表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
見えない翼  作者: 桑名 銀天
第二部 革命編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
29/56

ChapitreⅩⅡ-A:不在

この村の連中は、些細な事でも儂に判断を求めたがる。先に殴ったのはどちらだの、子の名前はどうするかだの……儂がいなくなったら何も出来んのか?


ゾディアークのラザル=ハーゲン


「はぁ……」

 持ち主のいなくなったベッドに横たわりながら、シリウスは深い溜息を吐いた。アークとシオンが部屋から出て行って以来、彼女は何度となく物思いに耽っては深く息を吐くことを繰り返していた。

 赤茶けた木目の壁と天井。高い場所にある窓から差し込む、昼なのに頼りない明かり。その無機質さが、彼女から精神力を奪っていた。その時、不意に何者かが扉を叩いた。今のシリウスにはそれに反応するだけの思考も気力もなかった。その片隅で「一体誰が入ってくるんだろう」と思うのみだった。

 シリウスの返事を待たず、何者かがリゲルの部屋に入った。部屋の中央で寝ている青髪の女性を見つけるや否や傍に駆け寄ってその名前を呼んだ。

「シリウス様! 大丈夫ですか?」

 声をかけられてシリウスは体を起こし、その相手に向き合った。長い白髪に水色の帽子、印象的な胸元の黄色い大きなリボン。

「ああ、ピース。それに……みんなどうしたの」

 部屋に入ってきたのは彼女だけではなく、十人近い集団だった。

「リゲル様が、シリウス様がこの部屋に一人でいるとおっしゃっていたので様子を見に来たのです。出来ればすぐにでも参りたかったのですが、今やどこも人手が足りぬ状況でして」

「それで、与えられた仕事を早急に終えて?」

「はい」

「そう……」

 シリウスはベッドから降りて、ピースの正面に立った。そして物憂げな表情のまま言う。

「ピース。あの人はリゲル様ではなくて、アーク様よ。もう影武者でさえないの。聞いてない?」

「失礼、そうでしたね」

 ピースを含め幸助がこの世界に落ちてきてから屋敷に運ばれるまでに彼に関与した三名の兵士には、政治的幹部ではないにもかかわらず本物の死が知らされていた。

「それで、一体何があったのです」

 ピースが真剣な面持ちで尋ねた。

「アークが偽者だって知られた以上、彼はもうリゲル様の代わりはできないし、ここにいる理由もないからね。一人で出て行かれたのよ。私との婚約も結局なかったことになるんでしょうね」

