7月 7月27日⑥ 机上の攻略論議
間取り図を見るまでもなく、この別荘が広い事は解っていた。
だが、改めて図で目にするとその広さが十分に理解できる。
まず僕達が居る玄関ホール付近だが、エントランスのすぐ左には、ついさっき水雲さんが入っていった倉庫。
中央にあった出入りできる室内庭園は右へ続いており、そのまま外に出ることも可能らしい。
そして室内庭園に沿って右へ行ける手前の廊下の先には、十二畳ほどの部屋が四つ連なっている。
これだけでもかなりの広さが伝わるだろうが、建物全体の説明はようやく半分といったところ。
脳へのインプットも少々手こずりそうだけど、水雲さんからの期待を裏切る訳にはいかない。
間取り図を頭に入れるのも、残すは奥側の半分。
室内庭園の左側……つまりは庭園の向かいにも部屋が三つあり、広さも前述した四部屋と同じ十二畳。
その部屋と室内庭園の間の通路を抜けると、左手にはトイレと洗面台。
右手にはこの別荘の要とも言えるリビングがある。
中にはダイニングキッチンとなっており、これが別荘の全体図となる。
建物の形を簡潔に言うなら「逆コの字型」に建っているようだ。
さて……大掃除するに当たり、この間取りを見てどこから手を付けるかだが、圧倒的に──
「分かっている事だけど、人数が足りないね……」
僕は間取り図を見ながら胸中を隠さず言葉にした。
水雲さんは僕の発言を受け、同意する。
「そうですね……無人島のお掃除はいつも、お手伝いさんと業者さん含めて二十人前後で対応してるとお父様から聞きました。……と言っても別荘だけじゃなく、近辺の砂浜とか外の設備も丸々お掃除してるらしいんですが」
なるほど。
島内設備グループの智紘達はそこら辺を清掃する為に動いてるんだな。
「この規模をそれだけの人数でやってるのにはビックリだね。でも今回はこれらを僕達、十数人でやるという事か」
投入されてる人員が僕達とさほど変わらないとしても、業者が入ってるなら清掃の知識や経験値、それらに取り掛かるスピードは段違いだろう。
たぶん僕達一般人と比べるべきじゃない。
厳しい現実を知らされたとしても、現状を再確認するのは大切だ。
限られた人数で回すなら、尚の事。
清掃の規模と人員の配置などで思考をフル回転させていると、水雲さんから補足が入る。
「少し遅れてではありますが夕方前には、事前申請された物資と預かってる大型の私物などの諸々と一緒に、もう一人のお手伝いさんである阿川さんがクルーザーで来るので、こちらのお掃除に加わってもらえば多少の戦力にはなると思います」
御付きの人、もう一人いるんだ……外出で主人に二人も付くとかまるで芸能人みたいだな。
何はともあれ、こちら側に御付きの人がプラスされるのは助かる。
別荘内の設備や清掃するにあたっての注意点も事細かに知ってるだろうし。
とはいえ、ひとつひとつの部屋が広い故に人海戦術をするにしても難しい。
リビングなんて間取り上で見れば、連なった四つの部屋が収まりそうな広さだし。
となると……島内設備グループの力も必要になってくるな。
「ちなみに水雲さん、外の設備って何があるの?」
「細かい物はいくつかあるんですが、重要なのはお外で使える物をしまっている倉庫と、大浴場くらいでしょうか」
「大浴場?」
僕は再び、間取り図に目を落とす。
別荘のスケールの大きさに囚われて、気付くのが遅れた。
よく見るとこの間取りには、トイレと洗面所はあるが浴室がなかった。
間取り図をまじまじと見つめる僕に、聞き返した事について水雲さんはつらつらと話してくれる。
「はい。実はこの別荘にはお風呂場が無いんですが、今いる別荘から少し右へ下って浜辺の方へ行くと、露天風呂付きの大浴場があるんです。露天風呂からは海も見えますよ」
つまりは無人島唯一の浴室がそこになるのか。
すると周りで一緒に間取り図を見ていたみっちゃんが反応する。
「海が見えるって……もしかしてオーシャンビューってやつなの!?」
「そうね。そうとも言うわ」
水雲さんが笑顔でそう答えると、鵜久森ちゃんが恐る恐ると質問する。
「真澄さん、つかぬことをお聞きしますが……その露天風呂って男女別ですか?それとも……混浴ですか?」
「大浴場も露天風呂も男女で分かれてるわ。露天風呂も浜辺に繋がる淵に作られてるから、海辺や外からは見えない様になってるわよ」
それを聞いた鵜久森ちゃんは安堵したが──
「な~んだ、混浴じゃないんだ」
