PrologueⅡ:嵐の前
もし好機が到来しなかったならば、自ら好機を作り出せ。
スマイルズ『自助論』
少女二人は買い物を済ませ、これから袋詰めしようというところだった。
「美奈、駐車場行って二人が来てないか見てきてよ。来てなかったら幸助に電話してね」
「え、私が?」
「うん、詰めるのはあたしがやっとくから。いい、電話するのは助手席にいる幸助に、だからね?」
「え……ええ?」
美奈は菜摘の言葉が理解できていないかのように目をぱちくりさせた。そんな彼女に対し菜摘は何も言わずにただウインクする。その仕草が言わんとすることはあまりにも明白だった。菜摘が一度言いだしたら聞かないことはよく知っているので、美奈はその言に従い渋々店の外へと出る。
冷房に慣れた体にはあまりに不快な熱気と湿気が吹き付けた。相変わらず車がまばらな駐車場を見回すが、知り合いの男らの姿は認められず避難するように店の中へと駆け戻った。
入り口横に据え付けられた休憩用のベンチに腰かけ、携帯電話を取り出す。待ち受けは、ゴールデンウィークに四人で初めて小旅行に行った時の写真だった。前列に美奈と菜摘が並び、その後ろでは幸助と欽二が肩を組んでいる、山の中で撮影したものだ。デジカメで撮影した画像を携帯用に縮小したもので、彼女はこの写真を気に入っていた。
その写真に代わり、電話帳が表示される。キーを操作して目的の項目を呼び出すと、冷房が効いているにもかかわらず彼女は手に汗をかいた。
意を決し、美奈は通話ボタンを押した。呼び出し音が一回鳴る度に彼女の心拍数が上がっていく。六回目のコールの後、幸助とつながった。
「もしもし……うん、今買い物終わったよ……そう、あとどれくらいで着きそう? ……うん分かった、ありがとう。じゃあね」
そそくさと慌てて切ろうとしたからか、美奈は携帯を取り落としてしまった。それが滑っていき、近くにいた一人の足元で止まる。
「あ、すみませ――」
「もう、何やってんだか」
菜摘だった。一歩下がって美奈を見る。携帯を拾おうとしないのは、今彼女の両手は買い物袋でふさがっているからだ。美奈はかがんで電話を拾い上げた。ポケットに押し込みながら、菜摘にあと十分くらいで着くという電話の内容を報告した。
「そう。じゃあここで少し休憩してようか」
美奈はさっきまでいた場所にもう一度座り、菜摘はその隣に座った。脇に買い物袋を置くとガラス越しに外の様子を見、暑そうだなあと呟いた。視線を美奈に落とすと、彼女はハンカチを固く握った拳を膝の上に置いていた。
「美奈、あたしたち四人は友達、でしょ?」
「う、うん。そうだよね」
俯きがちだった顔を上げながら美奈は答えた。
「友達に電話するのに緊張してどうするの」
「だって私、そういうの慣れてないし」
「『そういうの』って、どういうの?」
美奈は再び顔を伏せた。
「それは……いろいろだよ」
「例えば電話で話すこととか、男の人と話すこととか、幸助と話すこととか?」
正解はどれ? と、菜摘は笑いかけた。
「か、からかわないでよ」
再び菜摘を見つめるその眼差しは、困惑の色と涙が滲んでいた。
「そりゃあ美奈が今までどんな友達と付き合ってきたのかは知らないけどさ、少なくとも友達ならこういうのは普通だよ? ましてや好きならなおさら躊躇ってちゃダメじゃん」
美奈は「え?」と声を漏らし目をしばたたかせて、あはは、と乾いた苦笑いを漏らした。
「うん、そんなの見てれば分かるよ。美奈があたしにサークル入らないかって誘った時に二人を紹介したでしょ。その時から何となく感じてたの。美奈はこの二人のどっちか、あるいは両方が好きなのかも知れないって」
二人はそのまま十秒くらい黙っていた。決して気まずくなって黙ったのではない。菜摘は相手の反応を待って何も言わず、美奈は自分の心を見透かされていたという事実に気恥ずかしくなり、言葉を失っていたのである。沈黙を破ったのはやはり菜摘だった。
