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お望み通り、悪妻になりましょう  作者: おのまとぺ
第二章 ヘルゼン伯爵家の悪妻
43/82

42 それぞれの役割



 またもや病院に行く機会を逃した。


 仕方がないので市販の胃薬と頭痛薬を購入してみたものの、やはり効き目が悪い。三日ほど様子を見た結果、私は耐え切れずに朝食の場で病院を受診したいと申し出た。特別な用事はないが、念のためペチュニアの耳には入れておく必要がある。



「お義母様、あの……今日は午前中に病院に行きます。もちろん夕飯の支度は終わらせて行きますし、メイド長からも許可は、」

「あらあらジャンヌ、今日はメイド長は病欠なの。副メイド長のイボンヌに相談してもらえる?」

「………承知いたしました」


 パッと目をやれば、イボンヌは意味ありげな目配せをペチュニアと交わしていた。本当に、前世も今世もいつだって二人は期待を裏切らない。


「いろいろと手広く首を突っ込むから。身体にガタが来ているんじゃない?女性は家庭を守るものであって、商いは男性の仕事よ。そのあたりの弁えが貴女はまだ出来ていないみたい」


 どうかしら、と義母は問い掛ける。

 私はなるべく感情を押し殺して、微笑んだ。


「ええ、昔はそういう考えが一般的だったようですが、今のロゼリアでは違います。決まった役割などありませんから、個人の能力が試されるんです」

「まぁ……」

「お義父様、以前話した毛皮の件ですけれど……」


 私の呼び掛けにバッカス・ヘルゼンは読んでいた新聞から顔を上げた。毎日の朝食時に新聞を広げる彼が、実際のところその日の劇場の演目にしか目を通していないことを私は知っている。もしくは天気の予報なんかの情報。



「あぁ、どうしたジャンヌ?」

「やはりまとまった量を仕入れるのは難しいようです。代わりとなるか分かりませんが、面白い情報をいただきました」

「ほう。なんだそれは?」

「偽の毛皮に関してです。天然物はどうしても数が限られて値も張りますが、人工的なものだと安価に製造することが可能とのことです」

「しかし、偽物は………」


 苦々しい顔で眉を寄せるバッカスの前に、私は封筒を差し出した。


「サンプルをいただきましたのでご覧ください。新しい技術で作ったものは手触りも本物と大差ありません。価格やデザインで差を付ければ、売り物になるのではないかと思います」

「ううむ………」


 なかなか首を縦に振らない義父の隣から、好奇心を露わにした義母ペチュニアが顔を覗かせた。すぐに「まぁ!」という歓喜の声が聞こえる。


「まるで本物じゃないの!」

「だが偽物は偽物だ。商会を取りまとめる組合からは、天然と人工物は区別するように言われている」

「厳しいのねぇ。分かりゃしないのに」


 私は努めて残念そうに肩を落とす。


「あぁ……本当に厳しいですよね。本物に比べて遜色ないのに、紙切れ一枚付けただけで偽物として売り出すことになるなんて」

「紙切れ……一枚?」

「少し検討させてくれ、ジャンヌ」


 バッカスの言葉に私は頭を下げる。

 曲がりなりにも商売を続けて来た彼の判断は正しい。希少価値の高い高級品に関しては特に厳しく組合がルールを設けている。売り出す際には人工物であることを併記する必要があるのだ。ヘルゼンほどの規模の商会がそれを破るわけにはいかないだろう。


 だけど、それはバッカスの判断。

 彼の隣で目を輝かせるペチュニアはどう捉えるのか。私は、この強欲な女の考えが知りたい。



「サンプルはお渡ししておきます。仕入れに関しては南部のセドリック・マホーン伯爵がこちらの業者を紹介してくださいました」


 あらかじめ用意していたメモを渡すと、ペチュニアの目が先にその文字の上を走った。ヘルゼン商会の会長はそこまでの興味を示していない。


 出来ることはしたから、あとは流れに任せるのみ。私はただ自分の役割を全うした。


「それでは私は部屋に戻ります。一階と二階の掃除を終わらせたら食事の準備に取りかかりますので、そのときはイボンヌさんに声を掛けますね」

「ええ。真面目に取り組みなさい」


 義母はすでに卓上の夫の手に自分の手を重ねていた。彼女が何かをねだる時の常套手段だ。話の続きは気になるけれど、私が居ては始まりそうにないので背を向けた。


 あぁ、どうか。

 ペチュニア・ヘルゼンが普段通りの行動をしますように。私が与えた彼女だけの役割を、しっかりと果たしてくれますように。



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