日常
家に帰るとリビングから夕飯の匂いが漂ってきた。
「おかえり」
キッチンで準備をしていた母さんが振り向いて言った。
「ただいま」
ソファーで一息つく。ずっと「残り1年」という日向の声が耳から離れなかった。
「拓也ー」
「んー?」
「学校どうする?行っても良いし、行かなくてもいいよ」
母さんは優しい笑みだった。
「去年の俺はどうした?」
「行ってたよ。普通の学生のようになりたいって言いながら」
「そっか。だったら今年も行ってみる」
「分かった。あとで先生に連絡してみるね」
と言って夕飯の準備をやりに行った。
普通とは何なんだろうか。普通が分からない。1年でリセットされてしまう俺は一般的に考えて普通ではないんだろうな。
その夜緊張しているのか何なのかあまり寝つくことが出来なかった、、、。
翌朝6時の目覚ましで目を覚ました。去年の俺が着ていたであろう制服に袖を通した。リビングに行くとテーブルには朝ごはんの準備がしてあった。
「おはよう」とゆっくり母さんは声をかけきた。
「おはよう」
俺は飯が置いてあるところの席についた。パンをかじっている時新聞を読んでいる父さんがこっちを見てきた。
「学校に行くのか」
「まぁ」
「そうか」
と新聞に目を戻した。短い会話だった。
今の俺のことを父さんはどう思っているのだろな。息子?それともただの子供?親のことを覚えていない息子は息子って言って良いのかわからない。でも何を思っても、何を考えても覚えてないのだから仕方がない。諦めるしかないのだから、、
支度を終え学校まで送ってくれると母さんが送ると言ってくれたのでありがたく車に乗った。学校に行く道。過去の俺もこの景色を見ていたんだろうな。学校というものはどのような場所なのだろう。当然のように過去の俺を知ってるやつがいて、そいつらのことを俺は知らないのだろう。
学校に着くと、スーツを着た男の先生が立っていた。
「おはよう」
「おはようございます。えっとぉ、、、そのーすみません。あの覚えていなくて」
「あぁそうか。初めまして。拓也のクラスの担任をしている葉月って言います。よろしくな!」
「よろしくお願いします」と俺は頭を下げた。
「おまえのクラスは3階にある3年2組の教室だよ」
「わかりました」
俺は軽く会釈して職員室を出た。どんなクラスでどんな人がいるのかわからない。自分の足がなぜか重く、地面に沈んでいく感覚に陥った。階段を上がるとすぐ3−2の教室があった。俺はスーっと息を吸って、ハーっとゆっくり息をはいた。手が震えていた。
中から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。逃げ出したい。
俺は意を決して扉を開けた。
「進藤だ!!!!!」
誰かが俺の名前を大声で言い放った。騒がしかった教室が静まり返り、一斉にいろんな人の視線を浴びた。
「えっとぉ、、、、、、」
なんて言えばいい。どう行動すればいい。頭がぐるぐるまわる。
すると、1番後ろの席に座っていた男子生徒が立ち上がって、俺の元に歩いてきた。
「今年も固まってるんだな」
「、、、、、、?」
「なにも覚えてないか」
彼は寂しそうな顔をしながら笑っていた。
「ごめん。覚えてない」
「知ってる。去年も同じだったし、友達になる前にも言われたから」
「えっ、、」
「俺、月島 晴翔。去年のお前を知ってるそして友達だった」
「ともだち、、」
「そう、友達
まぁもうすぐ授業はじまるから席行くか。お前の席俺の隣だからなんかあったら言えよ」
「あぁ」
俺は晴翔の隣にあった空いてる席について、肩にかけていたカバンから去年使っていたであろう教科書、ノート、筆箱を机に出した。
授業の準備をしているとちょうど先生が来たて、黒板に文字を書き始めた。
先生の話を聞きながら、ペンを動かす。
不思議だった。初めて聞くはずの内容なのに、なぜか理解できる。手も勝手に動く。
でも——
「ここ、去年やったところだから覚えてるだろ?」
先生のその言葉に、手が止まった。
去年、、、、、、
その一言が、胸に刺さる。
周りのみんなは当然のように頷いている。俺だけが取り残されているようだった。
「……」
隣を見る。晴翔は普通に授業を受けていた。
まるで俺が記憶を失っていることなんて、何も気にしていないみたいに。
けれど時々、俺のノートを確認していることに気づいた。
