込んでいるとさすがに冷えるからのう。
「『灯火光』……これで照らしますから皆さん気を付けて下さ~い」
ステラという娘の掛けた魔法の光が三つ程儂らについてくる。
「ここ、深いぜ、親父さんはちょっと待ってな」
ザップが言うので儂は足を止めた。辺りを見渡すが、寄ってくる魔物の姿は無い。
「よっ、と。開いた……銭袋と……棒?」
「これで水の中を探れって事か?」
公爵様からのサービス……かのう?
陸に上がって靴を脱ぐ。水浸しじゃ。
「とはいえ、素足で水の中をうろつく訳にもいかねぇよ」
尖った物を踏むかもしれんし、魔物にアンヨを咬まれるのもごめん被る。
「ステラ、今の魔法の光をあちこちに飛ばせるか?」
「出来ますけど、どうして?」
「そうすれば宝箱を見付け易いだろう?宝箱を探して水の中をうろつきまわるよりましだ」
早速、魔法の光がそこいらを照らす。
「あ!ありました!」
「離れてるが三つ見えるな、ステラ、あの宝箱それぞれに光を置いていてくれ」
水に浸っておらん床をくねくね進み、宝箱の近くに来たら水に入る。
四つ目の宝箱に差し掛かった時、其奴らは現れた。
儂くらいの大きさのばかでかい山椒魚が五~六匹、後足で立っておる。尻尾までいれると儂の倍はありそうじゃ。
「あれはトログロダイトでス!まサかいるとは!」
ドラスが……喜んどる?なんでじゃ?
「おいドラス知ってるのか?いい素材があるとか?」
「ごちソうでス!!」
ザップの問いにドラスは嬉々として答えよった。
ごちソう……ご馳走?
……食うのか?……アレを?
儂らが呆然としとるうちにドラスの奴め、走っていきよる。
「いかん!行くぞ!」
儂ら皆でドラスに続く。ドラスは既に一匹目の喉にナイフを突き立てとる。
結果からいうとトログロダイトとか言う魔物は……弱かった。
……いや、儂こんな弱い魔物初めてかもしれん。荷馬車引いとる馬の方が強いわこりゃ。
気が付けば山椒魚モドキの死骸の山。途中増えたが……ひぃふぅみぃ……八匹か。
「サぁ、全部陸にあげまショう、おいシいでスよ」
「……こんなに喜んでるドラス初めてみたぜ」
「……本当に……食べるの?……ノラ、食べた事ある?」
「一度食べた事はある、確かに美味だったが……あんな姿とは知らなかった……」
何故か皆小声で会話しとる。
陸に上げるまでがまた一苦労というか、なにしろ身体を粘膜が覆っとるもんだから。
「ぅわわ!気持ち悪!」
「ヒイィ!」
「コイツ骨有んのか!?」
……阿鼻叫喚じゃ。
何とか陸に上げて山に積み、息を整えて見渡すと、皆ベットベトじゃった。
「取り合えず焚き火だ。寒くなってきた」
全員水をかぶってヌメリを取り、震えながら火にあたった。
……ドラスの奴め、もう獲物を解体し始めとる。
「ドラス、余程好きなんだな?」
「はいガンズ殿、故郷では一匹取れただけで宴会でス。ここで食べ切れない分は持ち帰りまス」
……この死骸の山を持ち帰るじゃと?
「……な、なんで?」
「勿論、街にいるリザードマンに売りまス。一匹で金貨十枚にはなるでショう」
なんじゃと!?
「……マジで?」
「八匹は無理だが五匹、いや六匹持って帰れば……」
「あ、ザップ殿、一匹は姫様のお土産にシまスから」
【ノラ】
あれから結局、トログロダイトを六匹運ぶ事になって、ダンジョンを引き返した。
リザードマン相手でのトログロダイトの売値は金貨十枚どころか二十枚にまで膨れ上がった。
確かに美味なのは認めるが、『ボリ過ぎ』ではなかろうか?
