第二十二話 全ては一つの未来に向けての布石なればこそ
黒装束の集団。
それは第一王子を追いかけていた時に王族直属の騎士であるリリアたちが遭遇した敵勢力である。
その実力は最年少で騎士となったリリアを上回るほどであり、『危険な魅力』での不意打ちが成功していなければは殺されていたのはリリアのほうだっただろう。
たった一人を相手にしてそこまで追い詰められた。
敵勢力はまだ数十人も残っているというのにだ。
だから、つまり、地に伏したリリアの視線の先では、
ゴッドォォォンッッッ!!!! と激震が轟く。
数十人もの黒装束の魔法攻撃が一人の女性に殺到する。
「せ、ん……ぱい!?」
一撃であってもリリアが重傷を負うほどの魔法が数十と殺到したのだ。舞い上がる粉塵の奥、その中心に立っていた女性がどうなったかなど論じるまでもない。
「はっァ!!」
王族直属部隊最強の女騎士リュリエルがその程度で揺らぐわけがない! と高らかに宣言するがごとく粉塵を引き裂いて斬撃が飛ぶ。
たったそれだけで黒装束の一角が吹き飛んだ。裂かれた腕や足が宙を舞う。あれだけリリアを追い詰めた黒装束と同等あるいはそれ以上の実力者が呆気なく蹴散らされていく。
これがリュリエル。
絵本の中の物語のように様々な偉業を成し遂げてきた騎士の中の騎士である。
鋼鉄をも溶かす灼熱の津波を片手で払い、民家をダース単位で貫く超高圧水流を蹴りで散らし、局所的な竜巻を受け止め、巨大な土の龍を輪切りにして、真っ向から黒装束へと突っ込んでいく。
彼女が使用している魔法それ自体は単純な強化系だ。身体や衣服や剣を『記号』として増幅する、ただそれだけの戦法であり、一般的な騎士の戦い方と大差はない。
ただしその質は極限まで高められている。特別な才能なんてどこにもなくとも、徹底的に基礎を積み上げて、血反吐を吐いてでも鍛錬を続けて、騎士として誰かを守り抜く当たり前を何があろうとも成し遂げるまで自己を昇華したのがリュリエルという女騎士なのだ。
ゆえに強靭。
例え失踪した少女を探し出し、助け出すという任務が暴走した第一王子の保護に変わり、やがて謎の集団に襲われるという想定外に陥ろうとも一切動じずに当たり前のことを当たり前に果たす。
つまりは助けを必要としている誰かのために突き進む。
その邪魔となるのであれば何であろうとも女騎士リュリエルは粉砕する。
「ちえ、やっぱり遠いっすね」
そんなことはわかっていた。
リリアではリュリエルには届かない。それは無理してついていこうとして結果として地に伏している現状が示している。
「それでも」
ざり、と。
残った片腕で地面に手をつく。搾り出すように力を込める。
「こんなところで守られるためにアタシは騎士になったわけじゃねーんすよお!!」
立ち上がり、飛び出す。
例えこの身が擦り潰れようとも守られる誰かの枠になんて収まるつもりはない。この世界に飛び込んできた時点で、あれだけ遠い存在に惹かれて時点で、リュリエルで心の全てが埋め尽くされた時点で、リリアの生き様は決定されたのだ。
数十の一人でもいい。
少しでもリュリエルの負担を減らすためにリリアは命をかけて特攻を仕掛ける。
その瞬間の出来事だった。
ざざっ! と五人もの黒装束が立ち塞がる。
真っ向勝負ではリュリエルには敵わないとしてリリアを人質にでもとるつもりなのか、攻撃よりも拘束に重きを置いた魔法が放たれる。
「なめ、るんじゃあ、ねーっすよ!」
リリアではたった一人の黒装束を倒すのにも死力を尽くす必要があった。それが五人ともなれば勝ち目はないだろう。
それでも、だとしても、この五人がリリアの相手をしている間だけはリュリエルの負担も減る。もちろんリリアが人質となればどこまでも誰かを救う騎士としての当たり前を貫くリュリエルは黒装束たちの言いなりになるだろうが──その時は自害でもすればいい。
足を引っ張るためについてきたわけではない。
心底憧れて、惚れて、尽くしたいと望んだからであれば、決してリュリエルの足を引っ張るような真似はできない。
守られる有象無象の立ち位置で満足できないからこそ、騎士の道を志した。であれば、その道を貫け。例え命をかけてでも。
だから。
だから。
だから。
「させるかっつーの!!」
パァンッ!! とリリアに迫っていた拘束系統の魔法が破裂するように消え去ったのだ。
並ぶはありきたりな平服姿に金と赤の混ざったツインテールの女であった。最年少で騎士となったとして天才だなんだと持て囃されていたリリアでさえも勝ち目はないと断言できるような黒装束たちの魔法をツインテールの女は軽々と打ち破ったというのだ。
「き、さま……殺して、埋めてやったはずだぞ!?」
「そうね。あのクソチート野郎にはそれはもうボロ負けして死んだフリして凌ぐのが限界だったっての。だけど、だけどさあ」
笑う。
獰猛に、高らかに、五人の黒装束を前にしてもツインテールの女は笑ってこう言ったのだ。
「みそっかすとはいえわたしだって第零の冠を背負っている以上、テメェらみたいな三下くらいは瞬殺できるっつーの!!」
邂逅は一瞬。
しかしてその一瞬で五人もの黒装束の身体が弾けるように吹き飛んだのだ。
そう、リュリエルが黒装束たちを蹴散らしたように。
「……ふん。あのクソチート野郎さえいなければ、第零がそう簡単に負けるかっての」
ーーー☆ーーー
「『巫女』の言う通り生かしておいた種は順調に開花しているようであるな」
セリーナ=ティリアンヌ公爵令嬢を前にしてその男は他所に視線をやって呟くだけの余裕さえあった。
第零の冠をいただくみそっかすなツインテールの女を含む数十人の第零騎士団所属の騎士を殺害した男は部下が次々と撃破されていっていることに気づいていても余裕な態度を崩すことはない。
そもそも。
全ては『巫女』の見通した未来に向かって進んでいるのだから、慌てる理由はどこにもない。




