60 アドバイス
いよいよ、パーティーの日がやってきた。
「ジャンヌ!花びらの一部が変色しているものがあるわ、すぐに処分してお客様の目に入らないようにしなさい!」
「はい、お義母様」
「それが終わったら厨房に来てくださいね、ジャンヌ様。配膳される食事のチェックを行っていただかないと」
「分かりました……すぐに向かいます」
飛んで来たペチュニアとイボンヌの声に応えて、私は玄関に飾られた大きな花瓶の方へと急ぐ。飾られている美しい薔薇の花びらは確かに数カ所茶色く変色していた。急いで引き抜いた際に棘が刺さったのか、鋭い痛みが手に走った。
(………なんだか落ち着かないわ、)
すべて計画通りに速やかに進めたい。
そのためにこなすべき日常のタスクも滞りなく処理しておきたい。義母やあの厄介なメイド長に違和感を持たれてはいけないから。
廃棄する薔薇を手に持ったまま残りの花たちの体裁を整えて、私は厨房へと移動した。
「今回いらっしゃるのはロゼリア王国を代表するような貴族の皆様です。北はカーネリー伯爵家から南はシューペリア公爵家まで、名だたる家柄の方々がいらっしゃるのです」
「はい。存じ上げています」
「では、これは何ですか?」
青筋を立てて睨み付けるイボンヌの細い指が指すのは、白い皿に盛られた一口サイズのマドレーヌだった。それぞれ、砕かれた紫色の砂糖で飾り付けられている。
「アルキノーさんのマドレーヌです。パーティーのために特別な仕様として、すみれの砂糖付けでデコレーションしていただきました」
「私は焼き菓子の注文を貴女に任せましたが、街のパン屋で買えとは言っていません……!!」
「しかし、アルキノーさんの店は幅広い層に人気があり、」
「ジャンヌ様」
言葉を飲み込む私の鼻先スレスレまで顔を近付けて、イボンヌは震える唇を開いた。
「これは子供のごっこ遊びではありません!ヘルゼン伯爵家はこれから社交界で一目置かれる存在になるために更なる飛躍が必要なのです!庶民的なものは相応しくないのですぐに廃棄を!」
「今からメイド長がご用意なさるのですか?」
随分な量ですけれど、と言い添えると、ペチュニアはワナワナと震えながら私を見た。
来客に出す焼き菓子の注文を頼まれていたのは本当のことで、今日という大舞台に出すに相応しいと思って私はカール・アルキノーに依頼した。名を売るには最高の場所だと思ったし、その価値がある逸品だと信じているから。
アルキノーは恐縮しながらも引き受けてくれたので、感謝している。なにぶん数百個の注文なので、焼き上げるのも大変だったはず。
「………テーブルの一番端に配置してください。お客様の目になるべく触れないように」
「はい、承知いたしました」
この数を今からどこかに依頼することは無理だとイボンヌも悟ったのだろう。あとはきっと上手くいく。来客たちは正確な評価を下してくれるから。
「ジャンヌ様……くれぐれも忘れないでください」
「………?」
視線を上げた私を見下ろして、後ろで手を組んだメイド長は口角を上げる。歪な笑顔には慣れっこだけど、今日は何故か悪寒がした。
「川の水に流れがあるように、この屋敷にも暗黙もルールがあります。調和を乱すような行動は、控えた方が貴女の身のためですよ」
「それは警告ですか?」
「さぁ、まぁアドバイスだと思ってください。これからもここで生きていくのならば、少しはご自分の置かれた状況が分かった方が良いかと」
最後まで聞いて、私はイボンヌに微笑んだ。
「あらまぁ、それは恐ろしいですね!調和を乱したらどうなってしまうのでしょう。もしかして、貴女が私を罰するつもりですか?」
「………なんですって?」
「私からも一つアドバイスさせてください。もしもこの先もイボンヌさんがメイドとして従事することを希望するのならば……」
灰色の瞳の奥から怒号が聞こえて来そうだ。
さぞかし腹が立っていることだろう。
ペチュニアという絶対的な主人の腹心として存在している彼女は、己の立場を高く見積もっているのは確か。だけど、それはこの屋敷の中だけの話。
「仕える屋敷の人間に対する態度を改めた方が良いと思います。貴女の話し方はとても高圧的なので」
気を付けてくださいね、と私は優しい笑顔で念押しして厨房を後にした。大切なマドレーヌに何かあってはいけないので、白い大皿は両手でテーブルへと運びながら。




