6月 報・連・相
ざわつく教室。
転校生の英語を入れた自己紹介に、最初とは別の異質な反応になる僕達生徒側。
この状況をいまいち飲み込めていない様子の担任教師は、転校生に目を向けた。
すると担任は無言で驚く。
黒板が不意に目に入ったのだろう。
担任は教室内が何故ざわざわしているのか理解したようで、僕達の方に向き直り、咳払いを1つした。
「言い忘れていたが、安治川さんは少し前までアメリカの学校に通っていた帰国子女だ。日常会話はさほど問題ないが、読み書きはまだ覚束ない所がある。だから困っていたらサポートしてあげてほしい」
担任の補足によってクラスメイト達は、納得と共に落ち着きを取り戻し、次第に雰囲気は受け入れムードへと変わっていく。
みんなは「帰国子女じゃ仕方ないよな」「そうだよね。だって帰国子女なんだもん」「アメリカにいたって事はさ、英語のテストなんか無敵じゃね?特にリスニングとかさ」と、口々に話していて転校生に興味津々。
妬み嫉みは一切なく、みんな嬉々として喋っている。
故に、またもや騒がしくなりかけたが担任も馬鹿じゃない。
ここは早めに咳払い。
お喋りモードは終わりだと、担任の顔が言っている。
それに気付かない生徒もいない。
なので、すぐに静かになる。
「あぁ…あと安治川さんの席なんだが…」
そう言いながら担任の視線は、何故か僕へ向けられる。
完全に目が合った。
何で僕を見るの…?と思ったのも束の間、担任が切り出した。
「姫島。お前の隣にしようと思っている」
……………え?何で…?突然にも程があるでしょ。
それに隣の席、空いてないよ?普通に他の人が居るんですけど?
強ばった表情で呆然とする僕。
今日で何度目だろう…教室が騒がしくなるのは。
しかも、その渦中に巻き込まれるなんて僕としては解せない。
結論だけ言われても困る。
取り敢えず、どうしてそうなったのかを教えてほしい。
当事者を置き去りにして騒がれる中、僕は勇気を出して恐る恐る右手を挙げる。
「あのー…先生。状況が全く読み込めないんですが、どういう経緯で…えっと、安治川さんの席を僕の隣にしようと思ったのか、詳しく知りたいんですけど…」
たぶん顔は引きつっていた。
アウェイと言える状況での質問はかなり緊張したが、それ以上に緊張したのは転校生の名前である「安治川さん」と口にした時で、声が震えそうなのを我慢し、全体的にゆっくり話した。
担任は僕の質問に対して、ほんの少し考える素振りは見せたものの淡々と返す。
「経緯か…。どこから話せば良いか難しい所だが……職員会議で安治川さんがC組に入ると決まって、席をどうするか悩んでいたんだ。何せ帰国子女だからな。右も左も分からない可能性がある」
うんうん、それで?
「どうしたものかと思いながら、出席名簿を眺めてた時だ。姫島、お前の名前がな、光って見えたんだ」
いやいや先生、そんなの幻覚ですって…探しておきましょうか?大きな病院。
「これは何かのお告げ…そう思ってな。だから、お前の隣の席にしようと決めた」
根拠の欠片もない決め方…。
「あと、生徒会長だしな」
凄い後付けっ!
「簡単に言えば、独断だ」
……………。
お告げやら、名前が光って見えたとかは百歩譲って置いておくとして…。
報・連・相って知ってます?
野菜のほうれん草じゃなくて、報告・連絡・相談の頭文字を取って報・連・相って言うんですけど。
そういうのって、事前に言っておいた方が良いと思うんですよね。
守秘義務もあるとは思いますよ?
学年主任から口止めされてるとか、まだ生徒達に言ってはいけないとか、大人の事情があるのは僕も分かってますけどね。
でもね…でもですよ?
最悪でも当日の朝に呼び出して、内情説明するとか何とか…方法はいくらでもあった気がするんですよねぇ。
さすがに、みんなと同じタイミングで知るのだと、どうしたって心の準備が出来ないんですよ。
未来の出来事を予言したり、心の中を見透かしたりする超能力とか持ってませんからね?僕。
帰国子女だからと気を回せるのなら、言われる側である僕の気持ちにも気を回してほしかったなぁ…。
僕に対する報・連・相、あってほしかったなぁ…。
言いたい事は山ほどあった。
けれど…。
「はぁ…そうですか……」
僕は言いたい事を全部飲み込んで、あるがままを受け入れた。
そしてこれが、波乱への第一歩なのは間違いない。