「ではラザル様が亡くなられた今、次の村長は一体どなたが?」

「そう、それなのだけれど……」

 シリウスは、彼女なりに何とか理解できた内容を、たどたどしく部下達に話した。

「そういう訳だから、間違いなく、次の村長はテルさんになるでしょうね」

「なにやらけったいな方法ですね。いっそのこと腕っ節で勝負すれば良いじゃないですか」とピースは腕組みをしながら言った。

「村長になろうという者が暴力による解決に訴えてはならない、とアリア様がおっしゃっていたわ」

「なるほど」

 青髪の女性ははあ、と深く溜息をついた。

「こんなにもシリウス様を傷つけるとは許せません! 奴は今どこに?」

「ダメよピース。彼は偽者でもリゲル様、後継者が決まるまでは仮の村長なのだから」

「そこまで落胆なさるなんて」とピースの後ろにいた気の弱そうな女性が小声で言った。「よほどあのお方を気に入られていたのですか?」

「そうかも知れない」とシリウスは弱々しく答えた。「でもやっぱり、村長の正妻って立場に後一歩で届かなかったのが悔しいかな」

「何かなさるおつもりだったので?」

「そうね……多分それは私にしかできないから。私はね、龍族との戦争を終わらせたいの」

「それは村民全員の願いです」

「それが何故シリウス様にしかできないことなのですか?」

 と取り巻きが口々に言い始めた。

「ちゃんと最後まで聞いて。私は、私にしか出来ない方法で終わらせるつもりだった。戦わないで、私が向こうに赴いて交渉で何とか解決に導く。そうするつもりだったのよ」

「自殺行為ではありませんか!」とピース。

「いえ、大丈夫。あなた達を信用しているから言うけど、私の父は龍族の偉大な戦士だったの」

 衝撃の事実に、集まった女性達は驚きの声を上げたり、互いの顔を見合わせたりした。だがシリウス本人に詰め寄る者はいなかった。

「私の強さの秘密は、半分龍の血が混ざっているからよ。でもテルの強さには適わなかったけど。とにかく、向こうに私が交渉に行くと伝えれば、龍の族長は間違いなく受けるわ。父は歴代最強の戦士だって、味方からさえ恐れられていたからね。その娘である私を無視はしないはず。今にして思えばこの姿なのに母と私が龍族の村で安全に暮らしていられたのは、父のおかげだったのね。父が突然亡くなってから状況が変わって、こっちに逃げてきたのよ。そのさなかで母とも別れたのだけれど、多分もう生きてないわ」

「なるほど……しかし、それならばラザル様に打ち明ければよろしかったのでは?」

 先程の小声の女性がそう言った。しかしその冷静な言葉をシリウスは淡々とはねのける。

「少なくともテルの地位に行かないとそれは無理だったわ。それに……恐いのよ、龍の血が混ざっているせいで迫害されるのが。もしここを追い出されたら、私にはもう居場所がないの。誰にも知られずに成功させるには、誰も追及できない地位にまで上り詰めないと無理なのよ……誰もがあなた達のような人なら良いんだけどね」

「ならば、それを証明してみてはどうです」

 ピースがそんなことを言ったが、その意味は誰にも分からなかった。上官に説明を求められ、

「リゲル様、いえアーク様? の出馬枠にシリウス様が入って、後の二人と相争うのです。市民にはリゲル様を応援すれば最終的にシリウス様が村長になる、と説明しましょう」

 一同は少しの間考える素振りを見せ、沈黙の時間が流れた。それを破ったのはやはりシリウス。

「つまりアークに代わって私が戦って、勝ったら彼を追い出して私が君臨するって言うの?」

「左様です。勝てば少なくとも村長か第一婦人の地位は得られるでしょう。その状況でならば、たとえシリウス様が龍の血を引いていたとしても憎む者はおりますまい」

「そう上手く行くかしら?」

「やってみなければ分かりません。やらなかったことを後悔することはあっても、やったことを後悔することはまずないでしょう?」

 その言葉を受けてシリウスはクスッと笑った。

「そういえば、誰かさんが私に似たようなことを言ってたっけ。後悔するならやらなかった後悔よりもやった後悔の方が良いって」

「祖母がよく言っていたのです。それで……」

「ええ、やってみる価値はありそうね。負けてもともと、勝てたら幸運、それだけね」

 それに、戦って負けても失う物は何もない。これはそういう戦いなのだった。しかし、実行するにはいくつかの問題があった。

 まず、アークに知られてはならない。もし彼がシリウスのその行動を知ったら、妨害する可能性が高い。それに、本人があずかり知らぬところで彼女が動いていることに対して、他の候補者がどんな目を向けるか、というのもある。

「一番の問題は、協力してくれる人がどれだけいるのか、ってことなんだけど」

 心配する上司をよそに、一兵士に過ぎないピースは胸を張って堂々と言った。

「ご心配には及びません。キャンサーの中には私と同様シリウス様をお慕いしている者が多数ございます。必ずやお力になれましょう」

「それは頼もしいわね」


 朝に起きた大革命の余波はもちろんのこと、予想よりも早く激しく降った雪のせいで、祭りの準備は遅れを見せていた。初雪が降る日をシオンが予知し、それに合わせて祭りを行う手はずになっていたのだが、彼女の予知夢が間違っていた訳ではない。彼らの習慣では一日の始まりは夜明けの少し前に設定されている。故に降るのが祭りの前でも後でも同じことで、降り方までは予知できなかっただけだ。

 状況は相当混乱していた。当日の昼は、屋敷の外門の内側に大きな演説台を組むことになっていた。しかし、リゲルが死んだから中止だと叫ぶ者がいる一方で、その指揮に当たる人物が組み立ての指示を出し、作業人数も足らず、テルが指示を出しに来るまでまともに動くことさえ出来ないでいた。

