フィリアンスの語る、解決。
王太子、フィリアンス・ディ・クルステット視点です。
フィオナの過去の話を聞いて、胸が締め付けられる気がする。異母弟のリブが言ってた、フィオが儚いというのは、彼女があまりにもひどい生活をしていたせいだということ、やっと知る事が出来たんだ。
俺は思わず、フィオを抱きしめる。その体はやはり、小さい。きっと、栄養不足で成長に影響が出たんだろう。この五日何も食べていないのは、今週分のお小遣いを貰えなかったそうだ。今までのお小遣いは一週間で一日に一回だけの食事でギリギリだから、貯金もない、との事だった。
「すまない、フィオ。俺は、君が苦しいと知っていても、何もしなかった。君が話してくれるまで待つ、という綺麗ごとを言っているけど、実際の俺はきっと、他人事だと思って傍観者気取りをしていたと思う。本当に、すまない」
「いいえ、アンス様。私はアンス様に、十分救われていたんですよ。アンス様のおかげで、週に一度、私はあの部屋から出られた。そしてアンス様のお茶会で、おいしいお茶を飲めて、おいしいお菓子も食べることができた。それに、アンス様と楽しい話が出来て、エルネスト様やアクトリオ様にも仲良くなれた。アンス様のおかげで、私は幸せという気持ちを忘れずに済んだんです」
つまり、それを言い換えれば、フィオは幸せという気持ちを忘れそうな程、苦しんでいたという事だ。本当、なぜ俺は、もっと早くフィオにすべてを話すように促さなかったんだろう。そしたら、もっと早くフィオを助けられるだというのに。
「アンス様。いや、フィリアンス殿下。貴方のおかげで私は十分幸せになれました。なので、次はあなたが幸せになる番です。私との婚約を解消して、速くマリアさんの所へ行ってあげてください。私がまだここにいられる間に、どうか二人の幸せな姿を見せてくれませんか?」
腕の中にいるフィオが、泣いていると、分かる。
「フィオ。今までずっと黙っていてすまない。でも、実は、君は勘違いをしている。俺は…」
コンコン。
また俺の話が遮られている!今大事なところだというのに、一体誰だよ、扉をノックした奴は!
「フィル、フィオナ嬢、今俺の父さんが来てるけど、どうする?」
この声は、エルンだな。あいつ、話をしている俺は邪魔されたくないって知ってるはずなのに。でも彼奴、父さんって言ってなかった?彼奴の父さんといえば、宰相のヴェルネディエ・プラートヴェイルか。何故宰相がこんなところに?俺に用なのか?
フィオの方に見ると、彼女はうなずく。仕方ない。
「入っていいぞ」
俺がそういうと、扉が開かれる。最初に入るのは、エルン。そのすぐ後ろには、ヴェルネディエ。それからは、アクト、マリア、そしてクラニーア先生だ。先生はともかく、みんなは部屋の外に待機してくれたんだな。みんなも、フィオを心配してくれるんだ。
それでヴェルネディエは、俺とフィオの近くに来てまで、俺とフィオを一回見比べる。それから、フィオの方に向く。用があるのは、俺じゃなくフィオ?なんで?
「フィオナ・レッセンス嬢、で間違いないね?」
「はい。このような体制で申し訳ありませんが、レッセンス公爵家が長女、フィオナ・レッセンスです。プラートヴェイル宰相閣下が私にどんな用なのでしょうか?」
「ついさっき、レッセンス公爵とその夫人は情報漏洩罪と外患誘致罪で捉えられました。よって、ご令嬢であるフィオナ嬢にも裁判に来て頂きたい」
「待て、ヴェルネディエ。レッセンス公爵が罪を犯している事は確かなのか?俺も俺なりに調べていたが、そのような事を匂わせる様な事は一切見つけてないぞ」
「そうですね。私も三日前までは何も見つけてない」
「それでは…」
「それでも、三日前は言い逃れが出来ないほどの証拠を貰いました。この三日調べたところ、やはり黒だと判断しました。それで公爵夫妻を捕縛、これからは裁判です。そのため、フィオナ嬢にも同席してもらいたい」
「分かりました。行きます」
「フィオ、無理しなくていいんだよ?」
「大丈夫です。むしろ私は、ずっとこの日を待っていたんです」
嘘は、言ってないようだ。今の彼女が浮かべた笑顔は、今まで見た事ないほど満面な笑顔だ。もしかすると、フィオは監禁されたあの日から、ずっと父が断罪されるのを待っているんだろうな。
俺は、フィオに食べやすい軽食を食べさせてから、フィオを支えながらヴェルネディエと一緒に裁判が行われる場所である王城に向かう。俺の腹心であるエルンと護衛のアクトも一緒に行く。男爵令嬢でしかないマリアは、同席を許されていない。
裁判が行われるのは、王の謁見の間だ。俺たちが付いた時、謁見の間にはすでに父王と母である王妃、それから王都に暮らしている伯爵以上の貴族たち、複数の騎士、そして玉座の前向かいに騎士が左右に挟まれているレッセンス公爵夫妻。一応、今の二人はまだ公爵家の人間だから、不用意に取り押さえられてはいないようだ。