「幸助だろうと欽二だろうと、もう少し自分から話しかける努力をした方が良いよ、美奈は。苦手ならなおさらね。っていうか、あたしがサークルに入る前はどうしてたの?」
幸助、欽二、美奈の三人で小さなサークルを作るという話になったのは冬休みだった。その少し後に学期末テストが控えていたのもあり、結局実際に面会したのは一回きりで、それも方針決めの会議だった。
テストが終わると長い休みが来るが、二人は実家に帰る用があり、欽二に到っては自動車免許を取るために動いていた。
「ふうん。大学は休みでも、会おうとすれば会えるでしょ。しなかったの?」
「二人はアパートだけど私は実家通いだから少し距離あるし、それにほら、知り合って間もない男子と約束して会うのってなんか抵抗ない? 信用してないって訳じゃあないんだけど、ただなんとなくさ」
「それはまあ分かるよ。なんだかんだで男は結局狼だからね。美奈みたいな可愛い娘はすぐ餌食になっちゃうだろうし?」
すると美奈は、顔を赤くしたまま頭を小刻みに振って否定した。
「ううん、あの二人はそんなんじゃないよ。過去にどんなことがあったのか話してくれないけど、『フェミニストだから女の子に変なことはしない』って言ってくれた。実際何も、そういう冗談を言うことさえしないんだから、二人が狼になるようなことは絶対にない。そう信じてる」
幸助と欽二を必死に弁護する彼女の姿は、本当に彼らを信用していることを示している。後から入った自分にはないその絆が、菜摘には羨ましく映った。その羨望と彼らをそういう目で見ていた自嘲から、彼女は視線をあらぬ方向へと投げやってしまう。
「……変なことはしない、か。極端すぎるような気もするけどね。まあ、そう考えれば二人が草食っぽいのも納得、うん。でも、野郎の家に上がるのはやっぱり抵抗があった、と」
「うん、男の人の家になんて上がったことないからさ。なんか、そういう勇気出なくて」
断っておくが、彼女は男性に対して抵抗や恐怖感を抱いている訳ではない。通っていた学校はいずれも共学だったし、普通に会話もしていた。
「じゃあつまり、あたしを利用しようとしてグループに引き込んだんだ?」
すると美奈は慌てふためいた様子でそんなんじゃないよ、と否定した。それに対し菜摘は、美奈の反応を楽しんでいるかのようにからからと笑っている。
「分かってるよ。でもあたしが入っても良いって言った時、ちょっとは安心したでしょ?」
美奈は照れ隠しのように頬を掻きながら「まあ、それは……」と言葉尻を濁した。
はっきり肯定すれば菜摘を利用したことになるし、否定すれば菜摘に対する友情を否定することにもなりかねない。美奈には、そんな風に曖昧な返事をすることしかできなかった。
「あ、ごめん困らせちゃったか。まあどっちでも良いんだけど。実を言うとあたしもね、このサークルに入って良かったって思ってるんだよ」
菜摘は恥じることなく、むしろ誇るようにそう言ってのけた。ただこの場合、サークルと言ってもむしろそのままの意味、友人の輪に入れて良かった、という意味合いを持っている。
ところで美奈と菜摘に幸助と欽二を含めた四人は旅行サークルを自称するものの、大学には認められていない(その理由には人数不足と顧問の不在が挙げられる)。となれば、これはもはやサークルと呼ばれるものであるかどうかも実のところ怪しい。それでも彼らは旅行サークルとして結束した仲間であるのだ。
「四月のガイダンスで誘われた時は、誘われたからとりあえず入ってみるかって感じだったの。気に入らなければ、悪いけど抜けるつもりだった。でもあの二人と接していくうちに、いつの間にかそこが私の居場所になってた。だから今なら言えるよ、美奈。あの時誘ってくれて、ありがとうって」
「て、照れるな」
美奈がおずおずと菜摘の顔を見ると、彼女も同様に顔を赤くしていた。
「自分で言っておきながら……気恥ずかしくなっちゃうね」
「でも、そうやって自分の思ったことをすぱっと口に出来るのが菜摘ちゃんの良いところだよ」
一瞬だけ、菜摘の眉が跳ねた。だがその僅かな変化は美奈の目には見えなかった。
