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見えない翼  作者: 桑名 銀天
第二部 革命編
30/56

ChapitreⅩⅡ-B:とある男の死について

男というものは嘘の国の庶民であるが、女はそこの貴族である。


ラ・ブリュイエール


 しばらくして、マーテルが奥の部屋から出て来た。

「二人分の寝る場所は確保できたよ。ただ、この後騒がしくなるから、おとなしく眠るにはちょっと問題があるかも知れないが……」

「いえ、十分です」

 アークが遠慮がちに答えた。

「そういうのは実際にその状況になってから言うもんじゃないのかねえ。ま、私は一晩中店のカウンターにいるから、何かあったら遠慮せず来な」

「はい、ありがとうございます」

 スピカが言って、二人は奥に消えていった。

「それで、君、えっと……」

「シオンです」

 うつむいていた彼女は、話しかけられていることに気付くとハッと顔を上げて機械的に答えた。

「そういえば私も君にはまだ名乗ってなかった気がするね。私はマーテル、この酒場の主人だ」

「マチルドさんとはお知り合いなんですか?」

「行商をやっていた頃からの古い仲間でね。この山が持つ妙な力のせいで下山できなくなって、仕方なく引退して店を構えたという訳だ」

「妙な力……ですか? もしかして霊鳥様と」

「その可能性はないよ。この山……正確にはその岩石に含まれる金属が何か悪影響を及ぼしているんだと思う。私の持つ『能力』は金属に関する物だからね。いいからほら、座りなよ。一見さんだから最初の一杯はお代は要らないよ」

「……いえ、結構です」

「遠慮してる? それとも知らない人から出される物は口にしないよう教育されてる?」

 二人の間には、言い知れぬ温度差があった。

「そういうのではなくて、ただ……そろそろ『時間』ですね、と」

「ああ、そろそろ櫓の焚きつけが始まるのか。それにしても、村長が殺されて、一体誰が祭りを仕切るんだろうね?」

「アリア様……ラザル様の正妻である彼女が中心となって行われています。それと、櫓と共にラザル様の亡骸も霊鳥様の炎で焼くそうです。私は本来そこに立ち会わなければならない立場なんです」

「妻が引き継いで村長は死んだその日に火葬、か。展開がずいぶんと早いな。まるでこうなることが最初から決まってたみたいだ」

「まさか!」

「ないとは断言できないだろう? 知らなかったのはごく一部、裏ではしっかりと工作が進んでいた、なんてずいぶん面白そうな物語じゃないか」

「あり得ません」シオンはぶんぶんと首を振って否定する。「そんなこと、断じて!」

「私もそう思う。本物のリゲルが死ぬことと、彼にそっくりな偽者の登場とその行動までもが予想できたはずはないし」

「もう……」

「そんな与太話はともかく、シオン、葬儀に参列するか迷ってるなら、早く行った方が良い」

「マーテルさんは行かないのですか?」

「私はそもそも外人だからそういうのに興味はない。自分の店の方が大事だし、友人から託されたあの二人のこともある。だから一人で行ってきな」

 アークがここに留まる以上、行くなら一人で行くしかないことなどシオンには分かりきっていた。そしてその道が決して楽ではないことも。彼女は何かを諦めたかのような表情を見せた後、椅子に座りながら言った。

「いえ、大丈夫です。私もここに残ります。アーク様の傍にいるのが私の最優先事項ですから」

「ああ、付き人として儀式に立ち会うのが理想だったってことか。それにしても、アーク『様』ねえ……彼が外から来た偽者だと分かった上でなおそう呼ぶんだね、君は」

「リゲル様に、ではなくあのお方に、というのが命令でしたから。ただ、半分くらいは私の意思で、私が好きでやっていることです」

「気に入ったのかい? あの男が」

「そう……かも知れません」

「ならさっさと諦めるべきだよ。彼はもうすぐここからマチルドと一緒に出て行くんだから」

「だからこそ最後までお仕えしたい、というのは間違ってますか?」

「時間が限られてるからこそ大事にしたいと?」

「はい。残りわずかな時間で発たれてしまうからこそ、最後まできちんとお仕えしたいのです。お見送りをするその時まで、私に良い印象を持っていて欲しいのです」

「そういう、人に尽くすとか仕えるとかいうのは、私達にはまるで分からない概念だよ。等価交換と交渉が絶対、それが商人ってやつさ。中にはそうやって常に見返りを求めることを愛がないだの卑怯者だのと言う連中もいたが……」