「なーんだ、混浴じゃないのか」
みっちゃんは残念そうに、梅城さんが微笑を浮かべて言い放つ。
そこへ鵜久森ちゃんが敏感に反応する。
「何で残念そうなのっ!?──あと、天理さんはどういう表情……!?」
「私も残念だなーと思って。頼斗くんと一緒に入って、色々喋りたいなぁと思ってたから」
「ダメです!!」
「ダメッ!!」
鵜久森ちゃんとみっちゃんが同時に、梅城さんへ矛先を向けた。
梅城さんはその勢いに気圧されたのか、言葉を失いかける。
「え?……え?…………あっ、あー…………そういう…………」
驚きと動揺を隠せない梅城さんだったが、二人に視線を行ったり来たりさせながら、声が段々と小さくなっていた。
水雲さんも僕と同様、苦笑いをしながら三人を見守っている。
公序良俗を重んじてるというか、何というか。
そこまで食って掛からなくても良いのに。
鵜久森ちゃんとみっちゃん、警察犬みたく噛み付かんばかりの二人のほとぼりが冷めた頃合いに、僕は今の考えを話し始める。
「話を戻すとつまり……お風呂場はそこしか無いんだよね?なら、外にいるグループにはお風呂場の掃除に力を入れてもらって、終わったら別荘の中の掃除に合流してもらう方が良いと思う」
現時点で最優先すべきは寝泊まりするこの別荘と、無人島で唯一のお風呂場だろう。
ならば、外に出た智紘達には悪いが真っ先にお風呂場を綺麗にしてもらい、総動員でこちらに参加してもらうのが得策だと判断した。
水雲さんは僕の考えを聞いて、熟考しながらもその意見に賛同してくれる。
「確かに……その方が良いですね。じゃあ、出来るところまではこの人数でお掃除するとして、お外にいる千中さん達には大浴場のお掃除が終わり次第、こちらに来てもらいましょう。事情は私から千中さんに連絡しておきますね」
これで人員確保は問題なさそうだ。
結局は今のこのメンバーでどうにか……というのは出来なかったが、全体把握にも繋がったし期待には応えられたかな。
脳のフル回転も徐々に落ち着いて行き、僕が胸を撫で下ろした時だった。
みっちゃんが疑問を浮かべた表情で、僕達に確認する。
「あれ?……クルーザーの上で誰かが"無人島は電波が無いからスマホは使えない"って言ってた気がするんだけど……あたしの気のせいかな?」
自信無さげに質問するみっちゃんだが僕はそんな話は記憶に無いので、空閑先輩と居る時に挙がった話題なのかも知れないが……その事実はどうであれ冷静に考えればそうだ。
ここは都会じゃなく全方位を海で隔絶された島。
数十分ほどクルーザーに揺られて着いた自然のど真ん中と言える場所だ。
圏外になっていない方が不思議じゃないか。
視線が一斉に水雲さんへ向けられる。
しかし水雲さんは顔色ひとつ変わらない。
「美琴ちゃんの言う通りよ。注意事項として千中さんが言ってたわね。でも、連絡方法はあるの」
「えっ?そうなの」
絵に描いた様に驚くみっちゃん。
そして水雲さんは肩掛けの小さな鞄から携帯電話を僕達の目の前に出す。
見た目はスマートフォンでも折り畳めるようなガラケーでもなく、かなりレトロチックな携帯電話だった。
「これはね、衛星通信で連絡できる携帯電話なの。電波が無い無人島でもこれなら連絡が出来るから、ここに来る時には持ってくるのが板に付いてて。千中さんも持っているから、今の話も問題なく伝えられるわ」
……ここまで来ると驚き過ぎて声も出なくなる。
無人島という環境であってもリスクヘッジがしっかりしているのは素晴らしいが、限りなく現代の生活に近いものになるとは想像していなかった。
もう少しサバイバル感があるものと思っていたのに。
いつの時代か、無人島だろうと樹海だろうと、遭難してもすぐに助かる日が訪れるのかもしれない。
驚きでその場に取り残されてる僕らを他所に、水雲さんは注目を集めた衛星通信する携帯で千中さんに電話していた。
中でも、いち早く我に返ったのは梅城さんだった。
梅城さんは水雲さんを除いた僕ら三人に提案をする。
「取り敢えずさ、真澄お嬢さんの電話が終わるまでに、何処の掃除を最初に取り掛かるか決めとかない?」
そうだ。
ただでさえ人が少ないのに時間までも無駄にするのはよろしくない。
僕が無言で首を縦に振ると、残る二人も賛同の意を示す。
さてと……個人的にはトイレと洗面台があるエリアから清掃するのが良いと思うんだけども、みんなはどう考えてるだろうか?