 霊鳥祭は毎年冬の初めに行われる村で最も大事な行事であるだけに、入念な準備の上に成り立っている。とりわけオフィユカス側の各人には祭りの当日とその前後一日の行動が一つの演劇のように割り当てられており、この筋書きと前年までの伝統によってそれぞれが行動する。しかしそうやって成り立っている分、融通が利かない。不測の事態が起こるとそれだけで崩壊の危険がある。事の収拾に当たったテルやアリアはそういった弱点を痛感していた。

 現在大広間で櫓の焚きつけや舞の奉納に関与する女中達に指示を与えている侍従長ことメイサもその一人だ。わずかに黒い部分が残る白髪を振り乱している、初老過ぎと思われる淑女だ。侍従長というのは屋敷で働く女中達の頭である。

 指示を一通り終えると、召使い達はやはりそれまでの慣習通りに別室へ消えて行った。神を迎える装束へと着替えるためだ。メイサは深く息を吐いてから、広間の様子を眺めた。彼女は殺傷の現場こそ目撃してはいないが、ラザルの亡骸が運ばれてきた時には居合わせていた。つまり床が汚されていた状態を知っている。例年ならば朝礼の後に準備が始まるところ、開始自体が遅れた上に掃除から始めなければならなかった。夕方までに完了するかという彼女の危惧は、どうやら杞憂に終わったようだった。後は宴のためにテーブルを運び込むだけだ。

 その時、雛壇の奥の扉から現在村長代理として指揮を執っているアリアが現れた。

「こちらは順調のようですね、メイサ」

「はい。こちらはどうにか。これから調理場を見に行って参ります。そちらにも問題がなければ、ひとまずは順調だと申せましょう。それよりもアリア様、そろそろ休まれては?」

 明らかに疲れ切った表情のアリアを見た侍従長がそう言うと、村長夫人は額に手を当ててそうかも知れません、と呟くように返した。

「慣れない事をしたからでしょう。しかし、まだ私の仕事は終わってはいないのです」

 その地位にふさわしい威厳ある表情――を無理して作っているのは誰の目にも明らかだった。その額にはうっすらと汗が滲んでいる。暖房がまだ入っておらず、部屋の中がまだ寒いにも関わらず。

「アリア様、後は私達にお任せを」

 召使いの制止を無視して、アリアは赤い裾を引きずりながら低い段を下りていく。今にも転びそうな足取りだったので、メイサは近づきすぎないようにアリアと並んで歩いた。そして予想した通り、疲弊しきったアリアは倒れ、侍従長が間一髪でそれを受け止めた。

 その場にいる全員の注目を集めていた彼女である、倒れたその瞬間に広間にいた女中達が一斉に集まってきた。メイサはすぐさま彼女らにアリアを寝室まで運ぶよう指示した。しかしながら、人を運ぶという力仕事に慣れていない上現在の最高権力者に直接触れる行為である。恐れ多くて自ら進んで動こうという者は殆どいなかった。

 そんな折も折、立ち直ったシリウスがその場に颯爽と現れた。人だかりの中心にいるメイサから話を聞くと、臆することなくアリアを軽々と抱え上げ、彼女を執務室の奥の奥にある寝台に横たえた。一仕事終えて広間に戻った彼女には賞賛が待っていた。

「それはそうと侍従長、この状況でアリア様が倒れられたというのは、かなりまずいのでは?」

「全くその通りでございます、シリウス様。ただでさえ今年の霊鳥祭は例年と違っておりますのに、総指揮を執られるラザル様もアリア様もいなくなられては……『霧の中を飛ぶ』ようなものです」

 去年までと違う、というのは反乱軍が蜂起して村長が殺されたことに限らない。それはむしろ予想外の出来事で、彼女が言いたいのはずっと以前のもの、村長の息子は十五歳を迎えた年に祭りの最中に婚約者を宣言する、というしきたりのことだ。さらにリゲルが婚約者の選定を渋り、病気に罹って亡くなってしまうなど、ひずみが日を追うごとに大きくなっていった。想定からずれた流れは目下、祭りの中止にまで追い込まれかけている。