「私にはどちらも正しいと思えます」

「実際そうなんだよ。『正しい』の基準なんか本来ないし人それぞれだ。私から見て割に合わない取引が、本人にしたら破格の交渉だってことも往々にしてあるものだよ。そう、空の神は霊鳥か龍王かっていう、この村と向こうとが争う理由だって結局は同じこと。君達にとっては鳥が神であるという解釈が正しく、相手にとっては龍が神だという信念が正しい、それだけだ。それが理解できないからずっと戦争してるんだろ。もっとも、そんな相互理解が実現した試しは聞いたことがないがね……」

 マーテルは、自分のために用意した水を一口飲んだ。磨りガラスのような窓に目をやって、さすがに明かりが必要だと判断し、店の奥から火の点いた蝋燭を二つ持ってきた。

「我々にそれが理解できるはずはありません」とシオンは強い口調で言った。「霊鳥様を唯一神だと崇め信じることで結束してきたのですから。龍王の存在を認めることは、霊鳥様の否定そのものです」

「その考えがどんな結末をもたらすかも見えていないのか? ところでシオン、戦争を終わらせて再発もさせない一番簡単な方法を知ってるかい?」

「勝負が付くことでしょう?」

「惜しいな。勝者だけが生き残ることだよ。言い換えれば、敗者が全滅すれば争いの火種ごとごっそり消えてなくなる。もちろん、その後の内乱なんかは別にしてね」

「……」

「相手はあの龍族だ。多分やるよ、そこまで」

「そうなったら、霊鳥様はどうなるんですか」

 そんなもの、とマーテルは壁にもたれかかって、もったいぶるように、ゆっくりと言葉を発した。

「私の知ったことじゃない」


 埃っぽい暗闇の中、一組の男女が、それぞれのベッドに膝を抱えるようにして座っていた。寝転がるだけのスペースがないのである。二人の間には人一人分がやっと通れる通路があり、それぞれカーテンのような布で仕切られているので、お互いの姿は見えない。

「アーク、起きてる?」

「これで寝られる方がおかしいよ」

「ねえ、眠くなるまで少し話さない?」

「ああ、そうだな。何話そうか……やっぱり、お互いのこと、だよな」

「うん」

「さてどこから話そうか……」

 あるいは、どこまでなら話して良いのか。

「この村に来てから私に会うまで、どんなことがあったの? 大体想像は付くけどさ」

「そうだな……気がついたときには空中にいたんだよ。妙に頭が冷静だったのを覚えてる。もうどうしようもない、あるいは夢だ、そんな風に思ってたんだろうな……そこをシリウスに助けられて気を失って、もう一度目を覚ましたのはベッドの上だった。恐い顔した連中に囲まれて訳が分からなかったよ。ただ、危害を加えるつもりはないって言われたし、状況から言ってそれは明白だったから、少しだけ……ほんの少しだけ安心した」

「状況って?」

「リゲルのベッドの上で、手足は拘束されてなかったし、誰も武器を持ってなかった……いや、テルだけは例外だな。とにかくそういう物理的な側面から言って、曲者への対応でないことはよく分かったよ。まあ、シオンがあの時『悪いようにはしない』って言ってくれなければ、冷静な判断が出来なかったかも知れないけど」

「へえ、最初からそんな風に優遇されてたんだ」

「あくまで物理的にな。実際は素性の全く知れない余所者に対する疑惑、影武者として利用してやろうという陰謀……そんなのしか感じなかったよ」

「それで、どうしてリゲルの代わりになることを受け入れたの?」

「受け入れたんじゃない、受け入れさせられたんだ。多分、俺が気を失ってる間にあとは村長が実際に顔を見て承認するだけ、ってところまで手はずが整ってたんだろう。最初から『拒否権はございません』だもんな。『七日前に村長の一人息子リゲルが亡くなった』って話を聞いて大体状況は飲み込めた。選択肢はないし、人助けだって自分に言い聞かせてその場は乗り切ったよ」