フィオは、レッセンス公爵夫妻のそばに居たいと言っている。最後くらい、二人の良い娘になりたいと彼女は言った。彼女の魔力に、歪みはない。なら俺は、彼女の願いを叶えるしかない。
玉座に座っている父王の左隣には、王妃が座しているので、俺は父王の右隣りに用意された関に座る。ヴェルネディエは、俺たち王族に数歩前の所まで来て、一度礼をしてから、レッセンス公爵夫妻とフィオの居る方へ向かう。
「では、レッセンス公爵夫妻に対する裁判を行う」
それからヴェルネディエは、二人の罪を読み上げている。先ずは、国務長官でもあるレッセンス公爵が他国にこの国の情報を流している。それも、一つの国じゃなく、複数の国に、だ。そして流した情報の代わりに、レッセンス公爵は金や酒を貰った。それがあの太い腹とキラキラ装飾品の元だろう。
公爵夫人に関しては、お茶会などの女性の集まる場で、男性である公爵が手に入れなかった情報を公爵に告げ、そのまま他国に流されば、彼女も金を何割かを貰えるので、夫人は同罪という事。
それから最近、公爵はとある一つの国が我がクルステット王国を攻め込もうと知りながら、その国に流す情報を優先した。これは他国に我が国を攻め込まれると同じ事だ。
そして二人は、この事が誰にも漏らさないように、知った使用人の家族を人質に取った。さっき、ヴェルネディエは二人は情報漏洩罪と外患誘致罪によって捕らえられたと言ったが、これでは脅迫罪も加えられそうだ。
罪を告げられた公爵夫人は、泣き喚きながら、罪を否定した。ヴェルネディエは確固たる証拠があると反論したが、それでも夫人は罪を認めない。だからヴェルネディエはその証拠を見せようとするが、不思議なことに、レッセンス公爵が先に夫人を宥めている。そして反論もせずに、罪を認めている。
非常に頭の回る男だから、どんな証拠を見せられても何とか言い逃れが出来るんじゃないかと思っていたけどな。それでも、頭が回るからこそ、言い逃れはできないと悟ってあっさりと認めるのか?どのみち、俺を含め謁見の間にいる人々のほとんどは公爵のその行動に驚いていた。驚いていなかったのは、父王や王妃、そしてヴェルネディエだけだ。
「では罰を告げる。レッセンス公爵、レッセンス公爵夫人。二人は、情報漏洩罪と外患誘致罪により、処刑を決定とする。異論は?」
「ないな。私たちは、その罰を甘んじて受け入れよう」
公爵がそう答えたことに、やはり俺は驚いている。
「ちょっと待ちなさい、貴方!なぜそんな簡単に罰を受け入れるのよ!わたくしは嫌わよ!」
公爵夫人がまた、泣き喚く。
「もう、黙れ。私は最初に言っただろ。その金に手を出すならば、死を覚悟しろ、と。だから、死ぬ時が来た今、黙って受け入れろ。死に際くらい、見苦しい真似は止せ」
そうか。公爵は、ずっとこの日がくる事を覚悟していたのか。ならなぜ、フィオにそんなひどい事をする必要があるんだ、レッセンス公爵よ!
夫人が何も言わなくなってから、ヴェルネディエは次の言葉を発する。
「では、処刑の日時は後程伝えるとして、牢屋に入れられる前に、最後に言いたい言葉はあるのか?」
夫人は、もう何も言うつもりはないようだ。公爵の方は、言いたい事があるようだ。
「最後に、陛下に質問したい事がある。いいのか?」
ヴェルネディエが何かを言う前に、父王が答えた。「許す」と。
「では、陛下に質問する。我が娘は、どうなるだろうか?」
俺の鼓動が、速くなるを感じた。おそらくフィオは、公爵と同じく、この日が来る事をずっと知っていた。婚約の契約を持ち掛けたあの日のずっと前から、だ。だからこその提案なのか迄は、分からない。でもフィオは、おそらく自分にも何かの罰が与えられる事を思っていたのだろう。だから彼女と俺の婚約を解消するには簡単だと言っている。そして、二回りほど年上の爺に嫁ぐ心配もなく。
でも今の俺が、それを許すわけがない。父王がフィオにどんな罰を下ろしても、俺は絶対に阻止する。フィオはもう、十分苦しんでいたのだ。
「フィオナ嬢は、そなたの不正の最初発見者と証拠提出者だ。その功績を認め、何も罰は与えない。レッセンス公爵令嬢の地位と、我が息子との婚約も存続だ。本当ならば褒美としてレッセンス公爵の爵位を彼女に与えたいだが、将来の王妃になる予定の彼女にそれはできまい。よって、どんな褒美が欲しいか後で聞くつもりだ」
「ってことは、レッセンス公爵家は取り潰しにならないか」
「レッセンス公爵家は、なくてはならないくらいに歴史の長い家。当然の事だ」
答えたのは、ヴェルネディエだ。
「そうか。あいつが、帰ってくるのか」
「ああ」
父王が同意した、公爵の言っていた『彼奴』は誰の事なのかと気になるが、それより気になっているのはフィオだ。フィオの魔力の流れは、嘘を言っているときとは違って歪んでいないけど、かなり乱れている。これは、動揺だ。一体、フィオは何に動揺しているんだ。罰されていないから、安堵しているはずじゃないのか?