「私達だけでやって良いものでしょうか……」

メイサが嘆くように言った。

 中止になったからと言って実害が出る訳ではない。今年は出来なくても来年以降がある。そういう考えが多少はよぎったものの、この村の住人にとって霊鳥祭は彼らが信仰している空を支配する神を祝う唯一の行事だ。魂に根ざした行為なのだ。取りやめる訳にはいかない、いわば彼らの生き甲斐である。

「メイサ。あなたは中止を望んでいるのですか?」

「とんでもない! 誰がそのようなことを」

「ではやりましょう。動機や理由など、それだけで十分ではありませんか。今動けるのはこれだけですが……」と彼女は視線で自分の背後にいるピース以下数名の兵士を示し、「必要なら手配します」

 メイサはわずかの逡巡の後に「ええ、やりましょう」と言って承諾した。

「ところで、ベテルギウス様がどちらにおられるかご存じですか?」

「テルですか? 兵士達を率いて各地に指示を出しているんだと思いますよ。私のするはずだった仕事も引き受けることになったようですから……リゲル様の婚約者に選ばれたことで私の霊鳥祭の立ち回りが大きく変わってしまったので」

 リゲルは祭りの三日前の夜中にシリウスに結婚の意志を告げ、翌日にそれが公式に発表された。そのため直前になって彼女の予定が一気に狂い、その空白を調整するだけの時間的余裕もなかったためテルをはじめとした兵士達にしわ寄せが行ったのだった。

 それだけでは済まず、リゲルは祭り当日の朝になって偽者であることを公表。したがって婚約の発表もなくなり、シリウスが会議の後ろくに仕事を手伝わずにいても誰も何も言わなかったのだ。

「まずは……アリア様と話してきましょう」

「何を話されるのですか?」

「私達だけでも祭りを執り行うことと、アリア様とラザル様がするはずだった仕事、ですかね。かなり予定が変わってしまいましたけど」


 村長の兵団キャンサーの祭りにおける役割とは主に、儀式が滞りなく進むようにする警備と、けが人や病人を運ぶ保安の二つである。兵士達には祭りを楽しむ権利がないということではなく、夕方から祭りの終了まで二回交代制で行われる。しかしそれだと人数が足りなくなるので、実際には兵士と、『キャンサー付き』と呼ばれる兵団専属の女中達(彼女らを仕切っているのはポーラ)を含めて全体の動きが成り立っている。

 ここまでなら至って普通、特に忙しい仕事もなさそうなのだが、いかんせん予想以上に早く強く降った雪のせいで住民共々雪かきをする必要があった。なおかつ、祭りの最中に燃やす木の櫓『聖なる塔』にも積もっており、倒壊を避けるためどける必要に追われていた。さらに一部がラザルの葬儀の準備に駆り出され、突然の変化を飲み込めず泣き崩れる者もおり、本来ならこの時間に休んでいるはずの最初の警備担当を動員してどうにか回っている状況だった。

 それ故、テルの大仕事が終わったのは最初に警備をする兵士達を配置した後、日も暮れかけて本来ならもう祭りが始まっていてもおかしくない時分だった(彼らの言葉で言えば既に八割に相当するが、空が雲に覆われているので実際のところははっきりしていない)。事実その時、屋敷の目の前から伸びる目抜き通りには村民が既に集まり始めていた。

 指揮官はもちろんのこと多くの兵士達は屋敷の外で仕事をしており、テルとポーラが中で起こっていた変化に気付いたのはこの役目を果たしてようやく執務室に帰還してからだった。彼らが最初にそこで目にしたもの、それは全身を覆う漆黒のローブに身を包んだシリウスの姿だった。フードをかぶってその宝石のような青く美しい髪を隠していたら、不審者と判断されてもおかしくなかっただろう。その両の頬にはそれぞれ赤と黄色で円形の模様が描かれていた。

「シリウス様……それは?」

 呆気に取られているテルをよそに、ポーラが口を開いた。

「ラザル様の葬儀は私が取り仕切ります」

「一体どういうことだ? アリア様はどうされた」

「倒れられたのよ。元々体が強い方ではないのに、ラザル様の死に直面して、しかもその葬儀と祭の指揮をして体が耐えられなかったんだと思う。そこでアリア様に葬儀の進行役を頼まれたの」