しかし五匹完売。
他種族の食糧事情というものは奇っ怪に感じられるとは言うが、なんともはや。
ドラスさんはまた狩りまショうと言う。倒すのは簡単なのだがその後が大変だアレは。
しかし良い事もあった。
クラウスさんが念願の店を開業する運びとなった。
トログロダイトを売って得た儲けを皆で話し合い、クラウスさんに預ける事にしたのだ。
店が軌道に乗った後で少しづつ返してもらうという形をとる事にした訳だ。
パーティーは人員減だが、仲間の成功は喜ばしい。
クラウスさんの店は武器防具及び冒険用雑貨店となった。武器防具は品揃えが充実するまで少しかかる。雑貨、松明やロープなどなら直ぐに仕入が出来るそうだ。
店を整える為、今日は朝から女性陣とガンズさんとで手伝いをしている。
掃除、棚の取り付け、扉の蝶番の調整、壁紙の張り替え……
「ほ~い、一服にしよう」
黒茶を淹れ、皆に回す。
「……いい物件ね、宿屋の目の前なんて」
宿屋とは道を挟んだ隣の区画にこの店はある。この辺りは私達冒険者用の宿屋が有るのと、ダンジョンが有る西門のせいで普通の店が流行らない。
「そうじゃろ?ここに冒険者の為の店があれば忘れ物や切らしとる消耗品を調達出来る」
「探索の成功率が上がる訳だ」
「いいお店になりそうですねぇ、でも一度しか探索を御一緒出来なかったのは残念です」
ステラさんがちょっと寂しそうに言った。
「なに、休暇中に遊びにくればいいさ」
「なんじゃ、暇潰しに来る気か?」
「……ザップあたり入り浸りそうね」
一服の後、日が暮れるまで働いてクラウスさんと別れた。クラウスさんは今夜からここに住むそうだ。
ガンズさんと食堂で別れ、三人で私達の部屋に入る。
「ステラ、早速だけど術式の使い方を貴女に教えるわ。その後、貴女の魔法を教えてちょうだい」
私は二人にお茶を淹れると、先に風呂へ行くと伝えて部屋を出た。
魔法論議を聞いていても私にはさっぱりだ。邪魔になるので誰も入りに来ないうちに風呂を済ませたい。
主人と出会って風呂を使う様になったが、いまいち慣れない。混浴なのもいけない。川で水浴びの方がいい。
風呂を手早く済ませ、食堂へ行った。
食堂は比較的空いていた。ガンズさんは既に食事を終えたらしく姿はなかった。
たまに一人で食事をするのもいいか。二人は暫く掛かるだろうから、部屋に戻ったら食事をする様に言えばいいだろう。
隅の席に座り、食事を始める。
……シチューの中にトログロダイトの肉が入っていた。ドラゴニュートのお姫様の残りかコレ?
なにやら複雑な気分で食事をしていると、誰かが近寄って来た。
「相席いいかな?」
顔を上げると妖艶という言葉が似つかわしい美女が立っている。眼鏡なんて高価なものを掛けていてそれが更に妖しい魅力を感じさせる。
……ヒューマン?
……空席はいくらも有る。
「……どうぞ」
「ありがとう」
食事が運ばれると……
……彼女は結構な勢いで食べ始めた。
かけている眼鏡がずり落ちる毎に直しては料理をパクつく。
……なんだか非常に残念な女性だ。動作が妙に男っぽい。
「ところで、何故この席に?私に何かご用ですか?」
「ん?あぁ、僕はいつも独りで食べてるもんだから。たまには美人と差し向かいで食事をしたいなぁっ、て思ってね」
眼鏡をまた直しながら美女がニイッと笑った。
なんだこの人は?
呆気にとられていると、彼女は話を続ける。
「ところで、『ヴィーシャ』だったっけ?彼女、元気かな?実は彼女、僕の姪っ子なんだ」
……は?
……主人が『姪』?
……ヴァンパイアの主人が
……ヒューマンのこの女性の『姪』?