「ちょっと待ってください!恐れながら陛下に申し上げます!私は陛下の告げた功績に身に覚えがありません!」
これは、嘘だ。フィオ、どういう事?
「フィオナ嬢。そなたの演技は、ここでは通じない。だが、そなたはそれでも否定するだろう。ならばヴェルン。あれを見せろ」
「は!」
父王の命を受けたヴェルネディエは、胸ポケットから一つの手紙を取り出した。
「この手紙は、九年ほど前私の元に届いていた。手紙の内容は、レッセンス公爵が行っている不正についての通告だ。差出人は無名。なので最初はただのいたずら手紙だと思っていたが、手紙に書いていた言葉は妙に信憑性を感じる。なので私は、レッセンス公爵家と差出人の真実を探るために手紙のやり取りを続けていた。そして判明したのは、差出人が今年ラプ二エル魔法学園に入学する事だ。なので、学園の入学式と同時に行われる魔力検査の結果と手紙にわずか残っている魔力を調べて、差出人が貴方だと判明しました、フィオナ・レッセンス嬢。そして、三日前に貴方から送られた手紙には、公爵の不正の証拠に足りえるものが添えられた。よって、貴方は最初発見者と証拠提出者として認められる」
「それは…」
フィオの魔力の流れを見ると、ヴェルネディエの言った事は本当の事だろう。そんなこと、俺は何も知らなかった。今まで俺の知っているフィオは、やはり嘘のフィオだったのか。さっき医務室での事は、フィオが俺に少し心を開いてくれただけで、まだすべてを話していなかったんだな。
「もう、異論はないんだな、レッセンス嬢よ」
父王のその問に、フィオは一度俯いてから、父王をまっすぐに見ながら言った。
「はい。それでは、褒美はここに言ってもいいですか?」
何故か、嫌な予感がする。フィオがこれから言う事は、止めなくてはならないと感じる。
「よいだろう。聞こう」
「陛下、フィリアンス殿下と私の婚約は、どうか解消してはくれませんか?」
嫌な予感的中だ。このままでは俺がフィオを失う。
「理由を聞こう」
フィオが何も言う前に、俺が遮った。
「待って、フィオ。その前に、俺は君に言わなければならない事がある」
父王に対して無礼など、知ったことか。フィオは、絶対に手放すものか。
「なんのことですか?」
フィオが混乱している。
「さっき医務室にも言ったが、君は勘違いをしているんだ」
ここまで言って気づいたが、結局俺もフィオにずっと嘘をついているんだな。正確には嘘じゃなく、わざと勘違いさせる、だけどな。
「何を、ですか?」
フィオの声が、震えている。
しまった。これは公衆の場言うべきではないな。でも、まいい。チャンスは、今しかないのだ。
「俺がマリア・ヴェルガーに思いを寄せている事だ」
俺は目くばせで父王から許可を取ったから、関から降り、フィオの前まで歩く。
「それはどういう?」
フィオは、まだ震えている声で、目の前にいる俺に訊く。その魔力から見える感情は、動揺、不安、そして、期待。
「フィオ、俺が好きなのは、君だ。俺は、君を愛している。だから、俺との婚約を解消しないでくれ。いや、ちょっと違うな」
喜びを感じさせたフィオの魔力は、俺の最後の言葉に反応して、少し絶望を感じさせる。このことには少し罪悪感だが、大丈夫。すぐ弁償するからね、フィオ。
そう思う俺は、フィオの目の前に片膝を折る。そしてフィオの右手を取り、彼女を見上げる。
「フィオナ・レッセンス嬢。俺は、君のすべてを知りたい。そして、君のすべてを愛すると誓う。どうか、この俺と結婚してくれませんか?」
フィオの頬に、一粒の涙が落ちた。でも今度は、嬉しい涙のようだ。
「フィリアンス・ディ・クルステット殿下。私は貴方には私のすべてを知って欲しい。そして私も、貴方のすべてを愛します。私は欠点だらけですが、許されるならば貴方と結婚します」
フィオの浮かべた笑顔は、さっき医務室で見た物より、美しい笑顔だ。俺は思わず、フィオの手にキスしてから、立ち上がり、そしてフィオに抱きしめながら彼女の唇にキスをする。ここが公衆の場だと忘れて。
周りの人々が握手で祝福してくれたが、それはどうでもいい。今の俺は、腕の中に感じる女の子のぬくもりと、幸せに浸ったキスの事しか、考えられなかった。
これにて完結です。あらすじに書いたとおり、この後もおまけを投稿しますが不定期更新です。
読んで下さってありがとうございます。