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番外編:あなた以外はみんな知ってる

 春休みにはビビアンが帰ってこない。

 シュマルブルクで本格的に結婚式の準備をするからだ。

 本当ならドミニクが付いていたかったけれど、こっちはこっちの準備がある。仕方なく付き添いを従兄弟に頼んだ。

 ビビアンからは帝国南部の風習、特に衣装を中心とした本を送られてきた。見事な刺繍絵の載ったそれは送られてすぐドミニクの宝物になった。

 客間で読みふけっていると、家令に声をかけられる。

 パトリシアとオズワルドが到着したそうだ。


「いらっしゃいませ、パトリシア嬢、義兄さん」

「お邪魔しますわ」

「すまないね、こっちの都合で」


 今日はクラッグ公爵の要望がまた少し変わった件だ。本来ならドミニクが訪問するところだが、この兄妹はわざわざ来てくれる。ひとり実家で寂しくすごすドミニクからすると嬉しい限りである。


「構いませんよ。パトリシア嬢、今日のお召し物は夜の色ですね、珍しい。赤毛がいっそう映えてよく似合っております」

「あ、りがとう、ございます」

「普段通りの言葉遣いで構わないよ、ドミニク」

「ありがとう、義兄さん」


 オズワルドは騎士とは思えないほど穏やかな人で、パトリシアの兄だと言うのがよく分かる。

 パトリシアと言えば、相変わらずドミニクと話すとき戸惑っている。

 これがドミニクの悩みの種だった。

 ソファーに腰掛けて、パトリシアから書状を受け取る。


「こちらが、その、お父様からの要望書ですわ」

「うん、すぐ見るよ。少し待っててね」

「はい」


 公爵からの要望は、装飾をもう少し豪華なものに変更したいと言うものなど主に嫁迎えのことに関して書かれている。結婚式のことについては散々話したからそこまでの変更点はない。

 ビビアンの友人である帝国からの客人についても反対せずに見守ってくれている。ありがたいことだ。


「このくらいの要望だったら問題ないや」

「本当かい? 父は持参金を増やそうかどうか悩んでいたよ」

「それは嬉しいですけど大袈裟ですって。パトリシア嬢が一番きれいになるのを助けたいんでしょう? 目的は一緒ですし、やりくりには慣れとかないと」

「すみません、わたくしのわがままが、こんな大事になるとは知れず……」

「パトリシア嬢。おれは結婚式のことで、おれのお嫁さんになることであなたが後悔しないようにしたいんです。言いたいことが言い合える仲になりたいんだ」


 にこっと笑って本音を告げれば、パトリシアは真っ赤になって固まってしまう。ドミニクが話しかけるとときどきこうなってしまうのだ。同じことをビビアンが言っても固まらないのに。少しばかり姉を羨ましく思う。


