第312話 嘉兵衛は、半兵衛に釘をさされる
永禄8年(1565年)3月上旬 近江国観音寺城 松下嘉兵衛
京の相国寺に送られた主水だが、奴には奴しかできない技がある。それは、巧みに人脈を広げて情報を集める事だ。
「此度届いた情報によれば、今月末に予定されている御所様の三好屋敷への御成りにおいて、摂津ら主だった幕臣どもを始末する計画があるとか」
もっとも、例の通り「相国寺に出入りしている小坊主のお姉ちゃんの旦那さんの友達の従弟が三好家に出入りしていて、屋敷の下女から聞いた話」……だそうだから、どれほどの確度なのかは只今、別室で半兵衛が解析中だ。その答えはもうすぐこの評議の場にも届くだろう。
「しかし、兄貴。こういっちゃなんですが、もし正しい情報ならば、三好……相当ヤバくないですか?危機管理ができていないというか……」
「そうだな。主水がこうして耳にしているという事は、摂津らも知っていると見るべきだろうな」
できれば、幕臣たちの動向も知りたい所だが、主水が相国寺に居るのはあくまで謹慎するためだ。多くを望んではいけない。
「……とはいえ、敢えて意図的にこういった情報を流して、対立を煽る者も居てもおかしくないのでは?」
「下野守殿、例えば今申された事が真であった場合、疑わしいのは……?」
「決まっているだろう。三好が幕臣たちと揉めれば、混乱は一層深まり、それは即ち我ら今川家にとっては願ってもない事だ。主水からの手紙も奴が持っていたし……怪しいとは思わぬか?」
ちなみに、怪しいのは……竹中半兵衛の事だ。下野守殿が言われる通り、これも奴の策略なのではと俺も少しは疑っていた。今は小四郎殿の配下に置かれて、共に義元公の相談役的なポジションだが、その境遇に納得ができずに自作自演で出世しようと企んだとて不思議ではない。
「それって、つまりは偽情報なら半兵衛は白と……?」
「そうなるな。だが、次郎三郎……あの顔を見て見ろよ」
「あ、なるほど。偽情報ではなかったようですね」
そして、ここでの会話を知らない半兵衛は、戻るなり俺たちに……ではなく、さっきから静かに上座に鎮座されていた義元公に結果を報告した。情報の確度としては、7割程度はあると。加えて、自分が出世するために画策したわけではないと付け足して。
「わかっておる。余としては端から疑っていない。その上でそなたに訊ねるが……この情報は摂津らが知っている可能性はどれほどあると考えるか?」
「主水殿の耳に入るという事は、京ではすでに下々の者まで知る事となっているはずです。摂津殿らが知らぬはずはないかと」
「それで、これからどうなると見るか?」
「当然ですが、御所様の三好屋敷への御成りは中止、もしくは延期されるかと。ただ、そうなれば、三好筑前守の面目は丸つぶれ。代案として、他日に筑前守の官位を昇進させるなどの提案を幕府側は行いそうですが……」
きっと、それは上手くいかないと思う。幕臣たちは三好家の代替わりに乗じて、その頭を押さえつけて幕府の臣下であることを天下に示したいのだろうが、三好の主は幕府を尊重していた長慶公ではないのだ。
これまでのような譲歩などあり得るはずもなく、史実通りに二条御所に攻め込む未来に繋がる可能性大だ。
「ならば、今川家としてはどうすればよいかな?」
「理想としては、三好に幕臣たちを殺させて、御所様のみ三河守殿が救出。その上で三好討伐の御教書を賜り、畿内を平定する……これが最善ではありますが」
「だが、その様子だと上手くいかないか」
「はい。我らに我らの都合があるように、三好にも都合があり、回避しようと藻掻いているでしょう。特に重臣である松永殿は大蔵殿に娘を嫁がすほど昵懇であり……間違いなく、我らに仲裁に入るよう求めて来るかと……」
いきなり、「おまえのせいで上手くいかないんだぞ」というような目つきで半兵衛が俺を見るが、公私の区別はつけてあると反論する。例え爆死しようが、今川家の為ならこれを見殺しにすると。
「いや……そこで何で爆死などと物騒な言葉が?」
「そ、それは!こ、言葉の綾だ!」
「言葉の綾ですか……」
いけない、いけない。これは松永様にも言っていない未来に関する情報だ。まあ、バレないとは思うけど……何しろ、この男は竹中半兵衛。用心しておいた方が良いに決まっている。
「申し上げます!」
だけど、そんなこんなで冷や汗を流していると、広間に現れた使いの者は言った。松永様のご子息が俺に面会を求めていると。
「改めて申すまでもない事ですが……」
「わかっている。情に流されるなということだな」
今川家の事を最優先に考える。当たり前の事だ。俺は見ていろよという気持ちで、待たせてあるという別室に向かう事にしたのだった。




