(更新11)
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お姫様に給仕をしてもらうオーガ、というなんとも怪しげな絵面の昼飯を済ませた後、俺は街に繰り出してみた。
さて、何処へ行こうかと外に出てみたはいいものの、街の地理に詳しくない。というより全然知らない。
……ドラスを誘えばよかったか。
クラウス、ヴィーシャは回復、ノラはその付き添いで動けないだろうし、ザップは先に出てしまったからな。
まぁいい。ぶらぶらと散策といこう。急ぎの用がある訳でなし、今日は街を覚える為に時間を使う事にする。
街の造りは三重の城壁で囲まれている。
一番外側の城壁、その内側が俺達の宿屋もある一般人が多く住む居住区。
市場があり、種々雑多な種族で賑わっている。
雑多な、と言っても殆んどライカンとビーストマンだ。後はポツポツとエルフやドワーフ、リザードマンがいるくらいか。
ドラゴニュートは自分達の居留地から出てこないそうだし、俺達オーガはやっと入植したばかり。
お、サイクロプス。珍しいな。
目が合ったのでお互い会釈して擦れ違った。あちらもオーガを見て驚いていた。
市場を過ぎ、第二城壁をくぐる。
こちらは貴族や富裕層の邸宅が建ち並ぶアップタウンというやつだ。
一般地区と違い、家と家の間が開いていて、道幅も広い。商業区には高級な贅沢品を扱う感じの店が並んでいて、自分が場違いな存在と感じさせられる。
とはいえ、ダンジョンで手に入れた魔物の素材などを卸すのはこういった店だからな、慣れた方がいいんだろう。
商業区の外れに変わった建物があった。
……血の臭い。かなりの量だ。
なんだここは?
見ていると建物から一人出て来た。声を掛けてみる。
「失礼、こちらはいったい何の建物ですか?」
人の良さそうな顔立ちの人物は、ヴァンパイアだった。
「此処は血液配給所ですよ。私達ヴァンパイア専用ですから他の種族には馴染みがないでしょうね」
「あぁそれで。血の臭いが凄いものですから」
「でしょうね。これでも最近は改善されてきましたが。ご迷惑をお掛けします」
「いえ、こちらこそ不躾な質問でした。有り難う御座います」
なるほど。
要は救済措置なのだな。
建物のすぐ脇は更地になっていて、これから建物を作るらしい。資材が積まれ、人足が働いている。
「やっと工事が始まったねぇ」
声のした方を見るとヴァンパイアが二人話している。
「ここに収容所が出来れば少しは新鮮な血が頂けるね」
「今まで酷かったから」
「でも治安的にはどうだろう?大丈夫かな?」
「王宮の敷地内にあるよりましさ」
収容所?
あぁ、ヴィーシャから聞いた事がある。
死刑を減刑された囚人が採血囚とかいう形でヴァンパイアに血を供給するんだったか。確かそんな感じの話だった。
確かに血の配給所と近い方が新鮮だろうな。
配給所を後にして、俺はまたぶらぶらと歩き始める。
一番奥の城壁は王宮を守る為のものなので、用もなく入れるものではない。
城門には骸骨兵達が歩哨に立っている。
俺は以前部族の為に入城したが、陳情をする者は予め予約をしておかなければならない。
……まぁあの宿屋に居れば陛下に会える訳だが……それを知っているのは少ないのだろうな。
色々と思うところではあるが、気にしてもはじまらない。今の俺は一介の冒険者だ、兵隊じゃないのだし。
さて、西側から来た事だし、今度は東側から戻るか。
第二城壁の東門から一般地区へ。
俺達の住む西側地区とは違い、街にはヒューマン、ヒューマン、ヒューマンだらけだった。
ヒューマンは東側にかたまっている、とは聞いていたが、他の種族が全く居ない。
まるでヒューマンの国、俺がいたラムール王国もこんな感じだった。
道行く人達は俺を見て、ギョッとしたり、慌てて道の脇に避けたり、酷い時には小さく悲鳴をあげて祈りの声を口にしたり。
いやいや、ここは魔国だよな?知的種族が仲良く暮らす国だよな?
ここまで排他的なら他所で暮らしたらいいだろうに。
酷く居心地が悪い。先ほどまでいた貴族・富裕層の第二城壁の方がまだましだ、場違い感はあっても愛想は良かった。
早々に立ち去ろうと足を早めた俺の目に、その建物が飛び込んできた。
……荘厳な、堂々とした造り。白い壁は陽の光を照り返し、真鍮で葺いた屋根は黄金色に輝いている。
……屋根、真鍮だよな?