「……ありがとう、美奈」
その時、彼女らから見て左手側にある自動ドアが開いて、二人の男が入ってきた。
*
空想好きな少女は、自分たちが何かのパーティであるように考えていた。左前の大柄な青年を楽天的で豪放磊落な格闘家、右前の眼鏡の青年を慎重で理知的な剣士、そして自分は――差詰め、おっちょこちょいな魔法使いか。
彼女は今までこんな人と話したことがなかったから、彼らとのおしゃべりを心の底から楽しんでいた。最初は正座していたものの、うち解けてくると両足を横に投げ出してリラックスしていた。
「ふーん……なら今度貸してくれよ、その漫画」
欽二が、自分のコップにジュースを注ぎながら言った。
「ああ、悪い、それ実家だ。正月は実家に帰らないつもりだから多分――」
「まあ、俺もそうするつもりだからな。じゃあ春休みに頼むぞ」
「忘れてなければな」
コップを口に付けようとしたところで視界に美奈の姿を捉えた。
「天野さんは持ってる?」
「え、私?」
空想に耽っていたその瞬間を突かれ、美奈はびくっと反応した。幸いにもコップの中は空だった。
「うん、天野さんもそのコミックス持ってるかなって聞いたんだけど」
「えっと……ごめん、何の話?」幸助がそのタイトルを言うと、美奈は首を振った。
「もしかして眠い?」
「ちょっと。でも大丈夫だよ」
言いながら、オレンジを模したキャラクターが描かれたペットボトルに手を伸ばす。
「なあ、欽二」
「どうした」
「お前、星に興味あるか?」
眼鏡の男は、真面目と冗談が半々ずつ混じった視線を友に投げた。しかし返事は冷ややかだ。
「俺がそんなロマンチストに見えるのか?」
幸助はだよなあ、と言いながら片膝を立てた。
「いやさ、ここを抜けた後どうすっかなって考えたら、三人でどっか別のサークル……天文研究会入るのも悪くないなって」
「それ……私に合わせてくれてるの?」
美奈が不思議そうに問うと、幸助は肯定をもって返した。
「いいよそんな……天文研究会に入るって決めた訳じゃないし、わざわざ一緒じゃなくても」
「んじゃ、何かアテが?」
美奈は首を振ってからこれから探すつもりだけど、と答えた。それは幸助と欽二も同じだった。さらには、彼らにとって、このゲーム研究会以上に魅力的に映るサークルがなかったのもまた事実。誰も敢えて口にしたりはしないが、その腹の中では、別のサークルに入ってもここの二の舞になりそうな予感がしているのだった。
「……サッカーとか野球とか、オーソドックスな方向で探してみるか?」
そう提案したのは眼鏡の青年、言った相手はもちろん欽二だ。彼らの気質から言えば部屋に引きこもる活動よりもそちらの方が性に合っている。しかしそういうのを選ばなかった理由は二つある。
一つは運動部はハードだという偏見、もう一つはスポーツ選手を排出している大学であることからその質がうかがい知れ、スポーツに関してはほとんど素人である彼らにはかえって居心地が悪いだけになりそうな気がしたことだ。
「とはいえレベルがなあ……完全に趣味の非公認サークルもあるらしいから、俺らがやるならそっちになるかな」
「非公認?」
その言葉に興味を示したのは美奈だった。
「大学から公式に認められてその活動に学校側から支援金が出されるのが公認サークル、存在は認められるが支援がないのが非公認、らしいよ」
ゲーム研究会はもちろん非公認である。
「へえ、サークルにそういうランク付けがあったんだ。支援ってどのくらいかな?」
「場所によるんじゃないのか」と欽二。
「遠征のための交通費が賄えるかどうかってくらいだろ。学生は学業が本分なんだし、学費払ってるのにそこまで還元されるとは思えないし」
まさに幸助の推理通りである。音楽関係だとコンクール、運動関係だと国体などで好成績を収めると報奨金が払われるのだが、そのことは当事者しか知らない。
「非公認のサークル、ね……」
すると幸助はおもむろに顎に手を当てた。
「何か引っかかるのか」と相棒。
