【幕間話-29】孕石は、大峯山でカレーに遭遇する
永禄9年(1566年)12月上旬 大和国大峯山寺 孕石元泰
太守様の怒りを買って堺奉行を解任された俺は、上意によってそのままここ大峯山に送られることになった。罪人籠に乗せられてというわけではなかったが、ここまで逃げ出さないようにと監視の侍付きで。
「では、孕石殿。半年後に迎えが来ますので、それまでどうか己の罪に向き合われますよう……」
山門で寺の僧に俺を引き渡した侍は、その言葉だけを残して供の者たちと共に元来た坂道を下って行った。逃げ出すことは可能かもしれないが、そうなると今川家に席がなくなるため、観念して僧侶の後に続くように山門をくぐって本堂に向かう。
ただ、その途中で気づく。この先からとても美味しそうな匂いが漂っていることに。
「これは一体……」
「松永様がカレーなるものを作られているのですよ」
「カレー?」
「拙僧も少しおなかがすいておりましたので、寄り道してもよろしいかな?」
俺を案内している僧侶は、お釈迦様が生まれた国の料理だと説明してくれたが、それをお釈迦様とは反対側におられる松永様が作っているという事に理解が追い付かない。
しかし、それから少し歩いた先におられたのは間違いなく松永様本人であり、大きな鍋を前にぐつぐつと煮込んでいる汁をかき混ぜていたのだった。
「おっ!そなたは、孕石主水か。ここに来たという事は、何かやらかしたな?」
うるさいと思いつつ、気に障ることを口にしたら何をされるかわからないので、俺はここに来た経緯を丁寧に説明した。即ち、毛利家に出張している間に堺奉行所へのがさ入れがあり、隠していたはずの裏帳簿がバレてしまったと。具体的には宣教師からの賄賂だ。
「そうなのか。てっきり、毛利に嵌められた事を情けなしと咎められたのかと思っていたが……」
「その件については、むしろ『大変だったな』と太守様より労いの言葉を賜っていたのです。だから、ほっと胸をなでおろしていたのに、あの鬼が……」
鬼とは太守様の側に侍る竹中半兵衛である。「ちなみに、留守の間にこんな物が見つかったのですが」と容赦なく俺を地獄に叩き落としおって……あのしたり顔、絶対に忘れんぞ!
「それはまた大変でしたな」
「あれ?そういわれるのは……確か、浅井備前守殿では?」
松下大蔵の紀州攻めでは武功を上げたと聞いていたのに、どうしてこんなところに居るのかと思っていたら、松永様が説明してくれた。この方は女で失敗したのだと。
「しかし、大蔵の名を騙って巫女たちと乱交か。そなたも中々に悪じゃのう」
「滅相もない!そういわれる弾正殿は、竹中半兵衛に毒を盛ろうとしてバレたとか。いやはや、某など到底足元にも及びませぬよ、あははは!」
あははは、じゃねぇだろうと呆れていると、松永様は楽しそうに皿に炊き立ての米を盛って、その上にドロドロとした茶色い液体をぶっかけた。そして、それを俺に差し出して言った。半兵衛を鬼というのであれば、我等は志を同じくする仲間だなと。
「仲間ですか……」
「そうよ、だからこのカレーに誓おうではないか。我らは生まれし日、時は違えども、兄弟の契りを結びしからは、心を同じくして半兵衛をぶち殺すと。事敗れしときは、同年同月同日をもって六条河原で共に死のうと!」
「なるほど、桃源郷の誓いならぬ、カレーの誓いですか。しかし、某は半兵衛殿に特に恨みは……」
「備前守、誓えぬのならカレーは食べるな。坊主共もだ。食べたければ、我が盟約に加われ!」
差し出された皿からは、香ばしい良い匂いがするが、月山富田城を囲む毛利陣中で厠を友にしていた日々を不意に思い起こして、他の皆が「横暴だ」と声を荒げる中、俺は気持ちが悪くなってこれを辞退した。
「なんじゃ、主水は存外に腰抜けじゃのう。備前はどうする?」
「ホント、どちらが鬼やら。ここまで用意して食べるなとは……」
「食べるなとは申しておらぬぞ。儂の義弟になれば、これからも好きなだけ食わせてやるのだからな」
「くっ!し、仕方ないなあ。では、これより『お兄ちゃん』と呼ばせてもらおう!!」
「いや……流石にその呼び方は気持ち悪いから却下だ!」
ここに居てはダメだという直感が働いて、逃げ出した背後からそのような楽しげな会話が聞こえてきたが、俺は振り返らない。そうだ、この事を太守様にご報告すれば、減刑の御沙汰を得られるかもしれないな。
案内された部屋で俺は、早速ではあるが謀反の告発状を認めることにしたのだった。もっとも、松永様の義弟になった坊主たちに監視されて、届け出ることができたのは釈放後になったが……。