銅葺きならすぐ緑色に変わるし、まさか金葺き?いやそんな訳ないだろう。
とにもかくにも非常に有り難みを感じさせる建物だ。ある意味、王宮より偉そうに見える。
……これが光神教の神殿?
こんな御大層なものの建築許可、よく出したものだ。ラムールでもここまでの神殿は作っていなかった。
……あの陛下だから気にしないのか?
辺りを見れば、神殿の脇に宿舎らしい建物が並んでいる。
僧侶達の宿房、それにヒューマン冒険者達の宿屋だろう。それらを併せると、神殿の敷地はかなりの広さだ。
下世話な話、これらが神殿込みで全て信者による御布施で出来ている訳だ。
信仰の力というものをまざまざと感じる。信者達は金貨銀貨より信仰をこそ尊いと感じているからこそ、この神殿群が出来るのだろう。
銭というのは力、計測しやすい力の単位だ。筋力とか魔力とかに比べたらとても判りやすい。
光神教への信仰という力は御布施献金という形で財力という力の単位に換算されている。
その財力を使えば『奇跡』、つまり回復魔法の研究開発も確かに容易だったろう。
……ヴィーシャ一人の研究では、追い付ける訳がない。たとえヴィーシャが天才だったとしても地力が違い過ぎる。
そう考えると、俺は悪いものを食った時に近い、胸焼けの様な感覚を覚えた。
それは焦燥感と絶望感。
ヒューマンは他種族と反目している。『万民協和』を掲げるこの国にあってさえ。
短命種で特殊能力もなく突出した才能もない、ひ弱な種族。
それが光神教を拠り所に、人口という数の力『兵力』と『財力』を武器に、全ての種族を敵に回して一歩も引かないつもりなのだ。
その意気を誉め称えるべきなのか、神殿を眺めているうちに俺には判らなくなってきていた。
……俺は神殿を後にした。
【サウル】
今日は狐が来ていて朝から侍女達の面倒を見ている。
もう少しまめに王宮に来てもらいたいものだ、主に子猿の躾とか子猿の躾とか子猿の躾の為に。
爺も今日は骸骨兵団の訓練に出ていて、お陰で静かな一日だ。
すなわち、こっそりと王宮を脱け出すにはもってこいの、お忍び日和という訳だ!
そうと決まればさっさと出るに限る。
これは市井の視察である。立派な仕事であって遊びに行くのではない!
城壁を抜けるところで、兵団の訓練を監督している爺と目が合った。
全速力で城門を抜ける。
「若~!」
爺が騒いでいるが知るか。書類仕事は終わってる、文句を言われる筋合いではない。
そしてヴァンパイアである余の足に追い付ける者はいない。
そのまま第二城壁も抜け、一般地区に着くとローブに付いている頭巾を被り、人混みに紛れた。
市場は今日も盛況、余の民は皆活気と笑顔で暮らしている。
市場に出された品の値段を確める。特に高騰してるものは……無いな。
爺達が伴に付いてこられると売り子達が畏まって値段を安く誤魔化す可能性があるからな。
次に外壁中央門での出入りを観察する。
農村から野菜を積んだ馬車、遠方へ赴く隊商の列など。王都へ入る者出る者。
取り合えず問題は無さそうだ。
さて、宿屋に行くとしよう。
……どうせ爺が待ち伏せているだろうが。
きびすを返す。
と、でかい図体が余を見ている。あれは確か……
「久しいな…ガンズと云ったか?」
うむ、思い出した。こやつはガンズという名前だった。
こやつは陳情に来ただけなのでまた逢うとはおもわなかった。
む?そういえばフェレグラン家の従姉上がこの間連れていた様な……?
オーガは心持ち落ち込んでいる様な顔色で、余に頭を下げる。
「丁度今から宿屋へ向かうところだった。伴をするがよい」
「……はっ」
デカブツを連れて宿屋への道を歩く。会話など楽しみたいところではあるが、共通の話題が見当たらなかった。
結局、お互い終始無言のまま宿屋に着く。
浮かない顔でオーガが余に口を開いた。
「……陛下、よろしいでしょうか」
「うむ、直答許す。忍びゆえ陳情は無しだぞ?」
「……陛下は、光神教をどう思われますか?」
おっと!いきなり頭の痛い話題だな?
