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三国志  作者: 本間敏義
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第12話:三国の終焉と、五丈原の秋風

第12話:三国の終焉と、五丈原の秋風


 赤壁の戦いから十数年。天下は孔明の描いた「天下三分」の通り、北の魏(曹操)、東の呉(孫権)、そして西の蜀(劉備)が並び立つ時代へと突入していた。劉備は長年の放浪の末、ようやく益州の地を手に入れ、漢王朝の血を引く正統な後継者として「蜀漢」を建国した。

挿絵(By みてみん)

 しかし、栄華の絶頂は長くは続かなかった。


 義弟・関羽が呉の裏切りによって命を落とし、その仇を討とうとした張飛も部下の反乱によって世を去った。怒りに燃えて呉を攻めた劉備も、夷陵いりょうの戦いで大敗を喫し、白帝城にて病に倒れる。


 劉備は臨終の間際、孔明の手を強く握り、涙ながらに遺言を残した。


「もし我が子・阿斗あとに才がなければ、先生、貴殿が自ら国を治めてくれ……」


 孔明は床に頭を伏せ、嗚咽した。


「臣、死すまで力を尽くし、忠義を貫き通します。決して、二心を抱くことはございません」


 劉備の死後、蜀の重責はすべて孔明の肩にのしかかった。


 北には曹操の跡を継いだ魏が強大な国力を誇り、南には常に隙を伺う呉がある。孔明は、蜀が生き残る道はただ一つ、亡き主君の悲願であった「漢王朝の復興」を果たすべく、北の魏を討つことしかないと確信していた。


 建安の末から始まった「北伐ほくばつ」。孔明は、愚鈍な二代目皇帝・阿斗を支えながら、自ら軍を率いて険しい山々を越え、魏の国境へと何度も攻め入った。


 この時、孔明の前に立ちふさがった最大の宿敵が、魏の知将・司馬懿しばい、字は仲達であった。


 司馬懿は孔明の神がかり的な知略を極端に警戒し、正面から戦うことを避け、守りを固めて持久戦に持ち込む戦法を徹底した。


「孔明はあまりに多忙だ。軍の罰則から食糧の配分まで、すべてを自分一人で決めている。あのような生活で、体が持つはずがない」


 司馬懿の読みは、残酷なほどに当たっていた。


 西暦234年、秋。孔明は六度目となる最後の北伐を敢行し、五丈原ごじょうげんに陣を敷いた。


 対峙する司馬懿は、依然として城から出ようとしない。焦る蜀軍の将兵をよそに、孔明の体は確実に蝕まれていた。食は細くなり、吐血を繰り返しながらも、彼は深夜まで帳の中で地図を広げ、筆を動かし続けた。


 秋の夜風が、五丈原の草原を吹き抜ける。孔明は車椅子に揺られながら、夜空に輝く自分の守護星を見つめた。その光は今にも消え入りそうなほどに、弱々しく瞬いていた。


「……私の命、もはや長くはあるまい。だが、まだ兄上との約束が果たせていない」


 孔明は自らの死を悟り、最後の計略を練った。彼は信頼する将軍たちを枕元に呼び、自分の死を隠すこと、そして撤退の際にある「木像」を使うことを命じた。


 そして八月二十三日の夜。


 三国志最大の天才、諸葛孔明は、五十四年の生涯を静かに閉じた。


 彼が息を引き取った瞬間、五丈原の空から一際大きな流星が尾を引いて落ち、蜀の陣営は深い静寂に包まれた。


 孔明の死を察知した司馬懿は、「今こそ好機」とばかりに全軍を挙げて追撃を開始した。退却する蜀軍を追い詰めようとしたその時、蜀の軍列の中から、一輌の車椅子が現れた。


 そこに座っていたのは、羽扇を手にし、悠然と微笑む諸葛孔明の姿であった。


「……生きていたのか!」


挿絵(By みてみん)


 司馬懿は恐怖に顔を歪め、罠だと確信して慌てて馬を返した。魏の軍勢はパニックに陥り、我先にと逃げ惑った。


 しかし、それは孔明が生前に作らせていた、精巧な「木像」であった。


 後世の人はこの様子を、「死せる諸葛、生ける仲達を走らす」と語り継いだ。


 孔明の死後、蜀は次第に勢いを失い、やがて魏の侵攻によって滅亡した。


 そして魏もまた、司馬懿の孫である司馬炎によって国を奪われ、「晋」という新たな王朝が誕生する。


 孫権が築いた呉も最後には晋に降り、ここにおよそ百年にわたった「三国時代」は終焉を迎え、天下は再び一つの王朝に統合された。


 桃園で義を誓った三兄弟。


 乱世を駆け抜け、覇業に挑んだ曹操。


 江東の地を守り抜いた孫権。


 そして、主君の夢を背負い、孤独に散った孔明。


 かつて彼らが流した血も、掲げた正義も、そして壮大な野望も、すべては歴史という名の激流に飲み込まれていった。


 のちの詩人は、この時代の無常をこう詠んだ。


『滾々と流れて東へ去る長江の如く、英雄たちの夢は波間に消えゆく。是非も成敗も、振り返ればすべては空。ただ変わらぬものは、夕陽に照らされた青山と、繰り返される春の風のみ』


 しかし、彼らが駆け抜けた足跡は、二千年の時を経てもなお、私たちの心を揺さぶり続けている。


 誰よりも熱く生き、誰よりも真剣に天下を夢見た英傑たちの物語。


 それは今もなお、語り継がれる伝説として、私たちの胸の中で生き続けているのである。


(第12話・完)

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