「いや、別に存在を認められたサークルの中から選ぶ必要もないんじゃないかって。極端な話、どっかのサークルに所属している必要もないんじゃないか?」
「あ……」
「……む」
二人の反応はそんな薄いものだったが、確実な意思表示だった。
「なんなら、新しいサークルを作ってもいい訳だ。もっとも、サークルである必要性もないけど」
「それで、何するの?」
「それはこれから決める……別に何でもいいんだよ、楽しめれば。仰々しい目的も名前も要らないと俺は思う」
友人であることに目的や理由は必要ない。幸助はそんな意味で言ったのだ。しかし、これに美奈が反駁する。
「私たちがつまらないって言って抜けようとしてるこのサークルにだって目的と名前があるのに、それがなかったらもっとつまらなくなると思わない? それに組織には――」
「あー、分かったよ、ごめん。ならまず何するか決めないとな。欽二、何したい?」
「もっと人数があればスポーツでも、と言えるんだがな……」
そもそも発足の理由が、つまらないと感じたサークルから抜けたためである。そんな消極的な理由から出来た集まりになど、賛同してくれる人がどれ程いるのか。彼らの知り合いに参加してくれそうな人に心当たりもなかったのだ。
「……スポーツサークルはやめて欲しいな」
いつの間にかその細く白い脚を正面に投げ出していた美奈が、そんな事を言った。理由を尋ねられると、彼女は慌てふためいて、
「だってほら、道具とか場所を学校から借りようとすると手続きとかスケジュールとかで大変だし、自力で何とかしようとするとお金かかるし」
と説明してから最後に「私、激しい運動できないし」と付け加えた。
彼女は頬を赤くして、二人を上目遣いで見た。それからスカートの中を見られないように注意しながら、脚を折りたたんで両膝を抱える。
「天野さん、付いてきてくれるんだ?」
「……たかのくん、ここまで付き合っておいて、今さら仲間はずれなんて酷いよ?」
その格好のまま美奈は眉間に皺を寄せていじけた風に抗議する。そんな姿を見た幸助は僅かに笑みを見せた。
「おい幸助、そんな意地悪言うもんじゃない。それで天野さん、運動が出来ない、って言ったのは……何か事情があるのか?」
その時少女の心臓が震え、早鐘を打ち始める。次の言葉に戸惑っていると、幸助が口を開いた。
「意地悪なのはお前もだな。そういう事情には敢えて首をつっこまないもんだろ。天野さん、言いたくなかったら言いたくないで良いから」
本当のことを打ち明けるべきか数秒迷ってから、彼女は切り出した。
「私、昔から体が強い方じゃなくて、入院したこともあったんだ。軽い運動くらいなら出来るんだけど、激しいのは体への負担が大きいから、って止められてるの」
そこで二人の男は、この縮こまった少女の細い体躯を意識した。病的なまでに、というとやや語弊があるが、彼女の肌の白さは日に当たらない生活――入院か――を思い起こさせた。自身のそれとは比べるまでもなく、同じサークルの女子の中でも、やはり彼女の色は際立っていた。
「あ、でもそんなに深刻に考えなくてもいいよ。陸上とか、球技、水泳、山登りとかいうのじゃなければ大丈夫だから」
言ってから彼女は窓の向こうを見た。視線の先にあるのはベランダと夜空である。
「……天文研究会の真似事みたいなのでもいいよ。望遠鏡ならあるし」
「天文、か……」
彼らの住む都会ではこの町ほど多くの星を見ることは出来ない。二等星が見える程度だ。だから、本格的な観測をしようとすれば田舎に出る必要がある。そこで幸助は思った。
「天野さんは実家通いって言ってたね」
「うん」
「両親の実家は?」
「も、大体近所。うちの家系は近くに密集してるから。お正月に集まるのが楽だよ」
「じゃあ修学旅行以外では遠出したことがないの?」
「そうだね、長野、京都、沖縄くらい。北関東は今回が初めて」
「じゃ、旅行サークルなんてどうよ?」
*
長期休暇に日本の田舎を巡るという主旨のそのサークルは、美奈の好奇心をいたく刺激した。