「リゲルって、本当に君にそっくりだったんだね。村長自らが認めるくらいなんだから」

「写真の技術がないのが残念だな」

 この集落には肖像画を飾る文化もないらしい。ラザルとは全く似ていないので、リゲルは母親似だったのかなとアークは思った。

「そういえば」とスピカが疑問を切り出した。「数日前にリゲルが死んだばかりのこの村に彼とそっくりな君が現れたのは、何かの偶然? にしては出来過ぎてるよね」

「俺も同じ事を考えて魔女に聞いてみたんだが……梨の礫だったよ。必要な情報以外は教えちゃくれないみたいだ」

「そうなんだ。でもこんな奇妙なこと、起こそうと思って起こせる偶然じゃないよね」

「これ以上考えたって時間の無駄にしかならないから話を元に戻すぞ」

「あ、ごめん」

「それから影武者にする為の勉強が始まったんだよ、シオンと一緒にね。でもどう考えたって無茶だ。この村の支配者になるための勉強を、本物のリゲルが十五年かけて学んできたことをたったの七日間で全部叩き込もうってんだから」

「スパルタどころの話じゃないね」

「おまけに、霊鳥祭で婚約者を発表することになってるからさっさと決めろ、だもんな」

「え、何それ」

「息子は十五歳になった年の祭にそうするっていうしきたりらしい。リゲルはそれを決めるのをずっと渋ってて、運悪く病気になってそのまま亡くなったそうだ。そのツケが俺に回ってきた。それで俺がやったことはお見合いだよ。見ず知らずの女の子と結婚しろだなんて、無茶苦茶にも程があるだろう」

「それでどうしたの?」

「聞いてみたらみんな屋敷の外に住んでて、村長とは少しだけ血のつながった関係にあるだけっていうから、これは良い機会だと思って色々聞いたよ」

「それだと何人もいたように聞こえるんだけど」

「実際そうだよ。一回目は四人、二回目は五人だった。村長を馬鹿にして偽者だってことをばらしたら話がしやすかったよ」

「へえ。あ、じゃあもしかして本物のリゲルはもう死んでるって噂を流したのは」

「間違いなくその子達だ。というか俺が頼んだ」

「そうだったんだ……誰も疑わなかったの? 本物が死んでて、君が影武者だって言っても」

「村長をラザルのジジイって呼んだのが決定打になったみたいだけど。それに、リゲルについては病気になったって住民には伝わってたらしい。彼女らは婚約者決めの為に連れ出されたけど、その前にリゲルが回復したって知らせはなかったそうだ。それはおかしいと思わなかったか、って指摘したよ」

「なるほど……病気で倒れたって通達があったなら、回復したって知らせもなきゃおかしいもんね」

「つまり死んだことが隠されてたってことだ。住民の中にそれを疑う者がいてもおかしくはない」

「確かにね。口にはしないだろうけど」

「そうだな。それにしても、奇妙なもんだよ」

「何が?」

「さっきから別人としての『リゲル』の話をしてるが……俺は今朝までリゲルだったんだ、その感覚がまだ残ってる。妙な感じだ」

「すぐ慣れるよ」

「でも、まだ俺をリゲルと呼び続ける人もいるだろうよ。いや必ずいる」

「そうかなあ……噂が広まるのって早いよ」

「でも俺が偽者だって噂がスピカのところに届くのにはずいぶん時間がかかったじゃないか」

「あ……」

 それは事実だった。時間軸を整理してみると、当時のリゲルが最初にお見合いをしたのは彼がこの村に来た次の日の夜。リゲルが町中を練り歩いてスピカが彼を目撃したのがその二日後の昼で、彼女がマチルドからその噂を伝え聞いた時にはさらに二日以上が経っていた。ただ、それはセラトナが意図的にスピカに話さなかったからこその結果でもある。

「二回目のお見合いはいつ?」

「一昨日の夜だったかな」

「そっか」

「話した内容は一回目と大差なかったな。向こうからこの村の状況について聞き出して、こっちからは俺が偽者だって話をして。そんな訳だから本来の目的、婚約者探しなんかすっかり忘れてた。それが一番の理由だな、シリウスを指名したのは」