「……何」
小声で聞く。
「いや」
晴翔は前を向いたまま答えた。
「ちゃんと授業受けてるなと思って」
「当たり前だろ」
そう言うと、晴翔は少し笑った。
「去年のお前もそう言ってた」
晴翔の顔を見た。
「何?」
「べつに」
「ちゃんと授業聞けよw」
「うるっせww」
2人で小さく笑っていた。
何も覚えてないはずなのになぜか懐かしく思えた、、、
あっという間に授業が終わりお昼のチャイムがなった
「なぁ進藤屋上で飯食わねぇ?」
突然の誘いに少し驚く。
「屋上?」
「そっ去年俺たちでよく屋上で飯食ってたんだよ」
また
去年、、、、
その言葉を聞くたびに、不思議な気持ちになる。でもこの感情を説明しろと言われると出来ない。心の奥でもやもやがずっと居座るのだ。
「、、、わかった」
弁当を持って、晴翔の後をついていく。教室をでて、階段を上がる。
扉を開けた瞬間、春の風が俺の髪をなびかせた。
少し冷たい風。
きもちいい
「友達になる前からお前お昼いつもここにいたんだよな」
「なんで」
「俺が知るか。まぁ静かで落ち着くとかなんかで好きだったんじゃない?」
「好きか、、」
「まっとりあえず飯食うか!!」
そう言った晴翔はフェンス越しに腰を下ろし、弁当を広げていた。俺も晴翔の隣に腰を下ろした。
弁当を開けるとおにぎり、卵焼き、ほうれん草のおひたし、唐揚げさまざまな食べ物が入っていた。それを口に放り込んでむしゃむしゃと食べた。
「なぁ晴翔」
「ん?」
「去年の俺どんな感じだった?」
晴翔の箸が少し止まった。
「急だな」
「気になるんだよ」
俺は晴翔の横顔を見た。春風で髪をなびかせながら桜の花びらが舞ってる青空を見ていた。
きれいだ
とうとつにそう思った。
晴翔は少し黙ったあと、ゆっくり口を開けた。
「そうだな
最初は今より無愛想だった」
と少し笑った
「多分記憶を失くすから誰かを傷つけてしまうかもしれないって思ったんじゃないかな。だからその誰かを守るお前にとって大事な壁を作っていたんじゃないかな
優しい奴だったよ。お前は誰に対しても相手優先だったからな」
「優しいか、、」
「信じられない?」
「いや、リアル感がないというか、実態感がないというかその、、」
「まぁーそーだよな。」
「あっでも」
「??」
「とある女の子の話をしている時はすごく生き生きしてた」
「清水日向、、、」
「知ってるのか」
「病院であった」
「そっか、、
お前学校終わりすぐ病院に行って日向ちゃんに会いに行ってた」
「俺日向のことどう思ってたのかな」
「好きだったんじゃない?」
否定しようとした。けれど何かが喉を詰まらせ声が出なかった。
こないだ会ったばかりなのに、脳に彼女の笑顔、声がこびりついて離れない。
「俺変なやつだな
記憶を失くすの知っているのに、恋なんかしてさ」
晴翔は笑った
「記憶を失くすことを知ってるから誰かを大切にできたんじゃないかな、好きでいることが出来たんじゃないかな」
「そうなのかな、、、難しいな」
晴翔は微笑んでいた
「今過去の好きを考えるんじゃなくて、これからまた好きになればいいんじゃなかな」
「うん」
「大切にしなよ」
晴翔は俺の目を見ながらさっきの微笑みとは反対に真剣な顔をしていた。
その言葉が、なぜか胸の奥に残った。
俺はまだ日向のことを何も知らない。
去年の俺がどれだけ大切にしていたのかも、、、、、
でも
今日も彼女に会いたいと思った。
なぜかわからない。何も覚えていない。
けど。だけど。彼女に会いたかった。ただただ会いたかった。
その後の授業はあっという間に過ぎ去っていった。
先生の話、板書何もかも頭に入らなかった。
俺は急いで教科書とかをカバンにしまった。少し乱雑になってしまったけどそんなことは気にしてられなかった。
はやく
はやく
彼女に会いたかった
俺の足は自然と彼女のもとに走り出していた、、
4月4日
今年の俺が初めて学校に行った日。
去年の俺と友達だったという、月島晴翔と出会った。
晴翔は過去の俺の話をしてくれた。
俺のことを優しい奴だと言った。
そして、日向の話もしていたと言った。
去年の俺は、日向のことが好きだったんじゃないか
そう言われた。
正直、今の俺には分からない。
去年の俺が、日向をどれだけ大切にしていたのかも、好きだったのかも覚えていない。でも彼女のことをもっと知りたいと思った。




