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お望み通り、悪妻になりましょう  作者: おのまとぺ
第三章 公爵家の真実
58/82

57 三人



 ペチュニアが大々的なパーティーを開こうと言い出したのはその数日後のことだった。


 提案者はもちろんイボンヌで、ヘルゼン伯爵夫妻が作成した招待客のリストには名だたる貴族の名前が並んでいた。そのほとんどはヘルゼン伯爵家と交流のある上位貴族だが、いつもの茶会との大きな違いは一つ。



「今回は伯爵家以上の爵位しかお呼びしないの。不純なものが混じったら場の空気が悪くなるかもしれないし、高位貴族は品位が大切だから」


 羽ペンを片手にリストを眺めるペチュニアは、私がクレモルン男爵家の娘であることを忘れているのだろうか。いや、そんなはずがない。


(………もう偽ることもしないのね、)


 偽善は終わったのだ。

 私はヘルゼンに嫁入りした奴隷。父と共に生涯をヘルゼンに捧げる身であると彼らは思っているのだろう。浮気をされても、馬鹿にされても、争うことはできないと。



「それはそれは……素晴らしいパーティーになりそうですね。イーサン様、私の家族も呼びたいのですが良いでしょうか?」


 突然名前を呼ばれたからか、イーサンは驚いたように私を見た。


「アマンダはそういった集まりが大好きなんです。彼女も年頃ですし、良い殿方との出会いがあるかもしれません」

「あ、いや、君の従姉妹には向いてないんじゃないかな。これはビジネス的な意図を持ったパーティーであって、遊びじゃない」

「あら、だけどお父様は参加しても良いですよね?だって、お父様はヘルゼン商会で会長補佐という重役をいただいていますもの」


 そうですよね、と問い掛けると、テーブルの向こうで新聞から顔を上げた義父が頷いた。彼が覚えていない商売関係者が来訪した際、名前を教えてくれる助手は必須だろう。


 納得のいかない顔をするペチュニアとイーサンを横目に、私は机の下で拳を握った。


 今日はちょうどこの後でセドリックと会う予定がある。病院を受診するという名目で、午前中は家を空けることが許されているのだ。先日聞き齧ったイボンヌの件も含めて、話をしたい。



「あぁ、パーティーが待ち遠しいです!」


 そう言って一人笑顔を浮かべると、私は皿の上に並んだソーセージにフォークを突き刺した。早く食べ終えて出掛けてしまおう。自由な時間は限られている。




 ◇◇◇




「上手く撮れているか分からないけれど……」


 そう言って差し出された封筒を受け取って、私は中から数枚の写真を撮り出した。いずれも写真の中では同じ男女が仲睦まじく手を取り合っている。


(決定打にはならないかしら……)


 内心肩を落としながら見比べていると、一枚の写真がハラリと床に落下した。私は屈んでテーブルの下からそれを拾い上げる。最後の一枚は、他の写真とは違って三人の人間が映っていた。



「この方は………」

「お知り合いですか?どうやら、写真を頼まれていたジャンヌさんのご友人と男性が世話になった方のようです」

「世話になった?」

「はい。手術の後遺症がないかとか、身体を気遣うような話をされていました。あとは……あ、そうだ確か、二度の堕胎は難しいとか………」


 そこでセドリックは言葉を切った。

 困ったような双眼がこちらの様子を伺う。


「すみません、お友達の結婚祝いで使いたい写真を撮りたいからという話だったのに、下世話なことまで伝えてしまいました。どうか先ほどの件は忘れてください」

「いえ、頼みを聞いていただけて助かりました。とても……とても、感謝しています」

「使える写真があれば良いんですけれど」


 頬を掻きながらそう言うセドリックを見つめながら、心の中は空っぽだった。


 三人が映る写真をもう一度眺める。

 嬉しそうに笑うアマンダの背中に手を回すのは、私の夫イーサン。そして、二人の前で腕組みをして話を聞いている男は、ロゼリア第一病院で私の担当医として配属されたマコーレイ・リンメル医師だ。



「あの……ごめんなさい。用事があるので、そろそろ行こうと思います」


 なんとか立ち上がって頭を下げると、セドリックは「見送ります」と申し出てくれた。私は黙ってその目の奥を覗く。


「セドリックさん、伝えたいことがあります」

「……?なんでしょうか?」


 ひとつ深呼吸をして考えた。

 あくまでも可能性であることを共有すべきではないかもしれない。だけど、知ることで救われる過去だってある。少なくとも私はそう信じている。


「以前話していただいたお姉様の件です」

「………!」

「今も公爵家の方々と親交があるのならば、当時働いていた使用人の中にイボンヌ・イワノフという女性がいたかどうか確認してください」

「イワノフ……?」

「私は、公爵のご子息を危険な目に遭わせたのは貴方のお姉様ではないと思います」


 ハッとした顔のセドリックに深々と頭を下げて、私は紅茶の代金を机の上に置いた。依頼の報酬も兼ねて少し多めに並べたけれど、きっと伯爵家の彼にとっては大したものではないだろう。


 何かが分かったところで、亡くなった人が戻って来るわけではない。だけど、その罪が冤罪であった場合は無念だけでも晴らしたい。そうすることできっと、残された人たちの心も多少は救われるはずだ。



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