黒蛇の斧鎗
カルナを無言で包囲する、アムンの町の人々。
彼らの眼にカルナは、ジルダのような狼藉者を追い払った勇敢な若者であると共に、不可思議な拳法を用いる異国の旅人であった。素直に感謝したり讃えたりするべきか、迷っているのである。
彼らの、警戒心を隠そうともしない包囲網の中から、一歩前に出た人物がいた。
イリスだ。
「ありがとう、カルナさん! お祖父ちゃんや、私を助けてくれて!」
イリスが、カルナに手を差し出した。
カルナは少し驚いたような顔をしたが、刀を左手に持ち替えて、刃を自分に向け、イリスの手を握り返した。
イリスはカルナと自分を囲んだ人々に向かって、
「みんな! この人は良い人だよ! あんな悪い奴を追い払ってくれたんだから!」
と、大声を張り上げた。
初めは戸惑っていた人々だったが、やがて、
「イリスが言うなら……」
「イリスちゃんの為に前に出たんだものな」
「うちの子供を助けてくれたわ!」
「お礼をしなくちゃいけねぇな!」
口々に言って、警戒心を薄れさせてゆく。
イリスはにっこりと微笑んだ。
「町の案内を続けるわ! お腹が空いたんじゃない? 美味しいご飯をご馳走するわよ!」
「それはありがたい。……でもその前に、薬か何かを売っている所はないかな。さっきから背中の傷が――まぁ、耐えられないくらいではないのだが、ちょっと痛むものでね」
カルナは親指で、自分の背中を指差した。ジルダに付けられた傷は、肩甲骨から背骨を斜めに通って脇腹まで達しており、深くはないもののたっぷりと血をこぼして下衣にまで染み込んでいるようである。
「た、た、大変! すぐにお医者様に連れて行くわ!」
イリスは慌てふためきながら、カルナの手を引いて医者のいる場所まで駆け出した。
カルナが、その様子を眺めて薄く笑みを浮かべ、彼女の後を付いてゆく。
黒い衣を、身に着けた男だった。
蛇の皮を剥いで、なめし、丁寧に縫い合わせたものである。
髪や髭は茫々と伸ばしっ放しにされていた。その隙間に、きゅっと細い眼と、潰れた鼻、分厚い唇が覗いている。
夜だ。
遮蔽物のない草原に、その男が前にした焚火を中心として、三〇人ばかりの男女が集まっている。
男の方が、多い。
その蛇皮の服の人物と同じように、一度も頭を洗ったり、髭を剃ったりした事がないような、むくつけき男たちであった。
彼らは草の生い茂る地面や、何処からか持って来た平らな石に腰を下ろして、酒を飲んでいた。
蛇皮の服の男の前で燃えている火で、捕獲した手頃な小動物を焼いて、喰っている。
鼠。
兎。
蛇。
体毛を剥ぎ、皮膚を取り除き、肛門から口まで串を通したり、棍棒でミンチにしたり、小刀でばらばらにした上で、火を通して喰らっていた。
女を、抱いている。
女に酌をさせたり、焼いた肉を喰わせて貰ったりしている者もいたが、殆どの男は女を組み敷いて、好きな事をしていた。
女を一人ずつあてがっていては、男の方が余ってしまうので、一人の女に対して三人くらいの男が群がっている光景もあった。
女を抱きもせず、肉も喰っていないのは、蛇皮の服の男だけだ。
平らな石に腰掛けて、じっと、自分の眼の前で燃える火を眺めている。
その傍らに、一本の長柄の武器が横たえられていた。
穂先の手前に、巨大な、鉈のような斧が取り付けられている。石突は鎌のように湾曲した刃になっていた。
斧鎗だ。
槍の刺突機能、斧の切断と防御機能、鎌の掻把機能を、一つの武器の中に備えさせたものである。
その柄の部分から、両端に向かって絡み付く蛇の装飾が施されていた。
蛇皮の服の男は、じっと、眼の前でちろちろと燃える火を眺めていた。