38 噂と停滞
結局のところ、コリーナの店でヘザーたちと話が盛り上がってしまい、気付けばとっくに病院の診察受付時間を過ぎていた。緊急ではないにせよ、ついつい後回しにしてしまうのは悪い癖だと思う。だけど、考えることは決して少なくないので仕方ない。
「そういえば、最近やたらと部隊長に呼び出されるの。私に気があるのかしら?」
あからさまに嫌そうな顔でそう言うヘザーの隣で、マリーはお気の毒にと肩を竦める。私は二人の会話を聞きながら帳簿をめくっていた。洋裁店の店主であるコリーナが帰宅したタイミングで場所を移ったため、私たちは今ヘルゼンの宝石店に居る。
冬に向けて暖色系の石を使ったアクセサリーの人気が高まっているようだ。日毎に入った注文をまとめたノートは、最近になって記入を始めたものだが、今後の仕入れの予測を立てるのに役立つ。
(経営のノウハウは少しずつ身に付いている気がするけれど………)
だからといって、ヘルゼンから出たら私はただの小娘。商会の名前がないと何かを売り出すことは出来ない。
「これは何?売り物じゃないの?」
ヘザーの声にハッとして顔を上げると、彼女はカウンターの上に置かれた小さなブローチを手に取っていた。
「あ……ええ、まだ検討中です」
「あまり見ないデザインね。フクロウの目はルビー?」
「はい。大きさが足りなくてネックレスや指輪に出来なかったものを加工して、試しに作ってもらいました。街の職人さんに個人的に頼んだものだから、数もなくて」
「斬新ね。石の面積が小さいから日常使いする分には気を遣わなくて良いかも。高い宝石を付けているとほら、傷が付かないか心配にならない?」
アンタたちには分からないか、とヘザーは唇を曲げたままで言う。今日知ったことだが、ヘザーは平民の出身らしい。マリーの家柄については詳しく聞いていないが、ヘザーの反応からするに生活に困る身分ではないのだろう。
学生の頃に知り合った相手から婚約を申し込まれたというヘザーは、結婚してからも騎士団の仕事を続けるつもりだと言う。
「何が起こるか分からないからねぇ。誤解しないでほしいけど、私は別に男を漁りに騎士団に入ったわけじゃない。今時女だって強くあるべきよ」
「ひゅー、カッコいい!ヘザー先輩の剣の腕前は騎士団でも有名ですもんね」
「ま、イーサンよりはかなり上」
言いながら私の方を見て笑う。
商会を継ぐまでの暇潰し程度に席を置いているイーサンが聞いたら、どう思うのだろう。気分を害することは間違いない。
「ね、リンクス部隊長の噂を聞いた?」
「どんな噂ですか?」
食い付くマリーを眺めつつ、私はどこかで聞いたことのある名前に首を捻った。そう昔ではない時期に、どこかで耳に入れた気がする。
ヘザーは記憶を辿る私の前で、内緒話をするみたいに声を小さくした。店内には他の客や店員も居るので、一応の配慮なのだろう。
「闇医者と繋がってるみたい」
「闇医者?」
「違法なことをやってのける医者のことよ。ロゼリアにもあるとは聞いてたけど、こんな近くの人間が繋がりがあるとは思わなかったわ」
「ひぇ、団長が知ったら大ごとじゃないですか?降格待ったなしですよ」
「バカね、バレないようにしてるわよきっと」
そりゃ確かに、と相槌を打ってマリーは頷く。
結局私はその名前を思い出せないまま、声を掛けてくれた客の対応に入った。ここのところ、週末を除いて毎日店に立っているためか、私の名前を覚えてくれた常連も多い。
少しずつ、少しずつ。
進みたい方向へは動いている気がする。他の店員たちとも打ち解けたし、経営者であるバッカス・ヘルゼンも何も言っては来ない。ブローチの試作などは私の個人的な出費で進めているため、お咎めに遭う心配はなかった。
しかし、順調とは言えないこともある。
「団長と言えば……最近王宮へ行く頻度が増えた気がしませんか?」
「言われてみればそうかも。もともと前任者よりは頻繁に呼び出されてたけど、今月なんて週一ぐらいで行ってるわよね。まさか戦争でも始まるとか」
青褪めるマリーの反応を見てヘザーは慌てて「冗談よ」と宥めている。ユーリの言っていたことが本当であれば、彼が王宮へ向かう理由は一つ。国王陛下の容態が思わしくないが故。
(…………困ったわ)
死に戻った身ではあるが、知らないことは分からない。病気の元を消し去る魔法の力があるわけではないし、万病に効く薬を開発できるわけでもない。
期待してくれる騎士団長には悪いと思う。
だけど、解決の糸口さえ見出せない。
ユーリから聞いている症状と、今までに試した処方をもとに調べられる範囲で調査はした。だけど、思わしい結果は残せていない。
窓の外にはすっかり色の変わった木の葉が揺れている。秋の季節が終わろうとしているのだ。残された時間は決して長くはない。