「あの、言ってる意味が解りかねます」
「んん?解り難いかなぁ?フェレグランのヴィーシャだろ君の御主人様は?僕は彼女の『叔父』にあたる。なら彼女は僕の『姪っ子』じゃないか」
……は?
「……あの、女性ですよね?『叔母』の間違いでは?そもそも貴女はヒューマンですよね?」
そう言うと、彼女は自分の豊満な胸に視線を下げた。
そして、ペチンと額を叩いて苦笑する。
「しまった!うっかり『着替え』るのを忘れてたよ!……そりゃあ変だよね。女の姿で『叔父』とか言っちゃあ」
ぃやあ参った、これじゃあ変態だと彼女はお腹を抱えて笑い転げた……
「……あぁ苦しい、こんなに笑ったのは久しぶりだ。馬鹿だなぁ僕は」
「だ、大丈夫ですか?」
笑いの発作がおさまると彼女は立ち上がり、眼鏡を直しながら言った。
「取り合えずヴィーシャにことづけてくれたまえ。『叔父が面会を希望する』……それだけでいい。じゃあお先に失礼」
彼女は……
目の前で消えた。
────────
「ノ、ノラ……ちょっと待って……いきなり目の前で消えた?」
私はあの後すぐさま部屋へと急ぎ、主人にあの相席客の事を話した。
「そうだ。食堂の中で魔法を使うなんて非常識だ」
「いえ、そこじゃなくて……ノラ、もう一度よく思い出してね」
思い出すもなにも今あった事だ。
「そのヒューマンの女性は私の『叔父』と言ったのね?」
「そうだ、叔母の間違いじゃないかと訊くと『着替え忘れた』と訳の解らない事を言った」
主人が真っ青になる。
「そ、それでその方は眼鏡を」
「掛けていた。大きさがあっていないのかしょっちゅうずり落ちていた」
主人が両手で頭を抱える。
「……叔父様だわ」
私はステラさんと顔を見合わせた。
「女の人なのに叔父さんなんですかぁ?」
「見た目の性別は関係無いわ、叔父様にとって肉体は衣装と同じよ」
「主人、言ってる意味が解らない」
どこをどう間違えば身体が衣装と同じになるというのか?
主人は息を整えてから私達に言った。
「叔父様は……公爵様よ、私達が探索しているダンジョンの所有者」
「ぇえ?大家さんって事ですかぁ?」
アレが公爵様?
……いやステラさん、その表現おかしい。
「そして死霊術を極めたリッチ。」
リッチ……『肉体の軛より解き放たれし不死なる支配者』
……いや、どう見ても活き活きとしてたが?
リッチって、おどろおどろしい骸骨みたいな幽霊みたいな姿じゃないのだろうか?
「それでノラ、公爵様の待ち合わせの約束はいつ?どこで?」
勢い込んで私に詰め寄る主人、真っ青になったかと思えば今は上気している。
「……いや主人、あの方は何も言ってない。ただ面会を希望するとだけ」
あ、上気してた顔が今度は能面の様に……
すとん、と椅子に腰を落とすと主人はクタッと背もたれに沈む。
「……えぇ、えぇ、そうでしょうよ。きっと肉体を取り換えるのを忘れて恥ずかしさのあまり慌てて、またうっかり忘れたんだわ予定を言うのきっとそうに違いないわ。なんでうちの一族はどいつもこいつも」
主人がぶつぶつ呟く横でステラさんが私に訊いた。
「ひょっとしてヴァンパイアの人達って、天然呆けなんですか?」
「私は違うわよ!!」
主人が大声を上げる。こんなに感情の起伏が激しい主人は初めて見た。
「……と、取り敢えずノラ、いつ連絡がきてもいい様に……」
……コツ、コツ。
扉を叩く音。
三人で顔を見合わせる。
私が扉を開けるとそこには人の良さそうな、うだつの上がらない感じの若い男が立っていた。誰だ?
その男は眼鏡ごしに笑う。
「どうも、着替えてきた。天然呆けの叔父さんだよ」