「すまないね、妹が限界を超えたみたいだ」

「義兄さん、そのことで折り入って相談があるんですけど」

「うん? なにかな」

「パトリシア嬢と話していると、こんな風にうまく会話ができないことがあるんです。他の人相手なら平気みたいなのに、おれなにかまずいことをしているのでしょうか?」


 オズワルドは少し固まって、それから顎に手を当ててしまう。義兄ともまともに話せないのかと自分のコミュニケーション能力にだんだん自身がなくなってくる。

 ドミニクの眉はハの字に下がってしまった。

 それを見てオズワルドは真剣な顔をする。


「ドミニク、君、それ本気で言っているのかい?」

「おれいつも本気ですよ。このままじゃ愛想をつかされるんじゃないかって悩んでいて」

「あ、あの。それは、ない、です」


 オズワルドが口を開く前に、まだ少し赤いままパトリシアが声を上げる。余計なことを言ってほしくないと言わんばかりの態度にちょっとびっくりする。

 ドミニクの知っているパトリシアは引っ込み思案でよく止まる控えめな令嬢だったから。


「でもパトリシア嬢。いつも真っ赤になって固まってしまって、おれどうしたらいいのか分からないんだ」

「黙って待っていればそのうちなおるよ。それに、ずっと一緒なら慣れるだろう」

「お兄様は黙っていて。ええと、それについては……申し訳ないです」

「謝らないで。パトリシア嬢が悪いなんて一言も言っていないよ。ただ、もっと自然にあなたと話したいんだ。好きなものの話とか、手紙じゃなくてあなたの口から聞きたい」


 パトリシア嬢が小さくうめいてまた止まってしまう。頭から湯気でも出ているみたいだ。

 ドミニクは困惑して、オズワルドに視線を向ける。

 オズワルドはなにやら楽しんでいるらしく、にやにやと笑うばかりだ。


「義兄さん、笑ってないでアドバイスとかください」

「いや、無理だろう。君が本心で喋り続ける限り、妹はこうなるよ」

「嘘をつくのは好きじゃないなあ」

「そうじゃなくて。しかしパティは甘やかされて育ったから結婚相手は苦労すると思ったけど、父さんはいい縁談を拾ってきた」


 オズワルドは目を閉じて独り言を言っている。パトリシアとドミニクの結婚を本気で応援していることだけは伝わってくるものの、なんの解決にもならない。

 ドミニクはいったん諦めて、オズワルドからみたパトリシアがどんな子なのかを聞いてみた。


「夢見がちでときどき無茶をして、その割に警戒心が足りない。うちではちょっと偉そうにしているのに外では人見知りの、二面性のある子かな?」

「なんだかおれの見てるパトリシア嬢と違うね」

「結婚したら手を焼くかもしれないよ」


 まあ君なら上手に扱うだろう、と謎の信頼を得てしまった。

 何度も何度もパトリシアに付き添ってくれるオズワルドは、ドミニクにとって信頼できる義兄だった。その義兄が信頼してくれる。だったら大丈夫だろうと深く考えずにドミニクは納得する。


「お、お兄様! 変なことを吹き込まないでくださいな!」

「おや目を覚ましたのかお姫様。本当のことだろう?」

「違います! 違う、はずです。違いますからね、ドミニク様」

「うん? うーん。どっちが本当でも構わないかな。パトリシア嬢に変わりはないんだから」


 信じて、と上目遣いで見上げてくるパトリシアに、心配ないよとにっこり笑った。

 まただめだ。赤くなってしまう。下を向いて固まってしまった。

 ドミニクは諦めて公爵宛に返事を書く。要望の件、承りました。再度デザイナーを通して検討させていただきます。これをいかにきれいな文章にするかが力の見せどころである。


「ドミニクは自分の言うことが信じられないかい?」

「まさか。パトリシア嬢の手紙によく書いてあったよ、自慢の兄たちだと。だったら疑うこともないね」

「それは長兄だろう。あの人はやり手だから」

「兄たち、です。あなたもだよ義兄さん。騎士団でどれだけ頑張っているのか書かれていたのをよく覚えている。今更だけど会えて光栄です」


 オズワルドがほほを掻く。次男というのは長男と比べられるものらしいから、褒められ慣れてないのかもしれない。

 ドミニクは喋りながらも文字を連ねていく。手紙を書く癖をつけてくれた父には感謝の念しかない。春休み中にビビアンに手紙を出そう。帝国の本のお礼もしたいしエーリヒと仲良くしてるのか気になるところだ。


「君は本当に……。妹が固まるのもよく分かる」

「分かるなら、理由を教えてくれたりしない?」

「それを言うのは野暮だろう」

「義兄さんのけち」


 ははは、と笑ってオズワルドはそれ以上言わなかった。

 ビビアンは気にしないし、エーリヒは口を出さないと言った。他にパトリシアと共通の知り合いで頼れる人はいない。

 パトリシアとの距離を測りかねている。会えば自然と口が開いて喋れるものの、弾む会話ができない。

 ドミニクにとっては真剣な悩みなのに、なんでみんな生暖かい目で見るんだろう。


「ドミニク。妹は君以上のパートナーに出会えないと思う。どうかよろしく頼む」


 オズワルドが席を立って頭を下げる。慌てて立ち上がり、どうにか座ってもらおうとする。


「こちらの台詞だよ、義兄さん。おれ、もうパトリシア嬢以外の女の子と結婚する未来なんて見えない」


 オズワルドがふわりと笑う。

 その横で、腰掛けたままだったパトリシアがいよいよ湯気を出して机に倒れ込んでしまった。

 ドミニクは慌てて医者を呼ぼうとしたところ、オズワルドに止められた。医者じゃ治らない病気だから一生傍に居てあげてほしいと言われていよいよドミニクは小首をかしげる。


「おれ、そのつもりですよ?」

「うん、あー、うん。ドミニク。よかったら父への書状を先に書いてほしい。妹にはそれ以上は毒だ」


 訳の分からないまま書状の作成にとりかかる。

 オズワルドに頼るのは諦めた。学院のやつらに乙女心は分からないだろう。

 そうなると、やっぱりドミニクの悩みに答えをくれる人はいない。悩むのは得意じゃないんだけどな、とドミニクはひとり首をひねった。

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