第316話 嘉兵衛は、将軍御成りに同行する(2)
永禄8年(1565年)3月下旬 京・三好屋敷 松下嘉兵衛
運ばれてきた膳はとても美味しそうな御馳走ばかりだった。しかも、食べ終えると違う料理が載せられた新しい膳が運ばれてきて、酒を飲みながらエンドレスに宴は続く。上座にお座りになられている義輝公もどうやらご満足のようだ。
「筑前守」
「はっ!」
だから、お約束のお礼も弾まれることになる。幕府の役職を『管領代』とすることや『従四位下・左京大夫』への昇進、さらに……
「え……詩姫様を某の妻に……と?」
「そうだ。さすれば、そなたは余の義弟。天下を今川殿と共に支えて行くためにはこれ以上の資格はあるまい」
詩姫様は義輝公の末の妹で、今年17歳だったから筑前守様よりかは2つ年上になる。俺に会わせると愛人にされかねないからと会わせてくれなかったが、噂ではかなりの美少女だという話だ。
そのような姫君を娶る事が許されたのだから、政略的な意味合いもあるし、三好家の方から文句が出るはずがない。
「ありがとうございます。謹んでそのお話をお受けすることに致しまする」
筑前守様はそのようにお礼を申し上げられて、義輝公から義兄弟の縁固めとして杯を賜った。
「「「「「おめでとうございます」」」」」
「ありがとうございます!」
なお、祝言は来年早々に行われる事も決まった。摂津ら幕臣たちは何か言いたそうにしていたが、ここまで話が盛り上がってしまっては打つ手なしと諦めているようにも見えた。ただ……その光景に少し違和感を覚えた。
「どうかしましたか?」
「いや……ふと気になったのだが、今の話……明らかに摂津らは知らなかったようだ。しかし、それならなぜ最初に御所様が縁談を口に為されたところで待ったをかけなかったのかな……と」
半兵衛は俺の話を聞いて、何やら考え込んだ。そして、すぐに待ったをかけなかった理由として、いくつか可能性を口にした。ひとつはあくまで臣下の分を弁えて、義輝公が口にされた事を否定するのを避けたということ。さらにもう一つは……他の事が頭にあって、出遅れてしまったということだ。
「他の事が頭に……?」
「例えば、現在進行形で進めている陰謀。これが上手くいくのかとか……」
「陰謀ねぇ……」
果たして何を企んでいるのやら。こうして、義元公が御臨席して今日の御成り行事が進められて、さらにはさっき三好家にとっては最高の贈り物も与えられることになった。しかも、強引にひっくり返そうと考えても、摂津らに動員できる兵力は三好家に到底かなわない。
そう思っていると、次の膳が運ばれてきた。椀の蓋を開けると……それは吸い物だった。キノコがぷかっと浮いているのが見えた。
「キノコ……?」
「キノコがどうかしたのですか、大蔵殿?」
怪訝そうに訊ねる半兵衛を放置して、俺は上座を見渡した。最上段には義輝公、一段下がった場所で最も近い場所に義元公と筑前守様が左右に分かれて座られて……それぞれが椀に手を伸ばされているのが見えた。
だから、ここからお行儀よく近寄って、「畏れながら……」などと言っていたら間に合わないと思って、俺は大きな声を上げてお三方に申し上げた。「その汁を口にされるのは、お待ち頂きたい」と。
「大蔵……どういうことだ?」
「太守様。畏れながら、その汁には毒が入っている可能性があります」
「毒だと……?」
俺の言葉に義元公は苛立ちを覚えられたようだが、それでも汁に口を付けることなく、椀をそのまま膳の上に置かれた。義輝公も筑前守様もそれに倣って置かれたが……黙っていないのは三好家の面々であった。
「おい!何を根拠にそんな言いがかりをつけるのだ!」
「そうだ!流石に無礼であろう!!」
しかし、そんな中で冷静に動いた者も居た。我が義弟・右衛門佐殿だ。
「まあまあ、今張良と評判の大蔵殿が証拠もなしに言われるはずもありますまい。そこで……」
右衛門佐殿は懐より銀のスプーンを取り出してみせた。毒が入っていれば、黒色に変色するからと言って。
だけど、変色するのはあくまでヒ素が混入した時だけだ。その事を前世の知識から思い出して、毒キノコに反応するのかはわからないと俺は言いかけたのだが……
「うぐっ!?」
どういうわけか、その時突然、摂津が胸を押さえながら苦しみ始めた。さらに時を置かずして口から血が溢れて、その場に倒れた。
「まさか、汁を飲んだのか!?」
「と、ということは……本当に毒が……」
「お、おい!誰か、医者を!!」
こうして、大混乱の中で義輝公の三好屋敷への御成りはお開きとなる。義元公も「この後近江に向かう」と言い残されて、すぐにお発ちになられたのだった。