「一人くらい顔と名前覚えてるのいなかったの?」

「暗い中でやってたから顔は見えないし名前は聞き慣れないしで、さっぱり。一度話しただけの相手を選ぶより、ある程度知ってる方が適当だったと思わないか? たとえ破棄が前提でも」

「逆だよ。別れることが前提だからこそ知らない人を選ぶべきだったんだよ。きっとその方が厄介事は少なかったと思うよ」

 アークは言葉に詰まった。

「確かにそうだったかも知れない……」

「私がその立場だったとしてもそういう判断が下せたかどうかは分からないけど……お見合いの相手は結婚に対して積極的だったの?」

「そうでもなかった、むしろ否定的。俺が影武者なのもあったんだろうけど、話を聞いた限り、男が生まれる確率が低い中で、男の世継ぎを生むために利用されるだけだって分かってるらしくて。ただその代わり食料には不自由しないし戦場に出る必要がなくなるメリットはあるらしい」

「子供を産むために利用される……恐いね、私だったら絶対に嫌だ。人を生む機械みたいに……生むと言えば、ここの人って卵から生まれるのかな?」

 その瞬間、アークは思いっきり吹き出した。

「何、それ笑うとこ?」

「いや、そんなの思いもしなかったから。確かに面白い疑問ではあるよ。ここは鳥だし、隣は龍だし。魚もいるのかな? まあ聞きづらいことではあるけど行商人に聞くのが一番だろ。それでも答えは何となく想像が付くけど」

「うん、まあ、そうだね。鳥だけにコウノトリが運んできたら面白いとは思ったけど」

「その発想はなかったな。それで……ああ、お見合いをしてシリウスを正妻にするって宣言した後の話か。もちろんそのままだと本当に跡継ぎにされてしまうから一つ手を打ったんだ。俺が次の村長にはなれないって分からせれば良いってな。そこでやったのがラザル村長の目の前での跡継ぎになる気はない宣言。攻撃されることはないからこんなことも出来た」

「それで?」

「その結果は話した覚えがあるけど……頭を冷やせ、って俺を使ってない倉庫に閉じ込めたんだ。もっと良い手があったと思うんだけどな。で、古びた倉庫の扉を破って外に出たのが、今日の朝のこと。リゲルの部屋でシオンと待機してたら反乱軍が襲撃してきた。テルのせいで兵団は自由に動けない状態にあったらしいから、ラザル側はしばらくシリウス一人で対処してたみたいだ。大したもんだよ。そこから先は知っての通りかな」

「そっか……反乱軍の動きを知ってたテルさんは兵団を動けないようにして確実に襲撃を成功させる腹づもりだったんだね。でもどうやったんだろ?」

「さしずめ宿舎に鍵を掛けたとか、部下を動員して出ないように指示をしていたとかだと思う。さて、スピカ。今度は君の番だ」

「その前に一ついい? 眼鏡はどうしたの? ちゃんと見えてるみたいだけど」

「ああ、眼鏡か。この世界に来るときに落としたみたい。でも問題は……あるよな、町中を行進したときにスピカを見つけられなかったんだから」

「それはそう……かな? でも特に困ったこともないんだよね? その体の影響なのかな? だったら戻ったとき色々大変だよね。力になるよ?」

 アークは「まあ……」と気のない返事をして、それより今度はスピカの番だ、と促した。

「ああ、そうだった。でも大体話した通りだよ。君ほど起伏があった訳でもないし。えっと、私が最初に目を覚ましたのは森の中だった。さっきのマチルドさんの話を聞く限りだと果樹園みたいだね」

「ああ、俺は見張り台から見ただけだけど、あれって自然林じゃなかったんだな」

「それでベガさんに会ったの。覚えてるよね、さっき酒場で四人で話してるときに乱入してきた人。隣の宿屋の一人娘さんで、その人が気前が良い人だったから厚意に甘えることにしたの」