「過労で倒れられた……? だからといって!」

 納得のいかないテルはなおも反論しようとする。反論しながら、何か方法はないかと思考を巡らせた。次期村長選に関与しないアリアが霊鳥祭の中心にいることが彼にとっての理想であった。祭りが終わるまで続く休戦協定が誰もが納得する形で続くにはそれが一番だからだ。だがアリアが祭に出られなくなる程に体調を崩すというのは予想外だった。そうしてシリウスがアリアの立場に回ると、事実上の協定違反になってしまう。しかもそれが現在の最大権力者たるアリアの命令とあっては反駁も出来ない。

「テル、それなら誰か他に代役を立てる? それとも祭りを中止した方が良いとでも?」

 故に今のシリウスには誰も逆らえない。ここはひとまず従うことにした。

「あのアリア様の判断に狂いはない。シリウス、ちゃんとその期待に応えろよ」

「もちろん。だってこれは今年の祭りの、私の唯一の仕事なんだから」

 するとテルは軽く笑ってから答えた。

「確かにそうだ。お前は自分の役割を二回も奪われたんだからな」

「そうよ。私一人仕事をしない訳にはいかない」

 その時、横の扉から長い棒状の物を持った女中が入ってきた。準備が出来ました、と言った彼女は体を低くして手にしている物をシリウスに渡した。それは杖だった。ただし杖と言ってもその先端はお椀状になっている上、まっすぐ立てると肩の高さまである。奇妙な模様が彫られており、この部屋の壁の色に似た赤で塗装してある。この場にいる全員がこの杖の用途を知っていた。杖の先端に火を灯し、それで木の櫓を燃やすのだ。今まで村長にしか許されなかった仕事である。しかもそれを多くの市民が見守る中行うのだから――選挙においては何かしらの影響が及ぶであろうことは必定だった。

 シリウスはその杖を手に、横の扉へと消えていった。霊鳥の炎を手に入れるために、そして今朝殺された村長、ラザル=ハーゲンを迎えに行くために。

 隣の大広間には既に女中やラザルと懇意にしていた大臣などが待機しているため、実のところ騒がしかった。そんな無音ではない状況というのは、かえって聞かれたくない話をするのには都合が良い。

「シリウス様が、この役割をされることに、どんな不都合があるのですか、テル」

「シリウスが村長にふさわしいと考える奴が増えかねない」

「それが何か? まだ婚約の発表は――」

「あいつがリゲルの正妻になるって話はまだ知られていない。知らせたとしても、投票先が偽者のリゲルになのだから驚異にはならないだろう」

「それで、問題は?」

「味方に出来る数が減るとは思わないか? それにセラトナがこれを見たらどう反応するか……」

「考えすぎでしょう」

「そうか? 休戦協定だって」

「これで、戦いが始まったことになる訳では、ありません。シリウス様がラザル様に代わり、霊鳥祭を執り行う。ただそれだけです」

「『それだけ』じゃない。シリウスがアリア様の代行をするのは、『それ』以上の意味を持つんだよ」

「『リゲル様』、が敵になりますか? セラトナさんも、反論は出来ないはずですよ。それより、テル。アリア様の容態が気になります」

「あ、ああ。そうだな。少し見ていこうか」

 突然話を切り替えられたのに動じつつも、テルはその提案に素直に従った。これ以上ポーラと言い争うことは時間の無駄でしかないからだ。

 二人は、本来なら村長の家系の者しか入ることが許されない、執務室の奥にある扉を開けた。この状況では掟などいちいち気にしていられない。そのまま奥に進むと、蝋燭の明かりに照らされる三つの人影が目に飛び込んできた。一つはもちろん横たわるアリア。一つは彼女にあてがわれた召使い。そしてもう一つは――

