第388話 嘉兵衛は、次郎三郎の腹を探る
永禄9年(1566年)9月中旬 京・松下屋敷 松下嘉兵衛
まあ、あずさから聞いた話はすでに変わったはずの歴史だ。必ずそうなるというわけではない。あまり気にしても仕方ないと……それはわかっている。
それにあずさはこうも言った。結核であろうが胃がんであろうが、義元公の死因が病であれば、治せる自信があると。どうやって治せるかは知らんけど……。
「しかし、そうなると問題は瀬名様か……」
「殿?瀬名様が如何なされましたか?」
「ああ、藤吉郎。すまぬ、独り言だ。気にせずに続けてくれ」
「は、はぁ……で、では、続いてあずさ様が賜った1万石の所領に関する人事案ですが……」
仮に瀬名様が本当に毒を盛って義元公と氏真公の暗殺を企んだとして、果たして俺に止める事ができるだろうか。いや……先日考えた様に、実力行使で亡き者にするというのであれば可能であるかもしれないが、それでは傍から見れば乱心したと思われるだろうな……。
「では、殿もご異存はないようなので、あずさ様の家老は浅井家から転属したばかりではありますが、藤堂源七郎殿という事に決定します」
ああ、難しいな。一体どうすればいいのだ?これなら聞かなかった方が良かったか。そうすれば、しばらくは幸せに過ごすことができたのに。無論、そういうわけにはいかないけど、何か……何か方法はないか?
「殿……殿、殿!」
「な、なんだ!急に大きな声を出して」
「何だじゃないでしょう。先程からずっと様子がおかしいようですが、如何なされたのですか?本日の会議は終わりましたぞ」
「え?あ……」
藤吉郎の声に顔を上げると、重臣たちが心配そうに俺を見つめている様子が窺えた。なるほど、会議が終わったというのであれば、俺が散会を告げないと皆も帰れないというわけか。
「皆の者大義であった。今日の所はここまでとする」
「「「「ははっ!」」」」
しかし……今日の会議って何を話し合っていたのだっけ?とにかく、今日の所はお開きにすると言ったけれども、その辺りは藤吉郎に確認が必要だ。
「申し上げます。只今、松平三河守様が殿にお会いになりたいとお越しに……」
ただ、その事を確認するよりも先に、悩みの種が自らやってきたと聞いて、良い機会だとここに通すように命じた。すると、現れた次郎三郎は「これはお祝いの品です」と目録を差し出してきた。
「銭100貫(1,200万円)に緞子2反、香水に扇子、あと……西陣織の打掛か。随分と張り込んだな?」
「あずさ姫は義理とは申せ、我ら夫婦にとっても姪に当たりますからな。瀬名も我が事のように喜んでおりまして」
「そうか。それはまた嬉しい事を言ってくれるな。それで……本当の狙いは何だ?」
「え?」
「今、目が泳いだぞ。大体、俺でさえ今の今まで『そういえばそうだったな』という程度の感覚しかないのだから、流石に今になってその話を持ち出して祝儀を寄こすのはおかしいだろ?つまり……俺の機嫌を取る理由があるわけだ」
数日前の俺であれば、それでも気づくことなく喜びながら受け取っていたかもしれないが、瀬名様の未来を知ってしまったからには、どうしても警戒が先に出てくる。それに、次郎三郎も明らかに動揺しているから、やはり裏があるのは間違いないようだ。
「さあ……次郎三郎。何を企んでいる?」
「い、いえば……瀬名にキノコ汁を飲まされます。だから、ご容赦を……」
「なるほど、つまりキノコ汁を飲ますと脅されるほどに大きな下心があるというのだな?」
「あ……」
そして、自ら下心を抱えて接近したと白状した次郎三郎に俺は問いかけた。それは、義元公に対する謀反なのか……と。
「謀反!?いやいや、あり得ないでしょう!太守様は瀬名の伯父上でありますし……」
「だが、竹千代君は甲斐中将様(武田義信)のご息女——つまり、太守様の孫姫様と婚約したそうだな?」
「それはその通りですが……」
「仮に太守様とお屋形様がお亡くなりになり、そこに信玄公の後ろ盾を得たならば……どうだ。竹千代君を今川の新しい主に立てて、天下を獲る事ができると思わぬか?」
「なっ……なんですと!」
我ながら随分と踏み込んだことを訊いているなと思わないでもないが、毒を食らわば皿まで。ここまで話した以上は、とことん次郎三郎の思惑を確認する。この贈り物の真意は、俺を味方に引き込むためではないかと。
「違いますよ!そんなつもりなんてこれっぽっちもなく……」
「じゃあ、どういうつもりがあったというのだ?」
「その……銭を貸して欲しくて……」
「銭?」
次郎三郎は腹を決めたような顔をして、首を床に付けて……いわゆる土下座で俺に銭5千貫(6億円)の借金を申し込んできた。播磨を制圧するためにはどうしても必要だと言って。