「そうは見えなかったけどな」

「まあ反乱軍に所属してる人だし、出会い頭のあの反応はしょうがなかったのかもね」

「しょうがないのかよ……まああの人が憤ってたのはリゲルにであって俺じゃないから良いんだけど」

「それから、私はベガさんに目的を話したの。この村に来ている私の友達を捜しに来たって」

「ちょっと待てスピカ。それだと、君は最初から俺に会うのが目的だったってこと?」

「うん、そうだよ」

「じゃあ俺を追いかけてきたのか?」

「結果論から見るとそうだけど、事が起こった経緯から考えると違うよ」

「そうか、つまり……」

 幸助はそれ以上の言葉をためらった。本名を明かしてはいけないという魔女の条件、それに付随する内容の会話は出来る限り避けたい、そう考えてのことだった。

 そして実際に彼が聞きたかったこととは、幸助が消え去る瞬間を美奈が見ていたのかどうか、そしてその後『スピカ』に何が起こったのか――

「どしたの?」

「いや、何でもない。続けて」

「人捜しなら市場に行こう、って出かけたの。そこでクイズを出してる商人がいてね、答えられたら木の実をくれるって言うから、全部解いちゃった」

「クイズってどんなの?」

「三角形に並べた十個の木の実を、三つだけ動かして三角の向きを逆にする、とか」

「え?」

「紙に書いた十字の線と串一本を使って、十二個の直角を作れ、とか」

「え? ああ……そうか、分かった。それで?」

「そうしたらすごく驚かれてね。その翌日には学校に行かされて、セラトナさんに会って、反乱軍の参謀になってくれないかって頼まれた」

「学校って何やったの? 授業?」

「子供達と一緒に知恵比べみたいなのをね。私からしたら全然大したことじゃないのに、ここの人たちから見たら私がすごい天才に見えたらしいの。それで期待されて、参謀に……交換条件として総出で人捜しをしてくれることにはなったんだけど」

「そういえばそこは聞いたな」

「次の日は何か役に立てることはないかって村を歩き回って、その翌日には、リゲルの視察。私は余所者で珍しい格好してるから見つかるとまずいって言われて診療所の中で待機してたんだけど、窓からリゲルの顔が見えて、まさかと思って飛び出したら……君がそこにいるんだもん。驚いちゃった。ううん、それよりも困った、の方が大きかったかな。私が所属することになった反乱軍は、君を倒すことを第一の目的にしていたんだから」

「誰かに相談すれば良かったんじゃないか?」

「偽者の噂が私の耳にも入って来てたらそうしたよ。でもセラトナさんは私にそれを隠してたし、ベガさんにあのリゲルは本当に本物だと思うかって聞いたらそうだって答えたし……」

「セラトナは知ってて黙ってた?」

「頭領だからね、情報が入ってくるのは早いんだよ。でもそれを敢えて口にすると士気に関わるから誰も言ってなかったんだって」

「あるいは単なる噂だって無視したのか。でもこれではっきりした。セラトナは村長には向いてない」

「どうして? あの人の人を惹きつける力は言葉じゃ表せないくらいひしひしと感じたんだけど」

「スピカの頭脳を見込んで参謀として迎え入れたんだったね。だったら、何故その噂を耳にした時点で相談しなかったんだ」

「言われてみたら確かにそうだ!」

「多分セラトナには人を惹きつけて指示を出す話術は優れているが、物事の重要性や善し悪しの判断が出来ないんだ」

「それは言い過ぎな気もするけど」

「あるいは参謀って役職はお飾りで、信用してなかったのかも知れない」

「それはあるのかな……実際、セラトナさんはマチルドさんを通じてキャンサーと密通していたんだけど、私には知らされてなかったし。君がリゲルだって知って私があまり発言しなくなったのもあるけど……このこと、最終的にマチルドさんから聞いたんだよね」

「作戦実行の直前に幹部を一人増やしたんなら、何かしらが狂うのも当然か」

「そうすると、消去法だけどテルさんに村長になってもらうのが一番なんだね。でも私セラトナさんの応援しなきゃいけないんだ、どうしよう」

「連中にしてみればスピカは部外者だし、敵対する俺とつながってることも知らないはずはないだろ? なのにまだ信用してるのか?」

「んー、まあ一応ね。さっき大通りでアークに会うまで私、反乱軍の本部にいたの。そこで明日から始まる選挙戦のことを説明させられたよ。事情を知ってなお味方だって認めてくれてるみたい」

