63 開幕3
「小父様違います!これはジャンヌが……!!」
立ち上がって近付いて来たアマンダの身体を父ダフマンは片手で跳ね除けた。ショックを受けた顔がみるみるうちに怒りに変わる。
「すべてデタラメです!どうしてジャンヌの話だけを信じるのですか?私の話も聞いてください!」
「聞かせてもらうよ、アマンダ。私は今までずっとお前のことを信じていた。キャサリンもジャンヌも、みんなお前を信じていたんだ」
「………っ、」
怯んだようなアマンダがイーサンを見遣る。
すぐに夫が顔を背けるのを私は見た。
「イーサン様……?」
震える声が名前を呼んでも、イーサンはまったく顔をそちらに向けない。アマンダは痺れを切らしたように突進して項垂れるイーサンの腕を引いた。
「少し早いですが、ご両親に私たちの関係を打ち明けましょう。ジャンヌは自分から身を引いてくれるそうです。やっと結ばれることが、」
「触らないでくれないか」
「えっ?」
「薬の手配は君が勝手にやったことだ。僕を想う気持ちは自由だが、平民の君と僕とでは釣り合わない」
「は……え?イーサン様?」
尚も縋るように手を伸ばすアマンダの前に立ち塞がったのはペチュニアだった。状況を完全に理解しているわけではないはずだが、彼女なりに息子の気持ちを汲んだのだろう。
イボンヌを引き連れてアマンダを見下ろすと、憐れむように眉を寄せてペチュニアは口を開いた。
「誰と誰が結ばれるのかしら?」
「お義母様、私たちは……!」
「貴女の母親ではないわ。息子に言い寄るのは勝手だけど、生憎妻帯者なの。これ以上厄介な女が増えるのは勘弁してほしいわ」
本当に困っちゃう、と甚だ不快そうにその場を去ろうとするペチュニアのドレスの裾を、アマンダが引っ張った。
「何をするの………!?」
つんのめったペチュニアが叫ぶ。
各々が息を呑んで見守る中、アマンダは奇妙な笑みを口元に浮かべていた。白い二本の手を腹の上に載せて、慈しむように目を閉じる。
「ご存知ないのですね、何も」
「どういうこと?」
割って入ろうとするイーサンの制止も待たずに、アマンダはペチュニアの方へと身を乗り出した。
「ヘルゼンの跡取りがここにいたのです」
「は……?」
ポカンとした義母だったが、やがて意味を理解したのかフラフラとその場で二、三歩よろついた。すぐにイボンヌが細い肩を支える。
挑戦的なアマンダの青い瞳が、この屋敷の絶対的な君主であるペチュニアを見据えるのを私は見ていた。
「子が居たのです。イーサン様と私の」
「んまぁ……!なんてことなの!いったいその子はどこに行ったの!?ヘルゼンの跡取りは、」
取り乱す義母の前でアマンダは涙を浮かべる。
「今は……もう居ません。私たちは叶わぬ恋をしていたんです。イーサン様は大好きなジャンヌの恋人でしたし、私はクレモルン男爵家に恩がありましたから………」
「あぁ、嘘でしょう、そんな……!」
完全に理性を失ったペチュニアがわなわなと肩を振るわせる様子を眺めながら、私はこの馬鹿げた悲劇がどのような終わりを迎えるのか気になっていた。
父ダフマンは今や全てを知った。
ペチュニアがどちらに付くのか分からないが、堕胎の過去がある以上、アマンダを蔑ろにはできないだろう。妊娠は息子の落ち度でもあるのだから。
「お義母様………どうか、どうか、お願いです。イーサン様と私の結婚をお許しください」
アマンダは床に擦り付ける勢いで頭を下げる。複雑な表情を浮かべるイーサンとペチュニアの後ろで、父ダフマンはやはりまだ押し黙っていた。
その時、私は何かを引きずるような物音を聞いた気がした。
ズリズリと長い廊下を物音はこちらに近付いてくる。息を殺して集中していると、音は部屋の前で止まった。扉のノックの音がして、ドアノブが回る。
「こんばんは。パーティーの主役がいないと思ったら、こんな場所でお集まりだったんですね」
「どうして貴方がここに……!」
慌てたようなイーサンの声が重なる。
部屋の中に何かが投げ込まれて、ペチュニアとイボンヌがほぼ同時に短い悲鳴を上げた。
「招待状が無ければ参加出来ませんか?貴族を集めた懇親会とお見受けしますが」
「今日は騎士団の仕事は関係ありません!どうかお引き取りください、団長様」
「そうか。じゃあバレンタイン公爵家の一員として、参加させてもらうというのは?」
呆気に取られる私たちの前で、ユーリはにこやかに笑顔を浮かべる。その足元には両手を背中で縛られたマコーレイ・リンクスが転がっていた。