ここまで来ると、あとはトントン拍子で進んだ。曖昧にしかしていなかった自己紹介をもう一度行い、互いの連絡先を交換し、ゴールデンウィークに最初の旅行に出ようという話が固まるまではあっという間だった。
*
挨拶を交わしてから、菜摘は彼らのために一本ずつ買ったスポーツドリンクを手渡した。
「サンキュ」
今日の幸助は白のVネックシャツの上にオレンジのタクティカルベスト、灰色がかったカーゴパンツという服装だった。彼が細身だからか、それとも服のサイズが一回り大きいのか、その布地はだぶついていた。
「ありがとな」
対する欽二は、良く言えば動きやすい、悪く言えば窮屈そうな出で立ちだ。くすんだ空色の丸首シャツも黒のジーンズも、彼のたくましい肉体にフィットしている。
口に出しこそしなかったものの、美奈と菜摘はやはりこの二人は似ていながらも正反対だなと微笑を漏らした。
「じゃ、そろそろ出発するか」
二口ほどペットボトルを呷った後、幸助はそう切り出した。すると菜摘は「そうだね」と答え自分で買い物袋を持って立ち上がる。幸助は「持つよ」と手を差しだした。が、菜摘はそれを拒み、欽二に渡すと一緒に先に出て行ってしまう。
残されたのは、スポーツドリンク以外手ぶらで立つ幸助と、帽子とフルーツジュースを手に座る美奈という光景だった。
「何か変だな」
眼鏡の青年が漏らした。
「何が?」
「だって菜摘、今まで力仕事は男の役目だって押し付けてきたじゃないか」
現に、美奈と菜摘が手荷物しか持ち合わせていないのは、前日のうちに大荷物をレンタカー組に預けたからだ。しかもそれぞれに自宅まで取りに来させたのだから徹底している。
とはいえ欽二は見た目通りの力持ちだし、幸助も非力ではない。自他共に認めるフェミニストにもその相棒にも、断る気などまるでなかったのは事実である。
「い、いつもそれじゃ悪いから休ませてあげようとしたんじゃないかな?」
「運転するのは欽二だぞ?」
「じゃ、リーダーへの敬意かも」
「いつ俺が? それに、そういう上下関係はなしだって、四月に決めただろ」
「じゃあえっと……」
「いや、無理に理由を探さなくても……単なる気まぐれにどうこう言ったってしょうがない。それよりほら、行くぞ」
彼は体の向きを変えることで美奈に促した。
「うん」
美奈は帽子をかぶり、幸助の後をぴったりくっついていく。とはいえ、彼らの「わ」ナンバーの車は入り口からすぐ傍の所に停めてあった。どうやら積み込みは終わったようで、車の外に人影はなかった。助手席を見ると菜摘が座っていたので幸助が窓を叩く。窓を開けると菜摘は、
「場所とか調べたのはあたしだから、あたしがここにいた方が良いでしょ?」
「まあ……そうか」
ちなみに菜摘の後部座席はレジ袋が占拠している。さらにその後ろは四人の荷物でもう積み込めるスペースがなかった。
そして美奈が先に車体後部から回り込み、幸助も後に続いて乗り込もうとする。
「美奈、もう少し詰められる?」
なお、この車は五人乗りで、後部座席に三人分のシートベルトが装備されている。しかし美奈は、ベルトを掛けるにはあまりに中途半端な位置に座った。なので、幸助は美奈を押し出す形になり、その肩が触れ合ってしまう。
幸助が勢いよくドアを閉め、欽二はキーを回してエンジンを始動させてから、後の二人を見る。それに加えて幸助もさっとシートベルトを装備したので、少女はどうしたものかと慌てふためいてしまう。
「美奈、こういうの乗ったことないの? ほら、真ん中のベルトは腰元で留めるんだよ」
言いつつ、二人の間からベルト部分を引っ張り出して見せた。すると美奈は反対側のバックルを見つけて面白いね、と感嘆の声を漏らす。
「よし、じゃあ行くぞ」
そのドライバーの声を合図に、車は四人を乗せて走り出す。まずは高速道路に乗り、やがて海へと向かう。毎晩を違う宿で過ごす、三泊四日の旅の幕開けだった。そんな彼らの気分を、陽気なFMラジオのDJが盛り上げていた……