「そのシステムになじみがある俺達が味方に付けば、さぞ心強いんだろうな」

「でも無理だよ、実際選挙なんて今まで全然興味持ったことなかったし。何をするかって言われても、人の集まるところで演説ぐらいしか……」

「そこは俺も同じだ。むしろそれしか出来ないんじゃ? 先送りにした選挙戦を実行する上での問題がなくなることが前提だけど。もっとも、演説ったって一体何を話すのかが問題になりそうだ」

「それは言えてる。村長になるって言っても結局は伝統を引き継ぐだけなんでしょ?」

「まあもちろん俺が、リゲルが受けた教育はそういう方針だったさ。でも敢えてそれに真っ向から対立する村長というのも、それはそれで面白そうだ」

「面白そうって……君が継承権を次の村長に渡せば、もうここにはいられないんだよ?」

「いや、別にその先が見たいと言ったつもりはないよ。ただ、保守派のテルと改革派のセラトナの対立になって、どっちに転ぶかっていう結果だけでも十分面白そうだと思わない?」

「分かりきってる勝負なんて面白くないじゃん」

「それもそうだ。それよりスピカは明日からどうするんだ? 今まで通りこの隣の宿屋で寝泊まりしてセラトナの片腕になるの?」

「多分ね。本気で応援することはなさそうだけど。やり方が分からないっていうのが正確かな」

「まあ、やりたいようにやるといいよ。俺は俺でテルと結託してどうにか道を見つける」

「うん……」

「ところで今ので話はもう最後?」

「えっと、そうだ君がリゲルだって知った後ね。あの頃はやる気がないのに作戦会議に出たり一人で歩いてたり……マーテルさんに私は普通じゃないって見抜かれて魔女と呪いの話を聞かされたのもその頃だね。それで、襲撃の朝、つまり今朝だね、マチルドさんと一緒にこの酒場からセラトナさん達を見送った後に、マチルドさんから面白い噂がある、って聞かされたの。それを聞いて何も考えずに飛び出して、人波をかき分けて、辿り着いたら槍を構えた君がいた……これで全部だね」

「そっか。スピカも大変な思いをしてきたんだ」

「ううん、君程じゃないよ。私はただ、友達を見つけて会いに行く、ただそれだけで良かったのに、君はもっとそれ以上のことを要求されてたんでしょ」

「うん、元の世界に帰りたいと思うことも忘れるくらいに、今を生きるのに必死だった」

「そうだよね、早く帰りたいよね……今日で七日目だよ、家族も友達もきっと心配してる。長いようで本当にあっという間だった。この一週間は、というより今日一日は、多分今までの人生で一番長い一日になったと思う。たくさん歩いて、たくさんの人に会って、考えて、話して……多分一生に一度あるかないかじゃないかな。なんて言ってるとここでの生活が楽しいみたいに聞こえるけど、実際はそれどころじゃないし、帰りたいって気持ちの方がずっと大きいよね。ねえアーク、私達、あとどれくらい過ごせば元の場所に帰れるのかな……アーク?」

 青年に与えた名前を呼ぶも、本人からの返事はなかった。耳を澄ませると深く呼吸している音が聞こえる。スピカがしゃべっている間に眠りに落ちてしまったようだ。

「寝付き良いね。おやすみ」

 彼女は暗闇の中で目を閉じた。会話が止んで静寂が支配するようになると、扉二枚隔てた酒場から声が聞こえてくる。話をしているのはせいぜい二人。マーテルとシオンだろう。しばらくすると、もっと遠くの方から地鳴りのような、それでいて甲高い音が聞こえてきた。スピカは直感的に、それが櫓に火が灯されたこと、ラザルの遺体が焼かれ始めたことの二つに対する歓声であることを見抜いた。そんな一方で、こういった異文化のハレについて触れておくのは、人生に二度とないチャンスだったろうな、とちょっとした後悔を感じてもいたのであった。

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