第二話「紺色のジャージ」
「よーし!風子、今日からはグラグラルールでシゴクぞ!」
気合を入れるトレパン。トレパンはアクロバティック柔道部の顧問だ。
「そのグラグラルールってのはアクロバティック柔道のルールよりも厳しいの?」
「いや、逆だ。実戦に近い形式を取っている」
「じゃあいいよ。禁止行為だけ直前に読むから」
どこまでも試合に興味の無い風子。
「なぬっ!しかしそれじゃ圧倒的に不利だぞ!」
「そうでもないよ。むしろルールに縛られる方が不利だと思う。それにつまんないじゃん。私は何が来ても投げ返したいよ」
「バカな!勝てなくてもいいっていうのか!?」
「勝つ必要なんてあるの?」
「ハッ!」
トレパンは風子の言葉にハッ!とした。
そしてワナワナしはじめた。
「お、俺はいつしか勝つ事に取り憑かれて……」
「そういうのいいから(笑)いつもの練習でいこう!」
「許してくれ風子!よし、当日はとっておきのサプライズを用意しよう!」
トレパンは痛快に笑った。
「サプライズ?」
「ああ、とってもビックリのサプライズだ。ビックリしすぎて逆に真顔になるくらいのな!」
「何それ(笑)何か怖いけど楽しみにしておくよ」
アクロバティック柔道は風子が作ったオリジナルのスポーツで、他校にも同じ部が存在する程だったが、トレパン含め風子の相手になる者はいない為、風子は内心では退屈していた。
一方、女子レスリング部では、キャプテンのエリリカが喝を入れていた。
「今日も気合を入れる為にまずタックルの練習から始める!」
「はい!」
真面目な部だったが、どこにでもやる気のない生徒というのは居るものである。
「また、タックルの練習よ。いつまでやるのかしら」
「それより知ってる?キャプテンのショルダータックルって大木もなぎ倒すらしいわよ」
「いくら何でもそれは無いわ」
「ホントよ。こないだご近所さんが後ろから車に追突されたと思ったら、キャプテンのショルダータックルだったって話よ」
「あ、そういえば私も聞いた事ある。こないだ近所の子供がダンプカーに跳ねられたっていうから行ってみたら、キャプテンのショルダータックルだったって話」
「それは言いすぎよ(笑)クスクス……」
「何をしゃべっているの!あなた達!」
「す、すみません!」
「全く、人を何だと思っているのかしら」
ダンプカー…じゃなくてエリリカは地獄耳だった。
ある休みの日の話。
エリリカはリムジンで移動中だった。
「お嬢様、今日はどうされますかな」
「爺、スポーツウェアのお店に行きたいわ」
「そんな事なさらずともオーダーメイドで、いくらでも……」
「いいから行ってちょうだい」
気分転換に老舗のスポーツウェアのお店に行くエリリカお嬢様。
店の中でジャージを眺めていると、そこには風子がいた。
「あら、風子じゃない」
「あれ?お嬢様が何でこんな店に?」
「何でって……庶民が着る服でも見てみようかと思ってね」
いつものようにお嬢様キャラをふんだんに発揮するエリリカ。
「なんだ、もう新しいジャージが小さくなったのかと思ったよ」
「あたしゃ、成長期の子供か!」
「えー、でも見る度に大きくなるってクラスの子が言ってたよ」
「そんなわけないでしょ!それよりあんたは何しに来たのよ」
「私はお金無いから、見てるだけ」
短パン姿の風子を見て、エリリカはビックリした。
「あんた普段着もスポーツマンみたいな格好なのね」
「へへ、私服とか苦手でさ」
「こ、今度私が見繕って差し上げても……」
「え?何て?」
「な、何でもないわよ!」
登山用のバッグ売り場で止まる風子。
「あなた、登山なんてするの?」
「ううん、でも卒業したら旅に出るから」
「そうなの……全然知らなかったわ」
「誰にも言ってないしねー、言う友達もいないけど」
エリリカも友達がいない事を言いたかったが、声に出なかった。
「エリリカは卒業したらどうするの?」
「まだ決めてないわ」
「そっか。でもお嬢様だから大変そうだね」
「ええ、いつまでも遊んでいられないわ」
結局、風子に勧められてピンクのラインが入った紺色のジャージ(上)をエリリカが買った。
「私に似合うかしら、これ」
「似合うよ。私に似合わないって事はエリリカに似合うって事だよ」
「どういう意味よそれ」
「へへへ」
「ねえ、今から私の家に来ない?」
エリリカが風子を誘う。
「えー、でもお屋敷とか苦手だしなー」
「いいじゃない、夕食食べるだけだから、ね?」
「分かった。じゃあごちそうになる」
三条家の敷地内は運動公園のように広々としており、屋敷はどちらかというとこじんまりしていたが、中には最新の設備が整っているジムがあった。
「すごい!こんなジム、テレビでしか見たことない!」
「宜しかったらいつでも来て、使っていいのよ」
「うん。でも、今日はどうしてそんなに優しいの?」
「そ、そうかしら?」
その時、ノックの音と共に爺が入って来た。
「お嬢様、ご夕食の準備が出来ました」
「爺、分かったわ。すぐ行く」
爺は風子に向き直り、丁重に挨拶をした。
「風子様、いつもお嬢様と仲良くして下さりありがとうございます」
「い、いえ、その、いつも投げ飛ばしたりしてすんません!」
「何言ってるのよ」
「いや、エリリカがお嬢様だって事、再認識させられたっていうか」
「今まで通りでいいのよ。私達の関係はね」
そう言ってエリリカは笑った。エリリカらしくない無邪気な笑い顔だった。
夕食の時間、風子が今日一番の驚きの表情を見せる。
「フォ、フォアグラ尽くし……」
風子の前にはフォアグラのソテー、フォアグラのムニエル、フォアグラの天ぷら、フォアグラカツ、フォアグラの煮っころがし、そしてデザートにトリュフ!
「最後はトリュフかー」
何故かガッカリそうな顔をする風子。
ガツガツとフォアグラを食べる風子に、マシンガンのようにエリリカは質問を浴びせかけた。
エリリカは風子に興味津々だった。何せ初めてできた友達だったのだから。
「あなたって4人姉妹なの」
「そう、私が末っ子ね」
「お姉さまはどんな人?」
「うーん、一人が美人で、もう一人も美人で、もう一人がゴジラ!」
「ゴジラ!?」
ゴジラの顔マネをする風子。だが似ているはずもない。
気を取り直すエリリカ。
「お父様は何をしてらっしゃるの?」
「博士!」
「まあ、ご立派な方なのね」
「そうでもないよ」
「でもちょっとまって、あなたの苗字って如月よね?キサラギ博士と言えば、あのバリアシステムで有名な……」
「そだよ」
「そ、そんな素晴らしい方がお父様なんてすごいわ!」
「でも私とは何の関係もないし」
「そんな事ないわよ。お父様のコネを使えば何だってできるわ」
「コネなんて使わないよ」
あっさりと言う風子。
「そ、そうね……」
「一番上のお姉ちゃんは、お父さんの所に行ったみたいだけど、私はあのお姉ちゃんはあまり好きじゃないな」
「そうでしたの……」
「私の事はいいからさ。エリリカの事も聞かせてよ」
「そ、そう?じゃあ私の大好きなハムスターのハムちゃんの話から……」
こうして夜は過ぎていった!
ハムちゃんの話はいつかまたどこかでするとしよう!