「立ち話で出来る話題ではないな。まず飯にしよう、つきあえ」
余は食堂の扉を開けると、尻尾を揺らしながら床を掃いていた奥に声を掛けた。
「奥、息災か?すまぬが熊に言って飯を用意してくれ、余とオーガの分だ」
「殿、また御一人でお出掛けですか?また爺やさんに怒られてしまいますよ?」
「それが良いのだ。余がまともにしてると爺が小言を言えなくなるだろう?可哀想ではないか」
「まぁお人が悪い」
「じきに狐を伴ってここに来るだろうよ。おいオーガ、そこに座ろう」
余が指差したのは厨房の出入口に近い卓。狐と違い奥は給仕に慣れていないからな。
オーガは余に一礼すると自分用のゴツい椅子を持ってきて座った。
「さて取り合えず乾杯をするか、そういうものだろう?」
「失礼ながら陛下は幼年期ではありませんか」
「確かにそうだが、貴様より歳上だぞ?気にするな」
だいたい、既に奥がジョッキを二つ運んできているのだ。
「さ、乾杯だ。オツカレサマと云うのか?」
「……はっ。お疲れ様です」
ジョッキを鳴らしてエールを傾ける。
オーガは余が飲むのを見た後、溜め息ひとつ付いて一気に呑み干した。
「良い呑みっぷりだ」
奥がまたジョッキを運んできて取り替えた。なかなか気が利くのだな。
入れ代わりに熊が料理を運んでくる。
しばらく二人で料理を堪能する。
オーガは心ここに在らずといった感じで食が進まない様だ。
……光神教関係の話をしたいのだろうから気分が重くなるのは仕方あるまい。
「……さて、オーガ。どの様な話を余にしたいのだ?」
食事の手が完全に止まったので、話をさせよう。
オーガは東門の、いわゆるヒューマン地区で見た事、感じた事を余に話した。
まぁそこは予想通り。
それよりも『ヴィーシャ』、余の従姉が回復魔法を発見した事の方が、余にとって大きな情報といえる。
話の途中、爺が現れて余に小言を言いたそうにしていたが、手で止め、脇に控えさせる。今はそれどころではない。
「で?ヴィーシャ、余の従姉殿は確かに回復魔法を使ったのだな?」
「はっ。しかしながら光神教の『奇跡』に比べ、未だ未完成でありまして、完成させるにはヴィーシャ一人では時間が掛かるかと。光神教が死霊術を排斥するのもヴィーシャの考えでは回復魔法を独占する為ではないかと」
「ふん、あり得る話だ。貴様の考え──ヒューマンが光神教を軸にして覇権を握ろうというのも、正解ではないものの遠くはない」
「違いますか?」
「大多数のヒューマンはその様な事は考えておらん。一部の者だ。そしてその者達も覇権を握る為に動いている訳ではない」
「陛下は何故そう判断しますのでしょうか?」
オーガのこの質問は、こやつが兵隊としての経験はあっても政治に疎い事からくるものだ。
「まず、我が国の東側に位置するヒューマン諸国は一枚岩になれない。ヒューマンは弱い種族であるが故に生き残る事、その為の力に貪欲だ。貴様の考える『兵力』と『財力』二つを併せて『権力』という。ヒューマンの権力者達は統一の為だからといって権力を手離す事はない」
余はジョッキを傾け息を継ぐ。
「それから光神教は権力を握っても政権を握らない。握ったとたんに人心が離れるからだ」
宗教が世界を統一したところで神の国は実現しない。国政に不満があるから人々は宗教にすがるのだ。宗教が国を治めたら国政に係わらなくてはならなくなる。
つまり、いい役から嫌われ役になるという事。人々は光神教を棄てて、新しい他の何かに群がるだろう。
「ヒューマンは臆病と貪欲の二つを持つせいで、群を作りながらも群を出し抜こうとする。光神教は出し抜こうとする側だ、そして我が国では出し抜ける位置にヒューマンはいない」
他種族を嫌うせいで政治権力を握る位置に誰もいないのだ。
他種族と仲良く出来ない者を、余が重く用いる事は無い。
『万民協和』はそういう輩を排除する為に掲げたのだよオーガ。




