第317話 嘉兵衛は、将軍御成りに同行する(3)
永禄8年(1565年)3月下旬 京・三好屋敷 松下嘉兵衛
本来であれば、義元公の供をしてこの屋敷に来たのだから、一緒に帰るのが筋だろう。それなのに、今川家の家臣で俺だけがそのまま留められていた。どうして毒が入っていると言ったのか……その事情聴取というやつだ。
「それで……どういう理由で毒を盛ったんだ?」
「だから、さっきから違うって言っているじゃないですか!」
「犯人はみんなそう言うんだぞ。さあ、吐け。吐いて楽になっちゃえよ」
……まあ、事情聴取と言っても、そんな刑事ドラマのような展開にはなっていない。松永様の娘婿という事で、色々と質問を繰り返す三好日向守殿などは「やりそう」と思っているかもしれないが、そもそも俺が犯人ならば、あの場面で止めたりするはずはないのだ。
だから、どうしてあの時気づいたのかとか事情を説明しつつ、あの時何が起きたのか、その捜査に協力しているというわけだ。
「申し上げます!」
「どうした!」
「先程、我が屋敷に押し入ろうとした男を取り押さえたのですが、今川様のご家来衆だと口にしており……名は孕石主水と名乗っているのですが、如何なさいましょうか?」
「孕石……主水?聞いたことのない名だが……」
だけど、そんな感じで、お開きになってから半刻(1時間)ほど過ぎた頃、三好家の者が部屋に現れて日向守殿にお伺いを立てているのが聞こえた。いや、敢えて聞こえるように言ったのかもしれないな。
「如何なさる?」
やはりというか、日向守殿はすぐさま俺に訊ねてきた。もちろん、ここで「知らぬ」と言えばどうなるのか……非常に興味深い所であるが、後で義元公のお耳に入る事は確実だし、それなら嘘を吐くべきではないと考えて、ここに連れて来るように頼んだ。
「承知しました。それでは、早速……」
そして、孕石主水は何をしに来たのかはわからないが、俺の前に完全武装の姿で現れた。
「主水殿。そのように物々しいお姿は如何なされたか?」
「決まっているだろ!お家の一大事ゆえに駆けつけたまでの事よ。それで……太守様は?ご無事なんだろうな!?」
「ご無事ではあるが……お家の一大事とはどういうことだ?」
どういう意図があってこの男が三好屋敷にやってきたのかは今のやり取りではわからない。だけど、今日ここであった事が僅か半刻で相国寺に伝わるとは思えない。
つまり、今の発言は何か義元公が危険な状況に置かれるという情報を事前に掴まない限り、出てくるはずはないのだ。
「さて……主水殿。何を知っている?」
「え……いや、な、何も知らん!」
「では、質問を変えますが、貴殿は相国寺で謹慎中のはずですよね?それなのに勝手に外出してここに居る。これは……太守様のお耳に入れたら、面白い事になりませんかねぇ?」
おそらくは、義元公の危機を救う事で、一発大逆転で復帰、あるいは破格の大出世を夢見たのだろうが、今となってはただの命令違反だ。前回の横領罪と合わせ技一本で打ち首確定だ。
「お、俺を脅すのか……」
「脅すも何も、事実を述べただけですよ。それで如何なさいます?正直にここで何が起こると聞いたのか……その事を教えてくれるのであれば、悪いようにはしませんよ」
命は助けてやるし、その内容によっては謹慎期間の短縮を口添えしても良いと伝えると、主水は面白い位に知っている事を白状した。
即ち……本当ならば、今日の宴で義元公の膳に毒が入っていて、それを三好家の仕業とすることによって、今川と三好を潰し合いさせる。それが摂津の目的だったと話してくれたのだ。
「しかし、大蔵殿。実際に血を吐いて倒れたのは摂津の方だぞ。これはどういうことだ?」
「もしかしたら、某に見破られたから……慌てて自作自演をしたとか?」
「あり得ない話ではないが……奴があの時吐いた血の量は半端ではなかったぞ。意識も失っていたし……」
そうだよな。謎が残るとすれば、そのことだ。いや、もしかしたら……自分も共に死ぬことで、幕府も被害者の側に立ち、今川家と共に三好家を潰すつもりだったとか?もし本当にそうならば、忠臣というより狂信者だ。ヤバいってもんじゃない。