「あら二人とも。仕事はもういいの?」

 マチルドだった。

「ああ、こちらは何とかな。それより、こんなところで何をしている」

 行商人は、横になって目を閉じているアリアの額の上に両手を乗せていた。一見しただけでは、その行為が一体何であるのかは分からない。

「これ? 体力の回復を手伝ってるのよ。行商人に伝わる秘伝ってやつね」

「秘伝?」

 ポーラが尋ねたが、当然と言うべきか、マチルドはそれは秘密だと言って答えなかった。

「それは、あなた個人の『能力』ではない、という意味ですか――と言いたかったのですが」

「個人の、ではないわね少なくとも。種族の、もしくは家系のと言った方が正確かな。あなた達鳥の一族が空を飛べるのや、魚の一族が水中でも生きられるのと、似たような物よ」

「そうか。それでアリア様の容態は?」

 そんな情報はどうでも良いだろう、と言わんばかりにテルは早口でまくし立てた。

「良好。後は自然と目を覚ますのを待てばいいんじゃないかしら」

「そうか。それを聞いて安心したよ」

「ええ、だからようやくここを離れられるの。それで、祭りはどんな状況? もう始まっちゃった?」

「たった今シリウスが奥にラザル様の遺体と面会に行ったところだから、まもなくだ」

「そう、良かった」

「ところで、リゲル……アークは今どこに?」

「居住区の真ん中にいるわ。こんな状況だし、祭には興味がないから朝までそこにいるって言ってたわ。元行商人の店だから心配ご無用」

「実に賢明な判断だ。さ、行こうか」

 言ってテルは踵を返した。マチルドは立ち上がり、残される女中に声をかけて、三人でその部屋を出て行った。

「ポーラ、悪い、追加の仕事だ」

「何でしょう?」

「大部屋で待っている連中に、アリア様が倒れられてシリウスが代行する旨を教えてやって欲しい。もう伝わってるならいいが、そうじゃなかったらあいつの身に何が起こるか分からないからな」

「分かりました。では櫓の前で、落ち合いましょう」

「ああ、頼んだ」

 頷いて返すと、ポーラは平時と変わりない足取りで執務室を出て行った。

「それで、この後は何が予定されているの?」

 マチルドが興味津々に尋ねた。

「まずは、シリウスとラザル様を先頭にした葬送行進を櫓の前まで行う」

「ずいぶんと短い距離じゃない。ねえ、その行列に私が入っても構わない?」

「断られると分かっていて聞くな」

「まあ、そうよね。退屈な儀式の部分は遠くから眺めることにするわ」

「こちらとしても、そうやって邪魔せずにいてくれると助かる」

「それで、その後は?」

「退屈な儀式だ。ラザル様の火葬だよ」

「それはちょっとおも……」

 面白そう、などと口を滑らせようとしたところを思い留まったマチルド。テルも厳しい目つきをそちらへ向けていた。

「もう一度言うが、見るだけだ。邪魔はするな」

「そんなに心配しなくても、私はちゃんと分別をわきまえた一人前の行商人よ」

「たった今の態度はどうなんだ?」

「それより、もう始まるんでしょ? だったらもうここを出ないとね。それじゃあ召使いさん、この奥さんを頼んだわよ」

「承知いたしました」

「……召使いにそういう言葉は不要だろう」

 部屋を出ながら、明らかに先程の女中にも聞こえる位置で、テルが言った。

「私の前では、村長だろうと兵士だろうと奴隷だろうと同じ『住民』でしかないのよ。この屋敷の女中でこそあれ、私に対する従者では決してない。ラザル村長もあなたも、私にとっては一人の村民、商売の相手に過ぎない」

 分かった? とマチルドは軽く笑って言う。

「テル、支配者って言うのはね、ただそこにいるだけで下の人々からあがめられる存在ではないの。それが理解できないなら、あなたは絶対に村長になるべきではないわ」

 言って、人差し指をテルの眼前に突きつけた。

「部外者が何を言う。行商人ってのは、いつでもどこでも中立なんじゃなかったのか」

 行き先が違う二人は、それぞれの出口へと歩いて行く。離れきったところで、マチルドが切り返す。

「それは分かっているし、掟にも背きかねない……でもね、ベテルギウス。これはマチルドという一個人としての意見なのだけど、この勝負、セラトナに譲るべきだわ。それがこの村の未来のためよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