第233話 嘉兵衛は、質問攻めに遭う
永禄4年(1561年)9月中旬 信濃国海津城 松下嘉兵衛
八幡原から武田の軍勢は、海津城に帰還した。陣を引き払う前に「これは勝ちいくさだ」と信玄公は力説したが、諸将の顔にスッキリとした様子はない。しかも、敵前逃亡した穴山に処罰が与えられなかった事もあり……。
「なあ、大蔵殿。貴殿はどう思われる?」
だけど、何でみんな俺に意見を求めるかな?馬場殿が代表して訊いてきたけど、俺の部屋には他に義信公や飯富兄弟、高坂殿に内藤殿、それに信玄公のもう一人の弟である刑部少輔(武田信廉)殿までいた。
いや、刑部殿は義信公とは違って、信玄公との仲も悪くないんだから、直接訊けば良いんじゃないかと言ってみたのだけど……
「兄上のお言葉は小難しくて俺の頭では理解が追いつかぬのだ」
……などと言われてしまっては、どうやら答えずに済ますわけには行かなくなった。
「いや、どうしても言いたくないのなら、断っても良いのでは?他家の事だし……」
「尾張殿、この状況でそれは許されまい」
「そうであろうか?俺にはただ、貴殿が言いたくて言いたくて仕方ないようにしか見えぬのだが……」
コホン!なんと人聞きの悪い事をいうのだ。請われたから、俺は自分の考えを示すだけだ。正しいかどうかは分からないし、信じるかどうかは各々の勝手だ。
「……それで、大蔵殿のお考えは?」
「某が思うに、穴山殿は赦されていないと存じます」
「赦されていない?」
前世で読んだ漫画で、イタリアマフィアは殺したい相手に贈り物をするとあったな。もっとも、この時代にイタリアという国はないし、マフィアのことも言えないけど、要はもう処分する事を決めたから、その日まで好きにさせているだけなのでは……と。
「つまり、穴山は殺されると?」
「おそらくはそうなるかと。もっとも、あからさまに殺せば、家中の動揺、分断が生じかねないので、表向きは病死という扱いになるでしょうが……」
「馬鹿な!御屋形様は常日頃から人は石垣と申されて、我ら家臣を大切に思われているのだぞ。此度の穴山の敵前逃亡は許し難いとしても、まさかそこまでは……」
「三郎兵衛殿。貴殿がそう思われるのであれば、それでもよろしいのでは?某は問われたので私見を述べただけですし……信じるかどうかは各々でお考え頂けたらと……」
「…………」
まあ、俺としてもこの予測が当たっていようといまいと別にどちらでも構わないわけで、特に説得する必要性はないと考えている。
ただ、思うに人は石垣だというが、だからといって闇雲に石を積めば良いわけではない。選別は必要だし……同じように人だって誰でも良いわけではない。
それに、穴山が武田家を支えるべき石になれなかった事は、前世において結果は出ている。信玄公ならば、その匂いを此度の一件で感づいたとしても不思議ではないと……俺は思うのだ。
「大蔵殿、あ……」
だけど、そんな事を思いながら、俺の発言に対する武田家重臣方の議論を眺めていると、喜兵衛が苦笑いを浮かべて姿を現した。まるで、「しまった、来るんじゃなかった」と言いたそうにして。
「どうした。お前も加わりたいか?」
「いえ、それは遠慮いたします。危険な香りしか漂っていませんから。それより、大蔵殿」
「なんだ?」
「御屋形様がお召しです。何でも内密の話があるとかで……」
内密の話と言われても、こんな大勢の前でそんな事を口にしたら、内密の話とはならないと思う。しかし、そんな事は喜兵衛もわかっているはず。つまり、どうしても俺に来てもらいたいのだろう。
「わかった。すぐに参上しよう」
よって、この穴山に関する議論は終了だ。あとは皆でとことん話し合ってくれと俺は席を立ち、部屋を後にした。
「それにしても、内密の話って……何の話だろうか?」
「さあ、そこまでは」
ああ、嫌な予感がするな。こういった予感はよく当たるから、できる事なら回れ右したいが……それは許してくれないだろう。ヘタをすれば、穴山よりも先に闇討ちされかねない。
はぁ……と一つため息を吐いて、俺は信玄公の部屋へと足を踏み入れたのだった。




